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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十一章 「至宝」
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(21-1)

 片手で愛馬の手綱を捌きながら、ランディは縦横無尽に剣を振るっていた。

 その真っ直ぐな気性が表れるのか、彼の剣には迷いがない。ランディの勇壮な声と姿に鼓舞されるようにして、味方の士気は次第に高まり勢いづいてゆく。

 アレフキースが指摘したとおりに、盗賊たちは戦場の空気を支配する、ランディの首を狙っていた。しかしそれを簡単に許すほど、ランディ自身も、近衛二番隊の騎士たちも手ぬるくはない。揃いの制服を纏った若く華麗な騎士隊は、勇猛果敢な捕捉者となり、じわりじわりと盗賊たちを追い詰めてゆく。

 金目のものをさらえ、慰みにする女たちを手に入れたところで、自由と命なくしては人生を謳歌できない。盗賊たちは教会の攻略を諦め、戦闘を回避しながら徐々に戦列を離れ始めた。彼らが一様に教会の裏手に引いてゆくのに気付いて、フェルナントは国境警備隊の兵たち全てをエルアンリの応援に向かわせる。


 その夜二度目の爆音が轟いたのは、それから間もなくのことだ。

 ドンッという激しい音は、教会の裏手から聞こえた。怯えた馬の嘶きや、兵士たちの混乱した叫びに混じり、聖堂の中からも多くの悲鳴があがる。


「何――!?」

 突然の大きな音に驚いて、ガルーシアが棹立ちになり足取りを乱す。ランディが愛馬を御し終えて、ふと教会に意識を向けた不意を衝いて、近くにいた賊が剣を振り上げた。

「――もらった!」

「させるものかっ!」

 苛烈な攻撃を辛くもかわして、逆に賊の喉元を一息に掻き切る。返り血を避けるランディの背中に、また別の賊が剣をかざして迫る――!


「ランディッ!!」

 ずっと彼の近くに随従していたヴェンシナは、半ばぶつけるようにしてガルーシアに乗馬を寄せた。正眼に構えた剣の腹で、ずしりと重い白刃を受け止める。受け止めた――筈であった。

 が、激戦を重ねて磨耗していたヴェンシナの剣は、堅い音を立ててへし折られ跳ね飛んだ。その衝撃で体勢を崩した彼の腹部を、賊の剣が深々と刺し貫く。


「あうっ……!」

「ヴェンッ!!」

「ヴェンシナッ!!」

 数名の騎士が彼らの窮地に気付き急いで駆けつける。流血に酔った賊は、残忍な笑みをのぼらせながら剣を引き抜いた。眼差しに戦意を残しながらも、身を守る術を失ったヴェンシナに、狂喜しながら止めを刺そうとした賊を、フェルナントはためらいなく背後から切って捨てた。


「ヴェン、しっかりしろっ!」

 傷口を押さえ、鞍からずり落ちかけたヴェンシナの身体を、ランディは懸命に手を伸ばして支えた。

「ああ……、ご無事ですか……」

 なんとか馬上に留まり、ぐったりとした身体を馬首に預けて、ランディの姿を確かめると、ヴェンシナは微かに笑んだ。その顔がすぐに苦痛で歪む。

「ヴェンシナッ!!」

 もがくように馬の鬣を掴み上げる忠義な騎士の名を、必死の思いでランディは呼んだ。ヴェンシナの小柄な身体から、多量の血と共に、命がどくどくと溢れ出してゆく……。


 ピーッという長い指笛の音が戦場にいくつも響き渡った。呼び交わすように指笛を吹き鳴らしたかと思うと、盗賊たちは一目散に撤退を始めた。


「ヴェンを聖堂へ連れて行く! フェルナント、エルアンリと合流し、状況の確認を急いでくれ!」

「承知しました」

 フェルナントに命を下して、ランディは傍にいた二人の騎士と共に、ヴェンシナを庇いながら聖堂に戻った。



*****



 鮮血にまみれたヴェンシナと、彼を気遣うランディを、青ざめた顔でアレフキースが出迎える。先ほどの爆発は、聖堂には何ら被害を及ぼしていないようであったが、村人たちは落ち着かなげにざわめいていた。

 馬から下ろされたヴェンシナに、アレフキースは無言のまま片側から肩を貸す。ヴェンシナは薄く目を開いてアレフキースに詫びた。

「しくじっちゃいました……、申し訳ありません……」

「この馬鹿者」

 アレフキースは短くヴェンシナを叱った。

「私の代わりに負った傷だ。責めないでやってくれ」

 ランディはもう一方でヴェンシナを支えながら、続けてアレフキースに問いかけた。

「裏で何があったかわかるか?」

「まだ報告がありません。図らずも、後手にまわってしまっていますので、手遅れになっていないことを祈るばかりです」

「手遅れ? 何がだ?」

「いやああっ、ヴェンッ!!」


 アレフキースが答える前に、担ぎ込まれた弟に気付いて、シャレルが悲鳴を上げて駆け寄ってきた。その胸を抉るような悲痛な表情に、ランディもアレフキースも言葉を失う。

「こちらへ運んで! ゆっくりと寝かせて下さい!」

 カリヴェルトが床の上に毛布を広げて、手早く治療の準備を始めた。ランディはアレフキースの手を借りながら、傷ついたヴェンシナの身体を毛布の上に横たえた。シャレルは膝から崩れ落ちるようにして、がくがくと震えながら弟の傍にへたり込む。

「シャレル、すまない……。ヴェンは私を庇った」

 ランディはいたたまれない気持ちで、ヴェンシナの唯一人の肉親に頭を下げた。

「そんな……、どうしてっ……!?」

 弟にそっくりな、榛色の大きな瞳をいっぱいに広げて、シャレルは責めるようにランディを見つめた。どんな言葉でなじられても仕方がないとランディは思う。


「ランディのせいじゃないよ、姉さん……」

 ヴェンシナは取り乱す姉を宥めようと、血塗れた手をシャレルに差し伸べた。それを両手で握り締めて、シャレルは堪えきれずに涙を零した。

「……僕の失態です。責任など、お感じにならないで下さい……」

 シャレルの泣き顔をしばし見上げてから、ヴェンシナはランディに視線を転じた。かけがえのない彼の『至宝』に。

「しかし!」

 ランディは悔やんでいた。ヴェンシナに出撃を許したことを。彼の命を死地に晒させていることを。それだけ心を痛めてもらえるならば、充分であるとヴェンシナは思う。

「休めと言って下さったのに、聞かなかったのは僕、です……。それでも、後悔はしていません。あなたをお守りできたことは、僕の、誇り――」

 言いながらヴェンシナは苦しげに眉根を寄せた。苦痛に身をよじる弟の姿に、シャレルは激しく動揺する。


「ヴェン!!」

「しゃんとしなさい! シャレル、君がそんなではヴェンが困ってしまうよ。嘆くよりも先に、できることはたくさんあるんだからね!」

 シャレルの華奢な肩をきつく抱いて、カリヴェルトは新妻を叱咤した。

「急いで手術をします! 後は僕たちに任せて下さい!」

 常にない強い口調でそう言って、なす術も無く見守るばかりのランディへ、カリヴェルトは真剣な眼差しを向けた。

「ヴェンは僕にとっても大事な『弟』です。シャレルの為にも死なせはしません」

「……そうだったな、カリヴァー、本当にすまない」


 ヴェンシナの『家族』へ向けて、謝罪を繰り返すランディの肩に、キーファーがそっと背後から触れる。親友の命の危機に際して、彼も手をこまねいてはいられなかった。

「私も手伝います。ですからどうか、この場は……」

「ああ、頼む、キーファー……。頑張ってくれ、ヴェン……!」

 キーファーに場所を譲り、ランディは祈るような気持ちで立ち上がった。

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