9話【一瞬以下の時間】
僕の目の前が真っ暗になって、気付いたときには真っ白になっていて、そのまた気付いたときには腕がなくなった時と同じ光景が映っていた。
少し違うのは僕は地に足を置いてなく、球体に直撃したことにより吹き飛ばされて宙に浮いていることだろうか?
何故か周りの時が止まったような感覚であった。
この感覚は生まれてきてから今まで地獄のような毎日を過ごしてきた僕にとっては、何度も体験したことあるものだった。
死ぬ前の走馬灯のような……スローモーションになるやつだが、今までの人生を振り返るなんてことはなかったし、そんなのものが頭によぎることもなかったのはどういう事なのだろう。
それはさておき、どうせ時が遅延してくれているのだし、僕は今の状況を見て、対策を立てるとしよう。
今までもこの遅延世界での思考により僕は何度もピンチをチャンスに……いや、ピンチを勝利に変えてきた。
僕はとりあえず自分の体を見る。
時がスロー進行なのに、自分の体だけ動くなんて都合の良いことはないので、顔は動かせない。あくまで視界に映っている部分のみ。
見てみると、左腕はもちろんなかった。次に上半身半分がなくなっていた。左側の上半身がだ。恐らく左腕の次に球体に呑まれてしまったのだろう。心臓も八割削られていると見ていいと思う。
今、気付いたのだが、視界の左側が暗闇になっているのが分かった。多分、顔の半分もやられている。
顔が半分なくなったとなると、頭部が半分なくなったとなると、脳が半分なくなったと考えられる訳だが、どうして僕はこうやって考えていられるのだろうか。
脳がないのに、何故考えることができるのだろうか。
て言うか、心臓はほとんど削られて、脳が半分消えて、即死してないなんて……不思議だとは思ったけれど、すぐに真相に辿り着く。それが正しいかは知らないけれど。
今、僕は即死の寸前状態だ。
それは怪我の度合い……怪我とは言えない重症だけれど……、とにかく、そんなことを言いたいのでなくて、時間のことを言っている。
寸前とは度合いではなく、時間のこと。
例として言うなら、仮に銃で撃たれて即死するときに、決して銃弾が体に突き刺さって、貫いた瞬間に意識が途絶えて死んでしまうという訳ではないこと。
いや、ほとんどそうなのだが。
貫かれて死ぬまでの間はほんの少しだけ合間がある。
それは億万分の一秒と言っていいほどの……時間として捉えていいのかも分からないほどの微生物レベルの時間。
その隙間の時間に僕は今生きている。
時が止まることで生き永らえている。
そしてここで思ったのが、それじゃもう対策を考えても無駄だな。という当たり前の感想。
いくら対策を練ったところで、時が動き出せば僕は死ぬ。恐らく僕が死ぬと意識する前に死ぬ。
光の弓矢に貫かれるように、どんなものより素早く迅速に即座にその命を完結させる。
僕がそう諦めた時だった。
死んでからどうしようとか、天国とかあったらまずは美味しいものを沢山食べてみたいだとか、地獄に行くならどうにかして楽に生きようとか、そう言うことを考えている時だった。
時が止まったはずの中で、僕の右腕に握られた神器が輝きだしたのだ。
それは小さな輝きだった、消えかけの線香花火くらいに。
だけれど、それが異常なことは分かった。
億万分の一秒の世界の中で、普通の平常な夏の夜にやるような線香花火の消えかけのように、光が……火花が散るのはどう考えてもおかしい。
こんな何も動かない美の境地極まりない世界で、動くものがあるというのは滑稽極まりない。
僕の体に違和感が走る。
それは右手の指先から始まり、肘に、肩に、残った上半身に、ほぼ無傷の下半身に、渡っていった。
突然の事。
僕は目を疑う。
今はないもない、あると言っても空気ぐらいの空気中に、元々僕の体があった場所に、小さな魔方陣がいくつも生まれた。
そこには満身創痍の高校生の姿から変わり、五体満足の高校生の体が見えた。
まさに僕が意識する前に完全な身体状態へと変わった。変わり果てていた。と言えるくらいだった。
僕は思い出す、マリーの言葉を。
僕も彼女も魔法のことを、神器のことを、この世界のことをあまり知らなかったのだろう。て言うか知らない。マリーは村から出るような人ではなかっただろうし、僕に至ってはこの異世界に来たばかり新人さんだ。
だからこそ、神器を持つ戦士を数々の大国が欲しがっていると言っても、にわかに信じがたかったし、そんなイメージは湧かなかった。
けど、今思い知る。
大国が欲しがるほどのものが、遠距離から多人数を殺傷できる程度の武器であるはずがないと。
そんなものは……この世界にはあるか分からないけど、戦車にだってできるし、適当に手榴弾でも投げ込めばやれるだろうし、て言うかこの世界には魔法がある。
お門違いだった。
この神器にある力は無限大に魔力を増幅させること。
マリーは魔法に詳しくないのだろうから、ただの神器マニアだったのだろうから、そこまでこの力が恐ろしいものだと思わなかったのだろう。
同じく知識のない僕もそこまで気にしなかった。
たけれど、今その力を体現した。
僕の体はその魔力に助けられたと見ていい。
この勝負は僕の勝ちだ。
そこそこ運もあったとは思う。
最後の二つの球体を避ける際に、もし逆に動いていたなら右の上半身半分がやられ、右腕ごと神器がなくなり、このように再生することなどなかったのかもしれない。
そう言う意味で二分の一の確率を引き抜いた僕は、立派なギャンブラーなのかもしれない。
僕は、僕の知らぬ間に行われていた大博打に勝った。
そして時は動き出す。
僕は自分の体が動くと感じた瞬間、復活した左腕を即座に地面に伸ばした。伸ばさなければ、頭から地面に落下するような状況なのだ。
ちなみに言わせてもらうなら、今の心境は水泳大会で背泳ぎしていたら、突然の水が全てなくなったみたいな心境だ。
こんな心境は恐らく僕しか感じたことはないだろうな。これからももちろん。
僕はそのまま左腕だけを使って、後方倒立回転とび、いわゆるバク転のようにして着地した。
「──馬鹿な……どうしてだ!」
村長は怯えているような表情を見せながら叫んだ。
それもそうだろうとは思う。殺したと思った相手が、身体の一部を欠損させてやった相手が、本当にまばたきする合間に元の姿に戻っていたのだから。
「お前は一体何者なんだ!」
僕が何者なのかという問いに答えたところで、身体の再生の秘密にはたどり着けないだろうけれど、それでも僕は言った。
「僕は、僕の名前は亜美寺夏木。何者かと言われて名乗るような物は何もないよ」
僕は、そう言ってからすぐに銃を構える。
そして村長に向けて魔弾を放つ。それは僕のイメージ通りに銃口から発射された。
さっきの僕と同じ風になるような角度に魔弾は飛んでいく。
魔弾が村長の体に重なるように通っていくと、その跡には、左の顔を失い、左の腕を失い、左の胴を失った男の死体が残るだけだった。
悲鳴をあげることもできずに。
素早く迅速に即座に、死んだ。
即死した。




