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α(アルバ)・第六版  作者: hachikun
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狂いだした時(1)

『αミニ辞典:「銀河のスカートはアルカの尻尾」』

 いわゆる人間族の事をアルカイン族といいますが、日常会話ではしばしばアルカと略されます。

 いい例がロングスカートで、これを連邦共通語で「アルカの尻尾(ルラ・アルカ)」といいます。これは、長い尻尾を美しいと考え、尻尾があるとロングスカートは邪魔になるためアマルーはこれを好まず、逆に尻尾がないか痕跡的なアルカイン族はスカートを好むので、だからロングスカートをアルカの尻尾というのです。ここでアルカインと呼ばず切り詰めてアルカと呼ぶのは、アルカイン人が長い尾を持たない事を揶揄する意味もあったといわれています。

 画面の向こうには、服を着た蜥蜴(とかげ)が写っていた。

 といっても別に、別にそれが化物とかそういうわけではない。

 彼はアルダー族。銀河系の知的生命体での最大勢力を誇るトカゲ型人類である。

 アルダー族はアルカイン、つまりヒト型に比べると寒さに弱いのだが、歴史はとても長い。たまたま現在、銀河連邦の議長国なんぞ長年やっているためアルカイン族が目立っているが、実際にはアルカイン族はヒト型の知的種族の中ですら第二位だし、実際の数もアルダーよりずっと少ない。第三位のアマルーよりは多いが。

 実際、お隣のアンドロメダ島宇宙で銀河系のことをトゥム銀河と呼ぶ。これは意訳すると『トカゲの銀河』であり、つまり銀河系は彼らにとり、トカゲ人の住む宇宙なのだ。

 ちなみにこの認識は、銀河系を知る多くの外部文明の認識である。それどころか、連邦共通語を提唱した伝説の賢者である言語学者アーロンもアルダー人である。

 どこぞの青い星でミルクの道と呼ばれる銀河系宇宙はその実、トカゲのウロコで彩られているわけだ。

 まぁもっとも、これはアルカインよりアルダーの方が優れているとか、そういう意味ではない。たまたま古くから広がっていたというだけの話。知的種族としての基本的な能力は蜥蜴(アルダー)だろうがヒト(アルカ)だろうが、それどころか(アマルー)だろうが大差ない。もちろん種族的特色はいくつかあるが、それはどっちが優れているというレベルのものではない。

 さて、それはそうとして画面の向こうの蜥蜴である。

 蜥蜴は、アルカイン族であるソフィアの目から見ても年老いているのがわかる。年季のはいった肌は艶を失いつつあるし、老境のアルダーに生えるという灰色のあごヒゲも綺麗に飾られ、むしろ迫力満点だ。衰える事を知らぬ眼光といい、画面の向こうの老蜥蜴が只者ではないのを伺わせたのだが。

『お嬢か、珍しいの。昔は何かというとおじいさま、おじいさまと来よったにのう。そういえば……』

 そんな蜥蜴の老人は、なぜかソフィアの顔を見た瞬間、悲しげに嘆きはじめた。

「ちょっと、それどころじゃないのよおじい様。ちょっと教えて欲しいのだけど」

 今にも嘘泣きをおっぱじめそうなとぼけた老蜥蜴だったが、あっさりソフィアはそれを遮った。

『なんじゃ?ますます珍しいの。いったい何があった?』

 蜥蜴はソフィアの慌てた雰囲気に、嬉しいようなさびしいような、ちょっと複雑な顔をした。

 もちろん、この蜥蜴がソフィアの実の祖父というわけではない。

 この蜥蜴のじいさま、その名をルドという。好々爺(こうこうや)よろしく笑っているが、たかが蜥蜴のじいさまと騙されてはいけない。このスッとぼけた老蜥蜴の正体こそ、銀河系宇宙のいわば暗黒街のボスであり、連邦の裏社会を統べる『影の帝王』なのである。

 なに、そんな馬鹿なって?

 もし貴方が銀河文明の住人なら、お手元の端末、なんでもいい。銀河連邦のライブラリにアクセスできる端末で調べてみるがいい。ルド(おう)の名で彼の顔や略歴が出てくるはずだ。

 ルド翁は連邦における第一級指名手配扱いの人間である。その重要度は、かのエリダヌス教関係者だが実在すら怪しいとされる謎の女教皇『メヌーサ・ロルァ』を除けば間違いなく、連邦最悪の危険人物のひとりである。

 そんな人物と、まもなくアンドロメダの皇帝と結婚しようという女がなぜ、通信などしているのか?しかも、おじい様などと呼んでいるのか?実はこのふたり、色々あって立場も、年代も、種族も越えた友人同士なのである。

 ルド翁がソフィアを溺愛しているのは裏世界では有名な話だ。ソフィアがはじめて宇宙に出た時にふたりは知り合ったのだが、その時何があったのかはふたりの秘密になっている。王侯貴族と暗黒街のボスの関係なんて普通に考えたら腐臭ぷんぷんの話になりそうなものだが、あいにくソフィアもこのじいさまも普通の人物ではない。それは昭和の歌姫が日本の裏町のボスにかわいがられていたという逸話と同じで、まさに『公然の秘密』として伝えられる伝説のひとつなのだった。

 さて、その可愛い孫娘(ソフィア)の通信である。彼はフム、と何か考えこむような顔をした。

『アヤが何かやらかしたのかと思ったが……そういう話ではなさそうじゃな?』

「簡潔に聞くわお祖父様。原住民の男の子をひとり巻き込んでしまったの。なんとか彼を現地の官憲の目から救う方法はないかしら」

『ほう。それは厄介なことになったの』

 ふぉっふぉっと笑うじいさま。ちっとも厄介だなんて思ってないようだ。

「何がおかしいの。私はまじめに聞いてるのよ?」

『ふむ。ならば、まじめに答えてやろうかの』

 ずい、と老人は身を乗り出してきた。

『原住民という事は、その少年はソルの住民なのであろう?』

「ええ、そうよ」

『ならばその少年を救う方法はふたつしかない。少年をソルから連れ出すか、あるいはお嬢自ら殺めてやるかじゃ』

「そんな事わかってるわお祖父様。私が知りたいのは他の方法よ!」

『……なくはない。が「元の生活に少年を戻す」という選択肢だけはならんぞ、わかっておるな?』

「そんな!」

 悲鳴に近い声をあげるソフィアに、老人はふむ、と頷いた。

『まぁ聞くがよい、お嬢。

 頼りにしてくれるのは嬉しいがな、こればっかりは他に方法なぞありはせんのじゃ。

 未開惑星といってもソルは被監視区域、つまり、まともな宇宙文明なぞ持っておらぬが、ある程度の文明は持ちえておるわけじゃな。

 当然、住民まるごと記憶操作なぞという大技を使うわけにはいかぬし、ソルの文明はそれで騙せるほどには未開ではない。全ての記録も記憶ごと消去するなんてのは我らの技術をもってしてもできるものではない。どこで、どういうきっかけで綻びが生じるやもしれぬ』

「……」

 力なくうなだれるソフィアに、老人は困ったように笑った。

『お嬢。わしらの仲じゃからあえて言わせてもらうがの、それはお嬢の自業自得というものじゃよ』

「……」

『未開惑星の住民と接触してはならぬ、という規則はそもそも、お嬢のようなケースを防ぐためにある。未開といっても相手は知性もつ者であって下等生物というわけではない。情も移るしこういうトラブルも時には起きてしまうもの。そういう事がないようにするためのもの。

 それを知らぬお嬢ではあるまい。わかっておろう?ん?』

「……そうだけど」

 みるみる泣きそうになるソフィア。そのさまはまるで子供。これがおそらく彼女の素顔なのだろう。

 そんな孫娘(ソフィア)に、やさしい老人の声は語り続ける。

「まぁよい、こちらは受け入れ準備をしておくとしよう。

 その者をどうするかの判断はそなたに任せるが、収容するのならわしに連絡してきなさい。しばしの間、わしのコロニーで移民のための準備をした方がよかろうからの。わかったかの?お嬢?』

「……わかったわ」

 いい子じゃ、と蜥蜴の老人はにっこりと笑った。

 

 

 

 こちらは問題の少年、野沢誠一である。

 ソフィアを道案内したために集合時間にきっちり遅れた誠一は、クラブ顧問と担任のお叱言(こごと)をたっぷりもらう羽目になってしまった。今はただ『ちょっと待っていろ』と言われ、音楽準備室兼ブラスバンド部室で、楽器整備用の機械油などの特有のニオイの中でためいきをついていたりする。

 もちろん他には誰も居ない。

「ちぇ。だんだん扱い悪くなるな」

 机にもたれて誠一はつぶやいたが、仕方のない事だった。

 もともと誠一は優秀な生徒ではないし、今や例の冤罪事件でブラックリストにも載っていた。まともな扱いをしろといってもそれは無理。いやむしろ、彼をまともに扱おう、きちんと扱おうとするがゆえの徹底指導であり居残りなのだけど、あいにくと熱意ある教員たちの誠意は微妙に誠一には届いていなかった。

 彼の通う学校は高知大学の附属学校であり、小中一貫にもなっている。誠一自身は中学から受験で入ったいわゆる外部組なのだけど、良くも悪くも坊っちゃん学校な空気を持っている。ゆえに思春期特有の暴走で軽犯罪に走った一部生徒も長い目で見ており、同時に誠一が物証もなく、単に偽悪を気取っている可能性も指摘されていたもので、実は真正面から彼を問題視する者はあまりいなかった。

 だけど、どういう経緯があろうと、誠一が扱いづらい問題児となった事には変わりないし、こうして悪さをすると、通常の生徒のようにちょっと叱られて終わりではすまないのは同じ事だった。

「……」

 誠一はためいきをつき、窓の外を見た。

 吹奏楽部の部室はこの学校でも西の端に近い位置にあり、当時、この学校の西にはコンクリートの公団住宅があった。ゆえに大音量が近所迷惑にならないよう防音設備があるし、また熱がこもらないよう、夏場は冷房もかかっていた。だから昼間にひとりでいると、微かに機械音が聞こえる他はまったくの静寂だった。

 だから誠一は暑さを気にしつつも、窓を少し開けていた。

 運動部の声が聞こえる。

 誠一の部活は今日は演奏会だった。誠一も末席ながら参加していたが、末席であるがゆえに全部のプログラムに参加する必要はなかった。

 こういう場合は自由見学とし帰校後に点呼をとって解散というのがこの学校の伝統なのだが、本来これは厳密には違反である。なぜなら今日は平日であり、クラブ活動は授業の一貫ともいえるのだから。まぁ、かりにも坊っちゃん学校なもので規則を破る者もおらず、だから牧歌的な運営をしていたわけで。

 そして、誠一はそれに違反してしまったというわけだ。

「ふう」

 空はまだ青い。吸い込まれるような綺麗な蒼。

「いつまで待たせるのかな」

 いつ来るかわからないお叱りを待ち続けるのは、気持ちのいい話ではない。

 やれやれと思った誠一だったのだけど。

「……あれ?」

 数人の男の足音がする。生徒ではない。

 生徒ではないと誠一が思ったのは、その硬質な足音だった。生徒たちと運動靴の組み合わせでは出ない、硬い音。

 この学校の校舎は特徴的で、すべての廊下がベランダのように外にある。音楽室と理科室のあるこの別棟も例外ではなく、本校舎と南北逆になっているものの、やっぱり廊下は外にある。

 でも、だからといって土足OKなわけではない。

 なのにこの、防音ごしに聞こえる硬い足音は何だ?

「……誰?」

 それは教師たちの音ではない。

 誠一はよく、部室で古い楽器をいじって遊ぶ。だから少なくとも太った顧問の足音は聞き分ける事ができた。彼の足音が聞こえたらその楽器をササッと隠したり片付けるために。

 その耳がいうのだ。少なくともこれは顧問の教員ではないと。

 部外者の足音。しかも複数いるのに顧問がいない。これは何だ?

 かちゃ、と重い防音扉が開き、その誰かは入ってきた。

「?」

 しかし、入って来た男はひとりだけだった。

 見たこともない男だった。この暑いのにきちんと背広を着ている。不精髭ひとつない端正な顔だ。

「……」

 誠一の中で何かが警告した。これは違う、先生たちみたいな人ではないと。

 そう。

 その男はある種の警察の人のように、何か不吉で暴力的な気配を漂わせていたのだ。

「野沢誠一君だね?」

「はい、そうですけど」

「すまんがちょっと聞きたい事があるんだ。警察、といえばわかるだろう?」

 言葉こそ飾っていたが強制なのは明白だった。誠一は眉をしかめた。

 そもそも、軽犯罪の共犯扱いにされているのだって本来は冤罪である。当然、物証などもあるわけもなく、さらにいうと警察沙汰にもなっていないのだから、ここで警察がここで出てくるわけがない。

 だから誠一ははっきりそう言った。

「わかりません。警察?僕に警察の用になるような事はないですけど?」

 事実ないのだから、きっぱりハッキリそう告げた。

「先日の件だが先方から被害届けが出てね。実行犯ではないそうだが君も関わっているんだろう?詳しい話を聞きたいんだが」

「なんの話か知らないけど、僕には関わりのない事です。それに、もし同行を求めるにしても、僕はまだ授業中の扱いなので困りますね。学校を通して先生を連れてきてくれますか?」

 誠一自身、驚くほどにその言葉はスラスラと出た。

 思えば去年の冬、生徒会の選挙に担ぎ出されたのが大きかったろうか。はじめての経験だったのだけど、大勢の前で演説した事で少し度胸がついたのかもしれなかった。

 それに事実、かりに被害届が出たとしても、いきなり警察が誠一の元にくるのはおかしい。誠一の問題はあくまで犯人たちへの学校の聞き取り調査中に出てきた余談であって、ぶっちゃけ、本当に問題になった事件そのものとは関係がないからだ。かりに誠一も呼ばれるとしても、それは学校を通しての話になるはずだ。

 この点については、誠一の中に確信があった。

 というのも、この点は冤罪事件の際には担任の教師にも言われていたからだ。誠一は実行犯でなく現場にもおらず、関わってもいないのは判明済み。ぶっちゃけると、単に彼らと顔見知りであったにすぎないのだと。

 疑いのない事実を背景にしゃべると、人は驚くほど肝が座り泰然としていられるものだ。まさに誠一はその状態だった。

「それを判断するのは警察の仕事でね。さ、来たまえ」

「おい、何腕掴んでるんだよ。強制的に連れて行くつもりなら法的根拠を提示しろよ……!」

 だが、男は有無をいわさず誠一の腕を捕まえた。

「ははは、ヒビっても事実は変わらないさ。ガキが粋がって悪さするからこういう目にあうんだよ、さ、来いや」

 それは確かに間違いなかった。

 警察を名乗る、しかし明らかに暴力のニオイのする人間に強引に腕を掴まれているのだ。帰宅部の中学生がそんな目にあわされて怯えないわけがないし、事実、誠一も本人こそ気づいてないが微かに震えていた。

 だがそれでも、男は少しだけ誠一を見誤っている部分があった。

「そうか。あんた警察じゃないな」

「あ?」

「警察が誰かを連れて行く時、たとえ現行犯であっても警察手帳を見せ、身分を明らかにしなくちゃならない。これは義務だ。たとえ現職であってもそれを怠った場合は逆に大問題になるはずだ。

 おまけに僕は何の罪もない。いや、もしかしたら知らずに何かやっちゃってるのかもしれないけど、現行犯ではないわけで、しかも僕は逃げようともしていない。この場合、逃げられそうだからとりあえず捕まえたという言い訳すらも通らない。

 それでもあんたは、普通に僕を捕まえようとしてる。

 つまり、あんたは警察官じゃない」

「説明する必要はないな」

 男は態度をいきなり硬化させた。わりと沸点が低いらしい。

「君がやったという証言も証拠もあがってるんだ。詳しい説明は署でするから来てもらおう」

「身分証明をしろと言ってるんだよ。聞こえてないのか、基本だろ?耳ついてないのか?おい?」

 誠一も態度を硬化させた。だがこれは完全にもう虚勢だった。

 男はそんな誠一がわかるんだろう。にやにやと笑い始めた。

「なに、ちょっと話を訊くだけだ。おまえが本当に無罪ならすぐ終わる。そうだろ?だからちょっと来い」

 脅せば通じる相手と断定したようだ。いきなり腕を引き、誠一を引っ立てようとした。

「脅迫のうえに拉致かよ!やっぱり警察じゃないなあんた!」

「うるせえよおまえ。公務執行妨害にするぞ!」

「やれるもんならやってみろよニセ警か」

 いきなり誠一の視点がブレた。殴られたらしい。

 誠一はこういう事に全く慣れていない。荒事という文字は彼の人生にはないものだ。だから誠一はとっさに反応もできず、情けない事に意識まで遠のいた。

 そんな時、朦朧とした意識の片隅。ドアの開く音が彼の視界の外で聞こえた。


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