6話【戦いの前触れ】
僕とマリーはすぐに村へと到着した。
彼女が言った通りで、本当にのんびりとしている平和そうな村である。
こんな様子の村に世界を滅ぼしかねないモンスターが封印されていると言うのだから、人生と言うのは本当に何が起きるか分からないものだ。
僕はマリーに自分のやってほしいこと、やろうとしていることを伝える。
「──見つからないように村長のところに案内してくれ、顔を見るだけでいいんだ」
「はい、分かりました! 頑張ります」
僕達は村の奥へと周囲に気を付けながら歩き出す。
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「──あの人ですよ、夏木さん……! 見てください!」
「どれどれ、見せておくれ」
あまり大きな声にならないように声を張るマリー。
僕とマリーは今、村の中にある木に隠れていた。
そしてそこから見ているのは、村にある住宅の中でも一際豪華というか……単純にデカイ家を監視していた。
「どこにも居ないぞ?」
「窓です窓! 二階の左上の窓ですよ!」
「……あれか」
窓から映っている姿では全てを見極めるのは難しいけれど、とても若くて……筋肉質な体で強そうなのは分かった。
そしてあの悪どい顔。とても表現のしづらい悪人面だ、気持ちが悪い。
「もうアイツの顔はできれば見たくないな」
「え?」
「いや、何でもない。次は祠に案内してくれ」
「祠ですか!?」
マリーが声を上げる。
驚きの表情を浮かべて慌てている。
「やっぱり祠に行くのは危ないと思います、危険なモンスターが封印されてるんですよ? そもそも祠には村長の許可がないと入れない決まりだし……。やっぱり止めませんか?」
上目遣いでそう問いかけてくる。
上目遣いと言うのは決して色気で惑わす的な上目遣いではなくて、人にお願いをするただの懇願の意味での上目遣い。
という訳で、彼女は色気なんて出すつもりはなかったのだろうけれど、可愛かったです。
「ごめん、それは無理だ」
だからと言ってお願いを聞いてあげられる訳ではない。
「マリー、確かにこれは僕が勝手にやっていることなんだけれど、君のためなんだぜ? 君の命のためなんだぜ? ちょっと恩着せがましいとは思うかもしれないけれど」
僕がそう言うとマリーは下を向きながら、コクりと頷いた。
「さあ、祠に行ってみよう。村長の許可がないと入れないって事は何か秘密があるのかもしれないしな」
「はい、祠は村長の家を通りすぎて、もっともっと奥にあります。……急ぎましょう!」
「ああ!」
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その後、誰にも見つからないように注意しながら村長宅を越えて行き、祠への道を辿っていく。
途中大きな門があって、立ち入り禁止と書かれた看板と共に鎖が繋がれてあった。
神器で破壊してもよかったが、それでは後々騒がれたりと、大変になる可能性があったので、二人で協力して門を上から乗り越えることにした。
乗り越えて、そこからまた歩いていくと、遠くに洞窟のようなものが見えるところまできた。
恐らくあれが祠なのだろうけれど、見た感じでは、世界を滅ぼすとか言う、ものすさまじく、おびただしいほどの被害を与えるようなモンスターがそこに封じられているとは思えない見てくれであった。
「あれがその祠ねぇ……、僕にはそこら辺にあるようなただの洞窟にしか見えないんだけれど」
「確かに……そうですね。私もちょっと気になってきました、本当にここにそのモンスターが居るのかどうか……」
「マリーはここに来たことは一度もないのか?」
「はい……私じゃなくても、ほとんどの村人が場所を知っているだけで、祠自体を見たことない人が多いと思います」
それは以外だった。
村人達は自分の意思で行かなくてもいいかと決めているのか、それとも村長が制限をかけているのか。
「村長さんの許可がないと入れないのは祠の入り口からではなくて、あの鎖で繋がれてた門の所からですから」
そういうことか。
つまりは村長があそこの時点で既に、他者の祠への干渉を隔てていると。
「あの祠少し怪しいです」
マリーは突然そう言う。
「?」
「強力なモンスターが封印されていて、それを封印するためにかなり強い魔法が使われていると思うんですけれど、祠の中から全くと言っていいほど、とてもそんな魔力を感じられないんです。こんなに近くに来ていても感じる事ができないなんて、おかしいです」
はい、魔法ですね。
リリィのあれもやはり魔法ということだな。
「魔力が発されない魔法もあるし、魔力を隠す魔法もあるんですけど、別にそんなことをする必要はないと思いますし。そんなことする余力があるなら別のところに力を回した方がいいでしょうし」
「確かにな……」
どっちにしろここに入ってみない限りはどういうことなのかは分からない。
僕には魔法なんて使えないし、魔力を感じ取ることもできないので、悪いけれどマリーについてきてもらわないと。
「──動かないで」
不意に僕の耳に入り込んだ言葉。
僕は体は動かさずに、首だけ動かし後ろを一瞥。
「リリィか」
僕はすぐに前に向き直す。
「なんでアンタが私の名前を知ってる訳?」
「ああ、マリーから聞いた。性格の割にかわいい名前してるじゃないか。もちろん、僕はいい名前だと思うぜ」
「な、な、なっ! こ、この、ぶっ飛ばすわよ!」
僕はまた会ったら言いたかったことを言ったまでなのだが、思いっきり殴られた。
ぶっ飛ばすわよ、と言われ、あまりこういうことは言わない方がいいなと思った瞬間に、ぶっ飛ばされたのだ。
ぶっ飛ばすわよという言葉は意味的にはすぐに殴ってくるようなのではなかったはずだが。
ちなみにその動揺っぷりは照れているのかもしれないが、リリィの顔を見る前に殴られて視界が揺れたために、本当のところは分からない。
「……夏木さん! だから言ったのに」
マリーからの一言。
確かにそんなことを言ったら殴られるかもと言っていたな。
だが、僕は言いたいことを言うだけだ、やりたいことをやるだけだ。そんなのは関係ない。
「マリー大丈夫!? こいつ、どうやって脱出したのよ! しかもまたマリーを……許さないわよ!」
またもや、僕はキレられているご様子だ。
大丈夫、例え魔法を使われても、こちらには神器という対抗策である武器があるから。
「ま、待ってリリィちゃん!」
と、ここでマリーが僕を庇うように両手を広げて、リリィの前に立ちはだかった。
「退きなさいマリー、こいつを捕まえて今すぐに街の方に連れ出してやるんだから」
「リリィちゃん、ちょっと待ってよ! 確かに少し変な事があったけど、この人はいい人なんだから、そんなことダメだよ!」
「いや、でもこいつはお前を……」
「夏木さんは私を助けてくれようとしただけだよ!」
マリー……。
ごめんな、助けようともしたけれど、襲おうかどうかも迷っていたよ。
「ねえ? 夏木さん?」
そんなことを考えてるときにマリーから同意を求める声がかかる。
「え、あ、おう! その通りだぜ!」
「……嘘を付くなよ!」
リリィが叫ぶ。
「お願い、リリィちゃん。私を信じて……、この人なら私を助けてくれるかもしれない」
「……!」
リリィに驚きの表情が浮かぶ。
「……」
「……」
「……」
三人に沈黙が訪れる。
固まった状況、三人だけの時が止まったかのように動かない。
「分かった、マリーを信じてみる、後で事情は聞かせてもらうわ。……アンタが少しでもマリーに変な事をしようとしたらただじゃおかないからね」
どうやら攻撃することをやめたようだ。
マリーがほっと肩を撫で下ろすように息を吐く。
僕も同様にだ。
「──ちなみにマリーにってことは、リリィ、君には変な事をしていいのか?」
コンマ数秒の間も空けずに、こちらに向かおうとしてくるリリィ。
「そ、そんなの……だ、駄目に決まってるじゃない!」
怒っているのかな?
リリィの顔が赤くなっているが。
「リリィちゃん落ち着いてよぉ!」
マリーがリリィの腰にしがみつくようにして動きを押さえる。
「────それで、アンタどうやってマリーを救おうと思っているのよ」
「僕の名前は夏木だ、覚えておいて損はないぞ」
「ああ、そうね。夏木、アンタはマリーをどうやって救おうとしているの? この子の問題は知ってるんでしょ?」
「まあ、大体。……助けることで、そんな確実な方法があるわけでもない。とりあえず今は祠の中に入るべきだと思うぜ。もしかするとここにモンスターが封印されていると言うのは、嘘っぱちかもしれない可能性があるからな」
「そんな可能性があるの?」
ない可能性のが多いかもしれないけれど。
「まあ、そこんところはマリーに聞いてくれ、あいにく僕は魔法にそこまで詳しくないんだ」
まあ、とにかく──と僕は言う。
「祠に入ろう。リリィ、マリーの警護をよろしく」
「私も入るんですね! 頑張ります!」
「マリー、そんなに張り切らなくても良いと思うわ」