(11-2)
気まずいような沈黙が流れる前に、とりたてて明るい話題ともいえなかったが、フレイアシュテュアはずっと気にかかっていたことをヴェンシナに尋ねた。
「そういえば、ヴェンはこの先もずっと、近衛二番隊でのお勤めになるの?」
「なあに、ヴェンがいないと寂しいの? フレイア」
サリエットは真意を量るようにフレイアシュテュアに問うた。
「ええ、ヴェンのいない三年はとても長かったもの。今は傍にいてくれてとても嬉しいわ。サリィも、ラギィもそうではないの?」
あまりに素直なフレイアシュテュアの言葉に、サリエットは頷き損ね、ラグジュリエは大きく首を縦に振り、ランディは――幾分妬いた。
「ええと……、ありがとう、フレイア。だけどそれは……どうなんでしょう? ランディ」
ヴェンシナは答えられずに、しどろもどろになってそのままランディに回答を求めた。
「今のところは、少なくとも左遷の理由は思いつかないな。お前は勤めをきちんと果たしているし、王太子の覚えもめでたいから」
ランディは妬心などおくびにも出さずにさらりと答えた。王太子の心証を聞かされて、ヴェンシナは思わず赤面する。
「それじゃあ何か失敗して、王太子様に嫌われない限り、ヴェンは戻って来れないのね?」
ラグジュリエは真剣な面持ちで聞いた。誤解を与えかねないラグジュリエの発言を、ヴェンシナは冷や汗をかきながら否定した。
「ラギィ、間違えないでね。僕は何も嫌々殿下にお仕えしてるわけじゃないんだよ。それよりもご不興を買うような、とんでもない失敗をする方が嫌だなあ」
「だけどヴェンは、子供のころからずうっと、国境警備隊に入りたいって言ってたでしょ?」
「うん、殿下もそのことはご承知でいらっしゃるよ」
王太子は単に『知っている』だけである。ヴェンシナの転属希望を叶える叶えないは、また別の次元の問題だ。
「国境警備隊なんてね、今さらやめときなさいよ、ヴェン。そりゃあめったに帰省はできないかもしれないけど、近衛二番隊といえば王太子様の側近なわけでしょ? 出世頭だし、他の部隊の軍人さんより華やかでずっと素敵じゃない」
まだ見ぬ王都と王太子に思いを馳せて、煌めいていた緑の瞳をすうっと細め、サリエットは辺りを慎重に窺うようにしてから、内緒話をするように声を潜めた。
「それにね、ラギィ。あんたエルアンリ様が、【南】州の国境警備隊の将校だってのをちゃんと知ってる?」
世情に疎いラグジュリエには寝耳に水のことである。やはり驚いた様子のヴェンシナと目を見合わせ、ラグジュリエはフレイアシュテュアに確認した。
「サリエットが言ってるのは本当? フレイア」
「ええ、エルアンリ様は国境警備隊の、レルギット領部隊の部隊長でいらっしゃるわ」
「ほう、あの図体なら、国境の番人としては役に立ちそうだな」
ランディの批評に、サリエットはくすりと笑った。
「武人としてはねえ、それなりに優れていらっしゃるそうよ。ランディが言うように、体格に恵まれていらっしゃるし、恫喝するのはお得意だから」
「そのせっかくの資質を、領民にまで向けてしまっているのは問題だな」
ランディは憂慮するようにフレイアシュテュアを見た。サリエットはエルアンリについての話を続けた。
「この間あなたたちにあれだけ恥をかかされたのに、あの後急にトゥリアンへ戻られて以来ね、エルアンリ様からは全く音沙汰がないのよ。呼びに来られたお遣いの人は酷く慌てていたし、何か国境沿いで事件があったんじゃないかって、お父様は毎日やきもきしているわ」
「そういえばシュレイサの村長も、毎日君を寄越すだけで何も言ってこないな?」
ランディは黒い瞳を向け、サリエットにその訳を求めた。
「お父様はエルアンリ様が怖いけど、ランディのことも苦手なのよ。エルアンリ様が要求してこない限り、フレイアを連れ戻すのは今じゃなくてもいい、ランディとヴェンが休暇を終えて、村を去ってからでも遅くはないって言ってるわ」
サリエットは隠さず答えた。ランディは眼差しを険しくする。
「村長はどうあっても、フレイアをエルアンリに差し出す気か」
穏やかに寛いでいると、のびやかな大らかさを感じさせるランディだが、表情を硬く引き締めると一変して、気安く声をかけられぬような近寄り難さが漂う。
「……ランディは、どこのご出身?」
ランディの静かな怒気に気圧されながらも、サリエットは彼に尋ねた。
「私は生まれも育ちも、ずっと王都だが?」
「そう。都でお育ちの近衛騎士様には、おそらくご理解頂けないことだわ」
怪訝そうに答えるランディが、地方の出身でないことを残念がるような口振りで、サリエットはため息をついた。
「僕には君の言いたいことがわかるよ、サリィ。だけど絶対に、許しちゃいけないことなんだよ」
シュレイサ村はヴェンシナの故郷でもある。ヴェンシナはサリエットが語らぬ言葉を理解しながらも、彼女とその父親を責めずにはおれなかった。
「そうね、だけど、お父様だって苦しいお立場なのよ。フレイアもね、色々と考える時間はあった筈だもの、とっくに諦めているんでしょう? 本当は」
「……」
フレイアシュテュアは何も答えずに、ただその長い睫を伏せた。濡れたような瞳が物憂げな表情に趣を加え、ここ数日の内に、格段に艶やかさを増していた。
何が彼女を、切ないほどに美しくしているのか? フレイアシュテュアの内面で起こりつつある変化を正確に読み取って、サリエットは憐れむように彼女を眺めた。
「お馬鹿よねえ、あんたも……」
かけられた言葉とは裏腹に、その声の響きは驚くほどに優しかった。
フレイアシュテュアは泣くような顔つきで淡く微笑んだ。喧嘩友達にはなれない二人の娘の間には、それ以上の複雑な心の交流が存在していた。




