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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十一章 「喪失」
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(11-1)

 アレフキースが想像した通りの困り顔で、ヴェンシナはその日も果樹園にいた。

 馬たちに飼葉を与えて厩の掃除をし、近くの牧場に放牧させて貰いに行く。そうして『家族』揃っての朝食を終えてから、少女たちと連れ立って林檎の収穫に向かうのが、このところの彼とランディの日課である。フレイアシュテュアの監視という例の名目で、サリエットも毎日奉仕に訪れては、林檎の収穫作業を手伝いつつ、ラグジュリエと騒がしくやり合っていた。


 ラグジュリエとサリエットに挟まれて、ヴェンシナが疲弊している間、ランディとフレイアシュテュアは別段に親しくしているわけではないのだが、気がつけば惹き合うように近くにいて、当たり前のように肩を並べていたりする。

 二人の間にはまだ、ヴェンシナが懸念するような進展があったわけではない。勿論そんなことになる前に、たとえ疎まれても阻止せねばならないとヴェンシナは思っている。その一方でラグジュリエとサリエットは、大いにそれを期待して、ヴェンシナが無粋な邪魔立てをしないよう、彼のあずかり知らぬところで暗黙の了解のうちに共同戦線を張っていた。


 各々の思いや打算が複雑に絡み合っていたが、表面上はいたって長閑なものである。昼時になるとカリヴェルトが荷馬車に乗って、収穫済みの林檎を引き取りにやって来た。そうして代わりに届けられたのが、シャレル特製のお弁当である。

 穏やかな金色の陽射しが落ちる林檎の木の下で、一同は敷布を広げ賑やかに食事を始めた。本日の献立は、数種類のサンドイッチに、沼で獲れた小魚と馬鈴薯の唐揚げ、それからヨーグルトに果物を混ぜたサラダと、絞りたての林檎ジュースである。



*****



「シャレルはお料理上手よねえ、若牧師様は幸せ者だわ」

 ちゃっかりと一緒に昼食にありつきながら、サリエットはシャレルの料理の腕前に感嘆した。

「シャレルに教えてもらったら、あたしも上達するかしらね?」

「無理よ、サリエットは。何だってすぐお手伝いさんまかせにしちゃうんだから」

 ラグジュリエがすかさず憎まれ口を叩く。サリエットも負けじと応戦した。

「あら、失礼ねえ。あたしが何でも自分でやっちゃうと、使用人の立場ってものがなくなっちゃうじゃない。そう言うあんたはちゃんとできるの? ラギィ」

 ふっふーんと得意げに鼻を鳴らして、ラグジュリエは胸を張った。

「あたしはもう、お家のことなら一通りできるわよ。それにね、あたしのお料理は美味しいって、ヴェンだって褒めてくれてるんだから。ねえ、ヴェン」

「あ……、うん、まあね」

 少し飛躍しているが、それに近いことは言ったような気がする。ヴェンシナが最も恋しく感じる味は、お袋の味ならぬ姉さんの味である。帰省の初日に、姉のシチューを再現してみせたラグジュリエに、いたく感心したことは確かだ。


「ヴェンは優しいわよねえ。お子様はすぐに勘違いをするから、違う時は違うって、はっきり言ってあげないと駄目よ」

「そんなことないわ! それにサリエットよりはずっと上手だもん」

 あくまで強気のラグジュリエに、サリエットはうろんな眼差しを向け、しみじみと言った。

「あんたって本当に生意気よねえ。こんな子に育つんだったら、あのまま雪の中に埋めておいたらよかったわ」

「何よ! サリエットったらびっくりして、逃げ出したっていうじゃない!」


「雪の中?」

 サリエットの発言を聞きとがめて、ランディはフレイアシュテュアに問いかけた。フレイアシュテュアは困惑した様子で、助けを求めるように視線を彷徨わせる。

「ええと、それは……」

「話していいわよ、フレイア。あたし別に隠すようなことだなんて思ってないもん」

「だけど、ラギィ。わざわざ触れ回るようなことでもないでしょう?」

 些細なことから偏見を抱く人間も世の中にはいる。魔女と呼ばれる自分を受け入れてくれたランディが、ラグジュリエに対する態度を変えるとは思えなかったが、フレイアシュテュアは身の上話に関して人並み以上に慎重だった。

「ひょっとして私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったか?」

 詮索をやめようとしたランディに、ラグジュリエは首を横に振った。

「ううん。ランディだったらいいわ。それに言わないままにしちゃう方が気になるでしょ?」

「いささかな」

 ランディは正直に認めた。ラグジュリエはそれでも言い難そうにしているフレイアシュテュアに、責任を転嫁するのはやめることにした。


「あのね、ランディ。あたしねえ、拾い子なのよ。この村で生まれた子供じゃないの」

 ラグジュリエの、声の明るさからかけ離れた深刻な告白に、ランディは顔にこそ出さなかったが納得した。

 十三歳という幼い年齢から、ラグジュリエは過去の盗賊事件で孤児になった子供ではないと知れる。さらにいえば彼女の赤い髪は、金髪や茶系が多いシュレイサ村の住人の中で浮いていた。


「ずーっと昔の冬の日にね、あたしは村の近くで置き去りにされてたんだって。雪の中で死にかけてたあたしを、子供だったヴェンとフレイアが見つけてくれたのよ」

「――あたしも一緒にね」

 横からサリエットが口を挟む。ラグジュリエは喧嘩友達をちらりと眺めた。

「それで、サリエットは、あたしがもう死んでると思って怖がって逃げ出して、ヴェンが大人を呼びに行って、その間フレイアはあたしを抱いて温めてくれていたの。今あたしが生きてるのは、二人のお陰なのよ」

 話し終えてラグジュリエは、かける言葉に逡巡するランディに、それを断るように笑いかけた。

 幼児であったラグジュリエには、死を垣間見た恐怖も、助けられた当時の記憶も残されていない。しかし、物心ついてから、命の恩人とその逸話を教えられた時に、小さな胸にしっかりと刻みこまれた思いがある。


「だからね、フレイアは、あたしにとっては本当に【生命の女神】(フレイア)なの。命を与えてくれた女神様」

「大げさね、ラギィは」

 春女神フレイアは万物に命を吹き込み、緑の指で生きとし生けるものを癒し育む――。

 生命を司る女神の名を引き合いに出されて、フレイアシュテュアは羞恥する以上に困惑した。


「フレイアも大変よねえ、魔女と呼ばれたり女神にされちゃったり」

 そう言ってサリエットは肩をすくめた。それから悪戯心を起こしてランディに尋ねた。

「ねえ、ランディにはどっちに見えるの? フレイアは魔女かしら? それとも女神かしら?」

「どちらでもないな。彼女はフレイアシュテュアという名前の一人の女性だ」

 ランディは素っ気無く答えた。サリエットは面白がるような表情で、泰然としたランディと、心持ち嬉しそうに見えるフレイアシュテュアを見比べる。

「つまり、ランディには、この子がただの女に見えるわけよね?」


「サリィ! いい加減にしてよ!」

 話が妙な方向に転がりだしたのを察知して、ヴェンシナは目くじらを立ててサリエットを叱った。

「せっかくお天気もいいんだし、もう少し楽しい話をしようよ!」

「何よ、ヴェンったら、帰ってきてからずっと怒りっぽいわねえ」

 その顔つきから察するに、ヴェンシナの前でこの手の話を持ち出すのは禁句のようである。サリエットはそれ以上の追求を避けることにした。

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