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α(アルバ)・第六版  作者: hachikun
11/15

遭遇

 町に入った。

 母船(ソクラス)からの連絡はまだない。ふたりはゆっくりと歩いていた。誠一はもっと早く歩けると言ったがアヤが、危険があるとそれを認めなかった。

「……」

 アヤは何かを感じていた。

 彼女は七型ドロイドと自分を紹介したが、七型というのはあくまで規格にすぎない。それこそ車を紹介する時、この車は小型です、あるいは牽引車両ですと言っているに等しい。

 つまり、それだけではアヤの本質を何も語らないという事だ。

 自動車にそれぞれ用途、あるいは設計コンセプトがあるように、ドロイドにだって同じようなものがあるはず。そもそも七型規格を満たす事自体が目的という特殊事情でもない限り、なんらかの目的があって生み出されたはずだった。

 そしてアヤは元々、ソフィアの護衛のために作られたのではなかった。命じられてソフィアの元にやってきたが、元々は別の用途のために作られ、そして使われる事なく死蔵されていた機体という方が正しかった。

 まぁ、その本来の用途は……実のところアヤ本人以外はもはや、誰も知らない事なのだけど。

「アヤ」

「なんでしょう?」

「なんだか楽しそうだね?」

「あー、そう見えますか?」

「うん」

 誠一は首をかしげていたし理由を理解もできなかったが、明らかにアヤは上機嫌だった。

 そう。

 アヤは周囲の状況がきな臭くなればなるほど、確かに楽しそうだったのだ。

 とはいえ。

「まぁ、緊張感のある場面は好きですから。本来は笑う場面ではないのですけど」

「やばいのか?」

「敵側の隠密性が高すぎます。一筋縄ではいかない相手のようなので」

「そりゃ大変だ」

 実際、今もセンサー類には何も反応していない。

 しかし、そういう機械的な要素を越えたもっと別のところで、アヤは既に気づいていた。

 何に?

 そう、静かな住宅街に潜む、センサーに映らない悪意もつ人々だ。

「何かあるの?」

 大声を出すこともアヤが禁じたため、誠一は小さめの声で話しかけた。

「はっきりと敵対者が感知できるわけではありません。ただ、わたしたちを中心として人の流れがあります」

「ひとの流れ?」

「はい。つかず離れず、誠一さんが気づかない程度に遠方から見ているようです」

「武装してるの?」

「いえ、武器とおぼしきものは感知できません」

「持ってない?それでも危険なの?」

「はい、危険です」

「なんで?」

「まぁ、ひとことで言うと……何か指揮系統の下で動いている感じがするんですよ。動きに乱れがなさ過ぎるんです。

 それに、探知できないからって武器がないと判断するのも危険なのですよ」

「そうなの?」

「はい」

 アヤは誠一の質問に大きくうなずいた。

「たとえば、この星でプラスチックと呼ばれる素材は武器として感知しません。ですけど、そのプラスチックでも人を殺せる武器は作成できるのです」

「なるほど……そりゃ厄介だな」

 その厄介さは誠一にも理解できた。

 プラスチックなんて現代日本にはありふれている。それは誠一たちのいる1982年、昭和57年の高知市だって大差なかった。

 それを強化して凶器にしている者がいるとして、それをどうやって検出するというのか?

「でもなんで、俺なんかにそこまでするんだろう?」

 わけがわからん、と誠一は首をかしげた。

 事実、ソフィアと知り合ったという以上の価値など誠一にあるわけがない。特に優秀でもなく、特に立派でもない。むしろ凡人かそれ未満の青年なのに。

 だが誠一は気づいていない。

 誠一を確保しようとしている者にとってはすなわち、その、ソフィアと言葉を交わしたのみならず、短時間ながら行動を共にしたという時点で非常に価値が有ることなのだと。

 そして。

 そんな誠一をアヤが助け、共に活動している事で誠一の価値はさらに、さらに上昇してしまっている事にも。

 そう。

 誠一の立場が単なる参考人から、ソフィアたちの仲間あるいはスパイ扱いに変わりかねないほどに。

 とはいえこの時、誠一はそんな可能性には全く気づいてすらいなかった。

 そしてアヤに至っては、それに気づいても全く気にしてはいなかった。

 実のところアヤは、ソフィアの命令で動いてはいるものの、誠一を地上に留めるつもりが全くなかった。今、彼を地上に置いているのはあくまでソフィアの命令だからであり、本来なら今、この瞬間にも宇宙に連れていきたいと考えていた。

 結果からいえば、今、この場にふたりがいたのは正解なのだけども……。

 さて。

 なぜ自分が狙われるのかという誠一の疑問にアヤは、現時点でわかる可能性で答えてみた。

「ソフィア様は今地上にいませんし、わたしよりは誠一さんの方が組みしやすい、そう考えた可能性は高そうですね。目的がいまいちハッキリしませんが」

「そんなの簡単だろ。ようするに、ソフィアを拉致したいんじゃないか?……いやまてよ、それ言うならアヤ、君だって対象には充分か。アヤがどれだけ強いのか知らないけど、見た目で判断して狙ってくる可能性も」

 肩をすくめた誠一。だがアヤは首を横にふった。

「人物配置がおかしいです」

「人物配置?」

「はい。拉致誘拐のための布陣とは考えにくいのです」

 すらすらとアヤは答えた。

「誘拐ならば周囲を固めたうえで実行部隊が出るはずですがそれがない。むしろ遠巻きに監視しているように見えます。彼らはプロのようですからね。これだけの人員を無意味に配置するわけもないし……間違いない、昼間と今の彼らは明らかに行動の基準が違う」

 そこまで言うと、アヤは誠一に向き直って言った。

「誠一さん、本当に家に向かうんですか?これは冗談でなく危険かもしれませんが」

「……」

 困ったように誠一もうつむいた。だが、

「だけど家も心配だ。やっぱり行く。ごめん、悪いけど手伝ってくれ」

「わたしだけ確認してくるという手もありますよ。誠一さんは母船に避難していただく事になりますが」

「それは嫌だ」

 誠一はふるふると首をふった。

「親父もおふくろも、姉ちゃんも俺の家族だ。ただ待ってて、何かあったりしたらたぶん一生後悔する」

「……」

 難しい顔をして黙ってしまったアヤに、誠一は続ける。

「直接話せなくてもいい。無事が確認できるだけでもいいんだ。頼む」

「……」

 しばらくアヤは迷っていたが、

「わかりました。ではわたしのセンサーで確認できるギリギリまで近付きます」

「ぎりぎりって……どのくらいだ?」

「今この場所からでも家にひとがいるかどうかはわかります。ちなみにご在宅のようですね。

 ですが人数や個人の識別は不可能です。家にいるのがお姉さんなのかご両親なのか、はたまた全員揃っているのかはずっと近寄らないとわかりません。

 また彼らがソフィア様や貴方に問答無用で危害を加える事を目的としていた場合、玄関や窓に対人地雷の類をセットしている可能性もあります。だからこれらに近付く事は厳禁です。

 ぎりぎりの線として、少し離れた場所に空き家があるようです。そこを借りましょう」

「空き家?近くにあったっけ?」

「たぶん、誠一さんの感覚では近くないと思いますけれど」

 アヤはちょっとだけ苦笑いした。

「ある程度の距離は必要なのです。いかなる爆弾や兵器を使っても誠一さんの元に攻撃が届かない、届いたとしても異変からのタイムラグで誠一さんを守れる。そこまで計算した場所です」

「……」

「そこを使わないなら、すみません、近づくのは認められません」

「……そうか。わかった」

 誠一は考えた末、ようやく折れたのだった。

 

 

 夜の町をゆっくりと歩く。

 本来なら少し肌寒いものなのだが、慣れない女の子連れやら異星人事件やらの異常事態の連続のせいだろう。今の誠一はそんな『日常』に対する意識が完全に麻痺している。ただ異常に静かな周囲に、きょろきょろとあたりを見回したりするだけだった。

「なんか、妙に静かじゃないか?」

 異常な静けさに、思わず誠一はつぶやいた。

 今、ふたりが歩いているのは、高知市内でも観光客などは来ないエリアである、宝町から八反町にかけてのあたり。中学校や小学校があり、そこに通う生徒たちのいる時間には賑わうのだけど、夜は静まり返っている。

 だが、それにしても静かすぎはしないか?

 円行寺口まで出てきた。少し向こうに製材所があり、そこにマツダの大きな三輪トラックがあるのを見ながら、北に曲がった。

 ここを北上し、紅水川(こうすいがわ)にかかる古ぼけた橋を渡ると、右手には高知のご当地スーパー、サニーマートの万々店(ままてん)。夏休みには駐車場でラジオ体操なども行われており、小さい頃の誠一はよく、例のアレをぶら下げて通ったものである。朝が弱めなので、よく寝坊もしたが。

 サニーマートの横を抜けて少し歩いたところで、唐突にアヤが口を開いた。

「そこを左に入ってください」

「……そこは西に入れっていうんだよ」

「え?」

 変な顔をするアヤに、誠一は微笑んだ。

「(※)このあたりじゃ、右左って言い方をしないんだ。そこを北へ、南へって感じに方位で言うんだよ」

「へ?……ああなるほど、そうみたいですね」

 何かのデータを漁るように首をかしげたあと、なるほどと納得したようにアヤは答えた。

 どうやら、色んな情報は仕入れていても、こういう地域特有の言い回しまでは再現できないようだった。まぁ仕方のない事だと誠一は考えていた。

 ただ、方角については誠一の場合、親が歳をとっていたので絶対方位が染み付いている。だから右、左と言われると違和感があったもので、そこだけは誠一も訂正を求めた。

 さて。

 このブロックには県立ろう学校があるのだが、その近くの家の一件が無人になっているとの事だった。

「これは空き家?」

「使われてはいないようです。近所に持ち主がいるようですが」

「あー……それは空き家というよりも」

 家族が減ったので事実上の空き家状態になったとか、新しく建てたので古い方が今空いてるとかではないのだろうか?

 とはいえ、今現在住んでいないのなら確かに空き家だろうか。

 だから、

「なるほど」

 とりあえず誠一はそれで納得する事にした。

「それで家の方はわかる?」

「はい。だいぶはっきりしてきました」

 アヤの目は闇の中、まるで野生動物のように輝いていた。

 ひとには捉えられない非可視光線を見、まるで透視しているかのようにある程度のものなら透かしてしまう目。

 誠一は一応説明してもらっていた。

 しかしアヤの説明をほとんど理解できず、まるで魔法だと内心つぶやくにとどまった。

 進みすぎた技術は、もう魔法と変わらない。

 二十世紀はじめのひとがケータイを見ても異星の技術かと思うだろう。第二次大戦時代のひとが突然に今のインターネットを見ても、何か得体の知れない魔術と思ってしまうかもしれない。理解を越えているとはそういう事だ。彼らとて慣れれば携帯電話を扱えるしインターネットも便利に使えるだろうが、それとこれとは話が違うのである。

 まして、地球と連邦の技術格差ときたら、もう語るまでもあるまい。

 ただし失ったものも多い。

 星系ひとつに国ひとつという文化の中では、地球にあるような多彩な地域ごとの差異なぞ飲み込まれてしまう。実際地球も今、経済や文化のグローバル化という波の中で地域差というものが次第になくなりつつあるのだが、これが宇宙レベルで起きていると思えばいい。

 いったいどれだけの文化が無くなっていったのか。

 二度と戻らぬきら星の如く消えた文明が果たしてどれだけ存在するのか。

 だから単純に、地球が遅れた星であると断じる事は当然できないし、連邦の人々もそういう感覚で地球を見る事はない。

 ソフィアが地球を卒研の素材にしようとしたのも同じ理由だった。

 未開文明の研究は同時に、今はなき遺失文明の研究にもつながる。

 過去に学ぶことは未来を知る事。

 温故知新という日本の諺と同じ意味だが、連邦にも同様の言葉はいくつもあるのだ。

 遅れている事は愚かなことではない。進歩が必ずしも素晴らしいとは限らない。

 何を得て何をなくしたのか。故事からどう学ぶべきか。

 それを知る事こそが賢く、学ばない事こそが愚かなのである。

 過去を警告として受け入れず亡びに備えない文明など、長く栄えた試しはないのだから。

 話を戻そう。

 アヤの感覚はこの町全体をほぼカバーしている。もちろん遮蔽物があれば単純な黙視はできないものの、オーバーテクノロジーの塊であるアヤのそれには誠一どころか、当の連邦の人々でさえ一般の感覚ではいささか理解できないものもいくつか使われていた。

 だから、今の誠一に理解できないとしてもそれは無理もない。

「裏手に回りましょう」

「おう」

 空き家といっても表にいたら人目につく。ためらう事なく裏手に回った。

 高度成長期にたてられた長屋のような家だった。古びた木製のドアに木の素朴な表札がとりつけられており、そこには何故か町内会のおしらせなども張られていた。もしかしたら、公民館がわりに集会に使われる事もあるのかもしれない。

 横の路地から裏手にまわる。

 裏は思ったより広かった。

 特に整備されているわけではないが、定期的に地主か持ち主の手が入っているのだろう。花壇とそうでないところが区分けされ、広場は舗装されていないものの綺麗だ。まぁ入口が広くないので用途も限られるだろうが。

 その庭のまんなかにふたりは立った。

「見える?アヤ」

「見えます」

 アヤは塀を見ている。その目はじんわりと光り輝き、塀で物理的に遮蔽され見えないはずの、その向こうをじっと『見つめて』いる。

 しばらくして口を開いた。

「居間に三人の姿があります。誠一さんの記憶にあるご家族で間違いないようです」

「危険はないか?」

「わかりません。今のところは問題ないようです。ですが」

 誠一が何を云わんとしているかわかったのだろう。その前にアヤは断言した。

「これ以上近付いてはいけません」

「どうしてだ?危険がないんなら」

「ごめんなさい。ダメなんです」

 悲しそうなアヤの声が響いた。

「誠一さんの家は彼らの包囲網の中心にあります。そして、人員配置からいって狙いは中の人間ではなく、近づいてくる者。間違いなく、帰宅する誠一さんを狙っているのでしょう」

 そして、誠一の手を握った。

「すみません、でもお願いです。あきらめてください誠一さん。

 わたしの力をもってしても誠一さんを守りつつ、なおかつご家族の安全まで確保するなんて不可能です。ここから近付けば最悪の場合、ご家族全員の命が危険にさらされるんです」

「……」

「ごめんなさい……ごめんなさい誠一さん」

「……君のせいじゃないだろ」

 ぽんぽん、と誠一はアヤの頭を優しく叩いた。

「ま、無事ならいいさ。安心したよ。

 で、これからどうする?ソフィアさんに連絡するのか?」

「あ、はい、そうします」

 アヤは頷いた。

 空元気なのはアヤにもわかった。だけど彼女にはどうする事もできないし、誠一の年代を思えばそれを指摘するのは逆に彼を苦しめるのだろう。

 だからアヤはそれに気づかないふりをした。

「ですが、ここはもう敵地です。地球ではわたしたちの使う通信方式を知らないし使えないはずですが、万が一ということもありえます。念のために郊外まで戻り、そこから連絡する事にしましょう」

「わかった」

 ふたりは出口に足を向けた。だがその時、

「……え?」

 アヤの足がそこで、ぴたりと止まった。



 (※:厳密にいうと、当時(昭和57年)の高知市内は完全に土佐弁の世界でした。しかし、本当に当時の土佐弁で書くと対訳が必要になるので、本編はあえて今の言葉で書いています)


この当時サニーマート万々店のあった場所は現在、ダイソーになっています。「あれ、万々店と違うだろ」という方、あなたのおっしゃっているのは現サニーマート中万々店だと思いますが、当時、そこには花卉(かき)流通センターがありました。

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