アンドロイドやら何やら。
ちょっとアレな表現が入ります。R18に届きませんが。
ちょっとアレな表現が入ります。R18に届きませんが。
突然だが、ソフィアたち連邦組の人間は地球の事をソルと呼ぶ。
誠一はアヤとの会話の中でそれを知り、理由を尋ねた。ソルとは地球ではラテン語で太陽を意味し、色々な言語、色々な場所でソルという言葉は太陽由来の表現として使われているからだ。太陽系や恒星系という意味で solar system という言い方をするし、また、南米フォルクローレの『Virgenes del sol』は、直訳すると太陽の乙女たちという意味になる。
では、どうしてソフィアたち宇宙人はソルと呼ぶのか?
その事を尋ねると、アヤは微笑んで教えてくれた。
かつて銀河連邦がはじまった頃、そこには三つの国があった。三つの国は商売をしたがっていたが言葉や習慣の違いからうまくいかずトラブルが頻発していた。
翻訳機が未熟だったせいではない。むしろ翻訳機は素晴らしい性能を持っていた。
だが、言葉が翻訳できても、中に秘められた習慣や歴史の違いはどうにもならない。むしろ正しく翻訳されればされるほど、そうしたココロの誤訳が問題になっていた。それは軋轢を生み出し、たった三国の通商同盟なのに、はやくも壊滅の危機を迎えていた。
それを突き崩したのが、アーロンというひとりの言語学者だった。
ただの貧乏学者にすぎなかったアーロンだが、彼の公用語理論とその提唱した簡便な人造言語『トゥム』が運命を大きく変える事になった。とある政治家の目にそれが止まり、やがてトゥムは交易言語として採用され公用語理論の実践が試みられた。簡単であるがゆえに凝った言い回しができず意志がストレートに伝わるしかない人造言語。まさに逆転の発想だが、これにより三国の通商は次第にスムーズになり、また彼らの連合に加わる国も次第に増加していった。
『銀河連邦』またの名を『トゥムの銀河通商圏』。そのはじまりである。
さて、その業績ゆえに連邦の祖とされた『賢者』アーロンであるが、もと貧乏学者という事もあって出身国が不明となっている。昔の事だから記録も残っていないのだが、彼の言葉による祖国についての言葉は今も残されていた。
その中に、こういう言葉があったのだ。
『わたしはソルからきた』
あとはもう説明はいらないだろう。地球や太陽系を発見した文明学者が「賢者の祖国はこんな星だったのかもしれない」と言った事から、アーロンの言った『ソル』という名をつけたのだ。現地の人間が自分たちの星を何て呼んでいるのか等は全く知らぬまま。
だから、ソルというのは偶然にすぎない。短いために似すぎていて、そして誤解を招いたがそれだけだ。
「うーん。実は、その人が太陽系からきたって意味でソルって言ってた可能性はある?」
「ふたつの理由から、それはないと思います」
「ふたつの理由?」
「はい」
アヤは大きくうなずいた。
「まず賢者アーロンこそアーロン・ラケール・ラムザ氏なのですが、彼はアルダー人、つまり爬虫類系の人類なのです」
「は、爬虫類系!?」
誠一の目が点になった。
「誠一さん、今の地球にアルダー人がいますか?」
「あー……俺が知るかぎりは、いないと思う」
誠一は洋物のSF小説も読むから、洋物SFで蜥蜴人類、つまりトプシダーの話なんかも見ていた。
しかし、まさか蜥蜴人類が現実にいるとは。
「いるも何も、アルダー人はこの銀河系島宇宙の筆頭種族です。事実イーガ……誠一さんのわかる言葉だとアンドロメダになりますが、アンドロメダにいるイーガ帝国の言葉で、銀河系の事をトゥムの銀河といいます。これは意訳すると、蜥蜴の銀河というのですよ」
「そ、そうなんだ」
ソフィアたちが地球人と変わらないものだから、てっきり宇宙人もそうなのかと思っていた誠一だった。
「あと、連邦の成立はこの星の時間で二十万年前の事です」
「二十万年!?」
「で、そのラテン語というものは」
「あー無理無理。せいぜい二千年たったかなってとこだろ、話にならないな」
「そうですか」
欧米ではラテン語は滅びた言葉で、自然言語としての話者は絶えたとされている。
ただし、ローマ帝国の主言語として長年使われた業績は大きく、動物の学名などは今もラテン語だし、一部の社会階層では今も部分的にラテン語が使われている。また、アルファベットや欧州の多くの言語への影響等、ローマとラテン語の影響は今もなお、小さなものではない。
だが、二十万年といえば地球では古代エジプトすら全く届かない遠い昔。
そんな時代にたとえ、未知の超古代文明があったとしても、そこでラテン語が使われているわけもない。
「しかし二十万年か……さすが宇宙だな、歴史の長さが途方も無いや」
「そうですか?」
しかしアヤは誠一と違い、二十万年を途方も無い長さとは思わないようだった。
「なに、もっとすごい文明があるの?」
「いえ、わたしはあまり古い文明については知りませんが、最古の記録ですと六十億年くらい前のものも見つかっているようです。しかもそれは銀河系に限っての事で、他の島宇宙となると、もっと古いものがあるのかもしれません」
「……」
「誠一さん?」
「うはは……途方も無さすぎて、もう想像もできねえや」
「そうですか?」
「うん」
やっとの事で誠一は、そんなコメントをもらした。
「話が飛ぶんだけどさ」
「あ、はい。なんですか誠一さん」
町に向かう移動の途中、ぽつりと誠一がつぶやいた。
夜景が見えていた。道路というより山道そのものだが月のおかげで足元は暗くない。まぁ、実際はアヤが誠一の手をつなぐ事で誠一の五感に介入し、視力を補助してくれているわけなのだけど、誠一はその事を知らない。正しくは自覚していない。
そもそも誠一は、アヤたちについてほとんど何も知らないわけで、
「アヤ。君の仕事ってなんなの?」
「ソフィア様の警護です。今はこの通り、誠一さんをお守りしていますが」
そんな会話が出てくるのであった。
「それは知ってる。でも確かソフィアさんは君のマスター……ってわけじゃないんだよね?」
「はい。ご主人様という意味ならば、それはルド様になりますね。ルド様はソフィア様のお知り合いなのですが、ソフィア様を孫のように可愛がっている方なのです。それでわたしが派遣されました」
そこでちょっと話を止め、そしてまた言葉を繋ぐ。
「もっとも、わたしがルド様の元に戻る事はないと思いますが。ソフィア様はご結婚を控えた身ですので、少なくとも当面はお守りする事になるかと」
「そうなんだ。なんか大変そうだな」
「そうですか?」
「ああ」
誠一はまだ銀河文明もアンドロイドの事も知らないから、銀河に六体しかいない七型アンドロイドがどれだけ高価なものかも知らない。だから返事はそれだけだった。
実際のところ、彼女が行き場もなく路頭に迷うなんてありえない。貴重な七型が仕事にあぶれているなんて聞いたら、好事家やら政治家やらが殺到してしまうだろう。
稀少であるという事は、それだけ目につくという事なのだから。
「なぁ、変なこと聞いていいか?」
「なんでしょうか」
「アンドロイドって事はさ、目的をもって製造されたって事だよね」
「はい、そうですが」
「でもさ、確か子供も生めるって言ってなかった?それってどういう事?」
「おかしいですか?」
アヤは首をかしげた。
「いや、俺よくわかんないけどさ、なんかそれって変な気がするんだ。
ロボットならロボットとしての機能に集中するべきだろ?なのに、そりゃまぁ、自己増殖自体にも目的や意味があるかもしれないけど、妊娠中はどうしても機能も落ちるし弱点も出るんじゃないか?
粘土細工みたいに自在に遺伝子をいじくれるんなら当然それも考えたはずなのに……どうしてなんだろ?」
「さあ?繁殖機能は七型の基本の一つとして義務づけられてますが……その理由、ですか。それは策定した方に伺ってみるしかないでしょうね。実はそれ、謎なんです」
「そのひとってどこにいるの?」
「もう亡くなってますよ。この星の時間で一万年ほど前ですが」
「ありゃ、そうなのか。そりゃ残念……って一万年!?」
「はい」
平然と答えるアヤに、誠一の目は点になった。
「おいおいおいおいちょっと待てよ。どうしてそんな機能が一万年も見直されないんだ?」
「……誠一さんは、妊娠しない方がお望みですか。なるほど」
「違う!」
だぁぁぁ、と誠一は頭をぼりぼり掻いた。
「合理的じゃないだろそれ。だって工業規格なんだろ?不合理なものはその都度見直して当然じゃんか」
そう。
どんな国でもそうなのだけど、工業的に作られるものや規格は当然、その時代にあわせて見直される。
日本人である誠一にわかりやすい例でいえば、軽自動車が言える。
最初、わずか360ccで始まり、登録も一般の自動車とは全く異なっていた軽自動車。やがて取り扱いが小型自動車に準じるものとなり、排気量枠も550ccに拡大された。二輪免許でも乗れたのが自動車用の免許が必要になり、性能もあがったという事はつまり、時代の要請にあわせて性能や安全性などを改善してきたという事だろう。
別に不思議はない。工業製品やその運用は、このように時代にあわせて変わっていくものなのだから。
そう考えると、謎の規格が一万年も見直されないのは明らかにおかしい。
誠一がそう言うと、ああ、そういう意味ですかとアヤは頷いた。
「普通の工業製品ならそうでしょうね。
けどね誠一さん、考えてください。この広い銀河に私たちは六体しかいないんですよ?」
「あ……」
なんとなく誠一も理解したようだった。
「そもそも、七型は発表当時、ジョークか夢物語だと思われていたようです。家政婦と軍人と恋人をひとりのドロイドでこなす必要がどこにありますか?ありませんよ。同じ料理技能をもつロボット、同じ肉体をもつラブドール、同じ戦闘力をもつ軍事ロボを用意したほうがずっと安いし確実ですからね。
だから、わりと近年までは忘れられた規格だったんですよ。ただ、なぜか項目自体は消される事なく残り続けていたわけですけど」
「ほう」
「そんなわけですから、第一号の七型が認定された時は大変なニュースになったそうです。あたりまえですね。冗談としか思えないものが現実になってしまったんですもの。
いずれ規格の見直しもあるかもしれませんが……七型はそういう意味で特殊なんです。その不合理というか無茶な内容も含めて」
「なるほどねえ」
感心したように誠一はつぶやいた。
と、アヤがにやにや笑いを浮かべているのに同時に気づいた誠一は、
「ん?何が面白いの?」
「あ、ごめんなさい。笑うつもりじゃなかったんですが」
アヤはそう言って、今度は隠しもせずにうふふと笑った。
「わたしの仕事のひとつであるVIP保護ですが、実はちょっと面白い裏技があるんですよ」
「裏技?」
はい、とアヤはまた笑った。
「わたしが任務失敗した時、つまり護衛者が殺されてしまった場合ですね。わたしの出産機能を使って、その方の身体を『復活』させる方法があるんです」
「……えっと、わけがわからないんだが?」
首をかしげた誠一に、アヤは続けた。
「その人の『存在の全て』を記録し、子供に組み込んで再生してしまう機能があるんです。生まれた子供はドロイドでありながら人間でもある存在になる。まぁ前例がないので実際にどういう扱いになるかはわかりませんけど。
だけど凄いでしょう?わたしと居る限り絶対安全。たとえ死んでも生き返るってわけなんです」
えっへんと胸をはるアヤ。確かに物凄い能力である。
だが、誠一は異論があるようだ。
「それって助かったと言えるのか?再生したって別人じゃん」
「ところが違うんですねぇこれが。ちょっとわからないかもしれませんが」
くすくす笑いがけらけら笑いに変わりかかっていた。
「でもね、この機能は使わない方がいいんですよ。特に誠一さんの場合は」
「俺の場合?どういうこと?」
アヤは誠一の顔をじーっと見、そしてとうとう吹き出した。
「……あのね。俺、わけわかんないんだけど」
「あははは、……ご、ごめんなさい。つい」
無理矢理笑いを抑えつつ、まだアヤは笑っていた。
「では論より証拠、ちょっと失礼いたしますね」
「え?……!?」
その瞬間、誠一はアヤに抱きすくめられていた。
「え?え?」
「誠一さん、女の子とキスした事ありますか?」
「え?な、ないけど?」
「そうですか。それはそれは……では、いただきます」
「は?……!?」
瞬間、むちゅっという感覚と共に、誠一の世界の全てがアヤになった。
それは、唇をあわせてというような軽々しいものではなかった。誠一が怯えたり固まらないように巧みに抑えられているものの、愛情の確認行為という意味で行われる、誠一くらいの年代で想像するキスとは、かなり異質な代物だったからだ。
誠一の口が静かにこじあけられ、アヤの舌が誠一の口の中に侵入する。想定外の事に誠一が固まっているのをいい事に、その舌は誠一の口の中を好き放題に蹂躙しはじめた。
もっとも、固まっていなかったとしても、可愛い女の子にキスの最中に舌を入れられて、それに平然と逆らえる中学生男子がどれだけいるというのか?
蹂躙の時間は短かった。気がつくと誠一は解放されて座り込んでいて、その前にアヤがいて、にこにこと優しく微笑んでいた。
「い……いったい何を」
「びっくりさせてごめんなさい。説明ついでに情報をいただいたもので」
「情報?」
「さきほどの『存在の全て』を記録し、子供に組み込んで再生する点に関するものですね」
「な……んだって?」
予想外の言葉に、誠一は眉をよせた。
「たった今、誠一さんの記録を取り込みました。これで、もし誠一さんに何かあってもわたしが破壊されない限り、完全な再生が可能になります。
まぁその場合、肉体がドロイドベースになってしまうんですけどね」
「俺の情報を収集って……おいおい、本人に黙って何やってんだよ」
む、と眉を寄せる誠一に、アヤはまた笑う。暗くてよくわからないがちょっと恥ずかしそうに頬を染めていたり。
「あー、本来はこれ、えっちな事して取り込む事もあるんですよ?特に男性がマスターの場合、そうしておくと自分からデータを提供してくださる方が実に多いものですから」
「……宇宙でも男は男ってか」
年代的に刺激が強すぎるのか、誠一は呆れたようにためいきをついた。
「でも、キスだけでそんな凄いデータがとれるものなのか?」
「人間の身体というのは一枚岩じゃないんです。抜けた髪の毛、今のキスのような触れ合いで剥離した粘膜細胞、それらだけでも肉体に関するデータは十分得られます。この星の科学がどこまで到達しているかはわかりませんけど、少なくともわたしにはそれで充分。
それと誠一さん、わたし貴方とお会いした時から日本語でお話してますよね?」
「あ、うん。ソフィアもそうだけど、ふたりとも日本語うまいよな」
「ソフィア様は別ですけど、わたしはこの星にきた時点でこの星の言語も、文化もまったく知らなかったんですよ?」
「そうなのか?」
「はい」
アヤは大きくうなずいた。
「わたしが誠一さんとお話できるのは、この国の人とお会いした瞬間にその記憶を見せていただいて、そこから言語と基本的な知識を少しずついただいているからです。今こうしてお話している間もそうです。わたしは聞ける限りのこの星のメディアに耳を傾けつつ、誠一さんの記憶も参照させていただいて勉強しながらお話しているんです。もちろん、個人的な記憶や考えは見てないわけですけど。
これも七型の機能のひとつなんです。
どんな土地に赴いても速やかにその土地の情報を得て活動を開始する。これも大切なことなんですよ」
「なるほど。何考えてんだって思ったけど、確かにそう考えたらおかしくないな」
「ごめんなさい、今まで黙ってて」
「いや、いい。仕事もあっての事なら仕方ないだろ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
実際、断りもなく記憶を覗かれたら普通は問題になる。ならなくても相手は怒るものだ。アヤのお礼は、そういう事を認めてくれる誠一の優しさと寛容さに対するものだった。
もっとも、この時点で双方の間には誤解がひとつあった。
アヤは個人的な記憶や考えを見ていないというが、これは正しくない。正しくは「見てないふりをしている」であろう。なぜなら情報とは得てから吟味するもので、得ている時点では中身なぞ選べないからである。
そして、アヤが誠一を再生できると言いきった理由もここにある。別にキスなどしなくとも、救助してから目覚めるまでの間に、とれるだけの誠一のデータは取得済みである。生まれてからたった今この瞬間までの誠一をまるごと再生だってできるだろう。確かにアヤにはそれが可能だった。
たったひとつの問題を除けば。
「で、再生の話に戻りますけど……確かに誠一さんは再生できます。だけどダメなんですね。再生しちゃうと誠一さん、ちょっと困ったことになっちゃうんですよ」
「どうしてだ?別人でなく、中身も本人を再生できるんだろ?まぁ法的なとこがどうなるかわからないけどさ」
「……」
「アヤ?」
アヤはふたたび、誠一をみてくすくすと笑った。
「女の子になっちゃうんですよね、これが」
「はぁ?」
とうとうこらえきれなくなったらしい。あははとアヤは笑った。
「だってこれ、本来わたしの同族を再生する機能なんですよ?
そこに誠一さんのあらゆる情報を書き込み再生するわけなんですけど、実はわたしたち全ての生体ドロイドには制限があるんです。具体的には男性体の再生には制限がかかっています。つまりわたしは、男性を男性として再生することだけは残念ながらできないんです」
「え……男はダメ?なにそれ?」
「すみません、その理由はまた後ほど」
アヤは困ったように、でもなぜかにっこりと笑った。
「お話を戻しますね。
で、誠一さんの場合なんですけど、『もし野沢誠一が女の子として生まれていたら』という前提の元に肉体情報が再構成されちゃいます。当然、生まれてくる新しい誠一さんは、黒い瞳と黒髪をもつ女の子になるでしょう」
「……なにそれ?」
誠一は呆然としていた。言葉の意味がちゃんと掴めてないようだ。
アヤはいたずらっぽく笑いつつ、腰に手をあてて誠一を見た。
「女の子になってみますか?誠一さん」
「……ざけんな」
それが限界だったのだろう。
アヤはプッと吹き出し、楽しげに笑いころげた。




