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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十章 「離宮」
30/98

(10-4)

「失礼致します。アレフキース殿下、フェルナント隊長」

 軍人らしいかっちりとした容姿のエリオールは、きびきびとした動作でアレフキースの前まで進み臣下の礼をとった。

「どうした?」

 フェルナントが簡潔に部下に問う。

「はい、エルミルト市候シーラー侯爵様が、王太子殿下にご挨拶を申し上げたいとお越しなのですが」

 フェルナントは無言のまま、アレフキースに眼差しを向けて決裁を仰いだ。いささかも躊躇することなく、アレフキースはすげなく答える。


「シーラー候は私を知って(・・・・・)いる。今は顔を合わせるわけにはいかない。お引き取り頂くように」

「畏まりました。何と申し上げればよろしいでしょうか?」

「王太子は旅の疲れが出て発熱。もとより捻った足の具合も芳しくない。心身衰弱の為、当分は面会謝絶だ。エルミルト市候であろうが、【南】(サテラ)州公であろうが例外はない。諸兄には各々静養の意味を熟考し、自粛をするよう勧告して、今後も見舞いは全て遮断するように」

「はい、承知しました」

 エリオールは従順に諾った。疲労の影など微塵も感じられない明晰な声で、淀みなくすらすらと指示を出すアレフキースに、フェルナントは苦笑した。

「もし噂を聞かれたら、お怒りでしょうなあ」

「構うものか、ささやかな意趣返しだよ」

 冷徹に輝く黒い瞳を細めて、アレフキースは立てた片膝の上に頬杖をついた。


 上官と主君の短いやりとりが終わるのを待ち、王太子の左の足首に巻かれた白い包帯に目をやってから、エリオールは重ねて報告した。

「それから、離宮の者に呼ばれたということで、最前から医師も控えているのですが」

「医師も不要だ。私の容態について、うっかり口を滑らされては面倒なことになる。近衛二番隊の騎士の中には、王太子の主治医を兼ねる者がいると言って帰してくれ」

「はい」

「はったりに過ぎませんが、あながち嘘でもありませんな」

 フェルナントは部下の一人を視界に捉え、意味ありげに頷いた。

「キーファー」

「はい」

 アレフキースに名を呼ばれ、扉付近に控えていたキーファーは、進み出てエリオールの隣に畏まった。

「そういうわけだから、しばらく私の相手を頼むよ、キーファー」

「承知致しました」

 アレフキースの意を酌んで、キーファーは瞳を輝かせた。

 有能な医師である父親の手ほどきで、医者の卵としての資質も持つキーファーは、未来の国王の主治医候補として、宮廷の医師団からもその将来を嘱望されていた。


「では、シーラー候の接待は、殿下に代わって私が務めて参りましょう。エリオールは案内(あない)を。キーファーは殿下を病人らしく見せるよう尽力してくれ」

「お任せ下さい、隊長」

 エリオールと共に去ってゆくフェルナントを見送り、キーファーはアレフキースに手招かれて、主君の寝台の傍に近づいた。

「せっかく静養に来たというのに、どうやらゆっくり休ませて貰えそうもないらしい。怪我人のふりをしている間に調べておきたいことがある。手伝ってくれるね」

「はい、何なりとおっしゃって下さい」

 アレフキースの言葉に、キーファーは嬉々として答えた。


「では、これを。君が届けてくれたヴェンシナからの手紙だよ。君に預けておくのでしっかりと目を通しておくように。頼みたいことは二つ。まず、レルギット領伯ブルージュ伯爵の次男、エルアンリ・ヴォ・ブルージュという男についての情報が欲しい。それともう一つ、【精霊の家】(シルヴィナ)に係わる資料を集めて欲しい。伝説伝承に関する文献は勿論だが、特に、十八年前の盗賊事件の顛末を詳しく知りたい。サテラ州府に当時の記録が残されている筈だ」

「十八年前の盗賊事件? ヴェンシナが両親を亡くしたという事件のことですか?」

「そうだよ」

 不思議がるキーファーにアレフキースは短く答えた。有無を言わさぬ主君の眼差しを受け、キーファーはそれ以上問わずに、しっかりと頷いてみせた。

「わかりました。なんとか持ち出せるよう交渉してみます」

「手に余るようならフェルナントに相談して、何人かに応援を頼みたまえ。君には私の主治医のふりもしてもらわねばならないからね」

「はい、そうさせて頂きます」

 アレフキースの提案に、キーファーは素直に応じた。


「では、私は今から寝込むから、後のことは宜しく頼むよ」

 そう言ってアレフキースはガウンに手を掛けた。小姓が一人素早くやってきて、王太子の脱衣を手伝う。

「あの、殿下」

「どうした、キーファー?」

 寝台に身体を横たえながら、アレフキースはキーファーに先を促した。

「差し出がましいことを申し上げますが、ヴェンシナに返事をお書きにならなくてよろしいのですか?」

「必要ないだろう。我々が今エルミルトにいるのを知ることが、彼には何よりの励みになるだろうからね。だいたいヴェンシナは心配性で過保護に過ぎる。些細なことにまで気を回し過ぎるから、胃を壊すようなことになってしまうのだよ」

 ヴェンシナに対し幾分厳しい批評をしてから、アレフキースはふと表情を和らげた。

「それにヴェンシナは、困っている顔が一番に可愛らしい。想像して楽しむのも一興だろう」

 それがアレフキースの本音であることを、キーファーは信じて疑わなかった。

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