激烈なる怒り
誰が悪かったというのだろう。
油断した少女か。不運な少年か。
異星の技術を欲しがった者たちか。それに便乗して悪事を企んだ人々か。
誰にもそれはわからない。
だが、運命の輪の回転は止まる事がない。
時よ。せめて慰めとささやかな祝福を。
願わくば、彼らの行く先に心地よい風がありますように。
少女が気づいた時、世界は変わっていた。
さっきまでの町は消え、少女は荒野にいた。空は真っ暗で強烈な暴風が吹き荒れ、紙などは自然発火してしまうような猛烈な炎熱地獄が全世界を覆っていた。
さながら、その光景はとても地球とは思えないものだった。
「!」
そんな中、少女は傷ひとつなく普通に立っていた。
両足は少し地面にめりこんでいた。
その地面は真っ赤に焼け、場所によっては溶岩のようにただれて凄まじい炎熱を吹きあげていたが、裸足の少女のかわいい足は、それを踏みしめているはずなのに火傷ひとつしていなかった。さっきまで着ていた服は炭化したのか吹きとばされたのか跡形もない。荒野の中にあってその姿は無垢なる幼女のようですらあった。
(……ココ……ドコ?セイイチサンハ?)
瞬時に認識したはずなのに、少女の意識は固まっていた。
最高の技術の塊の少女であるが、少女の戦闘経験は多くなかった。いや目覚めさせられる前、遠い昔には派手な殲滅もしていたのだけど、それは一方的な殲滅にすぎない。何かを守るとか、そういう実戦経験はなかったのだ。
だからこそ周囲の状況を少女は受け入れることができず、ただ呆然とあたりを見つめていた。
(……セイイチサン?)
声が出せない。ダメージのせいではない。暴風で呼気が押し出せないのだ。
強烈な風が吹き始めていた。
突然に現れた光は、とてつもないエネルギーを持っていた。その凄まじい炎熱と熱膨張は周囲の気流を成層圏まで瞬時に狂わせてしまっている。まもなくこの地は暴風雨が吹き荒れ、津波に一切合財が洗われる事になるのかもしれない。もし上空を透視する目があったなら、成層圏のはるか上まで膨張により突き抜けた大気が分解し、太陽風に吹きとばされながら七色の輝きを放つ姿までもが見えたかもしれない。
それは、核兵器によってもたらされた破壊とは決定的に何かが違う。未だ、この星の人類が経験した事のない種類のものだった。
(……セイイチサン……ドコ?ヘンジシテ……)
アヤはふらふらと、幽鬼のようにさまよいはじめた。
「これ……」
その頃上空には、降下中で停止しているソクラスの姿があった。
『これ以上近づけません。熱対流による乱気流は秒速で百メートルを越えています。本艦は大気圏内のこの種の乱気流を想定されていませんので』
「原子核反応じゃないわねこれ。どういうこと?」
そう。これは核によるものではない。
『次元兵器のようです。地上付近で巨大な空間の歪みが確認されています。
おそらく空間を曲げて太陽中心部とこの地をつないだのでしょう。地上の全てを摂氏数百万から数千万度の炎熱で一気に焼き尽くしたものかと。爆心地のジェネレータも瞬時に蒸発しますし、そうなれば一秒と待たずに自然に空間は閉じてしまいます。まぁ後腐れのない攻撃方法ではありますね』
爆心地付近は問答無用で破壊、いや消滅させられるが、あまり広範囲を破壊するには向かない方法だった。宇宙文明の技術をもってもなお、太陽の中心のような環境で次元操作を行うようなデリケートな機械を動作させるのは簡単ではない。
だが、今問題なのはその点ではない。
「どういうことよそれ……ソルにそんな兵器あるわけないでしょ!」
『言うまでもなく、誰かがソルの政府に提供したのでしょうな。もちろんソフィア様を消すために。この方法ならば確かに、地上にもしソフィア様がいれば間違いなく巻き込まれたでしょうし』
おそらく、地上にどれだけの被害が出るかなんて説明はしないで。
「なんてこと……なんてことを!!」
ダン、という音がした。ソフィアが机を叩いて立ち上がったのだ。
「ソクラス。すぐ連邦議会に通報なさい。このふざけたテロリストを草の根わけても捜し出して叩き潰すのよ」
『はい』
絶対逃さない。どんな手を使ってでも潰してやる。
「それから帝国のルシード宮殿にも連絡して。こんな馬鹿やる連中ならルシードも狙うかもしれない。警備を徹底するよう念をおして頂戴。
あと地上の被害を計算して。アヤはどうしてる?って言うだけ野暮か。いくら七型でもこれじゃ間違いなく蒸発よね。誠一君もろとも」
だが、
『いえ、アヤは健在です。服が消し飛んだようですが本人は無事です』
「なんですって!?」
さすがのソフィアもソクラスの報告に目を剥いた。
「太陽の中心とつながったのよ?それでも平気だっていうの?なによそれ!」
そう。いくら連邦の技術でもそんな事はできない。
太陽の中に入れないわけではない。だがそれには、そういう事をするための強大なシールドを装備した特別な宇宙船が必要なのだ。そして、そこまでしても中心部に入れるような艦船は限られる。
生身でそれに耐えたというのか。
『わたしにはよくわかりませんが、アヤに用いられている技術はどうやら連邦に属する通常のものとは異なるようです。これを見てください』
ソフィアの前に何かのデータが示される。
「…… ESP反応?どういうこと?」
ESP ならソフィアも知っていた。生物ならどれでも持つ特殊な知覚のことだ。
だが、それは強いものではない。渇いた生き物が匂いもわからないのに遥か地下の水を探しあてたり、そういう事に用いられるような地味な能力にすぎないはずである。
間違っても、星をも砕く破壊兵器の前で役立つようなものではないはずなのだ。
だが。
目の前にある ESP反応の数値は、ソフィアが見たこともないとんでもない値を示していた。
「……なにこれ?」
その声には困惑が混じっている。
『ソフィア様は、キマルケやボルダの文明について御存じですか?機械を一切用いず、わたしたちとは全く異質の技術により星まで届いた者たちの世界です。
ボルダについては御存じかもしれませんね。現在は閉鎖されておりその情報も制限されていますが、わたしたちの星アルカインにとってはお隣の兄弟星ですし、キマルケのように滅亡しているわけでもありませんから。ま、どちらも連邦とはおつきあいがありませんが』
「おとぎばなしでしょキマルケって。そりゃ私も知ってるわよ子供の頃に聞いたもの。
ボルダについても知ってるけど、それがどうしたの?豊作を祈るおなじないと科学文明にどういう関係があるっていうの?」
『ありゃりゃ』
呆れたようなソクラスの声が響いた。
『帝王学でやったでしょうが。お父様が嘆かれますよソフィア様。
いいですか?
キマルケは実在した国ですよ。しかもその技術は大変なものだった。彼らは私たちのそれとは全く異なる未知の文明をもち、その力をもって宇宙にまで飛び出したんです。そう。貴女のいうところの『魔術』というものです。
おときばなし扱いはさすがにあんまりじゃないですか?』
「まさか……だって魔術よまじゅつ。ちんちんぷいぷいのぱーよ?そりゃ私だって ESPなら知ってるしその効力もわかるけど、いくらそれを研究して体系化したからって、それで星まで届くわけないでしょ?寝言も休み休みいってちょうだいソクラ……!」
その時、ぐらりとソクラスが揺れた。
ソクラスに限らないが連邦の宇宙船は重力と慣性を制御している。空中に静止している状態でグラグラ揺れるなんて普通ありえないはずである。
だが、現にソクラスは激しく揺れている。
「な、なに?」
『アヤのようです。彼女のまわりに猛烈な重力変動が起きています。何かを攻撃しているようですね』
「攻撃?あの子が?どうやって……ってっ!」
ひときわ激しい揺れが襲い、ソフィアは椅子からころげ落ちそうになった。
『 ESP反応。しかしこれは……連邦の ESP研究部門を総員かき集めたよりもなお桁が違う。これがたったひとりの少女の放つものとは……すさまじいものですね。なるほど星まで届くわけだ。
さらに、これほどの影響をあたえているにも関わらず、物理的なエネルギーは彼女自身からは検出されていないのです。質量もエネルギーもまったくのゼロ。しかしこの異変は紛れもなく彼女の起こしているものなのです』
「あの子の様子は?映せるなら見せてちょうだい」
『了解。しかし見て驚かないでくださいよ?』
情報パネルのいくつかが暗転し、どこかの景色が映った。
「な……えぇっ!?」
『なるほど。魔王の名もこれなら納得できますね』
いみじくも呟かれたソクラスの言葉が、その光景を象徴していた。
どれくらい歩いたろうか。
時間にすればそれはほんの短いものだったろう。アヤの知覚は非常に優れているもので、盲目的にうろうろ探し回るなんてことはあまりありえない。それ以前に全て探し尽くしてしまうからだ。
「……」
その瞬間、アヤの足はぴたりと止まった。
焼けた土くれ。吹きあげられた土砂で真っ暗な空。吹き荒れる強烈な熱波と暴風。そんな中を黙々と歩いていたアヤだったが、その瞬間彼女は凍り付くように、確かに停止したのだ。
「……」
アヤの目には、遥か遠方に映る飛行機械が見えていた。
それは軍用機だった。山の向こうのさらに果て。へりが飛べないから派遣されてきたのだろう。
目的は不明。
だけどアヤの目には、もしアヤたちが生きていたらとどめを刺すよう、彼らを統括する米軍と日本の自衛隊が派遣したものにしか見えなかった。
貰い物の爆弾で本当に倒せるかどうか、彼らにもわからなかったのだろうと。
「そうなの」
アヤはとうとう理解できた。理解してしまった。
どうやら、大馬鹿者たちは彼女たちの予想よりはるかに地球政府に食い込んでいたわけだ。だからこそこんな次元兵器をも使ったし、だめ押しと軍隊まで遠巻きに寄越していたのだろう。これほどのブービートラップを用いても彼女たちが全滅しない可能性を、他ならぬ彼らはよく知っていたというわけだ。
「よくも」
ぎり、とアヤの唇が動いた。
「よくも、わたしのみつけた普遍的な鍵を」
わたしのあの子を!よくも!
航空機の飛んできた方角。その向こうを睨みつけて。
「絶対に、許さない!!」
刹那、アヤのまわりを強烈な光の輪がいくつも回りはじめた。
その光景を見る者はこの場にはいない。もし見る者がいたら目を疑ったに違いない。
それは、たくさんの光輝く文字だった。遠い昔に滅びたはずの国の文字。魔術と呼ばれる異質の文化を宇宙文明にまで届かせた、今はない国の文字の羅列だった。
それには、こう書いてあった。『空間隔壁展開。重力破壊砲セット』と。
右手を突き出す。手の平をパーに広げ、
「地獄の底で後悔するがいい!!」
その瞬間、山脈をも吹きとばす暴力的な重力波が大地を巻き上げ、山脈の向こうにいるちっぽけな航空機たちに向かって叩きつけられた。
「呆れたパワーね」
モニターに映る地獄の光景に、ソフィアは蒼白となっていた。
「地上で重力波兵器なんて正気なの?しかもあの破壊力!」
七型の彼女を歩く戦艦なんて揶揄していたソフィアだったが、それが揶揄でも何でもないって事を今、まざまざと思い知らされていた。
確かにこれは戦艦級といえるだろう。もちろん本物の戦艦には遠く及ばないが。
だが、寸鉄もおびない全裸の少女がこれほど戦える、というのが別の意味をもつ事くらいソフィアにだってわかっていた。
もし彼女が、本気で戦争をはじめたらどうなるか?
地球の軍隊どころか、連邦の正規軍だって彼女の相手はしかねるだろう。相手が小さすぎるのだ。こちらの武器は狙いも定められず、しかも懐に入られたら迂闊に攻撃もできない。まごまごしていたら内側から次々と船を落とされるだろう。小ささや俊敏さは侮れない利点なのだ。
彼女は、危険だ。
「ほっといたらこの国ごとなくなっちゃうわよ。何か手はないのソクラス?」
『なるほど』
なぜか納得げに、ソクラスはつぶやいていた。
「ソクラス?」
『アヤの設計思想がよくわかりますね。彼女を作った連中はこうやって七型の規格を満たしたわけだ』
「?」
首をかしげるソフィア。だが声は続く。
『疑問だったのですよソフィア。あの子の体は人間とほぼ同じでした。あんな構造でどうやって七型の規格を満たし認定を受けたのか私にはさっぱりわからなかった。しかしこれでようやく納得いきましたよ。
ソフィア。彼女はね、あれで肉体レベルでは三型程度のドロイドの性能しかないんです。残りの部分は今見せている能力、つまり我々の知らない魔術理論とやらで構築されているのでしょう。
なるほど、ルド氏が彼女を派遣したのは伊達ではないわけだ』
「なに?どういうこと?」
ソフィアの問いかけにソクラスは続ける。
『わからないんですか?ソフィア。
連邦加盟国はそれこそ億の単位で存在しますが、魔術理論なんてものをここまでに高めた星なぞありはしないのですよ?また連邦未加盟の高度文明国家でも全くといっていいほど耳にしません。
そりゃそうでしょう。
彼らの使う魔術が何か我々はほとんど知らないわけですが、それらが古い因習や迷信、宗教とも無縁ではいられないのもわかります。だからこそ大多数の国では近代化のおりに迷信といっしょに、それらに付随するものとして魔術だの祈祷だのといったものも捨ててしまい、あとは文化遺産としてカタチだけ残すかどうかでしかない。そう、銀河文明とこれらのものは、本来とても相性の悪いものなんですよ。
なのにアヤはその魔術で戦っている。この意味、貴女ならわかるんじゃないですか?ソフィア』
「!」
あ、とソフィアは小さく叫んだ。
『そうですよソフィア。アヤが使っているのは貴女の専門分野に属するもの。古代遺失文明の産物という事です!』
「……」
ソフィアはモニターに目を移した。
そこには、不思議な光に包まれて空を飛び、猛烈な破壊力をそこら中にぶちまけ続けているアヤの姿が写っている。乱気流で画像が時々乱れるが、その光景は現実とも思えないあまりにも異常なものだ。
一撃で山をも崩している能力は伊達ではない。荒野はみるみる広がっており、このまま放置する事はできない。
何とか止めなくては。
これ以上の破壊をされたらソフィアでももうかばいきれない。アヤは分解処分にされ、誠一を救うどころの話ではなくなってしまうだろう。アヤに秘められた幻の遺失文明の遺産もろとも。
……誠一を救う?
「あ、そうだわ」
ソフィアはぽんと手を打った。何か思い出したようだ。
「ソクラス。再生用生体情報って何?」
『生体情報?ああ、もしかして再生技術ですか。なるほど確かに七型規格にはその機能がありますが……それが何か?』
「最後の報告でちらっと言ってたじゃない。誠一君の再生用生体情報がとれたって」
『ほう?ああ確かに。今確認しました』
ソクラスは調査や連絡にあけくれていて、ソフィアたちの会話の内容までは吟味してなかったらしい。
彼は優秀な頭脳であるが、重要度が低いと判断した情報の吟味は後回しにするという、妙に人間臭いヘンな癖がある。今回の場合もそうなのだろう。
『これは朗報じゃないですか。少なくとも誠一君は助けられますよ』
ソクラスの声が明るくなった。
「そうなの?だってあの状況じゃ遺体も残っていないでしょ?」
『ええ、でなきゃアヤがああも激怒する理由がないですしね。いつ誠一君がそこまで気に入ったのか知りませんが、あの怒りは誠一君を殺されたことに対するものでしょう。
ですがね、その誠一君すら再生してしまうのが七型のもつ再生技術の凄いところなんですよ。詳しくは連邦技術ファイルでも読んでもらう事になりますが、とにかく再生用生体情報がとれているのなら彼の再生はできます』
「ちょっとまって」
ソクラスの言葉にソフィアは首をかしげた。
「じゃああの子どうしてあんな大破壊やらかしてるわけ?必要ないじゃない」
『いやいや、再生できるからって殺された事には違いないわけですよ?ドロイド技術で再生してしまえば、さすがにもうこの星で社会復帰させる選択肢もなくなるわけですし』
「まぁ、そうね」
宇宙文明の技術による身体をもつ以上、もうこの星の社会には返せない。
『それに資料を見ていただけるとわかると思いますが、ちょっと事情がありまして、彼をそのままの状態で再生する事はできません。
そのあたりも含めて、失望や怒りがあるのは不思議じゃないと思います』
こともなげにソクラスは言った。
『一応弁護しておきますが、おそらく民間人は殺してないと思います。あの『爆心地』は既に全滅してますし、今の彼女の攻撃も狙っているのは軍のものらしい機体だけだ。そのうち気がすんだら止まるでしょうしね。
これなら法的には正当防衛ですみますよね?ソフィア』
「むちゃくちゃいわないでちょうだい」
はぁ、とソフィアはためいきをついた。
「いくらなんでもこれは過剰防衛よ。粘るだけ粘ってみるけど当分あの子は保護監察ね。王宮でメイド暮らしでも堪能させる事になるわ……!」
そこまで言ってソフィアは固まる。
「まさかあの子、そこまで計算してた?してたわねたぶん」
『は?』
「あのねソクラス」
ソクラスの問いかけにソフィアは笑う。もう呆れてものもいえないという顔だ。
「今のあの子を保護監察にするってことは、それは誠一君もろともなわけよね。彼の生体情報とやらは彼女の中にあるわけで、再生には彼女の身体を使うんでしょう?」
『そうですね。……ああなるほど』
うんうん、とソフィアは頷いた。
「たぶん間違いないわ。
あの子、誠一君を拉致る気満々なわけね。今の状況は計算外だろうけどこの事態すら利用するつもりだわ。何がなんでも誠一君が帰れないよう、徹底的に帰り道を潰してまわるつもりなのね。呆れた話だけど」
ふう、とためいきをつく。
「確かに誠一君はいい子だけど……随分と気に入っちゃったのねえ。何がツボだったのかしら?」
首をかしげるソフィアに、あははと笑うソクラス。
『それ、私も皇帝陛下に伺いたいですな。いったいソフィア様のなにが気に入ったのかと』
「!」
真っ赤になったソフィアに、ソクラスは満足げのようだった。




