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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第九章 「奉仕」
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(9-3)

「ごきげんよう、お揃いで林檎の収穫?」

 四人の傍まで来ると、娘は少女たちを完全に無視して、ランディとヴェンシナに向けてあだっぽく微笑みかけた。

「サリエット!」

「お早う、ヴェン。昨日は楽しかったわね」

 村長の娘サリエットは、ヴェンシナの肩に両手をかけて指を組み、さらにその上に顎を乗せて思わせぶりにそう言った。


「き、昨日って何よっ!?」

 つまらない意地を張って、拗ねている場合ではない。ラグジュリエはサリエットに食ってかかった。

「なんにもないよっ、姉さんたちと一緒に、お茶とお菓子をご馳走になっただけ!」

 いらぬ勘繰りをされてはたまったものではない。ヴェンシナは大慌てで、サリエットの意味深な発言を否定した。

「そうなのよねえ、ヴェンったら照れちゃって。二人だけでもっと仲良くなれるお話をしましょうって、せっかくあたしのお部屋に誘ったのに」

「なあんですって!?」

「煩いわねえ、これだからお子様って嫌よ」

 大きな目を吊り上げるラグジュリエを鼻先であしらって、サリエットはヴェンシナにしなだれかかったまま、こちらを面白そうに眺めているランディを値踏みした。


「ねえ、ヴェン、彼に紹介してよ」

「ああ、うん……。君が僕から放れてくれたらね」

 サリエットがわざとらしく身を放したので、気が進まないながらもヴェンシナは、ランディにサリエットを引き合わせた。

「ランディ、サリエットです。村長のお嬢さん」

「よろしく、サリエット、ランディだ」

 ヴェンシナの言いつけを守って、ランディは今度の挨拶は握手だけに止めた。

「ええ、昨日はあたしのお父様に、素敵なお言葉をどうもありがとう」

 冷たく目を細めるサリエットに対して、ランディは口元にだけ笑みを刻んだ。

「あの場にいたのか。娘の君には失礼をしたかもしれないな。だが、撤回する気持ちは無い」

「結構よ。媚びる男なんて魅力的じゃないわ」


「ところで、エルアンリという男はどうした?」

「なあに、気になるの?」

 問いかけるランディを、サリエットは意地悪く焦らした。

「ああ」

「案外正直なのね、つまらないわ」

 けれど煽られてくれることは無く、短く答えたランディに、サリエットも腹に一物を含んだ会話を続ける気持ちを失したようだ。

「領伯様から急使が届いてね、昨夜のうちにトゥリアンへお帰りよ。よかったわね、フレイア」

 彼以外にも言い聞かせるようにそう明かして、サリエットはあながち嘘や嫌味ではないような口調で、フレイアシュテュアに呼びかけた。


「何というか、拍子抜けだな」

 ほっとした様子のフレイアシュテュアを振り返り確かめてから、ランディはぼそりと漏らした。

「その方がいいじゃありませんか」

 聞きとがめてヴェンシナが眉を上げる。さらにヴェンシナは、昨日村長を前にしては、腹に収めていたことをサリエットに問い質した。

「そういえば、サリィ! 君はどうしてエルアンリ様に、フレイアを紹介したりなんかしたの!?」

「仕方ないでしょう。エルアンリ様はあたしの好みじゃなかったし、あたしもエルアンリ様のお気に召さなかったんだから。文句ならくだらない噂を流してる村の人たちに言って頂戴。あたしだって迷惑してるんだから」

「くだらない噂?」

「ヴェンだって、知らないとは言わせないわ。あたしの口からは言いたくもないけどね、汚らわしい」

 つんとそっぽを向いて、サリエットは吐き捨てるようにそう言った。逸らされた緑の瞳が拗ねているようにも見えた。


「サリエット、あんた一体何しに来たのよ?」

「ラギィはほんとお馬鹿よねえ、フレイアの監視に決まっているじゃない」

 ラグジュリエにそう答えて、ちらりとフレイアシュテュアに目を移し、少したじろいた様子の彼女の姿に満足をしてから、サリエットはヴェンシナに向き直った。

「――って、お父様に言われてるんだけど、その名目でヴェンに会いに来たのよ。林檎を採るの、あたしも一緒に手伝ってあげるわ。感謝しなさいよね」

 そう言いながらサリエットは、ヴェンシナの腕に絡みつき、ぐいぐいと引いた。

「ちょっとっ、どうしてヴェンなのよ!?」

 ラグジュリエが慌てて反対側の腕を引く。サリエットはラグジュリエを挑発するように笑ってみせた。

「だってヴェンの方が、彼よりもずっと御しやすそうじゃない」

「ひっどーいっ!! そんな理由でヴェンに決めないでよ!」

「ああら、昔から顔はとっても好みよ。孤児だから駄目だってずっと反対されてたけど、ヴェンは今や、近衛二番隊の騎士様なんですもんねえ」

 サリエットにずいとにじり寄られて、ヴェンシナは軽くのけぞった。


「両手に花だな、ヴェン。流石は赤丸急上昇中の注目株」

 ランディが感心しきりな様子で能天気に言った。

「何ですか? それ?」

 不思議そうな顔をしているフレイアシュテュアの耳元に唇を寄せ、ランディはひそひそと何事か囁いた。フレイアシュテュアが小さく噴き出す。

「後で見せてね、ラギィ」

「ちょっ……ランディッ! フレイアに何を吹き込んだんですかっ!?」

「言っていいのか? そちらのご令嬢も興味がおありなようだぞ」

「なあに? なあに?」

 知りたがるサリエットに向けて、ラグジュリエが舌を出す。

「内緒よ。サリエットなんかに教えてあげないもん」

 ランディの『お土産』は、ヴェンシナから貰った手鏡と共に、もうすっかりラグジュリエの宝物に加えられ、彼女の寝台の枕元に飾られていた。小さな額縁に収められた満面の笑顔に、朝夕の挨拶を欠かさないのは乙女の秘密である。


「さあ、ヴェン、脚立を取ってこなきゃ。サリエットなんか構ってないで早く行きましょ」

「あら、ヴェンはラギィみたいなお子様より、あたしと一緒の方がいいわよねえ?」

「……もうどっちでもいいよ……」

 投げやりなヴェンシナを両側から引きずるようにして、ラグジュリエとサリエットは、絶えず言い合いをしながら脚立を探しに行った。

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