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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十二章 「真実」
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(22-2)

「何処におわしますか、副隊長!」

「――ここだ」

 近衛騎士の一人が聖堂に駆け込んできた。ヴェンシナに心配げな視線をもう一度投げかけてから、ランドリューシュは立ち上がり、彼らから離れて部下を待つ。その丈高い姿を見つけて、騎士はランドリューシュの足下に跪いた。

「出立されたか?」

「はい、フェルナント隊長以下二番隊の者が三十名、それに国境警備隊の騎兵が四十弱、合計七十騎ばかり従っております」

 アレフキースが率いていった追撃部隊の編成を、騎士はランドリューシュに報告した。


「国境警備隊の騎兵は、半数近くを残してゆかれたのだね。それだけ兵に被害が出ているということかな……。エルアンリの怪我は酷いのだろうか?」

 エルアンリに従属して、シュレイサ村へ赴いてきた国境警備隊の騎兵は七十騎を越えていた。残留した兵たち全てが死傷しているわけではないだろうが、彼らを慮ってランドリューシュは眉を顰める。

「エルアンリ様のお命に別状はございません。至近での爆発に驚いて馬が暴走し、振り落とされた際に腰と背中を打撲されたご様子です。軽症でいらっしゃるようですが、ただ……」

 エルアンリの容態について、騎士は言いづらそうに言葉を途切らせた。

「ただ?」

 ランドリューシュは言葉と共に眼差しで先を促した。


「アレフキース殿下のお忍び休暇の実情をお知りになられて、お気の毒にも殿下の御前で卒倒なさいました」

 ランドリューシュは手のひらで思わず額を覆った。聖堂に充満していた緊迫感が僅かに緩む。

「ああ、エルアンリには少し仕置きが過ぎたようだね。自業自得だから同情はしないが、彼を含め負傷した兵の手当てを急がねばならないね。盗賊団は完全に撤退したのか?」

「はい、逃げ足の速い連中です。目的の娘たちを攫ったら、すぐに撤収できるよう荷を纏めてあったようですね」

「目的の娘?」

 ランドリューシュは問い返した。騎士はその言葉についての説明を始める。


「はい、連れ去られた一人は村長の娘で、今一人は、そのう……、殿下がご執心の娘だったようです。村長の娘は人質としての価値が高いでしょうし、もう一人の娘の稀有な器量については既にお聞き及びでしょう。傭兵として潜り込んでいた賊の一味に目を付けられていたのではないかと、フェルナント隊長が推測なさっておいででした。もっと早くに裏切る機会はあったはずなのに、ここまで粘っていたからには、おそらく――と」

「なるほど、私も期せずして、賊の片棒を担いでやったことになるわけだね。ずいぶんとなめられたものだ」

 教会の娘と村長の娘。ヴェンシナやキーファーが傍にいては、近寄ることすらできなかった彼女たちを、賊はわざと薬瓶を割って、言葉巧みに聖堂から連れ出したのだろう。その際に、裏からはまだ破られていないというエリオールがもたらした情報は、都合よく利用されてしまったに違いない。狙った娘たちの誘拐と、仲間の逃走経路の確保の為に、教会の住居部分はあえて手付かずのままで放置されていたのだ。


「あなたまで、今から盗賊を追われるなどとはおっしゃいませんように」

「安心したまえ。私は例によって留守番をおおせつかっているからね。私が直接に手を下さずとも、この屈辱は殿下に雪いで貰えばいい。人の名を騙ってとんだ騒ぎを起こして下さったのだから、私の分まで仕返しを期待したとて罰は当たるまい」

 忠告する部下に、口の端に微笑をのぼらせながらランドリューシュはそう答えた。その穏やかならぬ瞳の奥に、くすぶる炎のような怒りを感じ取って騎士は身をすくませる。

「それにしても、面倒な恋敵ばかりを持たれる方だ。追撃を人任せにできぬのも道理というものかな」

 アレフキースの心情を推察して、ランドリューシュはそう評した。気を取り直して現状を確認する。


「兵たちの救護だけではない。消火が必要な箇所があるだろうし、行方不明者の捜索もしないといけない。やらねばならないことが山積みなようだが、人手がまるで足りそうにないね。民に協力させても大丈夫だろうか?」

「はい。負傷して動けずに取り残された賊と、燃えた建物の崩壊に充分気をつけて貰わないといけませんが、もう篭城を解いてもよろしいかと思われます」

 部下の返答に頷き、小さく安堵の息をついて、ランドリューシュは命を下した。

「そうか、では、他のことはひとまず民に任せ、軍の者には取り急ぎ賊の捕縛を優先させるように。それと、物資の捻出と医者の派遣の要請に、トゥリアンへ遣いを出したいから、国境警備隊の騎兵を一人私のもとへ寄越してくれないか」

「かしこまりました」

「下がれ。みなに伝達せよ」

「はいっ」

 騎士はランドリューシュの指示に従い、聖堂の外に戻って行った。


「シュレイサ村の代表はこの中にいるのかな?」

 ランドリューシュは周囲の村人に視線を転じた。シュレイサ村の村長がおどおどと彼の前に進み出る。

「わ、わしがこの村の村長です」

 その見覚えのある容貌に、ランドリューシュは眼差しを和らげた。

「ああ、あなたか。我々の話は聞こえていたね。今しばらくすれば、セヴォーの砦より応援の兵士が到着するだろうけれど、彼らが来るまで悠長に待ってはいられない。村人の指揮を執って、人命の救助と民家の消火活動、それに行方不明者の確認をさせて欲しい」

「は、はい……」

 村長は落ち着かなげに目を泳がせながら諾った。ランドリューシュは父親のような年頃の、村長を励ますように声をかけてやる。

「娘御のことがさぞかし心懸かりだろうが、それは王太子殿下に任せておけばいい。国の威信とご自身の面子ばかりでなく、恋人の身柄もかかっているようだからね。意地でも娘たちを取り戻してお還りになるだろう」

「わ、わかりました」

 つかえながら答えつつ、シュレイサ村の村長は、自らの言動を省みて激しく後悔をしていた。知らぬことであったとはいえ、自分は王太子その人を前にして、ずいぶんと礼を失してきたのではなかっただろうか?


 アレフキースが見初め、保護していたフレイアシュテュアに、その役目に相応しい人材であったかどうかは別として、サリエットという監視を付けていた。さらにはエルアンリの求めに応じて二人を引き離し、とどめにフレイアシュテュアの純潔を汚したのではないかと疑いをかけた。

 しかし何よりも気に掛かっているのは、王太子の矜持を著しく傷つけたに違いない、あの日あの時の頑なな言葉だ。

 ――ひとたび事が起こった時に、実際にこの村を守り、お救い下さるのは国ではない。

 王太子アレフキースはその考えに異を唱え、主張を行動に表して、村長の目の前に提示して見せようとしていた。

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