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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第十章 「離宮」
27/98

(10-1)

 その次の日、カリヴェルトとシャレルは早朝から、王太子に宛てたヴェンシナの手紙を預かって、トゥリアンの市場に向かう農家の荷馬車に乗せてもらい、予定通りエルミルトへと出発した。

 安息日を挟んでの、二泊三日の旅程である。二人の不在は少し寂しかったが、シュレイサ村の時間はひとまず平穏に流れた。

 平日の午前中は子供たちの教師となり、午後からは往診に出かけて、安息日の礼拝では説教を行ったエルフォンゾが一番に多忙だった。二人の青年と二人の少女は、老牧師を労わりながら農作業や家事をこなし、安息日には皆で揃って沼へと釣りに出かけた。



*****



 慣れない労働や田舎暮らしを、ランディは心の底から満喫しているように見えた。

 ランディと村人たちとの必要以上の接触を、あまり望んでいなかったヴェンシナだが、故郷の人々は近衛騎士となった彼を誇りに思い、その帰省を心待ちにしていたのである。

 ヴェンシナの周囲には、自ずと人が集まることとなり、彼と行動を共にしているランディは、エルアンリとの一件で、顔と名前がすっかり知れ渡ってしまったことも相まって、気がつけば村に多くの顔見知りを持つようになっていた。

 子供たちにねだられて遊んでやったり、束になっておしかけてきた娘たちと談笑したり、教会を訪れた農夫に薪割りのコツを教わったりしながらも、ふと向ける視線の先で、ランディは常にフレイアシュテュアの姿を捜し、その身を気遣っていた。


 フレイアシュテュアの数奇な身の上が、ランディの同情を誘い、その保護欲を大いに刺激しているであろうことは、ヴェンシナには容易く想像がつき、そうしてまた理解もできた。

 もとより、乗りかかった船というものである。ランディの気性からいって、少なからず係わってしまった以上は、途中で放り出すことなどとうてい考えていないだろう。それはヴェンシナにも、とても心強いことではあるのだが、フレイアシュテュアは『春女神の菫』という名が表す通りの、清純で美しい娘なのである。

 臆病で人見知りの激しいフレイアシュテュアが、多くの村人との交流を断ちながら――強硬な村人の方で、彼女を拒絶していることにそもそもの要因があるのだが――、徐々に心を開き打ち解けてくれる様子は、どれほど愛おしくランディの目に映るだろうと思う。


 そして、フレイアシュテュアもまた――。

 ヴェンシナやカリヴェルトのような優しい『兄』以外には、遠巻きに眺めているだけの村の若者と、粗暴なエルアンリしか知らないフレイアシュテュアにとって、都の騎士であるランディは、一体どのように映るのだろう?

 フレイアシュテュアの二色の瞳を潤ませる想いが、他の少女たちと同じように、ただの憧れであるならばいい。だが、ランディの力強い腕に庇われてしまった奥手な娘が、その黒い瞳に見守られる中で、どこまで平常でいられるものだろうか……?



*****



 ラグジュリエとサリエットに挟まれ、二人への対処に頭を痛めながら、ヴェンシナは日を追うごとに親密さを増してゆく、ランディとフレイアシュテュアの関係に目を光らせていた。それなりに大人の恋愛を経験しているランディが、フレイアシュテュアを休暇中の火遊びの対象にしないよう、牽制していた、という言い方が正しいかもしれない。

 そんなヴェンシナに、彼の姉と未来の義兄は、思いがけない吉報を携えて、シュレイサ村へと帰ってきた。

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