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α(アルバ)・第六版  作者: hachikun
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狂いだした時(2)

すみません、色々あって猛烈に進行が遅れています。

ぼちぼち進めます。

 誠一少年のいる部屋に男が入っていったのと、ほぼ同じタイミング。

 音楽室の外にいた男ふたりは、ひとりの女生徒が通路を近づいてくるのに気づいた。

 群青色のスカートに赤リボンの白いシャツ。

 セーラーでないあたりが微妙にこの当時としてはモダンなのかもしれないが、それでも典型的な田舎の夏の女子制服といえた。

 髪はロングの黒髪で、腰まで届いている。

 一応フォローしておくと、この時代、わざわざ髪をボロボロにしてまで茶髪にする中学生は頭の悪い不良少年くらいだった。烏の濡れ羽色とか緑なす黒髪なんて古い日本語表現が若者にもかろうじて通用する時代でもあり、つややかな黒髪が美しい髪の、ひいては心身の健康の代名詞であった。そして世の男子たちが全体的に茶髪に決して悪いイメージを持つ事もあり、女子もわざわざ髪を茶色に染めようとはしなかった。そんな時代である。

 まぁ、とはいえ厳密にいうと、ここまでの長さの髪の場合は束ねる事が校則で決められており、その意味では女生徒の姿は校則違反ではある。だけど、それをとがめる者はここにはいなかった。

 瞳は、これもまた黒曜石のような黒。

 もし男たちが正常な状態だったら、黒と言いつつ実は茶黒である日本人の瞳と違い、少女の瞳が真っ黒である事に気づけたのかもしれない。しかし「ここに女生徒がいる」という異常性の方に気をとられていて、そここまで気づく余裕はなかった。

 今、この特別校舎は人払いがなされているはずだ。ここは元々一階が理科系の実験室や特別教室で、二階が視聴覚系と音楽用の教室や資料室で締められている。そして今は本来、放課後であるため、これらの場所を使うクラブ活動さえ退去させ、念の為に裏のコートを使うテニス部さえ退避させれば、安全かつ極秘裏に、ターゲットと接触した少年を確保できるはずだった。

 下の連中は何をしているんだ?

 ここは国立中学であり一般の公立中学とは扱いが微妙に違う。

 ここに通う子女は校風上、ちょっと裕福な家が多い。特に幼稚園から小中までエスカレーターだし、しかも平均偏差値も普通に高め。ゆえに、ちょっとお金のある家の子女が集まる傾向がある。

 つまり、おバカな小僧が少ない代わり、下手に生徒に被害が出ると面倒になりやすいわけだ。

 近づいてくる女生徒は、男たちを見ても驚きもしなかった。黒いスーツ上下に土足というだけでも異様だけど、外のふたりは非常時に備えて武装している。手にある自動拳銃をオモチャか何かと思っているのか、それらにも反応を示さない。

 そうそう。

 ちなみに余談だが、誠一少年は男の態度から警察ではないと看破したが、知識のある者なら彼らの拳銃からも看破可能だろう。

 この時代、警察が採用していたのはニューナンブやM360J等の回転式拳銃(リボルバー)である。だから、彼らが装備している自動式拳銃を見た時点で、彼らが少なくとも普通(・・)の警察官ではないと判断する事が可能だった。まぁ知識があればだが。

 さて。

 女生徒は小柄だった。しかし中学二年女子で151cmもあれば当時としては悪くないのではないか。それよりもスマートすぎ、まるで21世紀の女の子のように華奢すぎる体型の方が気になるかもしれない。

 第二次性徴ど真ん中とはいえ、まだ身体自体の発育も終わっていないのだ。もう少し肉付きがよくないとまずくないだろうか?これではまるで、その姿で完成形と言わんばかりではないか?

 この時代はまだ、中学生以下の少女たちがダイエットなんて時代ではなかった。体型を気にする子女は確かにいたのだけど、少なくとも一般的ではなかった。だから、よく言えば健康的、悪くいえば幼児体型か、せいぜい標準体型的な女の子が多かった。モデルのように、まさに絵に描いたような体形の少女が中高生レベルでいる事はまず無かったのである。

 だからこそ、女生徒のモデル的なバランスのとれた容姿は目立っていた。いや、目立ちすぎていた。

「君」

 男のひとり、身長2mを越える大柄の男が、少女の前に立ちふさがった。

 少女は無言のまま避けて通ろうとしたが、男はその少女に前に回りこむ。

「どいてください。その先に用があるのです」

 男の行動に気分を害したのだろう。少女の小さな口から、鈴を転がすような愛らしい声が、しかし明らかに文句を言っている内容の言葉が聞こえた。

「悪いがこの先は今通れない。後にしてくれ」

 言い方は丁寧だが、男の雰囲気は命令だった。言うことをきかぬ者は排除すると、その目が言っていた。

 だが少女は男の顔を見て、そして表情すら変えずに言い返した。

「いえ、今とおります。あなたがここを通さないというのなら、あなたを排除して通過する事になります」

「!」

 男たちは、少女の反応に不気味なものを感じた。

 何より、男を全く恐れていない事、そればかりか、文字通り大人の子供の体格差を全く問題にしていない事がその態度から読み取れたからだ。恐れどころか、男はまともに相手にすらされていなかった。

 彼らは、そんな態度を示す「若い娘」なぞ、少なくとも市井の職種の者では見た事がなかった。

 ゆえに彼らの行動は素早かった。背後にいた者も拳銃を構え、男も少女の身体を捕まえようとしたのである。

 だが少女は男たちの行動と拳銃を見て、きっぱりと告げた。

「武力による抵抗と判断、これより排除する」

 その瞬間、少女は男の身体を逆に片手で掴みあげた。

 そして手すりの向こう……ちなみにここは二階である……へ、まるでゴミでも捨てるようにポイと投げ捨てたのである。

「な!」

「!?」

 そして下のコンクリートにたたきつけられたのか、イヤな音が聞こえてきた。

 相手はプロだ、簡単に死にはすまい。

 だが今の音からして、すぐには戻ってこないだろうと残った男は直感していた。

 中2女子としても決して大柄ではない少女。その細腕で2mを越える大男を片手で掴みあげ、しかも自由に向きを調整しつつ、肩より高い手すりを越えて投げ捨てられる少女。

 

 結論。

 これは人間では、ない。

 

 さすがに男はプロだった。

 奇想天外にもほどがある光景を見せられたというのに、フリーズしたのは一瞬だけ。迷わず手の拳銃を少女に向け、発射しようとした。

 だが、

「!?」

 少女が左手をかざした瞬間、男はピクリとも動けなくなった。引き金をひくどころか声も出せない。

「こんなところで大きな音をたてて、彼に何かあったらどうするの?やめてよね?」

 そういうと、拳銃を持っている手を掴み、そのまま握りつぶした。

「!!」

 男は声も出せずに絶叫をあげて、そしてそのまま失神した。

 少女はその男もぽいっと下に投げ捨てると、

「さて、彼を回収しますか!」

 さっきまでとは対照的にニコニコ笑うと、ガチャッと音楽準備室の防音ドアを開けた。

「……っ!」

 先に入っていた男が、少女の方を見て何か驚いている。

 少女は委細かまわず誠一少年のところまでいった。

「え、野沢君寝てるの?もう、待ち合わせに来ないと思ったら何やってるんだか」

 なぜか唐突に、普通の女生徒のような可愛い言い方で誠一のそばに寄った。

 そう言うと男から誠一少年をもぎ取り、よいしょと抱えた。明らかに自分より大きな誠一少年を。

 そして、そのまま退出しようとした。

「待て!」

 男は面食らっていたが、やはり彼もプロだった。

 表にいた者たちはどうした?彼らはどうしてこの少女を通したのか?

 それらの事が、男のプロ意識にピンときた。

 男は役柄上、拳銃を持っていなかった。しかし非武装では任務上問題があるかもという事で、スタンガンを携帯していた。

 そのスタンガンをとりだし、警告なく少女の身体を押し付けた。

 だが。

「!?」

 明らかにスタンガンは作動しているのに、少女にはなんの変化もなかった。

 少女は男を無視して、そのまま誠一少年を抱え、歩き去っていった。

(……)

 男は、しばし呆然としていた。

 だが結論からいうと、ここでフリーズしていたから男は助かったといえる。もし外の男たちのようにこれ以上のアクションを起こしていたら、彼もただではすまなかったろう。

 やがて男は、ドアが閉じた音で我に返った。

「っ!」

 あわてて男はドアに駆け寄ると開き、外に出た。

 だが。

「いない!?」

 まさか、下まで飛び降りたのか?

 いや、そもそも待機していた者たちはどうした?

 手すりの向こうを見ると、下に人が見える。待機していた仲間たちだ。

 しかし、ふたりともパッと見ですら重傷なのは間違いない。とても動けないだろう。

「……こりゃあ、ほかの連中も」

 無理だと男は即座に判断した。

 戦力も情報も、何もかも足りない。これではどうしようもない。

 男は迷わずポケットから小さな携帯のような機械を取り出した。

 ちなみにこの当時、携帯電話どころかロクなコードレスフォンすらない。自動車電話と呼ばれるものは一部の高級車に据え付けれられはじめているが、一部のお金持ちのものでしかないし、そもそも手にもって使えるような小さなものはないはず。

 しかし男が持っているのは、原始的とはいえ確かに通信機だった。それも携帯っぽいボタンパネルまでついていた。

「こちら北斗、緊急連絡」

『こちら北斗の里。どうした?』

 とはいえ使っている男自身はこういう通信機に慣れていないようだった。どう見ても同時通話しているのだが、まるで無線機みたいな言い方で連絡をしている。

「こちら北斗。南斗のお姫さま確保に失敗。お后様の従者がお姫様を連れ去ってしまった。テーブルがぐちゃぐちゃだ。至急、追加の家政婦を装備一式と共に寄越してほしい」

『了解。こちらの到着まで動くな』

「了解」

 男は通信機をポケットに戻すと、再び下を見た。

死屍累々(ししるいるい)ってか。訓練時代じゃあるまいし、なんともまぁ」

 だが同時に、相手に手加減されたっぽいのもわかった。問答無用で排除されたっぽいのに、誰も殺されていないだから。

「異星人か……どういう連中かしらんが、もしかして結構、話の通じるやつらなんじゃないか?」

 敵対者に手心を加えるなど、地球人でも平和的な連中でしかやらないだろう。つまりそれだけ平和的な者たちの可能性が高い。

 男はフム、とうなずくと、とりあえず仲間を助けに階段に向かっていった。


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