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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十四章 「余興」
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(14-3)

 村人や、遠方からの参列者に混じって、エルアンリ・ヴォ・ブルージュは、式から引き続き宴にも参加していた。

 領内の村の若牧師の結婚など、いちいち祝ってやるほどのものでもないが、シュレイサ村にはフレイアシュテュアがいる。

 エルアンリはフレイアシュテュアに執着していた。

 シュレイサの村人から、魔女と呼ばれる色違いの瞳の娘。村長に紹介されたサリエットが好みの女ではなかったので、興味本位で連れて来させただけであったが、禍々しい予想を裏切る清純な容姿に、エルアンリは一目で心奪われていた。


 その接し方さえ間違えなければ、恋とは無縁に生きてきた、奥手なフレイアシュテュアのことである、エルアンリに心を開き、想いを返すような関係も生まれていたかもしれない。

 しかし、領民を見下すエルアンリの、肉欲に直結し、暴力に訴える乱暴な恋情を、フレイアシュテュアは受け入れることができなかった。嫌がる彼女の姿がさらにエルアンリの嗜虐性をそそる悪循環で、フレイアシュテュアが傷つくほどに、エルアンリは彼女にのめり込んでいった。

 自分が望んでやっているというのに、感謝するどころか怯え嘆き続けて、挙句の果てに他の男に想いを寄せたこの愚かな魔女を、エルアンリはさんざん打ちのめしてから連れ去ってやろうと考えていた。

 近衛騎士だかなんだか知らないが、生意気な相手の男はそれ以上に小憎らしい。


 エルアンリは自分好みに着飾らせたフレイアシュテュアを、片時も離さず傍に侍らせていた。

 長い髪は華やかに高く結わせ、薄く化粧もさせた。控え目な印象のある清楚な美貌はそれだけで驚くほど艶やかになった。身体の線を引き立たせる型の、大胆なドレスを身につけさせているのは、フレイアシュテュアの肢体が持つ、女らしくまろやかな魅力を見せ付ける為だ。普段は彼女を魔女と呼び、敬遠しているような男たちですらも、驚いたように足を止め、エルアンリを憚りながらも好色な視線を寄せてゆく。サリエットの言葉を借りるなら、遠目にも半端でなく――目の毒なはずだ。

 もう既にフレイアシュテュアは、自分の所有物だとエルアンリは思っている。その潤んだ二色の瞳が誰を見つめていても、その白い肌が誰を想い薔薇色に色付いているのだとしても、フレイアシュテュアの淡い金髪を指に絡め、紅い唇を貪って、たおやかな肉体を押し開けるのは自分だけなのだ。その事実を思い知り、悔しがればいい。


 エルアンリは時折目に付くランディを忌々しげに眺めながら、ヴェンシナと目が合うと、得意げににやりと笑ってみせた。

 ヴェンシナは憤慨し、近くにいるランディの反応を確かめる為、何度か彼を振り仰いで見たが、ランディの態度は一貫していて、エルアンリの挑発を歯牙にかけた風もなく、きれいさっぱりと無視していた。

 サリエットをエスコートしながら、他の娘たちとも会話を楽しみ、乞われて順に踊ってやったりもして宴を満喫している様子なので、傍目には、ランディはもはやフレイアシュテュアに興味を失くしており、何の企みもないかのように見えた。



*****



 ランディが行動を起こしたのは、宴もたけなわを迎えた頃、余興を始めるにはちょうど良いと思われる頃合である。

 村の有志による楽団が、軽妙なダンス音楽を奏でていた。演奏中の曲目が終わりに近づいているのを察して、ランディは手にした杯を手近なテーブルの上に置き、ヴェンシナに声をかけた。

「ヴェン」

「何ですか? ランディ?」

「お前はまだ、サリエットと踊っていなかったな。この次の曲をお相手して差し上げるといい」

 ランディの言葉に反応して、サリエットは瞳を輝かせた。ヴェンシナは不思議そうにランディを見た。

「構いませんが、あなたは?」

 引いていたサリエットの手をヴェンシナの腕に導いて、しっかりと彼女に握らせてから、ランディは意味深に微笑んだ。

「私もまだ、踊っていない娘がむこうにいるからな。誘いに行ってくる」

「それってまさか――、ランディッ!? 待って下さい!!」

 ヴェンシナの制止の声を聞かずに、ランディは人込みに紛れた。背の高い彼は求める娘の淡い金の髪をすぐに見つけ出した。


 村長や村の取り巻きを相手に、浴びるように酒を飲んでいるエルアンリの隣の椅子で、フレイアシュテュアは所在無げに俯いていた。

「――やあ、フレイア」

 ランディはフレイアシュテュアに近づくと、宮廷儀礼にのっとって、緩やかに典雅なお辞儀をして見せた。

「ランディ……」

 恋する青年に名を呼ばれて、フレイアシュテュアは視線を上げた。近衛騎士の白い制服は、ランディの黒髪と均整のとれた長身を、常にも増して際立たせて見えた。その堂々とした風貌に、エルアンリも彼を取り巻く人々も、しばし呑まれたように言葉を失う。ランディは精悍な頬を崩して、フレイアシュテュアを誘った。

「祝いの席に似合わない、浮かない顔をしているな。せっかく素敵なのに台無しだ。おいで――フレイア、私と踊ってくれないか?」

 フレイアシュテュアの返事を待たずに、ランディは彼女の手を引いて、強引にその場から連れ去ろうとした。


「また――、またお前か!! 人の女に何の用だ!!」

 エルアンリは怒鳴りながら立ち上がり、怒りに任せて座っていた椅子を蹴倒した。

「きゃあっ」

 乱雑な大きな音に、怯えて身をすくませるフレイアシュテュアを身体で庇い、ランディはエルアンリを振り返った。

「君の女? フレイアシュテュアは、君を嫌っているようだが」

「何だと――!!」

 酒気を帯びたエルアンリは図星を指されて激昂した。以前に受けた屈辱による鬱憤も思い出して、嫉妬に駆られるまま、目を血走らせて腰の剣を抜刀する。緊迫する事態に気付いて、周囲の女たちが連鎖的に悲鳴を上げた。


「全く、仕様のない――」

 呟いて、ランディは冷静に、剣を鞘ごと腰から外した。フレイアシュテュアを背後に下がらせ、踊りかかるエルアンリを二度いなして、三度目に振り下ろされた剣を真正面から受け止める。

「祝いの場で剣を抜くとは、無粋の極みだな」

 互いに譲らず交えた剣の間から、ランディは傲岸にエルアンリを見下した。

他人(ひと)のものに手を出しておきながら、無粋はどっちだ!?」

「ほう、私が手つきにしたと知っているなら話が早いな」

「しっ、したのかっ!? いつの間に!!」

 あらぬ想像をしたエルアンリに、ランディは遠慮なく思ったままを言い放った。

「君も冗談が通じないな。フレイアは未成年だぞ――と、厚顔な君に、いまさら説いたところで始まらないか」

「無粋の次は厚顔と言うか!!」

「言われたくなければ行いを改めるといい。それよりも、ここは一旦引いてくれないか?」


 消極的なランディの提案を、エルアンリは一笑にふした。いつもの調子を取り戻して、酒臭い息を吐きながら大声で恫喝する。

「怖気づいたのか!? この見てくればかりのお飾り騎士が!」

 気が大きくなった分、剣に込める気迫が緩んだようだ。ランディはエルアンリの隙を見逃さなかった。

「まさか、勝負を預けて欲しいと頼んでいるだけだ」

「何の勝負だ!?」

「決まっているだろう」

 ランディは唇を曲げて不敵に笑い、剣を一気に相手の胸元まで押し戻すと、自らの剣の切っ先を避けて、のけぞったエルアンリの足を素早く払った。

「うわっ!?」


 無様に転ぶエルアンリを捨て置いて、ランディは腰に剣を戻すと、素早くフレイアシュテュアの姿を捜した。フレイアシュテュアは胸の前で両手を固く握り締め、今にも泣き出しそうな表情で立ち尽くしていた。

 幾重にも重なる人垣の中で、ランディはフレイアシュテュアの前に進み、震える指先を絡め取ると、彼女の怯えを拭い去るように微笑んで、しなやかにその場に跪いた。

「――フレイアシュテュア、私に、あなたの為に闘う名誉をお与え下さい」

 強く輝く黒い瞳で、ランディはフレイアシュテュアを情熱的に見つめ、その手の甲に口付けを落とした。大胆に優雅に、ランディはその場の空気を支配した。

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