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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第八章 「昔語」
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(8-1)

「ああ、フレイア……!」

 ランディに連れられて教会へ戻ってきた、金色の髪の『妹』を抱き締めて、シャレルはその背中を労わるように撫でた。

「よく帰って来られたわね、心配していたのよ」

「……シャレル……!」

 自分よりも、ずっと小柄なシャレルにすがりつくようにして、フレイアシュテュアは堰を切ったようにぽろぽろと泣き出した。長らく続いていた恐怖と緊張からようやくに開放されて、抑圧されていた感が涙となって、一気に噴き出してきたようである。


「ランディおかげよ。ねえ、ヴェン」

「うん、そうだね……」

 興奮覚めやらぬ様子のラグジュリエに相槌を打ちながら、ヴェンシナはしかし浮かない顔をしている。

 フレイアシュテュアをひとまず取り戻せたのは喜ばしいことだし、ランディに感謝もしているが、ヴェンシナはラグジュリエのようにすぐさま楽観的にはなれなかった。

 事態はこれで落着をしたわけではない。エルアンリは必ず報復を企ててくるだろう。フレイアシュテュアの今後のことも心配だが、近衛二番隊の騎士としてのヴェンシナの前には、頭の痛い問題がどんどんと山積みにされてゆくような気がする。


「ありがとう、ランディ」

 近くにいたカリヴェルトが代表して礼を述べた。ランディは首を横に振った。

「いや、そんなたいしたことをしたわけではない。それよりも、彼女の左の頬を診てやってくれないか? あのエルアンリという男に殴られていたから」

「そうなの!? 大変!!」

 シャレルは泣きじゃくるフレイアシュテュアを宥めながら、その顔を覆い隠す乱れた髪を掻き分けて、白い柔肌に残る男の大きな手の痕に驚いて悲鳴を上げた。

「酷いわ!!」

「すぐに湿布を用意するよ。頭がぼんやりしたり、耳がおかしくなったりはしていないかい?」

 赤く腫れた頬に触れ、患部を確かめるカリヴェルトの言葉に、フレイアシュテュアはしゃくり上げながらこくりと頷いた。


「けれど休んだ方がよさそうじゃの。カリヴァー、シャレル、フレイアを部屋に連れて行っておやり」

「はい、牧師様」

 痛ましげに眉を寄せるエルフォンゾに、結婚を控えた恋人たちは息の合った返事をして、フレイアシュテュアを両側から支えた。

 フレイアシュテュアは涙に濡れた目を上げて、心配そうに自分を見守っているランディを視界に捉えると、ためらいながら彼の名を唇に上らせた。

「あの……、ランディ」

「どうした?」

「いいえ……色々と、ありがとうございました」

「ああ」

 微笑するランディに、フレイアシュテュアは泣き顔を見られるのを恥じて、それを両の手のひらで覆い隠した。


 カリヴェルトとシャレルに付き添われてゆくフレイアシュテュアを見送ってから、ランディは難しい顔つきで、エルフォンゾに向き直った。

「牧師殿」

「何かの? ランディ」

「フレイアシュテュアは、何故『魔女』などと呼ばれているのだろう? あの瞳のせいだけなのだとしたら、あまりにも短絡的に思えるのだが」

 エルフォンゾは、ランディの真意を量るように、逆に問い返した。

「ランディはフレイアに会って、あの子を見て、どう思われましたかの?」

「あまりに綺麗で、謎めいた娘で正直驚いた。ひょっとしたら人ではなくて、【精霊の家】(シルヴィナ)の森の精霊ではないかと」


 率直なランディの感想に、ヴェンシナはピクリと眉を跳ね上げた。

「ああっ、やっぱりあなたは遠乗りだなんて言って、シルヴィナの森に行っていたんですねっ!?」

「なんということもない普通の森だったぞ」

 耳聡いヴェンシナに、ランディは悪びれもせずにそう答えた。

「あれだけ僕が、駄目だって……、絶対駄目だって、念を押しておいたのに……」

 ふるふると拳を震わせるヴェンシナに、ランディは肩をすくめた。

「何もなかったのだから良いではないか」

「何かあってからじゃ遅いんです!!」

「何もなくはないじゃない。ランディは、森でフレイアと会ったんでしょ?」

 けろりとした顔つきで、ラグジュリエが脇から一石を投じた。それは彼らの心の内に思わぬ波紋を描き、奇妙な沈黙が部屋中に降りた。


「……困ったお人じゃのう、聖地シルヴィナとフレイアシュテュア、ランディはシュレイサ村の二つの禁忌に触れようとしなさるか」

 エルフォンゾはため息混じりにそう言って、いつも午睡に使用している自分専用の揺り椅子に腰を落ち着けた。

「禁忌?」

 ランディも長椅子に座り、先を急かすようにして身を乗り出した。エルフォンゾはしばらく考え深げにランディの瞳を見つめていたが、ややあって諦めたように苦笑した。


「……やれやれ、それでは、しばらく昔話でもしようかのう。ラギィも大方は知っておるのじゃろうが、女の子にはあまり聞かせたくはない話であるからの。悪いが夕食の支度を整えていてくれるかの」

「いいわよ、任せてね」

 ラグジュリエにとってエルフォンゾは、大好きな祖父のような存在だ。近頃めっきり老け込んでしまった老牧師に、一人前の娘のように頼られて、役に立てるようになってきたことが、ラグジュリエには切なく嬉しかった。

「ヴェンも、お座り。ヴェンには少し、辛い話になるかも知れんがの」

「……大丈夫です」

 エルフォンゾに促されて、ヴェンシナはランディの隣に腰掛けた。ふて腐れた様子のヴェンシナを慰めるように、ラグジュリエが彼の頬に接吻をして、そっと居間から出て行く。

 初心な少女のように頬を染めるヴェンシナに微笑んで、エルフォンゾはおもむろに話し始めた。

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