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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十四章 「余興」
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(14-5)

「何て事をなさるんですかっ!!」

 その夜。

 ランディと二人きりになるのを待ちかねていたように、客室の扉を閉めるなり、ヴェンシナはランディに食って掛かった。

「いくらフレイアの為とはいえ、エルアンリ様に決闘を申し込まれるなんてっ! あなたがあの方となさろうと目論んでいたお話って、最初からそれですかっ!?」

「ああ」

 ランディはマントの留め金を外しながら、落ち着き払って短く答えた。めまいを感じながらもヴェンシナは、ランディが外したばかりのマントを受け取る。


「無茶苦茶です! 休暇中の近衛騎士が……、それも、近衛二番隊の副隊長の肩書きをお持ちの方が、一人の娘をめぐって貴族の子弟と決闘騒ぎを起こすなんて、とんでもない醜聞になるに決まっています!」

 シュレイサ村は辺境の片田舎だ。しかし、今日はカリヴェルトとシャレルの結婚式とあって、近隣の村々やトゥリアンの町、さらには州都エルミルトからも、多くの参列客が訪れていた。ランディとエルアンリによる『余興』は、結婚式そのものの話題よりも、刺激的な土産話として持ち帰られたに違いない。


「だが今さら、撤回はできないだろう?」

 剣帯ごと剣を外して、ランディは制服の詰襟に手を掛けた。

「確かにそうですけどっ、このまま噂が王宮にまで飛び火したら、一体どうなるとお思いです!」

「お前はどう予想している?」

「……副隊長は、おそらく、御役御免にならざるを得ないでしょうね」

 ヴェンシナは冷ややかに答えた。ランディも冷静に受け止めた。

「やはりそれは、覚悟しておかないといけないか」

「当たり前です! 一体今まで何の為にっ、サリフォールの姓を秘されて、ウォルターラントを名乗ってこられたとお思いですかっ!」


 ランディは脱いだ上着を寝台の上に投げ出して、その傍らに腰を下ろした。

「何かにつけて堅苦しいからな、サリフォールの家名は。ウォルターラントでいる方が気ままなのだ」

「……それだけですか?」

 そんな筈はないだろうとヴェンシナは思う。近衛二番隊の騎士たちは王太子の側近だ。上流貴族の子弟が、王太子本人や国王からの指名を受けて、名を連ねることも皆無ではない。

 にもかかわらず、ランドリューシュ・デュ・サリフォールが、あえてランディ・ウォルターラントの名で出仕をしているのは、彼にしか果たすことのできない特別な任が課せられているからだ。

「他にも理由があることにはあるが、それが一番大きいな。公爵家の家名など、アレフキースの名と同じで重いのだ」

 王太子の名を例えに上げてランディは答えた。ヴェンシナは当てこするように言った。


「お血筋ですか? ご身分を偽って、息抜きするのを好まれるのは」

「血筋か、そうかもしれないな。私の血族には変わり者が多いから」

 淡々と答えを返すランディに、ヴェンシナは憮然とする。

「肯定はしませんけど、否定も致しかねますね」

「お前、それでは、認めているのとたいして変わらないと思うぞ」

「そう聞こえたのならそれで結構です!」


 ランディは結わえていた髪を解き、軽く頭を振った。

「機嫌が悪いな、ヴェン。まあ――、無理もないか」

「ええ、悪いですよ、最悪です! 副隊長のことは、たとえどんな結果になってもあなた自身の身から出た錆ですからねっ、僕の関与するようなことじゃありませんが、フレイアのことは――!」

 ヴェンシナは言いかけて、葛藤を続ける心と闘うようにぐっと目を瞑った。

「フレイアがどうした? ヴェン」

 ランディは静かに促した。ヴェンシナはおもむろに目を開き、ランディを真正面から見据えた。ランディがフレイアシュテュアの前に跪き、まるで求愛をするように決闘の許しを請う姿を目撃した時に、ヴェンシナは決定的なものとなった彼の想いを見せ付けられた気がしたのだ。


「……あなたが本当に、ただのランディでいらっしゃるなら、僕は決して反対はしなかったでしょう。エルアンリ様とあなたは違う! けれど、あなたでは……。あなたもまた、フレイアを不幸にすることに変わりはありません!」

「そんなことはわかっている。よけいな心配はするな」

 糾弾するようなヴェンシナから目を逸らすことなく、ランディは答えた。

 ランディの黒い瞳は、既にその先に待ち受けるものを見つめていた。ヴェンシナは言葉に詰まり、そして、諦めたように深いため息を零した。


「……脱がれた上着をこちらに下さい。明日もお召しになられるのでしょう?」

 そう言ってヴェンシナは右手を差し出した。彼の左手には、綺麗に纏められたランディのマントが抱えられている。

「そのつもりだ」

 答えてランディは、無造作に投げ出していた上着をヴェンシナに渡した。受け取りながらヴェンシナは小言を言う。

「きちんと掛けておかないと、皺になりますからね。あなた自身が堂々としておられても、お召しの制服がしゃんとしていなくては格好がつきません」

「……そうだな」

「あなたの剣の腕前は、重々存じ上げています。どなたを相手にしても、あなたがそう簡単に引けを取るとは思いませんが、お怪我などなさいませんよう、明日は充分にお気をつけになってください」

「ああ、ありがとう、ヴェン」

 ヴェンシナの気持ちを汲み取って、ランディは微笑した。ランディの無謀を叱り呆れながらも、ヴェンシナは彼の身と心を案じてくれていた。

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