背景
日本国内の某所。夕刻。
隠された場所にその集団はいた。
四角い部屋に四角く並べられた机は、皆で陣を囲って話し合いをするためのものと思われた。そこに日本人の中高年の男たち、そしておそらくアメリカ人と思われる者数名が並んで座っていた。
おそらく、それはもっと昔……日本がGHQの占領下だった時代、あるいは米国と蜜月状態で深くつきあっていた時代なら普通の光景だったろう。
そうした調和が崩れたのは、1972年の日中国交開始である。
歴史を学ぶと『日中国交正常化』と学ぶかもしれないが、その言い方はまるで過去に中国と正常な国交があったようなニュアンスである。実際には過去に日本が国交していたのは中華民国、つまり現在の台湾政府であった。つまり日本は長年親交のあった台湾を捨て、中国共産党の手をとった事になる。
もちろん、このあたりにはもろもろの諸事情があるため、一言でどこがいい、悪いとは言えない。
ただ、ここで言える事は、軍事的にいって米国の庇護下にある日本の現状をまるっきり無視して、米国を捨てて中国の手をとれという無責任な論調の自称・知識人が爆発的に増大したのも事実であった。
まぁ、ここは日本の評論家を批判する場ではないので要点だけを語ろう。
重要なのは、日米の軍事協力にこの時代、暗雲が垂れ込めはじめていたという事だ。
未だ冷戦ど真ん中であり、しかも日本は東西の陣営に挟まれた非常にあぶない地理的条件にあった。にもかかわらず、軍隊など存在するだけで悪だという論調で叩きまくる者たちのせいで、国土を、民を守るという国家として最低限の防衛ラインが脅かされていた……いや残念ながら過去形でなく、現時点でも脅かされているのである。
この、隠された場所での会合が始まったのも、そうした経緯だった。
日米の有識者や外交畑の専門家がひっそりと集まり、討論を行う。ただし彼らの本題は防衛が優先なので、語られるのは現実的な戦略問題が主体である。
そんな彼らだったのだが。
「ふうむ。コレは問題デスネ」
男たち、特に日本側の顔色は冴えない。
彼らの元には、ついさきほど緊急でもたらされた情報があった。つまり、ターゲットと接触した少年を確保しようとした日本公安のチームが女子生徒に扮した異星人由来と思われる『何か』に襲われ、ひとりを除く全員が負傷、しかも『何か』は少年を連れて行方をくらましたというもの。
「作戦ミスという事ですかな?中学生という年代を考えれば、できれば身内を介して身柄を確保するなど対応をですな……」
「いや、どちらにしろ時間的に無理だった可能性が高いと思われます。異星人側が少年を確保した理由は不明ですが、かりに少年の家族経由で話を通したとして、おそらく先に連れ去られた可能性が高いと思われますし」
「しかもその場合、問題の『何か』……宇宙人が進んだ技術による武装で抵抗する可能性もわからなかったわけですからな。今よりもっとまずい事態に陥った可能性もあるわけで」
「イエス。少女の姿デ、屈強な兵士たちに勝てル相手……しかもその技術が不明。そんなものがいると判明しただけでも重要ですネ。今は何より情報が欲しいところです」
「で、どうします?自衛隊の部隊も現地に派遣する予定ですが、米軍の方は」
「もちろん派遣しまス。少年の安全確保という命題もできたわけですし、全力を尽くしましょウ」
日本人の少年がさらわれたという事もあり、彼らの論旨はターゲット、つまりソフィアなる異星人よりも誠一少年を救い出す方に焦点を移しつつあった。
確かに彼らにとり、異星人という存在は大きい。だが迂闊に手を出すと何が起きるかわからない異星人より、おそらく話が通じるだろう地元の少年を助けようと考えるのはおかしな話ではない。
もちろん異星人捜索用のミッションも続くわけだが、少年から事情を聞くだけでも、異星人が何を求めてやってきたのか等、それなりの情報が得られるだろうという事もあった。
だが。
「子供の救助に夢中になるのもよろしいが、少し議論が脇道にそれてはいませんか?あくまで本題は危険な異星人ソフィアの殺害です。人道主義はわかるのですが、ここは皆さん、お互いに国益について今一度、お考えになっていただかなくては」
男たちの会話に割り込んだ声があった。
その者は小柄な男だったが、日本人ともアメリカ人とも違っていた。いや、人種的には大きく違わないと思われたが、そもそも装いが全く異なっていた。
見る目のある者なら、その者の着ている服が銀河連邦……すなわち彼らがターゲットにしているソフィア嬢と同じ陣営のものであると気づくかもしれない。デザインこそ違っていたが、胸のところには連邦所属国に共通の意匠が普通にこらされていたからだ。
しかし、その者はそれを隠すつもりはなかった。理由は簡単で、この野蛮な未開惑星に、胸のマーキングの意味を知る者などいないと考えているからだった。
さて。
この小柄な男の、ある意味ここの面々を小馬鹿にしたような物言いに一部の者は眉をよせた。
だが、ここにいる多くの者は、日米では海千のしたたか者。そのような安い挑発にひっかかる者は皆無だった。
小柄な男の方は、彼ら現地人たちの空気に気づいていない。あくまで自分が上位にいるという慢心か、それとも元々が単に小物なのかもしれなかった。
と、そんな中、日本人スタッフのひとりが発言した。
「いやいや、現状で敵側の武装に関する情報がありませんからな。それは平たくいうと、火薬を知らない時代の人間に機関銃で武装した者とノーヒントで戦えと言っているに等しい。
よって、海とも山とも知れない存在より、まず少年を確保する。順当だと思われますが?
少なくとも、ターゲットと直接話をした少年なら、あなたよりは多くの情報をくださる可能性が高いわけですし?」
結構辛辣な物言いに、周囲の面々は一瞬、顔色を変えた。
米国スタッフのひとりもそれに同意した。
「彼の言葉は正しい。詳しい情報とは言わないが、全くのノーヒントである事を考えると、いきなりそのソフィアなる異星人に手を出すのは危険すぎる。少年を確保して情報を得ようという考えはベストではないが、ベターではあるでしょう」
「ふむ。しかし今のままではまずい。このままでは犠牲はもちろん、時間がかかりすぎるのも痛い。ターゲットが宇宙に去ってしまっては我々では追いようもないわけですからな」
「そうですな」
男たちの目が、小柄な男に向いた。
「ほう?何ですかな?」
小柄な男が眉をしかめた時、男たちの中のひとり……静かに話を聞いていた日本人の老人が目を開いた。
「かの者の武装に関する情報を出していただこう。そちらが把握しているものを全て」
「ほほう。それにはどのような代償を支払うというのですかな?」
「代償?」
ふむ、と老人は微笑んで言った。
「我らの手でその者を討つ、という事があなた方にとっての代償ですな」
「話になりませんなぁ」
小柄な男はオーバーなアクションで、小馬鹿にしたような態度で応じた。
「かの危険人物を『貴方たちが』討ってくれれば宇宙の進んだ技術をさしあげよう、それが契約のはずだ。つまり貴方の言う代償とやらはそっちで確保されているわけで……」
「ふむ。ならばとっとと帰るがよろしかろう」
にっこりと老人は笑うと、きっぱりと言いきった。
「どういう事情が知らぬが、あの異星人をあなた方は倒したい。そしてそれには自分たちの手でなく、本来自分たちと国交をもたない世界の者の手で倒させたい。だからこそ、我々のような現地の国にわざわざ声をかけたわけじゃな。
そして我らも、あなたの提示した条件が魅力的だったからこそ、多少の危険を承知の上で賭けに乗ったわけじゃが」
老人はそこで一度、言葉を切った。
「国家というものは賭博師ではない。むろん、一か八かの賭けをする事もあるが、それ以上にリスクを考える事は非常に大切な事なのですよ。
あなたが押し付けようとしているリスクは大きすぎる、それでは取り引きにはならぬ。
いやはや、まことに残念ではあるのですが」
そう言うと、老人は周囲の男たちに合図を送り、そして立ち上がった。
「どうやら同意はとれたようですな。では、失礼いたします」
小柄な男はそんな老人の態度を、この時点では演技だと思っていた。
しかし全ての者たちが部屋から去り、ついには時間がたち、何も知らない警備員が、ここを閉めたいので退室してくださいと言いに来た時点で、小柄な男は本当に彼らが手を引こうとしているのだと思った。
それは困る。
ソフィア嬢を結婚前に殺す事は、彼らの急務だ。しかし彼ら自身の手でやるのはあまりにも危険である事から、ソフィア嬢の専門分野……つまり訪問先の未開惑星の手で殺させる事を考えたのだ。
まさか、常にひとりで探索するはずのソフィア姫が、今回に限って護衛のドロイドを連れているとは彼も想定外だったのだが。
(アルカインには高品位の護衛用ドロイドはいないはずだな。そうか『翁』か、翁が5型相当を手配した可能性はあるか)
議題に出てきた現地人の会話から、男は護衛ドロイドの性能を想像していた。
男は部屋を出た。彼らに情報を提示し、もう一度話にのってもらうために。
原住民に足元を見られるなど屈辱の極みだが、ここは耐える時。
この時点での男は、少なくともそう考えていた。
もちろん実際は逆で、男の方が彼らに遊ばれていたわけだが。
異星人の交渉担当といっても、結局はテロリストまがいの連中にすぎない。そして彼ら老人たちは、まがりなりにも戦中・戦後のかじ取りに顔をつきあわせ、ベターな友好関係や国際関係を目指して奔走してきた者たち。
そもそも、役者が違うのだった。
ただ結論からいうと、本当はここで本当に物別れになるべきだった。ここで男が引き上げていれば結果としてこの後の事件は起こらなかった可能性が高い。
だが、それは「たられば」の世界。
事態はゆっくりと、ゆるやかな坂道で加速していくように、避けようもない事態に向かって進んでいた。




