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α(アルバ)・第六版  作者: hachikun
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伝承

 野沢誠一が目覚めた時、そこは見知らぬ丘だった。

 空は少し夕闇に傾いていた。

 田舎のこの地の空は美しい。まだ世界は鈍い赤に染まってはいなかったが、気の早い空の一部は夜に向けてその風景を少しずつ変えている。

 そんな中に誠一はいた。花畑の中。知らない女の子の膝枕で。

「あ、ご、ごめん!」

 事態に気づいた誠一は慌てて起き上がろうとしたが、

「まだ起きなくていいです」

 だけど、少女の手でそれは止められた。

「はじめまして野沢誠一さん。わたしはソフィア様の護衛を(おお)せつかっている者。連邦規格α(あるば)七型アンドロイド、製造番号五番。通称『アヤ』といいます。どうかよろしくお願いします」

「あ、アンドロイド?」

「はい」

「えっと、なに?どういうこと?」

 目を点にした誠一に、少女……自称アヤは説明をはじめた。

 誠一が道案内した女性ソフィアが実は異星人である事。

 現地の公安組織のようなものがソフィアを付け狙っていた事。

 そして誠一の親切心が仇になり、誠一も関係者か何かのように誤解され、一緒に狙われてしまったらしい事。

「……」

 にわかには信じられないのだろう。それはそうだ。

 ある日突然知らない女たちがやってきて、わたしはロボットで彼女は異星人ですなんて言ったら普通はどういう反応を示すだろう。とても信じられないし、冗談と思うか、しまいには頭を疑われかねない。

「ソフィアが……彼女が宇宙人?」

「はい」

 信じられないのは無理もない。

 確かに違和感はあった。普通の外国人ではないよなと。

 しかしまさか、外国人(よそのくに)どころか異星人(よそのほし)だったとは。誠一は自分が柔軟な頭を持っているつもりだったが、それでも、にわかには信用できないものだった。

「信じられないですか?」

「あー、ごめんちょっと、ついていけないっていうか」

「なるほど。では、これでどうでしょう?」

 そう言ったかと思うと突然、誠一の脳裏に何かの風景のようなものが浮かんできた。

「!」

 

 

 広大な宇宙の果て。どこともしれぬ遠い星。

 人種的には地球人とほとんど変わらないが、まるでファンタジー映画に出てきそうな巨大な神殿と、不思議な衣装の人々。

(これは?)

『わたしの製造された星の風景です。わたしの記憶の中から取り出しました』

『な……に?』

『キマルケ王国といいます。今はもう滅びてしまいましたが、とてもいい星でした。それよりホラ、あれを見てください』

(!)

 月らしきものが見える。見えるのだが何かおかしい。

『この点々って、まさか……』

 遠くて見えにくいが、誠一にもわかった。

 月そのもの自体、見覚えのない色と模様だった。でもそれ以上に、月自体の表面や、その周囲の空間にちらばる大量の小さな光点と、何やら人造物っぽいものが気になった。

『この小さい光……衛星か何かか?でも異様に多くないか?』

『港湾設備の光です。上空には軌道エレベータや小型船で移動して、そこで諸外国向けの船に乗り換えるのです』

『港湾……そうか宇宙港か!』

『キマルケ王国は他星系とのおつきあいはあまり多くなかったのですが、それでもいくつかの国との間に定期便を運行していました。たとえば遠くの例だと、テンドラモンカ行きが地球の単位で約270光年、マドゥル星系のカルーナ・ボスガボルダ行きに至っては1000光年以上の遠くの星系でした』

『1000光年!?』

 

 

 映像は消えて、再び誠一はアヤの膝枕に戻っていた。

 そのまま膝枕で過ごしたい誘惑にもかられたが、誠一の頭の中は、それどころではないと言っていた。だから彼は頭をあげ、起き上がった。

 そして今度はアヤも止めなかった。

「今の風景は……きみの生まれ故郷?」

「アヤと呼んでください」

「ふむ、アヤか。わかった」

 この目で見ても信じられない……誠一の内心を描写すれば、まさにそんな感じだった。まあ当然といえば当然だろう。

 だけど誠一の中にはもうひとつ、別の気持ちもあった。

 

 誠一はどちらかというと、中学生にもなって夢見がちな少年だった。

 人づきあいが苦手だけど好奇心だけは旺盛。そんな誠一が好んだのは星の世界の物語だったが、同時に中学生になった彼はひとつの現実も知っていた。

 おそらく、自分は星の世界へは行けないのだという事を。

 学校に行くようになり、現在の地球の状況を知った誠一は、それを思い知らされていた。

 

 いつか。

 それが何百年未来か知らないが、いつか人類は星の世界に乗り出す可能性があるだろう。

 だけど、おそらくは22世紀だろうと24世紀だろうと、人類は遠くてせいぜい内惑星、つまり火星や金星あたりをうろうろしており、たまに申し訳のように外に探査機を飛ばすくらいだろうと誠一は考えていた。

 科学技術の発達の遅れ?

 それもあるが、それだけではない。

 そもそも。

 地球人類には、外に出よう、外に行こうという気持ちが希薄なのではないか。

 他国と戦争するため、他国と張り合うために無理やり月までいって自慢くらいはするが、その先には決して進もうとはしない。

 なぜか?

 遠い宇宙の果てに夢を馳せるのは一部の科学者とロマンチストだけで、一般的地球人類は外の世界に興味などないからだと。

 

 そう。

 行けるはずのない星の海に、魂まで焦がれる気持ち。

 それは今まで誰にも打ち明けた事のない、絶対にかなうはずのない誠一の夢だった。

 

 だからこそ、誠一はひどく困惑していた。

 目の前にいる自称アンドロイドだという少女。その言葉を疑ったわけではない。

 いや、それよりもむしろ。

 彼女たちとの出会いがまるで、誰かが自分を、何か途方もない、二度と戻れぬ旅路へと引きずり出そうとしている。そんな気がしてならなかった。

 誠一は思わず、手のひらを握りしめた。

「なるほど、きみは」

「アヤです」

「そうか。わかった、アヤ」

「はい」

 とりあえず誠一は、目の前の問題を片づける事にした。

 そう。

 宇宙がどうのも大問題だったが、同じくらいに彼を困惑させる存在が今、目の前にいたから。

「つまりアヤ、君が宇宙からきたっていうのはわかった。ソフィアもそうだっていうんなら、きっとそうなんだろうな」

「はい」

「でも、きみがアンドロイド、つまり機械というのは?」

 膝枕は柔らかく、暖かかった。こうして会話していても機械っぽさは全く感じられない。

 アンドロイドだというのなら、この身体も人工のもので、ココロもつくられたものなのだろうか?

 誠一には、とてもそうは思えなかった。

 すると。

「あ、それは違いますよ」

「?」

 誠一の思いがわかったのか、少女(アヤ)は苦笑いした。

「わたしは人工的に作られた存在ですが、同時に生命体でもあります。この身は歯車を組み合わせて作られたのではなく、遺伝子という設計図を組み換える事により製造されたものなのです」

 遺伝子操作。その言葉は確かに誠一も理解できた。

 理解できたが、むしろその理解はアヤの期待とは逆の方向だった。

「はぁ?ちょっと待ってくれ。それって人間じゃんか」

「違います」

 アヤはきっぱりと言ってのけた。

「わたしは限りなくひとに近い構造を持っていますが、それでもひとではありません。

 そうですね。たとえばこの星の宗教で、ひとは土くれから作られたという話がありますね。あの例えを引くならば、わたしは土くれでなく海の泡から作られたものと言えます。そして、ひとを作った者に作られたのではなく、ひとの手によって作られたもの。

 ゆえにわたしは人ではありません。ひとそっくりの人工物なのです」

「いや、だからさ、限りなくひとにそっくりでひとの心があったら、それは人間でしょうが」

「だから違います」

「違わない」

「違います」

「だーかーらー」

 いいかげんにしろ、と言いたげに誠一は眉を寄せた。

「しつこいですよ誠一さん。わたしはひとではありません。そしてその事に誇りも持っています。貴方はわたしを馬鹿にするおつもりですか」

「そういう意味じゃないってのに!ああもう!」

 誠一はボリボリと頭をかいた。

「じゃあ聞くけどさ」

「はい」

「アヤ、きみが言うところの『人間』と『アンドロイド』の違いって何だ?」

「もちろん、それはそれは人工物かどうかです」

 ためらいもなく答えが来た。

「ふーん……じゃあ聞くけど、かりに俺が殺されて、アンドロイドの身体に心だけ移植されたとして、そんな俺は人間かい?」

「人間ですね」

「そうなのか?だって、肉体の全てがアンドロイドなんだぜ?その心が人間かどうかなんて、客観的にどう判断する?区別つかないだろそれ?

 それとも、宇宙文明では『心』についての解析も完全に終わっていて、自然に進化してきた人間とアヤたちの心には、アヤたちの心と俺みたいな人間の心で、誰の目にもわかる決定的相違があって判別できるっていうのかい?」

「それはありませんね」

 ふむ、とアヤは少し考え込むようにして答えた。

「人工的にデザインされようがされまいが、生誕して学習を重ねるというプロセス自体は大きく変わらないのですから。

 ぶっちゃけた話、自然に生まれた人間をドロイドとして教育する事も可能といえば可能です。もっとも人間はドロイドとしての生活に向いていない……そもそも、人間が苦手な部分を補佐するためにわたしたちドロイドは作られているのですから、わざわざ人間をドロイドとして育てる事になんのメリットも見出せませんが」

「……あのね」

 ふうっと誠一はためいきをついた。

「アヤ、君のいいぶんを平たくいうと、人間か、それともアンドロイドかというのは純粋に社会的な区分けでしかないんじゃないか?君の住んでいる国、えーとキマルケだっけ?」

「それは生まれた星です。今の所属はオン・ゲストロ……いえ、先日をもってソフィア様の元に赴任いたしましたから、所属は銀河連邦になりますね」

「そうか。まぁその恩下衆(おんげす)だか連邦だかは知らないけどさ、それは単にその国なり地域の規約でそうなってるってだけの話じゃないのか?つまり、人間を中心として社会を作る上で混乱を避けるため、こっから先はロボットで、こっからこっちは人間という線引きを決めたって感じか?」

「その認識は否定しません。確かにそれはおそらく、社会的な慣習が元になっているんだと思います」

 アヤは誠一の意見を否定しなかった。

「しかし、少なくとも銀河連邦はもとより、少なくともここ数千万年の間に銀河にあった国のほとんどは、この考えを採用しています。これは銀河における基本的な常識ともなっているものです。

 ゆえに誠一さんは人間であり、わたしはドロイド、人工物なのです」

「……ちなみに、ドロイドとアンドロイドの違いはなに?」

「あー、日本語だと微妙な差異になってしまいますね。

 といっても、元の意味も大差ないのです。あえていうと、ドロイドというとヒト型ではないものも含みますが、アンドロイドといえば知的生命体の容姿をもつものだけを示します」

「ほう」

「ですが、そもそも知的生命体って銀河にいるだけでも何千種類になるかご存知ですか?」

「いや、知らないけど……ああなるほど、つまり厳密な区分けが難しかったり、地域差が大きい言葉なんだな?」

「はい、そうなります。

 連邦公用語を学ばれる機会があれば確認できるかと思いますが、地球の言葉の『ドロイド』と『アンドロイド』に訳している元の言葉も、やはり似たようなというか大差のない言葉です。しばしば混同され、あいまいに利用されています。

 たとえば、ソフィア様の祖国である惑星アルカインでどう使われているかと言いますと、『ドロイド』は限りなく『ロボット』に近いですが生命体由来のものに使われる事が多いようです。そして『アンドロイド』はアルカイン型、つまりヒト型のドロイドに使われる事が多いようですけど、実は『ドロイド』区分ですらない純粋な機械式のヒト型も、ヒトガタであるという理由だけでアンドロイドに区分されているのです。

 つまりソフィア様の星でアンドロイドとは『限りなく人に見えるが、人でない被造物』の総称なわけですね」

「なるほどなぁ」

 ふむふむ、と誠一は頷いた。

「ふむ、ようくわかった。アヤの言いたい事も背景も、アヤが人間ではないという言葉の意味もね」

「おわかりいただけましたか」

 どういうわけか、アヤは誠一の返事にホッとしたような、それでいてどこか寂しそうな表情をしていた。

 だがその次の瞬間、アヤの眉は再びしかめられる事になった。

「ようするにアヤ、きみは人間ってわけだ。

 アヤだけじゃない、アヤと同様にこの宇宙で生きていて、人造物だと言われている存在の何割か、いや、もしかしたらその全ては実は人間なんだな。ふうむ」

「全然わかってないじゃないですか……」

 思わず頭を抱えようとしたアヤに、誠一の言葉は続く。

「何いってんだアヤ、きみが言ったんだぞ。

 人間かそうでないものかの相違は人工物かどうかだけど、それは客観的に区別できるものではないって。社会的な慣習でつけられた区別にすぎないってな」

「ですから、その意味でわたしは人間ではないと」

「あのさぁアヤ」

 やれやれと誠一はためいきをついた。

「その『社会的な事情』っていうのは銀河文明での話だろ?

 で、ここはその銀河文明の中なのか?俺はその銀河の人々か?違うんじゃないか?」

「!」

 あ、とアヤが何かに気付いた顔をした。

「ここは日本であり、しいて言えば地球って星の上で独自に発展してきた小さな世界だ。銀河のお約束とやらは知らないし、歴史的経緯も知らない、そんな世界なんだよ。

 で、そんな世界の住人である俺は思う。

 アヤ、きみは人間だよ。少なくとも俺の、そしてたぶん、多くの日本人の価値基準でもね。

 ただ、生まれ属した社会での区分けが人間ではなかった、それだけの話だよ」

「……」

「アヤ?」

「……」

 アヤはなぜかフリーズしていた。まさかという顔で誠一をじっと見ていた。

「誠一さん、あなたまさか」

「?」

 じーっとアヤは誠一を見た。まるで何かを確認するかのように。

「な、なんだよ?」

「……」

 そうして、しばらくアヤは何かを悩んでいたが、やがて「なるほど」と納得顔になった。

「そうですか。誠一さん、貴方は」

「え、と、何?」

「いえ、なんでもないんです。すみません」

 アヤはしばらく誠一を見て、そして何かを悩んでいた。

 しかし何かを思いきるように一歩前に出て、そしてこう言ったのだ。

「野沢誠一さん。わたしと共に参りませんか?」

「え?参る……行く?どこに?」

 誠一がそういうとアヤは微笑むような、何かを見透かすような不思議な微笑みを浮かべ。

 そして、右手をゆっくりと動かし、空を指差した。

 

 

宇宙(そら)へ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 後に聞かれた話によれば、少年を宇宙に連れ出そうとしたのはアヤの方だったという。ソフィア姫はむしろ彼を連れ出すまい、そのまま惑星ソルの原住民として平和に生きさせる事を望んでいたらしい。

 もちろんそれには異説もある。

 だけど、ひとつだけ確かな事は。

『──誰に告げよう』

『解き放つ鍵。それは凡人。どこにでも居るであろう者』

『得し者、心せよ。境界線なき者の心を育てよ、それこそが開放の芽なり。ゆめゆめ忘るるなかれ』


 誰ともしれず伝わる言葉。

 誰とも知れず語られる、もうひとつの銀河の歴史。

 

 それは確かにたった今。

 静かに始まったのだった。


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