(10-2)
「エルミルトはどうだった? 姉さん」
「そうねえ、久しぶりの都会で、なんだか圧倒されちゃったわ。私にはやっぱり、村での生活が合ってるわよ、ねえ」
フレイアシュテュアとラグジュリエが二人で整えてくれた、遅い夕食を囲みながら、シャレルは自分よりもさらに疲れた様子のカリヴェルトと視線を合わせた。
「うん、やっぱり家は落ち着くねえ。王都はエルミルトよりずっと大きいんだろう? ヴェンもランディも、よくそんなところで生活していると思うよ」
「やあねえ、カリヴァーったらおじさんみたい」
カリヴェルトのしみじみとした物言いに、ラグジュリエがころころと笑った。
「エマもトールも、元気にしておったかの?」
エルフォンゾが独立して今はエルミルトに住まう、仕立屋に嫁いだ『娘』と金工房で働く『息子』の消息を問うた。
「ええ、とっても。みんなによろしく伝えて欲しいって言ってたわ。二人ともね、ご家族と一緒に結婚式に出席してくれるそうよ」
「それは嬉しいのお」
老牧師と彼らとは数年ぶりの再会となる。教会を巣立った孤児たちの幸せな姿を見ることが、エルフォンゾには何よりの喜びだった。
「ねえねえ、指輪はどんなのが出来たの? ドレスは試着してみたわよね、どう? 素敵?」
身を乗り出さんばかりの勢いで、ラグジュリエがシャレルに尋ねた。
「うん、すごく綺麗だったよ。当日はもっと綺麗だろうなあ」
聞かれたシャレルではなく、脇からカリヴェルトが自慢げにのろけた。
「はいはい、ごちそうさまっ」
少々あてられた気分で、ヴェンシナが軽くあしらう。
「後で見せてあげるから部屋にいらっしゃいね、ラギィ。そうそう、フレイア、式の当日は、着付けやお化粧のお手伝いをお願いしていいかしら?」
「ええ、喜んで。いいものを見つけてあるから、花束と花冠も作らせてね」
シャレルに頼まれて、フレイアシュテュアは自分のことのように嬉しそうに笑った。
「ありがとう、楽しみにしておくわ。衣裳も指輪も本当に素敵に出来たのよ。エマとトールと、ヴェンと、それから……、王太子様にも感謝しなくちゃいけないわね」
言いながらシャレルは、意味深な微笑をカリヴェルトと交わした。
「何かあったのか?」
ランディが不審そうに尋ねる。王太子という言葉にヴェンシナも反応した。
「そういえば、殿下に手紙を出してきてくれたんだったよね?」
「それなんだけどねえ、ヴェン」
もったいぶるカリヴェルトに、ヴェンシナは首を傾げた。
「何? カリヴァー?」
「ちょうど王太子殿下が、エルミルトの離宮にお越しのところに行き合ったから、郵便局には行かないで、直接離宮へお届けしてきたよ」
「何だって!?」
「そうなのっ!?」
ランディとヴェンシナは同時に驚きの声を上げた。そうしてから互いに顔を見合わせる。
「あなたも知らなかったんですか?」
「聞いていないぞ、そのような予定は」
「何でも、ご静養で急に来られることになったらしいよ。狩りの途中で落馬して、足首を捻られたとかで」
「へえ、王太子様って案外間抜けなのねえ」
カリヴェルトの説明に、ラグジュリエがあっけらかんと感想を述べた。
「……あの馬鹿が……、もっとましな理由を考えつかなかったのか……」
「抑えて下さいね。怒っちゃ駄目ですよ」
アレフキースの捻挫を、はなから嘘と決め付けているランディである。額を押さえ、小声で呻いた彼を、ヴェンシナも小声でなだめた。
「二人ともどうかしたの?」
ひそひそと額を寄せ合う騎士たちを見咎めて、怪訝そうにフレイアシュテュアが尋ねた。
「いや、打ち所が悪くはなかったかと心配でな」
「ご主君思いなんですね」
フレイアシュテュアの純真な一言に、ランディは力なく笑った。本当は仮病を疑って、悪態をついていた、とは言えない。
「ねえねえ、それじゃあ、王太子様に会ってきたの?」
興奮気味に瞳を輝かせているラグジュリエに、シャレルは首を横に振った。
「ううん、王太子殿下は馬車に乗ってお越しだったから、残念ながらお姿を拝見することはできなかったの。だけど、お揃いの白い軍服を着た近衛騎士の方がたくさんご一緒で、ああ、ヴェンも普段はこうして殿下をお守りしてるんだわって思うと、姉さんちょっと鼻が高かったわ」
ヴェンシナを流し見て、その光景を思い起こしながら、シャレルはうふふと笑った。
「そんなの想像しなくていいよっ、恥ずかしいなっ」
シャレルの姉馬鹿ぶりにうろたえて、ヴェンシナは耳の先まで真っ赤になる。
「それにしても、よく手紙を受け取ってもらえたな。離宮の警備はそれほど緩くはないだろうに」
エルミルトに限らず、東西南北の四州の州都に置かれる離宮には、ランディも幾度か来訪経験があるので内部事情には通じている。離宮には王都の王宮ほどの堅苦しさはないが、王族、ましてや王太子が滞在するともなれば、普段にもまして厳しい警備が敷かれるはずだ。
カリヴェルトはシャレルの肩に手を置いて答えた。
「シャレルがいましたからね。離宮の衛兵の方には、すげなく追い払われてしまいそうになりましたが、騒ぎに気づいて近衛騎士の方が一人出て来て下さって。手紙の筆跡は確かにヴェンシナのものだし、この顔ならヴェンの身内に違いないから大丈夫だっておっしゃって、預かってくれました」
「確かにシャレルはヴェンにそっくりだものなあ」
便利なものだとランディは得心した。もの問いたげな弟に先回りしてシャレルが言い添える。
「キーファーさんとおっしゃる、金茶色の巻き毛の方にお願いしたのよ。お会いしたらお礼を言っておいてね、ヴェン」
「キーファーかあ、わかったよ、姉さん。カリヴァーもどうもありがとう」
キーファー・トリフォーレルは宮廷医師の息子である。ヴェンシナより一つ年上の二十歳で、近衛二番隊におけるヴェンシナの同期生で親友だ。彼の手に渡ったのなら、ヴェンシナの手紙はすぐにアレフキースのもとへと届けられたことであろう。
シュレイサ村からエルミルトまでは馬で一日の距離だ。遠く離れた王宮にいるとばかり思っていたアレフキースが、同じ州内のエルミルトに滞在しているという事実は、それだけでヴェンシナの心を僅かに軽くしてくれた。




