ソクラスのソフィア
訂正。『城西公園』→『筆山公園』に。
誠一たちが動き出した、ちょうどその頃。
軌道上のソクラスではソフィアが頭を抱えていた。
「……最悪ね」
『まさか、ここまで悪い状況だったとは』
ソフィアの眼前の情報パネルには、集められた各種データがあふれていた。そこにはアヤからの定期連絡に添付されていた情報も含まれていて、そこには洒落にならないデータが含まれていた。
つまり。
『地球人側の目的が、異星人の捕獲でなく殺害である可能性』
『ソフィア姫の名前や人相を先方が知っている可能性』
『少なくとも2つの国家の権力が介在しており、そのひとつは現在、この惑星で最高に近い軍事力をもつ国家である可能性』
アヤはただの護衛ドロイドではない。情報確保と分析のための能力も持っている。
誠一を確保する前に行った何回かの戦闘の際、一部の敵からデータ収集も行っていた。
『まさか交戦中の敵から、生体マトリクスデータと一緒に最近の記憶まで一瞬で読み取るとは。七型というだけの事はありますな』
「そういう問題じゃないでしょう?」
だが、ソクラスがわざとボケたのも理解しているのだろう。ソフィアはそれ以上突っ込まなかった。
『失礼。しかしこの状況は確かにまずいです。まさかソフィアの名前が伝わっていて、しかも確保でなく、殺害指令が出ているとは』
「ええ」
地球人側はソフィアの名前を知っている。そして指示は確保や捕縛でなく殺害、可能なら死体を持ち帰る事となっていた。
これはおかしい。
ソフィアを異星人と断定するだけなら、それはあり得る事だろう。確保できなければ殺せというのも野蛮にも程があるとは思うが、それもまた、ありえない選択肢ではない。
しかし、ソフィアの名前が漏れているのはおかしい。
何箇所かでソフィアは現地人と会話をしているが、名乗ったのは実は誠一少年にだけだった。現時点の彼女の調査は、現地の空気にじかに触れ、売られている書籍を見たり会話に耳を傾けるといった状況であり、名乗る必要性がなかったからだ。まぁ、名乗ったとしても偽名を使うのだけど。
ならば、誠一との会話が誰かに聞かれたのか?
ありえない。あの時、音声を聞き取れるほど近くに何かがいたら、隠れてソフィアに随行していたアヤが気づかないはずがない。
そしてアヤがデータをとった敵の記憶の中に、洒落にならないものが含まれていた。
すなわち。
異星人の情報提供者がいる可能性だった。
「見知らぬ異星人の確保ならまだ良かったのに、まさか、私を私と理解したうえでの殺害が目的の可能性だなんて。
話が大きくなりすぎてる。これじゃあ誠一君を戻す方法なんて」
『無理ですね。もし戻すとすれば全くの別人として、別の社会情報を与えての事になるでしょう』
「……」
ソフィアは、言葉にならないうめき声をあげた。
自分のせいで誠一少年を危険にさらした。そう思っていたのだが、事態はソフィアの想定よりも、はるかに悪かった。
これでは、打つ手がない。
『そもそも問題はそれ以前だったんですな。彼らはどうやらソフィア様を知っていて、その上であの少年をソフィア様の関係者だと考えている可能性がある。しかしおかしいですね。誰がソルの政府群に情報を与えたのでしょう?』
「……ごめんね、誠一君」
ソフィアはためいきをついた。
「たかが卒論のために君を犠牲にしちゃった。……馬鹿だわ私。ほんとにもう!」
ダン、と大きな音がした。ソフィアがコンソールを叩いた音だった。
『ソフィア』
「ねえソクラス、何がいけなかったんだろ。私やっぱり、結婚なんてしちゃいけなかったのかしらね」
『ソフィア』
「年中宇宙を飛び回ってそこら中で迷惑ふりまいてる極道娘が、イーガの皇帝のお后様になるなんてのがそもそも間違ってたのかな。あんなお人好しの原住民の子ひとり助けられないんだよ私。どうしてこんな」
『ソフィア!』
「……」
静かな世界に大声が響きわたり、そしてソフィアの声も途絶えた。
そして、そこに再び、ソクラスの声が静かに響き渡った。
『今の質問は皇帝陛下になさい。
彼は優れた人物です。たとえ貴女が自分の奥さんだったとしても、公人としての立場から事態を分析し、そして他ならぬ貴女のために親身になって答えてくれるでしょう』
「うん」
『それより今の貴女にはできる事があるはずだ。これ以上の悲劇から彼を救う事です。いいですね!』
「……そうね、そのとおりだったわ」
ソフィアは顔をあげた。そしてその顔が次の瞬間、きりりと締まる。
半泣きの女の子は姿を消し、銀河を渡り歩く女傑としての顔がそこに蘇る。
「ソクラス、地上の状況に注意してて。何かあったら教えてね」
『了解』
椅子に座り込み脚を組む。その姿は王族というより、まるで裏町か海賊の女ボスだ。
通信を開く。
そこには狙ったように蜥蜴のじいさまの姿が映った。
『ふむ、気づいたようじゃな』
「おかげさまでね。でも」
ソフィアの顔が怒りに染まる。にっこりと老人は笑う。
「どうしてこんな手を使ったの!原住民の子を犠牲にしてまで!」
『……は?』
通信の向こうで老人はちょっと首をかしげると、
『ああなるほどのう。お嬢、それはちょっとばかし勘違いじゃ。仕掛け人はわしではないぞ』
「え、そうなの?」
まだまだ甘いのう、と老人は呆然とする愛娘を笑い飛ばした。
『まぁ、それじゃあ情報あわせと行こうかのう。
直接の主犯はソルの軍隊、それを焚き付けたのはお嬢を狙う刺客である事が判明しておるよ。
要は、直接手をくだしたくなかったんじゃな。お嬢が卒業論文を書くためにソルに向かいたがってる事を掴んだ彼らは、いつものお嬢のパターンから、間違いなく単独行だと踏んだんじゃろう。そしてその好奇心と探究心ゆえに地上に降り、直接見聞きして歩きまわるだろう事もな。
後は簡単じゃろ。
主力の軍事国家に渡りをつけ、危険人物としてお嬢の抹殺を進言した。残された船や設備は自由に役立てればよいとか適当に言いくるめたんじゃろうな。宇宙文明の設備や船舶が手に入ると聞けば当然彼らは動くだろうからの。
まぁ連中のミスはわしらを過小評価した事かの。わしら商人にとって連邦未加盟の星は上客でな。価値観や需要の相違という奴からお互いにおいしい思いをする事ができる。まぁそんなわけでな、そういうくだらん政治ネタでかき回されるのは困るんじゃよ』
「そうだったの」
がっくりと肩を落とすソフィア。しかし老人は真剣な顔になる。
『気をぬくのは早いぞお嬢』
「え?」
『ソルの組織の全てとは云わんが、どうにも性急すぎる輩がおるようじゃな。どうやら多量の爆弾や罠を仕掛けたらしい事が判明しておる。今こっちの手の者を向かわせて撤去に奔走しておるが、間に合うかどうかわからぬ。例の少年はどうしておる?』
「アヤが守って安全な場所にいるわ。最後の連絡では町外れの丘の上だとか」
『それは上々。お嬢、すぐ彼らを収容するかその場から動くなと言いなさい。
彼ら、ドロイドが噛んでいると気づいて爆弾の破壊力をあげた可能性がある。対人用でなく破壊力の高いものがいくつか見付かっておるんじゃ。迂闊に町に入ってはいかんぞ』
「わかった、すぐ伝えるわ。ちなみにどういう類のセンサー使ってるの?それともどこかから制御してるわけ?」
『連邦規格の小型通信機の波長に反応するようじゃ。ソルでは超光速通信は未だ実用化されておらんからの。誤動作のしようもないから安全というわけなんじゃろう。
アヤは機械なぞ持っておらぬがあれは自力で通信できるからの。あれが爆弾のすぐ近くでお嬢に通信を試みたらえらい事になるぞ』
「わかった。すぐ伝えるわ。ありがとうお祖父様」
『ふふ、なぁに。わしは楽しませて貰うとるよ。ではの』
通信が切れた。
「ソクラス聞いてたでしょ?アヤはどこにいる?」
『それが……』
「なぁに……まさか!」
そのまさかだった。
『はい、市街地に入ったようです。野沢誠一君の自宅に向かっているかと』
「冗談じゃないわ!すぐ止めなさい、急いで!」
『どうやってですか?』
え、というソフィアの反応にソクラスは続けた。
『彼女に連絡をとるなら超光速通信を使う事になります。つまり通信できないんですよ?』
「!」
ソフィアは一瞬だけ考える。そして、
「……ソクラスを地上に降ろしなさい。ステルス一切かけないで」
『!?』
そう、毅然として言い放った。
『馬鹿な!違法行為どころじゃすみませんよそれ!最悪、ソルの歴史自体を変えてしまうかもしれない!』
異星文明の存在すら信じていない世界の町に、突如として異星の宇宙船が降下したらどうなるか?
何が起きるかなんて言うまでもない。
だが、ソフィアは毅然とした態度をくずさない。
「罪なら私が全部ひっかぶります。
最終確認、最優先事項は誠一君の保護。とにかくアヤの注意をこっちに向けなさい。船舶灯を点滅させて発火信号を送りなさい。内容は『爆弾危険・通信するなすぐ戻れ』よ。
そして誠一君を回収したら、ただちに離脱するわ。
これは銀河連邦議長の娘としての最善です。他に手がない以上違法行為でもかまいません!
さあはじめなさいソクラス!」
『……』
ソクラスは最初、沈黙していた。だが、
『いいでしょう。では、せいぜい派手にやりましょう』
「理解が早くて助かるわ。さすがね」
『はは、貴女との旅はいつだってこんなのですからね。たまには最後まで平穏な旅がしたいものですよ』
「笑えないわねえそれ」
『いやまったく。ま、退屈だけはしないわけですが……』
そんなやりとりの途中、ソクラスの口調が突然に硬化した。
『緊急警報。筆山公園にしかけた広域センサーが中規模の爆発を確認しました』
「!?」
『アヤの現在位置と爆発推定値が一致します。巻き込まれた可能性が非常に高いです』
躊躇せずにソフィアは叫んだ。
「すぐ降りなさいソクラス!なんなら地上まで彗星モードで突っ込んでもいいから!」
『了解。ステルス保持のまま緊急降下。ソフィア様、着席を』




