(9-2)
「うわあ、沢山生ってるねえ」
それぞれ両手いっぱいに手提げ籠を持てるだけ抱え、四人は教会所有の果樹園にやってきた。どの木もどっしりとした重い果実をたわわに実らせており、熟れた林檎の酸味を含んだ甘い芳香が辺り一面に満ちている。
シュレイサ村に数多くある林檎農家のものよりも、遥かに小規模で、こじんまりとした果樹園だが、植えられた木々の枝ぶりは群を抜いて見事であった。
持ってきた籠を一箇所にまとめて置き、一つずつ腕に下げて、四人はまず一本の木を取り囲んだ。
「すごいな、林檎というのはこうやって木に生っているのか」
物珍しそうにしげしげと林檎の樹木を眺めてから、手近な実を掴んで無理に引き千切ろうとしたランディの手を、フレイアシュテュアが横から止めた。
「駄目ですよ。乱暴にしては木を傷めてしまいます。こうして――、優しくもいで下さいね」
慣れた手つきで軸を押さえ、下から持った林檎を上向きにくるりと回してフレイアシュテュアが一つ収穫してみせる。ランディも見よう見真似で林檎と軸に手を当てた。
「このように持てばいいのか?」
「ええ、どうぞ、やってみて下さい」
フレイアシュテュアに享受をされながら、ランディは林檎の尻を上向けた。もぎたての実が、その手の中に転がり込む。
「これでいいのか。面白いな」
生まれて初めての農作業に、ランディはご満悦の体である。楽しんでもらえるのは結構なことだが、王宮の人々には見せられない姿だとヴェンシナは思う。
「それにしても、なんとも色気の無い土産だなあ。ラギィは手鏡で、シャレルは口紅だったのに、何故フレイアにはこんな手袋なのだ? ヴェン」
フレイアシュテュアが嵌めている、職人用の丈夫な皮の手袋を見やって、ランディはヴェンシナに問いかけた。
「フレイアは昔から、園芸や果樹園の仕事が好きなんです。それで、よく手を荒らしていましたから」
数ヶ月に渡って野外活動を禁じられ、淑女教育の傍らに念入りに手入れを施されて、皮肉にもフレイアシュテュアの手は本来の滑らかさを取り戻している。フレイアシュテュアの喜ぶ顔が見たくて選んできた土産だが、エルアンリの為に美容を保たせているようで、ヴェンシナはいくぶん複雑な心境だ。
「これ、ごわごわしていなくて物が掴みやすいわ。ありがとう、ヴェン」
林檎を手際よく摘み取っては、次々と籠の中に入れてゆきながら、フレイアシュテュアが嬉しげに礼を述べた。ヴェンシナの心情をよそに、フレイアシュテュアの色違いの瞳は、昨日とは別人のように活き活きと輝いている。飾らずとも充分に美しい微笑を浮かべて、フレイアシュテュアはランディを見上げた。
「なるべく紅いものから採っていって下さいね。それと、一杯になって重くなったら籠を取り替えて下さい」
「わかった」
フレイアシュテュアの指示通りに、ランディも本格的な収穫に取り掛かることにした。
*****
「ラギィ、脚立はどこにあるの?」
「あっちよ」
ヴェンシナの問いかけに、ラグジュリエはつれなく答えた。二人が喧嘩をしているらしい雰囲気は、ランディとフレイアシュテュアにも既に伝わっている。普段なら子犬のようにぴったりと、ヴェンシナにじゃれついているラグジュリエが、自分からは口を利こうともしないのだから気づかれない筈はない。
「あっちだけじゃわからないよ、ラギィ」
取り付く島がないラグジュリエの態度に、ヴェンシナは途方にくれていた。自分の言葉の、何がそこまでラグジュリエを怒らせたのかをヴェンシナは理解していない。ヴェンシナにしてみれば、ラグジュリエもフレイアシュテュアも、かけがえのない大切な『妹』なのである。
一方でラグジュリエは、ヴェンシナがフレイアシュテュアに向けている想いのかたちが、自分に与えてくれるものとは少し違っていることになんとなく気づいていた。ヴェンシナ本人は、ひょっとしたら自覚していないのかもしれないが、フレイアシュテュアは昔から彼にとって『特別』な存在である。
ヴェンシナがその気持ちに、別な名前を付けてしまう前に……。フレイアシュテュアと自分自身の幸福な未来の為に、ラグジュリエはどうしても、ランディにフレイアシュテュアを掴まえて欲しかった。
「あっちったら、あっちなの。……ヴェン、一緒に取りに行く?」
考えてみれば、ランディをフレイアシュテュアと二人きりにさせる絶好の機会である。
にわかに態度を軟化させたラグジュリエの思惑に気づいた風もなく、ヴェンシナはほっとした様子で誘いに応じた。
「うん、ないと困るからね。あれ……誰だろう?」
ラグジュリエの言う『あっち』の方角から、女が一人こちらへ向かって歩いて来ていた。
徐々に近づいて来るのは、金褐色の髪に明るい緑の瞳をした、派手な目鼻立ちの若い娘である。




