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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十二章 「決意」
34/98

(12-1)

 フレイアシュテュアがシュレイサの村長の家に戻ったことは、すぐにトゥリアンのエルアンリのもとへと伝えられた。

 遣いを寄越し、その事実を確かめたエルアンリは約束を違えることなく、翌日シュレイサ村に十二人の小隊を派遣した。村を一つ守るには心許ない頭数だが、先頃襲撃を受けた村はレルギット領の北西部に位置しており、南西のシュレイサ村からはほど遠いのだという。

 その為に国境警備隊のレルギット領部隊の兵力は、一言に西の国境線と言っても、北よりの防衛により多くを割かれていた。同じ国境沿いの村とはいえ、シュレイサ村が接しているのは西ではなく、南の国境。それはいずれの国土にも属さない、聖地【精霊の家】(シルヴィナ)そのものである。



*****



「国境警備隊は、シルヴィナの伝承を過信しすぎだな」

 小隊は村の一隅に兵幕を張り、昼夜を問わず交替で村を巡回していた。夜警の兵士が持つ松明の灯りが、闇の中を行過ぎるのをやり切れない思いで眺めてから、ランディは窓の帳を引いて、寝台で着替えをしていたヴェンシナに、独りごちるようにして話しかけた。

「どうしてそう思われます?」

 寝衣に袖を通しながら、ヴェンシナは尋ねた。

「気付かなかったか? シュレイサ村に送られてきた小隊の半数が、見習い上がりの幼い兵士であるように見えた。急場凌ぎに雇われた傭兵も混じっていたようだし、この村はシルヴィナの森に隣接しているから、おそらく襲撃は無いとふんでいるのだろう」


 ランディとヴェンシナが休暇中の近衛騎士であることは、シュレイサの村長を通じて、小隊の兵たちにも知らされていた。万が一の場合の協力と連携の要請に、村長の家を辞した兵士たちはその足で、挨拶がてら教会に二人を訪ね来ていた。デレスの軍部において、最も華やかで洗練された部隊と名高い近衛二番隊に属する騎士を、物見高く見物に来たとも言えるかもしれない。


「そうですね、僕より若い兵士も何人かいたようです」

「向こうもそう思ったかもしれないな」

「どうせ僕は童顔です」

 自分と顔を合せた時の、兵士たちの驚いたような表情を思い出して、ヴェンシナは憮然とした。

「そう拗ねるな」

 寝台に腰掛けながらランディは苦笑した。

「それもお前の武器になるだろう。相手の油断を誘う容姿というものは、案外役に立つものだ」

「何だか慰められているんだかけなされているんだかわかりませんけど、まあいいです」


 着替えを終えたヴェンシナは、今度は着ていた服をきちんとたたみ始めた。

 几帳面なヴェンシナを尻目に、ランディは着ていたものを乱雑に床に脱ぎ散らかして、下着姿のままで寝具に潜り込んだ。

「兵士はそれほど危機感を持っているようにも見えなかったが、彼らが来たことで、村の空気は急に緊迫したな」

 小隊が派遣されてきた理由は、瞬く間に村中に伝播された。シュレイサ村はシルヴィナにより守護されているという軍部の考えは、村人には全くもって通用しなかった。

「昔のことがありますから……。この村の大人は、盗賊騒ぎには敏感なんですよ」

 ランディの服をかき集め、それも丁寧にたたんでやりながらヴェンシナは答えた。

「シャレルもかなり脅えていたな」

「姉さんも忘れていませんからね。僕らの両親が殺された夜のことを」


 盗賊の噂はシュレイサ村の平穏を乱した。教会の住人も例外ではなかった。

 フレイアシュテュアが再び連れ去られたことを嘆きながら、兵に護られていることに安堵している自分が許せないと言って、シャレルは今も祭壇の前で懺悔を続けている。

 忌わしい記憶を揺さぶられ、不安を訴えにおしかけた村人たちの心を安らかにするために、エルフォンゾもカリヴェルトも、それぞれに持つであろう心の傷を隠しながら、一日中人々の言に耳を傾け、神の教えを説いていた。


「痛ましいことだ……。民の心の弱みに付け込むとは、エルアンリという男、益々もって許しがたいな。村人の恐慌を思えば、村長やフレイアが決して逆らえないということを、予測していたに違いない」

 結局その日は、ランディもヴェンシナも何もする気になれず、必要最低限の雑事だけをのろのろとこなして、(いたずら)に時間を消費したまま終わろうとしていた。

 さすがにサリエットも今日ばかりは姿を見せず、ラグジュリエはエルアンリや村長だけでなく、村の大人たちを散々に罵倒して、ヴェンシナやランディにまで八つ当たりをしながら、猛烈な勢いで家事をこなし、みなにきちんと三度の食事を摂らせてくれた。


「……悔しいです。せっかく村に帰ってきているのに、あなただっていて下さるのに、フレイアをまた奪われてしまった。彼女の身柄の代価が、あまり頼りにできそうもない小隊一つだなんてあんまりです」

 ヴェンシナはエルアンリの横暴さに併せて、自分自身の不甲斐無さにも腹を立てていた。さらにその上で、自尊心を傷つけられたであろうランディを気遣ってもいた。

「フレイアは必ず取り戻す。私は彼女に、守ってやると約束をしたからな」

 ランディは寝台の上に半身を起こし、黒い瞳を剣呑に輝かせた。ヴェンシナは籠の中にたたんだ衣服を片付けて、恐る恐る尋ねた。


「どうなさるおつもりです? まさか――、ご身分を明かされるおつもりじゃないでしょうね?」

「昨日も言っただろう。アレフキースの名や、公の権を利用して、エルアンリを上から抑えつけるつもりは毛頭ない。何かと問題が多いし、奴と同等になるのは嫌だからな」

「では?」

「残る方法など、決まっているだろう? あくまで私人として、エルアンリと直に話しをつけてやる」

 当然のことだと言わんばかりに、ランディは傲然と答えた。


「……一体何を考えておいでです?」

 胃に微かな違和感を覚えながら、ヴェンシナはランディの傍に立ち尽くした。ランディはヴェンシナの緊張をほぐすように、その精悍な頬を崩して不敵に笑った。

「カリヴァーとシャレルの結婚式がもうすぐだからな。二人の大切な儀式を無事に終わらせるまで、ことを荒立てるつもりはないから安心しろ」

「それじゃあお答えになっていません!!」

「お前はすぐに、顔に出すからな。大事なことは直前まで話せない」

 さらにヴェンシナの不安を煽ったまま、ランディは彼の腕を掴んだ。


「私が信じられないか? ヴェンシナ」

「ええ」

「正直な奴だ」

「心配してるんですよ! あなたは時々、何をなさるかわからないからっ!」

 感情的に怒鳴るヴェンシナの瞳をひたと見つめて、ランディは諭すように言った。

「だがな、ヴェン、フレイアのことだけは絶対にこのままにしておけない。エルアンリの妾になどさせてたまるものか」

「あなたは……、フレイアを……、あなたは――」

「何だ?」

「……いいえ、何でもありません」


 ランディのフレイアシュテュアに対する気持ちを、ヴェンシナは確かめることができなかった。もしも言葉にすることで、想いがより鮮明になるのだとしたら、それは危うい均衡のまま保たれている、二人の心の距離を近づけることになってしまうだろう。

 代わりにヴェンシナは、自分の心からの思いを伝えることにした。


「どうか……くれぐれも、無茶なことだけはなさいませんよう。フレイアは僕の可愛い『妹』ですけれど、あなたは何人(なんびと)にも代えがたい僕らの『至宝』なんです。フレイアと同じに……、或いはそれ以上に、僕にとってあなたは大事な方なんです」

「……愛の告白をされている気分だな」

 思いがけないヴェンシナの言葉に、ランディは意表を突かれた。ヴェンシナはさらに念押しをするのを忘れなかった。

「ええ、そうですよ。但し、そう思っているのはきっと僕だけじゃありませんからね。御身は大切になさって下さい」

「肝に銘じておこう」

 ランディはヴェンシナの腕を放して口元を緩めた。

「お休み、ヴェン」

「ええ、お休みなさい」

 ヴェンシナと挨拶を交わして、ランディは再び寝台に身を沈めた。

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