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α(アルバ)・第六版  作者: hachikun
8/15

誘い

 野沢誠一という少年を社会的な面だけで考察すれば、それは間違いなくモテない、冴えないという事になる。

 やぼったい。

 根暗。

 思考に没頭する癖があり、非社交的。

 そして21世紀のいわゆるヲタとは違うが、彼もまたオタクであった。

 まぁ、要するにモテない要素を煮つめて作り上げたような存在が彼であり、それを本人も少しは自覚していた。後に精神的に成長した彼は当時を回想し、よくみんな普通に話してくれたなぁと思う事になるのだが、ようするに彼はそういう人物。少なくとも、二枚目三枚目が活躍するような物語の主人公にはなりえない、そういう人物のはずだった。

「……」

 なのに今、誠一の傍らにはお人形のような美少女(アヤ)がいて。

 しかも、なぜか熱心に旅立ちの誘いまで受けている。

 

 

 ひとの手による生命、つまり合成生命体を自称する存在で、事実、不思議な力をもち、そして危機から誠一を救ってくれた存在。アヤという存在を説明すると、そういう事になる。

 だが、人間ではなくアンドロイド、人工物であるというアヤ本人の説明だけはどうしても、誠一には受け入れがたいものがあった。人間とそっくりな何か、ではない。誠一にはどうしてもアヤが人間そのものに見えたのだ。

 実を言うと、アヤの規格である七型ドロイドを策定した人物も同じ考えを持っていたのだが……それは地球の時間で一万年も昔の事。今知るひとはほとんどいないし公知の考えでもない。

 そしてそれこそ、アヤが誠一に何かの価値を見出している原因なのだが、当の誠一はそれを知らない。またアヤもそれをいわない。

 だから、誠一の頭は今の状況が信じきれていない。

 それはそうだろう。

 自分自身の価値と、今までの自分の人生を客観的に考えて。

 いったい自分のどこに、こんな美少女から熱心に勧誘されるような価値があるというのか?

 わけがわからなかった。

「この星を出ましょう、誠一さん」

 歌うようにアヤは言った。

「星の世界は広いです。めまいがするほどに広大で果てすら見えません。この星が恋しければ時々戻ってくればいいじゃないですか。ね、いきましょう誠一さん」

「……」

「誠一さん」

 アヤの招待に応じるかどうかはともかく、彼女の声はとても心地よいものだった。

 特有の微かな訛りがあるのだけど、それも誠一の知る、日本語に不慣れな欧米人の訛り方とは全く違っていたし、そしてもちろん家族のそれとも違っていた。いつまでも聞いていたい、そんな気持ちにさせるものだった。

 空はもはや、夕刻が過ぎて夜空が広がっていた。しかし誠一とアヤはこの場から動いてはいない。まだ安全の確認がとれておらず、ソフィアのいる母艦からの連絡もないからだ。

 地球国家関係者の介入が確実となった今、迂闊に動くことはためらわれた。

「なぁ」

「はい?」

 期待に目を輝かせるアヤに、誠一はやれやれとためいきをついた。

「頼むから少し考える時間をくれよ。そりゃ俺はボンクラだけどさ、それでも地球に未練がないわけじゃないんだから」

 そう。誠一にだってわかる事。

 アヤの説明通りの状況なら、少なくとも当面は家に帰れない。彼らが保護してくれるのはありがたい事だろう。

 さっきからアヤが薦めてくるのは、あくまでその一時的な保護が終わってからの話。つまり逆にいうと、一度宇宙なりなんなり、彼らの元に向かう事になるのは決定事項らしい。

 だけど。

 では、いったい何日、何ヶ月、いや、もしかしたら何年の間、保護されていればいいのか。いやそれ以前に、そもそも帰れるのか。

 

 いや、そもそも。

 一度行ってしまえば、もう戻れないのではないか?

 

 誠一がもう少しおバカな少年なら、そこまでは悩まなかったろう。

 だけど彼は残念なことに、その先を考えられるだけの知恵はかろうじて持っていた。

 そう。

 少年ひとり避難させるのなら、技術の進んだ異星の人たちなら実に簡単だろう。

 しかし。

 地球と本来、なんのつきあいもない宇宙の国の人間が日本の政府だか警察だか公安だかの意向を調査して、無力なひとりの少年ひとりが安全に帰れるかどうか確認し、必要なら何らかの交渉や手続きをする……それがどれほどに大変な事か、悲しいことに誠一は想像できてしまった。

 

 出てしまったら、二度と帰れないかもしれない。

 いや。

 それどころか、現時点でもう……二度と戻れないのは確定かもしれない。

 

 その認識は、誠一の気持ちを暗くさせた。

 もし、そんな誠一を心配そうに見て、そしてその目を宇宙に、宇宙にと向けさせようとしているアヤがいなかったら、誠一の気持ちはどうなっていたろう?それほどの不安だった。

「すみません誠一さん、あまりにも性急なお誘いでしたね。でも、どのみち当面は宇宙にいる事になりそうですし、その間にでも考えていただければ嬉しいです」

「ああそうだね、わかった」

 それだけは即答できた。

 実際、異星の存在であるアヤたちがいる限り危険はつきまとう。彼女と関わり続けるならば地球にいるのはよろしくないだろう。それくらい誠一にだってわかる。

 そして、だからといって彼女たちを忘れ、二度と関わらないというのも無理そうな気がしていた。

 だけど。

 仮にアヤの誘いに応じたとしても、まだ問題はある。

 仮に宇宙に行ったとしてどうやって暮らす?

 言葉も文字もわからない異邦。

 仕事どころではない。生きていけるかどうかすら全くわからない。そして地球に残した知人や家族との連絡もとれない。

 まぁそれ以前に、地球同様の貨幣経済が回ってない国だったら、そもそも生活の糧を得るにはどうするのって所から始めなくてはならないのだけど。

「あ」

 と、そこまで考えたところで誠一は今更のように気づいた。

「?」

 突然に短く声を出した誠一に、アヤが首をかしげた。

「どうされたんですか?」

「まずい。家は、家はどうなってるんだ?」

「家、ですか?」

 アヤは首をかしげた。

「誠一さんが帰宅されていない以上、心配はないでしょう。いくらなんでも、家ひとつまるごとどうにかするなんて事をしたら話が大きくなりすぎます。ご心配はわかりますが杞憂かと」

「そうか?でも、犯罪者の家族なんかだと警察とかマークする可能性はあるだろ?」

「その懸念はもっともですけど、この国は法治国家です。ならば、警察組織が普通の家庭を名指しでマークするには、きちんと法的根拠が必要とは思いませんか?」

「……あ、そういう事か。でも安全かどうかは知りたいんだけど」

「はい、わかりました。では念の為、確認してみましょう」

 何でも書類、手続きでメンドクサイと思われがちな法治国家のシステムだけど、こういう時は味方になる。

 つまり、関係者の胸先三寸だけで、罪もない国民に危害を加えたり罪科を捏造して逮捕したりはできないという事。それをするにはちゃんと、捕縛するなりの法的根拠が必要なのだ。

 誠一ひとりの場合は、たとえばソフィアたちを出身国不明の密入国者として扱うだけでいい。少なくともそれで、罪には問えないが関係者として同行を求めたり、場合によっては参考人として手配も可能だろう。

 でも、それだけで誠一の家族をどうにかするにはちょっと弱すぎるというわけだ。

(……ふむ)

 しかし、本当にそうだろうかとも誠一は思う。

 単にソフィアと会話し、ちょっと一緒に歩いただけの誠一をああも性急に拉致しようとした連中だ。どんな考えに及ぶか知れたものではない。

 彼には姉と、そして父母がいた。

 胸騒ぎがして、そして止まらない。

「やっぱり一旦戻りたい。ダメか?」

「え?」

「安全確認するとして、その連絡はここからできるの?結果を受け取るのは?移動しながらはできないのか?」

「あー、できます。ですが危険になります」

「危険?」

「今現在ですが、おそらく認識されていないと思いますけど、わたしたちのまわりには結界が張られています。これは侵入者を阻止するためのものですが、これは移動時に張り続ける事はできないのです」

「あー……そっか。そういうことか」

 だが悠長に待っている事もできそうにない。

「よし。俺ひとりで行く。君はここで連絡を」

 待っててくれ、と続けようとしたのだが、

「本末転倒ですそれは。行くなら当然わたしも行きます」

 あたりまえのようにアヤはつぶやいた。

「しかし危険だろ?」

「危険なのはわたしでなく誠一さんです。わたしを地球の兵器で傷つける事なんてできませんが、貴方は簡単に殺されてしまう存在だという事を忘れないでください」

「それはそうだけど……」

「どうしても行きたいのですか?」

「ああ」

「そうですか」

 アヤはしばらく考え込んでいたが、それではと手を打った。

「ぎりぎりまで近づいてみましょうか」

「ぎりぎり?」

「今、誠一さんがご家族にお会いになったら、ご家族までも宇宙に逃げなくちゃならなくなります。意味おわかりですか?」

「あ……」

 そこまで考えていなかった誠一は、確かにと思い立って青くなった。

「それはまずいな」

「はい、ですけどご心配なのも当たり前のことです。なるべく近づいて確認してみましょう」

「悪い」

「いえ、とんでもありません」

 ふたりは立ち上がり、歩きはじめた。

 月が登りはじめていた。おりしも満月であり、月明かりが煌々と照らす地上は思いの他に明るい。そこをふたりは歩いた。

 月夜の花畑を女の子と歩く。

 こんな状況でもなければ誠一は、これは夢かと疑っただろう。

 幻想的な世界が広がっていた。


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