7話【無双開始の号砲】
僕とマリーとリリィ。
僕達三人はすぐに祠の中に入った。
中は別段、神秘的ということもなく、所々にランプが設置され明るくなっているだけの、至って普通の洞窟である。
と、これは目で見た感想な訳だが、他の部分で分かるものには異常な感じがした。
まず、鼻に突き刺さるような異臭、逃れようもないまとわりつくような異臭。
海賊を殺した時にもその死体から臭いを感じた。
今ここで感じているものと同じものを。
臭いの他には、後一つ、音である。
なんと声が聞こえるのだ。
それははっきりとした一字一句聞き取れるようなまともな言葉ではない。
悲痛な叫びを抑え込まれているかのような呻き声。
僕達はそれらに嫌悪を抱き、恐怖を抱きながらも、足を一歩ずつ確実に進めた。
それに合わせて、一歩ずつ確実に強くなっていく臭いと大きくなってくる呻き。
そしてついに、細道からかなり、ひらけたところにたどり着いた。
「ひどいな、鼻が折れそうな臭いだよ」
「私がへし折ってやろうか?」
「いや、止めてくれ、今のは単なる表現の一貫であって、決して折ってほしいとか言う願望を表したものではないぞ。ちなみに俺の言った言葉から『へし折ってやろうか?』に繋がった理由はなんだ!」
「にしても、ここ怖いです」
「大丈夫だよマリー。何があっても私が守ってあげるから」
「スルーだと!」
僕はスルーにもめげることはなく、辺りを見回してみた。
「て言うかこれは……こいつはひどすぎるだろう……」
僕達のいる広い場所は、例えるなら二十五メートルプールぐらいの広さで、高さは四、五メートルくらいだろうか。
マリーとリリィに言ってそれが通じるかは分からないけれど、それを言う必要もない。
ともかくそんな広々とした空間の至るところに血が飛び散ったりしているという異様さ。しかもその血は随分と古いものもあれば、明らかに最近……ついさっきにでも何かあったのかと思うほどの、綺麗な新しい鮮血もある。
痛そうな武器や拷問器具らしきものもいくつもある。
それらのものは儀式とは全く無縁な気がするが……。
怪物を封印するという目的だけでこの祠を利用するのだと言うならば、尚更無縁であろう。
ここまで描写をしたが、別になくてもいいものだったとは思う。
本題はここでは無かったのだから、最初の時点で『僕達は洞窟に入って広いところに着きました』だけでも十分だったのだ。
だけれど、そんな突拍子にシーンが変わってもそれはそれでおかしいだろう。
だからこそ、本題に入る前の溜めとして周囲の状況を説明してみたが……。
ともかく溜めを終えたお陰で今の状況が、より深く、雰囲気も伝わると思う。
異臭の元が血である可能性が出てきた。
一方で謎の呻き声だが、拷問器具がずらりと並べられてある、この場所の奥にある鉄格子から聞こえるのだ。
僕が閉じ込められていた木製の檻とは全くレベルの違う、最高級品と言っていいほどの鋼鉄の檻である。
光を反射して輝けるほど新品ではないし、そんなすごい代物ではないし、て言うか少し錆びてるし、だけれど全くびくともしなさそうな檻だ。
僕は檻に近付いて見ることにした。
神器を構えながら檻に歩いていく、後ろに二人が続く形。
「気を付けろよ、二人とも……。本当に何か危ない生き物がいるのかもしれないぜ」
「先頭なんだし、一番気を付けるべきはアンタよ」
「そうだな」
檻に近付くごとに大きく鮮明に聞こえてくる呻き声。
呻き声に鮮明も何もないとは思うが、別にそこは表現上ということでご勘弁を。
と、鮮明になることによって僕は気付いたのだ。
そこ呻き声が怪物などが出している声ではなく、人間の出している声だと。
そう思ったときには、既に檻の中の全貌が僕の視界全体に広がっていた。
「リリィ! マリーの目を塞げ!」
「え?」
僕がそう言うと、『なにいってるの?』みたいな声は出しつつもそれに応じて両手でマリーの目を隠してくれた。
「えっ、何急に……リリィちゃん手をどけてよ」
僕が隠せと言った理由は、もちろん皆が思うとおり、檻の中にある。
その檻の中には、少女がいたのだ。
体格からして恐らくマリーより年は下だと思われる。
少女が居たくらいで目を隠すのはおかしいとは思うが、そこにいたのはただの少女ではなかった。
何故ならば、その少女は体の上から説明すると、まず目を布で覆われて辺りが見えないようにさせられていたのだ。
しかも、その布の右目に当たるであろう部分。血が染みていた。布の隙間から血がこぼれ落ちていた。
呻き声がする通り、口も布で塞がれているし。
何より、ひどいと思ったのが、その少女には右腕と両足がない事だった。
元から亡かっただとか、事故で亡くしたとかそう言うことではなさそうだ。
だってそれならば、ない腕と両足に血が今も流れ落ちる血肉が見える切り口なんてないはずだから。
とてもグロテスクな光景で、マリーには、まだ幼い彼女には見せるべきでは、見せてはいけないと思った。
「なんなのよ、これ……うっ…………んぐっ」
リリィは思わず吐きそうになったのだろう、だが、なとかこらえたようだ。
僕も吐きそうとはいかなかったが、かなり気持ちが悪かったことには偽りようがない。
すると、僕達が来たことに足音で気付いたのだろうか。
少女は倒れた状態で、更に大きな呻きを上げながら暴れだした。
「待て、動くなよ」
正直こんな状態の女の子に話を聞くなどしたくはないけれど、僕は心を鬼にして少女に話しかけようと試みる。
僕は檻に近づき、檻の隙間から片腕を入れ込んだ。
肩までギリギリはいるようだ。
その状態で少女の目と口の布を外そうとする。
暴れられているが頑張った末に何故か、両方ともがほぼ同時に外れた。何故かは聞かないでほしい。
「いやああああああああああああ!! 近づかないでええ!!」
叫びながら、少女はのたうち回る。
のたうち回ることしかできない。
「お、落ち着いてくれ! 僕達は君の敵なんかじゃないから、落ち着いてくれ!」
「──ココ?」
僕がなだめようとしていると、リリィはそう言った。
少女の名前らしき名前を呼んだ。
「リ……リィちゃん?」
少女は今にも消え入りそうな、霧のように霧散しそうな声で言う。
「なんで、ココが……儀式の生け贄に……なったって、あなたのお母さんが……」
「リリィちゃん、助けて……、最初からここには怪物なんて居なかったのよ……。あいつらは私で、いろんな人で実験をやってて──」
──刹那、ココと呼ばれた少女は死んだ。
瞬く間もなく死んだ。
後ろから飛んできた半透明の球体に触れて死んだ。
いろんな部位が色んな方向に無理矢理引っ張られ押し潰されるようにして、原型を保ちつつも異形な形に変えられて死んだ。
殺された。
「い、いやああああああああ! ココーー!」
リリィはマリーの目から両手を放し、鉄格子へと走り込んだ。嗚咽を上げながら檻にすがり付くリリィ。
と、共に、聞いたことのない声がこの場に響いた。
「困るなぁ、勝手にここに入ってもらっちゃ」
マリーが言う。
「村長……」
村長が祠にやって来た。
若いらしいけど、随分と小太りだ。
窓からみた様子では分からなかった。
てっきりやせ形だと。
「君たち知っちゃったんだね?」
それを聞いて僕は言葉を紡ぎだそうとしたが、その前にリリィが言った。
「村長、これは……これは一体どういう事なんですか!?」
リリィの問いに対して村長は何の悪びれもなく答える。
にやけて気持ち悪く笑って答えた。
「いやぁ、どうもこうもないよ。見られたからには答えるしかないよねぇ? 真実はこうだよ、この祠には怪物なんて居ませんでしたぁ、そして生け贄として選んだ女の子たちは俺が、自由に頂いたり、実験に使ったり、街に売り捌いたり、色々しましたぁ」
瞬間、リリィの目の前に魔方陣が出現する。
魔法を使う気だろう。恐らく殺す気だ。
だが、村長は言う。
「やめた方がいいと思うよぉ? 今のこの状況で君たちに勝ち目はないからねぇ」
すると、この広間に一気に人がなだれ込んできた。
服装からして村人。大量の村人達がやって来たのだ。
「まさか、村の人まで……」
「そういうこと、村人の五割は俺のしもべなんだなぁ。俺のお陰で贅沢させてやってるからねぇ」
「こいつ……!」
リリィに表情が明らかな怒りで染まる。
「見られたからには仕方がないなぁ。……リリィちゃんにマリーちゃん、君達顔が可愛いからきっと高く売れると思うよ? と言うわけで村から追放ついでに街に売り出してあげるよ」
村長の言葉の後、一気にマリーとリリィに向かって村人が集まる。
「いやぁ、助けてぇ!」
「くそ、離せ! 離せ!」
二人は多くの大人に捕まる。
「ちょっと待てよ、おい! 二人を離せ!」
僕も二人を助けるために奮闘するが、所詮はまだ高校生の力なので、大勢の大人の力には勝てない。
僕が村人に引き倒されたところで村長は、村人達に呼びかけた。
「えーと、そこの男は売れないし、実験も飽きてきた頃だから……殺していいよ」
僕の中に衝撃が起こる。
殺される。
死ぬかもという気持ちが体を巡り巡って回る。
僕は一旦村人達から距離を取る。
こうやってみると、村人はこの洞窟内を全て埋めてしまうぐらいの人数に見えた。
だけれど、ここで死ねるわけがない。
相手は確かに大人数。
多勢に無勢だが、ここでこの状況を切り抜けられなければ、マリーとリリィはこれから悲惨な人生を送ることになるし、マリーを助けると決めたのに、それができなくなる。
それに財宝見つけたのに豪遊できてないし。
やり残したことは沢山ある。
「おい、お前ら……。僕がそう簡単にやられると思ってるなよ」
そうだ、僕はたった二人で何百人超のメンバーで構成された有名な海賊団を壊滅させたんだぞ。
僕は神器を構え大きく息を吸った。
「お前ら全員蹴散らす」