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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十四章 「余興」
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(14-1)

「お早う、来てあげたわよ」

 翌日は快晴だった。正午からの結婚式を数刻後に控えて、荷馬車で送られてきたサリエットは、両手に化粧箱と大きな籠を下げて、朝早くから開放されている聖堂を抜け、奥にある教会の居間へと勝手知ったる様子で踏み込んできた。


「お早う、サリィ」

 挨拶をしながら振り返ったヴェンシナを、サリエットはしばし呆然と凝視した。

「何……? ああ、この格好が気になるの? 僕は恥ずかしいんだけどね、姉さんがどうしてもって言うから……」

 ヴェンシナが照れた様子で言い訳をしていると、支度を終えてランディも居間にやってきた。サリエットに気付き、明るく声をかける。

「早いな、サリエット。今日はとても綺麗だ」

「あ、ありがとう……。ランディ……」

 屈託なくかけられた言葉に、サリエットは思わず恥じ入った。念を入れて美しく装ってきたつもりだが、いつもと違う二人を前にして、その華麗さに気後れしてしまったのだ。


「……素敵ねえ……。今日は二人とも、本当に近衛騎士様なのね……」

 サリエットはため息をつきながら、近衛騎士の制服を身に纏った、ランディとヴェンシナを惚れ惚れと見比べた。留め金と徽章、そして、左の胸に縫い込まれた王家の紋章が金。詰襟の合わせや折り返された袖口、マントの裾などに濃紺の縁取りがあしらわれており、暗い色の皮のブーツで足元を引き締めているが、全体の印象としては目に鮮やかな白である。

 揃いに見える出で立ちのうち、大きく違っているのが腰に佩いた剣で、それぞれに使い慣れた得物を所持することになっていた。


「サリエット、ヴェンにはこの制服がよく似合っているだろう? ヴェンがいると見栄えがするから、国境警備隊には惜しくてやれない」

 ランディが笑いながら揶揄するように言った。王太子や二番隊の先輩騎士から、ことあるごとに聞かされている配属理由をばらされて、ヴェンシナは思わず赤面する。他にも選考基準があったと思いたいのだが、幸か不幸か知らされたことはない。

「その気持ち、よーくわかるわあ……」

 サリエットはしみじみと答え、長椅子に掛けて聖典に目を通しているカリヴェルトに眼差しを移した。

「花婿が霞むわねえ。今日の主役なのに地味よねえ、若牧師様は」

 カリヴェルトは聖典から視線だけを上げ、さすがに少し緊張した面持ちで微笑みを浮かべた。

「僕も正装なんだけどねえ」

 牧師の正装というのはつまり、いつもと同じ黒い僧衣である。


「それに、シャレルが綺麗だからね、僕は目立たなくていいんだよ」

「言ってくれるわねえ、馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。シャレルの支度の手伝いに行くわ」

 カリヴェルトの惚気に呆れながら、サリエットは本来の目的を思い出した。

「ああ、そうだったね。すまないね、サリエット」

「いいのよ。シャレルはどこ?」

「僕が案内するよ。一緒に来て、サリィ」

 ヴェンシナが気を回してすかさず声をかけながら、サリエットが足元に下ろしていた大きな籠を持ち上げた。


「じゃあ、また後でね、若牧師様。あなたのご自慢の花嫁を、最高に綺麗にしてきてあげるわ。ランディ、約束は守ってきたからちゃんとエスコートしてよね」

「ああ、フレイアはどうしている?」

 ランディの問いに、サリエットは出掛けに覗いてきた、フレイアシュテュアの様子を思い出して苦笑した。村長の家の二人の小間使いは、サリエットの支度を手伝い終えた後、実に楽しげな表情を浮かべて、フレイアシュテュアの周りを飛び回っていたのである。

「今頃、シャレルに負けず劣らず飾られてると思うわよ。覚悟しといてね」

「覚悟?」

「あの子、普段質素なだけにねえ、化け方が半端じゃないから。まあ、見てのお楽しみ」

 意味深な含みを残して、サリエットはヴェンシナに連れられてシャレルの部屋へ向かった。



*****



「姉さん、サリィが来てくれたよ」

 部屋の扉をノックしてヴェンシナが声をかけると、シャレルの代わりにラグジュリエがひょっこりと顔を出した。

「いらっしゃいサリエット、待ってたわ。ヴェンは入室禁止よ」

「わかってるよ、これ、宜しくね」

 言いながらヴェンシナは、抱えていた大きな籠をラグジュリエに手渡した。

「なあに? これ?」

「フレイアから預かってきたのよ。気をつけて運んでよね」

 サリエットが答え、化粧箱を片手に入室してからヴェンシナを振り返った。

「じゃあね、ヴェン」

「うん、姉さんのことお願いするね」

「まかせて頂戴」


 扉を閉めて、サリエットはシャレルを見た。人生最高の日を迎え、輝くばかりの美しさ――であらねばならぬ花嫁は、下着の上にケープを羽織り、鏡台の前に腰掛けて、物憂げな表情で微笑んでいた。

「朝からごめんなさいね、サリエット」

「やあねえ、シャレルったら、なんて顔してるのかしら」

 化粧箱を鏡台に置きながら、サリエットはいささか困惑気味にシャレルをたしなめ、気を取り直してラグジュリエに尋ねた。

「準備はどこまでできてるの? ラギィ?」

「コルセットを締めて、髪を巻いておいたわ」

「ふうん、ちゃんとできてるじゃない。あんたにしては上出来ね」

 シャレルの髪のカールと、コルセットの締まり具合を確かめて、サリエットは満足げに頷いた。


「ねえ、フレイアから何を預かってきたの?」

 邪魔にならないように、籠を部屋の隅に下ろしながらラグジュリエは問うた。

「あら、ヴェンかランディから何も聞いてないの?」

「知らないわ」

「駄目ねえ、男って。出していいわよ、ラギィ」

 籠の蓋を開けて、ラグジュリエは瞳を輝かせながら慎重にその中身を取り出した。それは金色に輝く大輪の薔薇で編まれた見事な花冠であった。


「……綺麗……、【秋女神の薔薇】(フィオフィニア)……?」

 シャレルは榛色の瞳を大きく見開いた。サリエットが補足する。

「ええ、花束もあるわよ。昨日こっそり抜け出したのはこれの為だったみたいね。今朝早起きして作ってたわよ、あの子」

「ああ……フレイア……!」

 シャレルは俯き、両手で顔を覆った。秋の花嫁に幸福をもたらす黄金の薔薇は、フレイアシュテュアにとっては特別な思い入れがある花だ。それは彼女にとって母親の象徴。惜しみなく注がれた愛の形見なのだ。


「今から泣いてちゃ駄目よ、シャレル」

 ラグジュリエは花冠を籠に戻し、シャレルの膝に駆け寄った。

「フレイアはね、シャレルとカリヴァーに幸せになって欲しいの。だからフィオフィニアを探してくれたのよ」

「ええ――、そうね、ラギィ……」

「そうよ、それに、フレイアはまだ、エルアンリ様のものになるって決まりきってるわけじゃあないわ」

 やけに確信を持ってサリエットが励ましたので、シャレルは驚いて顔を上げた。二十代の半ばとは思えない、少女のような容貌を濡らす涙を、サリエットは優しく拭ってやった。

「どうしてそう思うの? サリエット」

「わからない? フレイアのことを守ろうと考えていらっしゃる、奇特な騎士様がおいでだからよ」

「――ランディのことね?」

 サリエットの表情に誘われるようにして、ラグジュリエも希望の火を胸に灯していた。

「そうよ、フレイアのことはランディに任せておけばいいわ。心配していても何も始まらないし、今日の結婚式をめいっぱい楽しみましょうよ。若牧師様がね、シャレルの花嫁姿に、そりゃあ期待してらっしゃるんだから」


 花婿となるカリヴェルトを想うと、シャレルの心に染み渡るような喜びが満ちた。

 どうしても弟に祝って欲しいという、自分のわがままを聞き入れて、長らく結婚を待ってくれた穏やかな優しい恋人――。カリヴェルトの妻になる自分は、きっと幸福になれるだろう。

 だから、フレイアシュテュアにもこの喜びを知って欲しい。大切な人と結ばれる、目も眩むような幸福を味わって欲しい。シャレルはそれを切に願ってやまなかった。

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