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α(アルバ)・第六版  作者: hachikun
3/15

奇妙な外人さん

 昭和57年、すなわち1982年の夏。高知県高知市。

 未だバブルすらも知らない時代。オイルショックの残滓はあちこちに存在したものの、小さな360ccエンジンが甲高い音を立てていた軽自動車にまじり、小さいながらも車らしい音を響かせる550ccが目立ちはじめ、岩倉具視(いわくわともみ)の五百円札がパチンコ屋のメダルみたいな五百円玉に変わりはじめた時代でもある。

 オートバイでいえば、レーサーレプリカバイクの元祖と言われたスズキRG250Γ(ガンマ)の発売ですらこの翌年の事であった。ライバルであり、80年代の日本バイク史の看板ともいえるヤマハRZ250ですら、当時はまだ初代・無印の時代。その意味ではバブル同様、昭和最後のバイクブームもまた、激動のピークに向けて勢いを残していた時代でもあった。

 だけどもちろん、時代の波は各地に少しずつ押し寄せていた。

 この当時、関東地方の空はスモッグで薄汚れている事も多かった。数年後、関東に住んだ高知出身の青年は、半日バイクで走ったら顔が真っ黒になり、喫茶店のおしぼりで真っ黒の顔を拭くのをこぼしたが、そんなの当時の都会じゃ日常の光景だった。公害問題は法的な立場でケンケンガクガクが続くものの現場では対策半ばであり、今の中国ほどもひどくはなかったとはいえ、バイクでコンビナートの近くを通りかかるだけでも、近郊の工場からの臭気が鼻を突いた。それどころか、国道脇に住んでいるとテレビやラジオに時々、長距離トラックの発する違法無線の強力な電波が混信して異音を発する事もある。そんな時代だった。

 とはいえ、それは工業地帯や賑やかな都会の話。

 田舎に目をやると、そこは携帯電話どころか、コピー機やFAXすらも田舎の一般人にとっては知らない世界。

 コンビニだって、一部都会はともかく田舎にはない。

 それどころか当時の四国は九州以下の離島扱いで、渡るにはカーフェリーか、いわゆる宇高連絡船(うこうれんらくせん)によるしかなかった。六年後の1988年に本四連絡橋、いわゆる瀬戸大橋が開通するまでは、四国には中央とつながる高速すらもまともになかった。

 しかし、その田舎である四国の中ですらも、高知県はさらに、さらに『陸の孤島』であった。

 何しろ「来高(らいこう)」「離高(りこう)」という言葉があったのだ。来高は今も使われているが高知に来るという意味で、離高とは高知を離れるという意味。これを来日とか、そういうニュアンスで高知では使っていたし、そして今も一部では普通に使われていたりする。

 この言葉の意味するところ……要はそれだけ隔絶された土地だったという事だ。

 もちろん工業も公害もあったのだけど、広いわりに総人口80万そこそこという田舎県である。しかも陸路でつなごうにも、最新の国道でさえ山間部では一車線に毛が生えたような細い道でいくつも峠を超えるしかなかった。

 たとえば一例をあげよう。

 当時の高知市住まいの夫婦が高知市を朝に出発、車で国道194号を使って愛媛に向かったという。当時の話では、車のすれ違いもできないような林道まがいの細道を丸一日走った末、ようやく寒風山隧道という長いトンネルを抜けた時にはもう夕暮れだったという。寒風山を北に抜けると一面の夕焼けだったのがとても美しく、今は老女になった奥さんは「それはそれは美しかったのよぅ」と懐かしそうに語る。

 確かに当時の国道194号といえば、いわゆる旧二級国道であり道路整備がいいとは言えない。実際、かの奥さんも「国道32号線なら半日で行けたのよ。でも、あのひとが行ってみないかって言うから」だったとの事。つまり、隣県に行くならベストの選択ではなかったというわけだ。

 しかしである。その「ベスト」の国道32号線ですら「半日」である。これは当時の感覚で、一日というと朝から夕方までを意味するから、半日とはせいぜい四から六時間であろう。でも、一級幹線道路で隣県、つまり32号線なら徳島や香川県になるが、そちらに向かうのでも、そんな長い時間を見込まねばならなかった。しかも途中にある根曳峠(ねびきとうげ)などは昔から難所で、この当時もよく通行止めが起きていた。

 たかが国道で隣県に行くだけでも、そんなドラマが生まれてしまうのが、当時の高知県の現状だった。

 高速道路なんて話をしたら何の絵空事かと笑われる状態で、しかも鉄道に至っては、21世紀の今となっても高知県と外をつなぐ唯一の鉄道である土讃線は電化すらできていないありさま。

 高知県は、良くも悪くも隔離された土地であった。言葉も、文化すらも他の三県とは異なっており、このため経済的にも大きく立ち遅れてはいた。大きな会社が勇気を出して四国に支社を出しても、高知だけはオモチャみたいな小さな営業所のみ、という事も少なくなかった。

 確かに製紙やセメント等の工業はあり、汚染も、山を破壊しての問題もあった。

 しかし人口密度の低さもあり、それは特定地域の問題になってしまい、全県レベルの問題にはならなかった。

 最も汚れているとされた高知市内の江の口川(えのくちがわ)はさすがに酷いものだったが、ほかの河川というと全体的には、やはり未だ美しさを残していた。別にはるばる西の四万十川(しまんとがわ)まで行かなくても、ちょっと外出好きで目鼻のきく人なら、自分なりの清流の場所を知っている……そんな時代だった。

 そんな時代の高知市の片隅から、彼、野沢誠一(のざわせいいち)の物語は始まる。

 

 

 

 灼熱の太陽光線が、誠一の腕を直接灼いていた。

 目の前にある帯屋町(おびやまち)商店街も、今は昼下がり。日差しを避けてアーケードに逃げ込めば涼しいのはわかっているのだけど、誠一は学校に戻らなくてはならなかった。すでにタイムリミットは過ぎており、戻れば何か言われるのは間違いなかった。

「あっちいなぁ。くそっ!」

 乗っている自転車すらも熱い。暑いでなく熱い。

 高知市は本来、浦戸湾(うらどわん)に面した港町である。だけど、浦戸湾は千年前は干潟だったような土地であり、中まで激しくえぐりこんだ地形の中に、湿気の高い平地が広がっているわけだ。当然そこに港町の涼しさは皆無で、盆地ほどではないが結構暑い。

 それでも休むわけにはいかず、毒づきながら誠一はペダルをふんだ。

 ネットもない時代のしかも田舎、そして帰宅部の中二の少年である。誠一はまだ広い世界をほとんど知らなかった。21世紀の感覚で言えば理解できないかもしれないが、当時の少年たちの情報源というと口コミと雑誌、テレビ、ラジオである。しかも高知県は当時、民放というと高知放送とテレビ高知の二つしかなく、情報源自体も非常に限られていた。

 雲ひとつない、目もさめるような快晴の空。じーじーと(せみ)が鳴いている。

 いつしか自転車は商店街を離れ、右側にモルタルとコンクリート色の塀が伸びる路地になった。県道をひとつ渡っており、学校まではもう少しだ。

 ふと誠一は、北に広がっている四国山地に目をやった。

(あの向こうにいけたら、いいだろうなぁ)

 高速もなく、電車すらまともに通っていない田舎の少年にとり、それは世界の向こうとイコールでもあった。

 誠一は好奇心旺盛な少年だった。普段はおとなしく家の近くで遊んでいるくせに、一度好奇心にかられるとまわりを忘れ、とんでもない遠くまで行ってしまう事があった。

 反面、その個人主体の行動と思考のせいで友達は少ない。親しい友達は多くて片手に余るほどで、ゼロという事も珍しくない。

 仮に誠一が平成の少年なら、引きこもりでネットをしていたのかもしれない。

 だけど引きこもっていては調べものなどできず好奇心も満たされない時代だから、誠一は外を出歩いていたともいえる。

 さて。

 そんな感じでよそ見をしていた誠一だったが、妙な人がいるのに気付いた。

(ガイジンさんか?)

 外国人、白人系しかも女性らしい。珍しいものだ。

 当時の高知市に外国人、しかも白人系は結構珍しかった。何しろ高知県に来ようと思えば、ジェット化されていない小さな高知空港に飛んでくるか、岡山の方から宇高連絡船(うこうれんらくせん)で渡って高松から汽車で来るか、それとも長距離フェリーで時間をかけて揺られてくるしかない。しかも現在のように何か国語も外国語案内のある時代ではないわけで、当時の来高(らいこう)はなかなかの苦行であったろう。

 とはいえ、珍しいがそれだけだ。

 いくら少ないとはいえ、ここは高知市。英会話教室なども始まっており、そこの関係者などが夏のお祭りなどにも姿を現しはじめていた。

 つまり高知市に外人さんは珍しいが、いないわけではなかった。だから「珍しいな」と思うにとどまった。

 そう。その、はずだったのだが。

「?」

 誠一はその外国人をみて強い違和感を覚えた。

 まず格好が変だ。

 その外人女性は、桜があしらわれた高価そうな着物をまとい、和風の日傘をさしていた。

 それはいい。

 なんとも和風で結構なことだが、この当時の高知では高齢者を中心にまだ和服世代がたくさんいたので、それ自体は珍しくない。少なくとも驚くような事ではない。

 しかし、なぜそれと全く不似合いな茶色の革ブーツを履いているのか。しかも濃いサングラスまでかけて。

 組み合わせが変すぎる。

 誠一の母は和裁をやる人だった。だから誠一の家には古い和服もあった。もちろん誠一にその知識はないが、女性の来ている和服がちゃんとした立派なものである事も、なんとなくわかった。

 だからこそ、その不似合いな姿は違和感があった。

 いくら和洋折衷といっても、いくらなんでも茶色の革ブーツを和服に組み合わせるのはおかしい。足元まで和装にするのは不慣れな外国人としてはきついのかもしれないが、もう少し自己主張の弱い靴にはできなかったのだろうか?

 それにサングラスも……いや、よく見たらそれはメタルフレームの、しかもミラーグラスだった。

(や○ざ映画かよ)

 たまに、高知を変な感じに誤解したテレビや映画が放送される事がある。この時代は特にそうで、海育ちの変な野球青年の漫画とか、ヨーヨーひっさげた怪しい女刑事とか、極道の女たちとか、とにかく面白おかしくとりあげられるケースが当時の高知ネタには多かった。

 なんというか、ためいきが出そうだった。

 そんな変な外人さんだったが、ふと誠一は別の違和感にも気づいた。

(地図を見ている?)

 何やら地図らしいのを見て困っている、つまり道に迷っているっぽかった。

 そも、女はその珍奇な格好を割り引いても大変な美人だった。ミラーグラスは大きなものではないし、見えている顔の部分から想像できる分だけでもかなりの美人である事が誠一にも想像できた。たとえそのミラーグラスの下が妖怪じみたものだったとしても、ここまで素材がよくては問題にもなるまい。それほどの美人だった。

 それゆえに、衣服のアンバランスさにも猛烈な違和感があったわけだが。

(ふむ)

 とりあえず声をかけてみようかと思ったが、言葉が通じない可能性を考えて誠一は躊躇した。ちょっと足が進まなかったのだが、

「もし」

「!」

 どうやら立ち止まっている誠一が目に止まったようだ。女性の方から声をかけてきた。

 特に怪しいところもない、きれいな日本語だった。

「ごめんなさい。もしよかったら教えていただけるかしら。えっと、ふでやまこうえん?」

「は?」

 どうやら日本語が使えるらしい。それはよかった。別の問題はあったが。

「そりゃ、筆山(ひつざん)公園だよ」

 確かにフデヤマとも読める。

 日本語にはふたつの読み方がある。音読みと訓読みだ。これはそれぞれ全く別の歴史的経緯を持っているせいもあり、ひとつの言葉の中で音読みと

 だがその読み方は日本語として間違っている。『こうえん』はいわゆる音読みであり、『ふでやま』は訓読みだからだ。

 日本語の漢字には多くの場合ふたつの読み方があり、特殊な造語・当て字・派生語以外では、ひとつの言葉の中に両方を混ぜる事はありえない。だから『神宮球場』は「かみみやきゅうじょう」でなく「じんぐうきゅうじょう」なのだ。

 とはいえ、もちろん中学生の誠一がそこまで考えたわけではない。彼は単に「ふでやま」がおかしいと思っただけだった。

「ああ、ヒツザンと読むの?ふふ、難しいものね」

 女性は楽しそうに笑った。

 旅行者か何かだろうか。だがそのおかしな勘違いはむしろ誠一には好ましく感じた。はるばるやってきた来訪者だろうに日本語を好ましく思ってくれている事が、その小さな勘違いから逆に伺えたからだ。

 遠くから来てこの地を好ましく感じてくれる。地元民として、それはうれしい事だった。

「少し遠いぞ。歩くのか?」

 ちょっと悩んだが思いきってタメ口で話しかけた。この目の前の女性に敬語を使いたくない、なぜか誠一はその時そう思ったからだ。

「……」

 女性はなぜか目を細めて誠一を見ると、くすくすと笑い出した。生意気な男の子がせいいっぱい虚勢を張っているようにでも見えたのか。いや実際、それそのものなのだが。

 だがその挙動のどこかに『かわいいどうぶつさん』を見る類の穏やかさがあるようにも誠一には見えた。理由はわからないが。それが誠一にはなんとなく、小さい頃に近所のおばさんに頭をなでられた時のようなくすぐったさを感じた。

 だから、ちょっとだけ誠一は不機嫌な顔をした。

 そんな誠一を見て、ますます女性は面白そうに笑った。結構こういうシチュエイションがお好みらしい。

「遠くなければね。どのくらいかかるのかしら?」

「高知城が見えるだろ、アレの反対側のさらに向こう、鏡川もわたらなくちゃダメで、さらに山も登る。道はあるけどな。で、着物だと走って行くわけにもいかないしな」

 誠一はさっさと自転車を降りた。暑さは感じたが不快には感じない。いや厳密には感じるひまがない。

 そんな事より、誠一には目の前の珍客の相手の方が重要だった。

「案内してやる。こっちだ」

「あらいいの?急ぐんじゃない?」

「サボりがバレる。……でもいいさ別に。どうせ不良だし俺」

「あら、いけないのね」

 誠一の拗ねたような態度に女性は微笑み、そして手を借りる事にしたらしい。

「へぇ。早くいけって言わないのな」

「少しくらい評価が落ちても困ったレディーの方が大切だっていうんでしょう?立派なことだわ、貴方いい男になるわよ」

「レディーって……自分で言うかよ。だいたい普通なら、サボりを(とが)めるもんじゃないのか?」

「あら、私もサボりは大の得意よ。自慢になりゃしないけどね」

「だね」

 ふたりはクスクスと笑いあった。

「あんた気に入った。名前聞いていいか?俺は野沢誠一」

「セイイチね。私はソフィア。ソフィア・マドゥル・アルカイン・レスタ。母なるマドゥルを巡る大地アルカインの子。レスタの娘という意味よ」

「……長い名前だな。ごめん覚えられそうにない。アルカイン?どこだそれ?」

「どこでもいいじゃない、遠くよ。すごく遠く。ソフィアでいいわ」

「ふうん。ま、いいや、いくぞソフィア」

「ええ」

 ふたりはそして、のんびりと歩きはじめた。

 

 

 こんなの連れてたらひどく目立つだろうと誠一は思ったし、恥ずかしいかなとも思った。

 だが実際はそうでもなかった。視線は寄せられたがソフィアが「いかにも外国人」なせいだろう。不法就労の外国人はまだ深刻な問題になってもいないしここは田舎だ。地元の少年が不案内な外人女性を案内している。当時の高知市の人々にとり、それはそういう微笑ましい光景でしかなかった。

 そして、大人の女性をエスコートしているというのは中学生の少年には悪いものではなかった。それはつまり、ちょっと大人の気分でもあった。

「ええ?それじゃ君、冤罪(えんざい)じゃないの」

「直接的にはね」

 あははと誠一は苦笑した。

「だけどさ、俺だって何もないとは言えない。やろうとは思わないけど誘惑を感じた事はあったし、あの時もし負けてたら、もしかしたらやっちまった可能性もあると思うんだ」

「……」

「そりゃあいつらと俺は関りないさ。だけどね、あいつもやってたって言われてちょっと考えちまったんだよ。俺とあいつらにどれだけの違いがあるのかって。あと一歩で踏み止まるのと行っちまったのは大きな違いかもしれないけどさ、俺と連中の違いはそれだけでしかない」

「はぁ……なんともまぁ、すごいわね」

 呆れたように、しかし好意を含んだ目でソフィアがつぶやいた。本当は『いい子』と言いたかったのだけどそれはこらえたようだ。相手の年代を考慮しての事だろう。

 どうやら会話は誠一の日常の事になっていた。

 ソフィアは日本好きの外国人のようだが、やたらと日本の日常に興味を持っていた。だからいろいろと誠一は自分の毎日について話していたのだけど、その話の内容がちょっと問題だった。

 つまり誠一は、自分が何かの冤罪で軽犯罪に加担した事にされた話をしていたのだ。

 しかし、それよりもソフィアを驚かせたのは、誠一に冤罪を告発する意思が感じられない事だった。

「俺だってさ、グレて変な方向に走った事はあるさ。あいつらみたいに群れてないだけの話だよ」

 そういう話ではないだろうとソフィアは思った。

 どういう理由があるのかは知らない。でも、事実やってないのに内心で誘惑されたからって同類に考えてしまうというのは、さすがに度を越してないか。それはまるで「思う事はする事と同じだ」と言いきったどこかの宗教者のようではないか。

 このような事で、この少年は普通に生きていけるんだろうか?

「だいたいさ、店頭で品物かっぱらうなんてリスクが高すぎるって。飢餓で喰い物がなくてやらなきゃ命に関るってんならなんでもやるけどさ。この国は犯罪者に厳しいんだぜ?将来にかけてマイナスになるってわかりきってるのに、必要もないのにわざわざそんな事する奴は馬鹿だし、あいつもやってたとか苦し紛れの言い訳を真に受ける奴らもおかしいだろ。

 まぁ、そんな話を聞いて『おまえもやったのか』って言われている時点で、俺も信頼されてないって事なんだろうけどな」

「そうなの?けど、この国の法律って、犯罪者にはよほどの事がない限り、反省と改心を促す方向になってるよね?」

「法律や制度はね」

 うん、と誠一はつぶやいた。

「もともとこの国は何百年も重刑主義だったんだ。前科がついたら仕事なんかなくなるし、繰り返せばコソ泥でもあっというまに死罪になる、そんな国だったし、それを前提に社会ができてるんだよ。

 だから、きちんと罪を償ったから問題ないって事にはならないんだよ。社会一般から違うモノとしてつまはじきにされる。そうだろ?」

「はぁ……変なとこが妙に大人びてるわねキミ」

「大人だからな。……まぁまだ若いけど」

「……」

 爆笑しかけたのだろう。一瞬顔が歪んだが、ソフィアはなんとかこらえたようだ。

「ん、なんか面白いわ貴方。このままお持ち帰りしたいわねえ」

「よせやい。もっとカッコいいのとか凄いのとかいっぱいいるだろ」

「あらそう?君、私と同類の匂いがするわ。きっと悪くないと思うわよ?」

「あはは」

 冗談とはいえ、美人に同類呼ばわりされて嫌な気はしないのだろう。誠一はにやりと笑った。

 大通りを渡り、街を抜けていた。お城のある山の横を通り商店街のそばをまわり、電車通りを越えていくと、次第に風情のある橋……通称、天神橋が見えてきた。

 問題の筆山公園には、まだまだかかる。

 そもそも名前の通り、少し高い山の上なのだ。ここからも山自体は見えているが。

「ここでいいわ」

「いいのか?」

「ええ、どうやらわかる所に出たみたい。知り合いと待ち合わせしてるから」

 ソフィアは大きく頷き、礼を言った。

「いいけど気をつけろよ。近くに競輪場もあるし、街に比べて静かだからな」

「大丈夫よ。ものすごく強い連れがいるんだから」

「そっか」

 男の連れを想像したのだろう。ちょっとだけ誠一は落胆したような声を出した。

 そのさまをめざとく見抜いたソフィアだがもちろん態度には出さない。それより小さく笑うと、

「ありがとうセイイチ君。本当に助かったわ」

「いやなに、じゃあな」

 誠一は自転車を山の方向に向けると時計を見て「やべえ」とかつぶやき、そして自転車にまたがり、

 そして、振り返りもせず手だけあげて走り去っていった。

 あとには、暑い夏の空気だけが残された。

 

 

 

「出てきなさい」

「はい」

 突如として空間が揺らぎ、ひとりの黒髪の少女が現れた。

「おかえりなさいませ。お戻りが遅いので心配いたしました」

 中学生くらいに見えるその少女は、長いストレートの黒髪をゆらしつつ一礼した。

「なに言ってんだか。位相空間に隠れてずっとついてきてたの知ってるんですからね。あの子に気づかれなかったからよかったようなものの」

 ふう、とソフィアはためいきを漏らした。

「あのね貴女」

「アヤとお呼びください。それがわたしの登録名です」

「あらそう」

 誠一を相手にしていた時とはうってかわって、冷淡な態度をソフィアは示した。

「じゃあアヤ。いいかげんわたしにつきまとうのはやめて頂戴。民俗調査に七型ドロイドの護衛なんて笑い話にもならないじゃない」

「お言葉ですが、ソフィア様の護衛はルド様の勅命です。

 それにソフィア様は気づいておられないでしょうが、ソフィア様には護衛が必要です。本日の行動で視線に気づかれませんでしたか?」

「え?」

 どういうこと、とソフィアは眉をしかめた。

「降下船の存在がこの国もしくは、この国と安保同盟を結んでいる国の探知網にひっかかった可能性があります。現在調査中ですが、ソフィア様が何者かについて彼らが気づいている恐れもあります。

 本日も、遠方よりソフィア様を監視する者がおりました。人数も少なくなく、また警察でもなければ軍人でもない。国家保安にあたる特別な者たちと思われます」

「なんですって!?」

 公安という言葉を知らないアヤだったが、その言いたい事はソフィアにもわかった。

 だが、ソフィアが問題にしたのはそのことではない。

「アヤ、命令よ。おじい様の命令に反してもいいわ。人道的措置という事で私に従いなさい。今からいう事を正しく実行するの、いいわね。

 セイイチ君──さっきの少年を位相空間から気づかれないよう尾行なさい。この国の権力に不当に拉致されそうになったら極力姿を見せないよう……いえ見せてもいい。なんとしてでも守りぬきなさい。そしてそれをその都度私に報告するの。できるわね?」

「お待ちください」

 アヤはソフィアの言葉に驚きの反応を示した。

「この星は宇宙文明をまだ持ちません。彼ら原住民は法的には動物と同じなのです。非常に申し訳ない事ではありますが、そこまでソフィア様が悩まれる事は」

「バカ言ってんじゃないわよ!」

 ソフィアは怒りの声をあげた。

「法的がどうとか関係ないでしょ!彼は親切で私をここまで連れてきてくれたのよ?それなのに、そのために『同じ仲間』に攻撃されるなんて、連邦政府が許したって私は絶対に許さないわ!

 この『ソクラスのソフィア』の名にかけて命じます!彼を助けなさい!なんとしても!これは至上命令よ!いいわね!」

「わかりました。お任せを」

 アヤは一歩下がり、そして丁寧に一礼した。

「最悪の場合、いささか荒事になるかもしれません」

「責任は私が持ちます。そもそもお祖父様がアヤなんて名前をつけている時点で、まともなドロイドだなんて期待してないもの。七型という意味だけじゃなくてね」

「光栄です。それでは」

 敬礼をしたその姿がゆっくりと揺らぎ、そして空に溶けて消えた。

 あとには、ためいきをつくソフィアだけが残された。

愛らしき魔王(アヤマル・ドゥグル)ねえ……いくら七型ったって、いくらなんでも伝説の破壊神の名を女の子タイプのアンドロイドにつけるかしらね、もう」

 さて急がなくちゃ、とソフィアは降下船を隠してある場所、筆山公園に向かって歩いていった。


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