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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十五章 「対決」
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(15-4)

「エルアンリ!! この、この――愚か者が!!」

 人垣を割って、見るからに貴族とわかる太った中年男が、二人の下僕を従えて彼らのもとへやってきた。群衆は頭を下げて男を迎えながらも、さらなることの成り行きに興味深く視線を上げる。

「馬鹿者!! これ以上その方に楯突くんじゃない! サリフォール家の御方とお伺いしたのだろう!?」

 男は秋だというのに冷や汗を掻きながら、頭ごなしにエルアンリを怒鳴りつけた。エルアンリは鼻白みながらも一応反発をする。

「しかし、サリフォール家の血族といっても、こいつは平民の血が混じっているような傍系で――」

「お、お前はっ!! いくら【北】(エトワ)州が遠いとはいえ、権門の家系を知らなすぎる!!」


 男は気の毒に見えるほど真っ青になり、エルアンリの頭を押さえつけながら、地に額を擦り付けんばかりの低姿勢でランディの前に畏まった。

「誠に申し訳ございません! サリフォール家の若君!」

 中年貴族の見慣れぬ姿に、周囲の民衆がどよめいた。ランディはため息をついて、足元に見える男の後頭部に問いかけた。

「私は貴公に、会ったことはないと思うが?」

「はい。直接に、お目汚しをするのはこれが初めてにございますが、かねてからお噂だけは聞き及んでおりまして」

「貴公の態度から察するに、ろくな噂ではなさそうだな。それ以上は口にしないでもらおうか」

 そう言って男を黙らせると、ランディは視線を上げ、先ほどからちらちらと視界の隅に入っていた、金茶色の巻き毛の騎士を真正面に捉えた。


「ところで、彼は誰だ? キーファー」

「その御方は、レルギット領伯ブルージュ伯爵様です、ランディ様」

「やはりそうか」

 予想通りの答えに、ランディはもう一度ため息をついた。シュレイサ村に君臨する領主に平伏されてしまっては、もはやただの近衛騎士では通らない。

「立っていただこうか、ブルージュ伯。エルアンリももう充分だ」

 ランディの言葉に従って、ブルージュ伯爵親子はのろのろと立ち上がった。ランディは彼らに脇に下がるよう、眼差しだけで強制する。


「私は部下に話がある。キーファー、これへ」

「はい」

 呼ばれてキーファーは嬉々としてやってきた。途中でヴェンシナから返された剣を鞘に収め、ランディの足元に礼儀正しく跪く。

「お久しぶりです、ランディ様、お見事でした」

「元気そうだな、キーファー。私は休暇中だというのに何用だ?」

「はい、アレフキース殿下のお遣いで参りました」

 ランディはキーファーが身に纏っている、近衛騎士の制服を一瞥した。

「その姿を見れば、わかる。それで、殿下は何とおっしゃっている?」

「はい、此度の決闘騒ぎの釈明の為、今すぐ休暇を返上して、御前に出頭なさるようにと」


 ランディは眉を顰めた。この事態がエルミルトの離宮にいるアレフキースの耳に届き次第、何らかの音沙汰があるだろうと予測はしていたが、シュレイサ村からエルミルトまでの距離を考えれば、あまりにも唐突な呼び出しといえる。

「ずいぶんと耳が早いな。殿下はエルミルトにご滞在中ではなかったのか?」

「この状況では憚りがございますので、ご一緒にお越し頂けましたら、詳しくは後ほどお話し申し上げます」

 どちらを向いても野次馬だらけの輪の中である。キーファーは慎重に即答を避けた。


「そうか、だが、休暇の使い道は自由の筈だ。お召しに参上する義務はないと言ったら?」

 民衆の手前、遠まわしな言い方をしているが、キーファーにはわかった。ランディは行きたくないと駄々をこねているのだ。うっかりと笑い出しそうになるのをなんとかこらえながら、キーファーはそれを見越して、アレフキースが用意してくれていた答えを返した。

「はい。殿下のご命は王命に等しいと、肝に銘ずようにとの仰せでした」

「なるほど、王太子殿下の急な静養からして国王陛下の意向というわけか。――過保護なことだ」

 ランディは目を細めた。アレフキースは万が一の場合に、ランディの行動を制限できるよう、国王から全権を委任されて来ているということだ。王太子の背後に国王がいるとあれば、さすがにランディもごね続けているわけにはいかない。


 ランディはフレイアシュテュアを振り返った。ようやく取り戻した、愛しい金色の娘。フレイアシュテュアは知らぬ人を見るような顔つきで、不安げにランディを見つめ返した。

「……わかった、行こう」

 叶えられぬ恋を断ち切るように、フレイアシュテュアから目を逸らして、諦めたようにランディは答えた。キーファーは少し困惑した表情になる。

「ええと、そのままの格好で、お越しになるんですか?」

「近衛騎士の正装だ。何の問題がある?」

「いえ、問題は……、あるようなないような……」

 キーファーは歯切れ悪く語尾を濁した。


「それじゃあ、僕もすぐに制服に着替えてきます! 少しだけお待ち頂けますかっ!?」

 二人の会話の終わりを待って、慌てて教会に戻ろうとしたヴェンシナを、キーファーは立ち上がりながら引き止めた。

「ああ、君はいいんだ、ヴェン!」

「え!?」

 驚き立ち止まるヴェンシナに、キーファーはアレフキースからの命を告げる。

「君はそのまま、自宅待機をしているようにとのお達しなんだ、ヴェンシナ」

「じっ……自宅待機――!?」

 思いもよらない命令に、きり、とヴェンシナの胃がまた痛み出した。

「君への処分は、追って沙汰をするから、それまでしっかり反省をしているようにって」

「しょっ、処分――!? 反省――!?」

 きりきり、と、さらに胃の痛みが増した。直接に伝えられた言葉でないだけに恐ろしい。面と向かって怒鳴られる方が、幾分ましかわからないとヴェンシナは思う。


「まあ仕方ないよね、これだけの騒ぎになっちゃったんだからさ」

 同輩の親友に対しては、打って変わってくだけた言い方をして肩をすくめ、キーファーは思い出したように、ポケットの中からヴェンシナの為に用意してきた小さな包みを取り出した。

「それにしても、顔色が悪いよ、ヴェンシナ。そろそろ胃が限界かもって思ってたんだけど予想通りだね。殿下に言われて、治療薬を処方してきたから渡しておくよ。一日三回、また毎食後に、今日からはこっちをちゃんと飲むんだよ」

「キーファー……遅いよ……。あ、痛たたたっ……」

 激しい痛みを訴える胃を両手で庇うようにして、ヴェンシナは耐え切れず、とうとうその場にしゃがみこんだ。


「ヴェンシナッ!?」

「ヴェンッ!?」

 苦しげに眉根をよせる忠実な部下に、ランディは急いで駆け寄った。

 ヴェンシナの『家族』たちも、血相を変えて彼を取り囲む。

「これは不味いね。担架を取ってくるよ」

「あたしっ、牧師様にお知らせしてくるわねっ!」

 足早に教会へ向かうカリヴェルトの後を追って、ぱたぱたとラグジュリエも駆け出してゆく。


 キーファーに支えられたヴェンシナの背をさすってやりながら、ランディは自分の行いを棚に上げて彼を労わった。

「無理をしすぎだぞ、ヴェン」

「どなたかがっ、ご心配ばかりかけて下さるからでしょうっ……!」

 ランディの腕を掴み彼を叱りながら、ヴェンシナの意識は、襲い来る激痛の波に飲まれていった。

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