42話【世界】
遅くなってすみません。
夏休み明けのテストとか執筆の邪魔でしかない
神器を使って、敵を水に落とす。
その所業の全てがイメージにより創造されるようで。
そう、イメージ。
成功するイメージをしながら物事をこなすと、本当に成功……むしろ大成功してしまったような感覚だった。
そもそも電気に重力という概念が、法則が、理が通用するのかという疑念はあったが、しかし、いくら血肉に電流を流そうが、電気そのものであろうが──少年は少年なのだ。
少年がいくら人並外れた異常で異端で異質で、どうしようもないほどに異物のような生き物だったとしても、ただの『人間』だ。
物理法則の通用する。
重力という概念が通用する。
たった一人の質量を持つ人間だ。
余計な前置きはいらない。一言で済ませる。
過剰な重力によって少年は水路に落ちた。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
少年の悲鳴が空気中に、電流が水に広がっていくのが分かる。体が引きちぎられているのと同じ状況なのだから悲鳴の一つや二つ出てもおかしくない。
にしても体が動きづらいな……電流の流れる水路に浸かっていればそうなるだろうと言えばそうなのだが、痺れが少ないので必死になればすぐにでも水路から出られそうだ。て言うか出なければ。
「ひまわり大丈夫か……?」
「とりあえず体が麻痺して動きません。手伝ってください」
「ああ、分かった。大丈夫ってことだな」
木の板を押してあげよう。
……端から見れば子連れのパパだった。のかもしれない。
だがそんなこととは関係なく、僕はその異常に気付いた。
「む……? 体が上手く動く」
まだ半身が水に浸かっているのにどうして? まさか少年が何かをした?
僕は後ろを振り向き少年の動きを確認し、先程の異常の次の異常に気付いた。
バチバチと音を立ててジグザグに水を這う雷光が、少しずつ規模を増して辺り一面に拡散されるはずだったのに、それどころか、バチバチという音が控えめになり、規模を小さくし一点に収束しようとしていたのだ。
「ううううううううう……」
体を裂かれる痛み(そもそも痛みを生じていたのか分からない)にも慣れてきたのか、悲鳴は消え去り、心を落ち着かせるかのように唸る少年。
まさかとは思うが……少年は……体を元に戻そうとしているのか? 大きな水溜まりに広がりつつある自身の電気という身体の一部を、再び我が身に還元しようと?
だとするなら彼を止めないと、勝利を敗北に変えられぬように手を打たねば!
僕は電流の影響を失い通常通りに動作する体を懸命に働かせて、ひまわりを岸へと運ぶ。
「そこで待ってろ。すぐに終わらせてくる」
「ちょっと何をする気ですか?」
「電気集めの妨害だよ」
僕は僅かな身体麻痺を感じながらも少年のすぐ傍にまでやって来た。どうやら電気集めに集中しているようで僕のことになど目もくれないので、軽く思われているのだろう。
こいつは……ほんの少しだとしても今は力が弱まっているはずだ。
僕は鋭いナイフを逆手に持ち、背後から彼の喉仏に当たる部分へ突き刺した。
「うがああああああ!」
悲鳴を聞きながら、そのまま頭部と首から下の胴を分断させてやろうとナイフの柄を握る手を一気に引く。
身体の電気を失っているせいなのか、彼の首の強度が低く簡単に切ることができたが、首がすっ飛んだわけでもなく血が吹き出たわけでもないのでダメージがあるようには見えなかったけれど、切り裂いた数瞬の後に再度発生した悲鳴を聞くに、そこそこのダメージは与えられたのではないかと僕は思った。
「──ぎゃああああああああ!」
そもそも幼女よりは少し大きい程度の少年であるため、体のほとんどは水の中で、無理矢理にでも押し込んでしまえば全身を水中に叩き込める!──と僕は考える。
「うらっ!」
「ぐうぅ、やめろおおおお!」
まるで相撲のようにして底に沈めようとする僕。底に沈められまいとする少年。
いくら弱体化しているとはいえ中々パワフルな少年である、抵抗された結果、逆に僕が水底に叩き付けられた。
汚れに汚れたものだけが視界に映り、やられたのは僕だと気付き、即座に立ち上がる。
「ぶはっ! ──ッ!」
息を整える暇もくれずに少年からのお見舞い。
彼とは違って悲鳴を上げなかった僕。て言うか、電撃の直撃によって上げることができなかったのだ。
吹っ飛ばされてまたまた汚水ダイビングである。
どうやら電撃の威力も著しい低下を見せているようで僕を即死に至らすパワーはなかったみたいだけれど……表情にも声にも出さないけれど……すごく痛い。
もう汚染してるんじゃないかってくらいにばっちい水がしみてきて、激痛が十倍になってくるレベルだ。
「ああ……くそ……」
そのとき足に固い何かが当たった。当たったというか踵で蹴ってしまった感じなのだけれど。
……はっ! まさか!
手探りで、それをすくいあげてみると……その物体の正体は……。
「ステッキ!」
「なんと!」
ひまわりも思わず驚いたようで……。
多分もう見つかりはしないと踏んでいたステッキ。これさえあればサポートは万全だ。僕はステッキをひまわり目掛けて放り投げ、彼女がそれをキャッチし華麗な舞を見せた。
「お兄さん! 今こそ決着の時ですよ!」
熟練の指揮者のようにステッキを軽やかに美しく振るひまわり。いや、実際の指揮者に熟練もくそもあるのか分からないし、指揮に軽やかさと美しさが必要かと言われれば、その分野に全くと言っていいほど精通していない──僅かな知識もない──そもそも興味がない僕からしたら、必要ないんじゃない? と、思ったままに答える以外にはないわけで。
ともかく神のタクトが振るわれた結果、補助魔法が発動して僕の身体能力が上昇したということは、体の底から湧いてくる力をはっきりと感じとることができたからである。
強化された腕力ならば、反対に腕力の低下を見せている少年を蹂躙することも可能だと思い、何を思考するまでもなく僕は彼に飛びかかる。
僕VS電撃少年。
最後の一騎討ち。
になるかもしれない一戦。
まずは僕の右手が少年の左手首を掴んだ。
続いて左手で彼の右手を捕らえようとするが、失敗に終わり、逆に掴まれた。
「お前なんかがぼくに勝てるものか!」
少年との押し合い。
押し、押され、たまに電気が僕の体を走っていくけれど、身体強化のメリットなのか、また、弱体化による電撃の威力が低下しているという二つの事実の相乗効果なのか。はたまた僕なんかでは思いもよらない、更なる原因によるものなのか。
それは分からない。
けれど、電気に対してほとんどダメージを受けずに済むのは、例え理屈が分からなくとも歓迎すべき事象であり、それを理解しているからこそ、僕は躊躇なく少年を本気で殺しに行ける。
まるで柔道での牽制の掛け合いかのように、十数秒の押し合いが続き──それは見た目地味過ぎる戦いだったことは否定しようもないが、体重のかけ方、相手の重心を読むことと言った様々なバトルの要素が、内容的には地味とは無縁の状況を作り出していた。超濃密な戦闘である。
十数秒の時を経た後に決まる勝者と敗者。
僕の体のバランスがガクッと崩された。
油断した!
実際、この押しくらまんじゅうで優勢だったのは赤の他人から見ても僕だったと思うが、それでも今敗北の沼へと片足突っ込んでしまっているわけだ。
それは恐らく慢心。およそ慢心とも言えない慢心が──『今はこちらが優勢だけれど、油断はしないぞ』なんて心の中の考えが、こんな結果を呼び寄せたのかもしれない。
気を引き締めて覚悟を決めたことが、逆に気を緩ませ心の隙を生んだのだろう。
そして、隙を見逃さなかった少年が見事にチャンスを掴んだのだ。
「あ」
と、僕が間の抜けた声を漏らしたとき。
僕のピンチがチャンスへと変わる。
バランスを崩したのは──体勢という一本の棒を一押しでへし折れるステータスに成り下がったのは、僕だけじゃない。
少年もまた……敗北の沼へと片足を埋めてしまったのだ。
要因は空から降ってきた幼女によるもの。
僕らの上空から舞い降りてきたひまわり(上を見ていないので分からないが、十中八九ステッキで飛んできたのだろう)が、彼の顔面を両足で蹴り抜いた。
この結果も、恐らくは油断。
油断した僕のバランスを崩し、思わず勝利を確信してしまったゆえの油断。
油断大敵──勝てると確信しても、油断せずに行くべきなのだけれど、命を懸けて戦っている僕達二人ともが、それをできていないというのは笑えるところがある。まあ、死闘の最中で笑うなんてことは僕には無理だと思うが。
なんにせよ。
ピンチはチャンス。という楽天的思考での大逆転思考で生まれた逆転劇を体現した僕である。
この状況から勝利へ持っていくことは可能だ。
僕と少年は互いに同じように構えを解かれたわけで、ほぼ同規模の時間を、『体勢を戦闘態勢に戻すこと』に使用しなければならないのだが、それでは結局おあいこである。睨み合いがまた始まるだけである。
でも、今回はにらめっこはお預け。僅かなタイミングの差が、略して僅差による開始タイムの違いが、勝敗を分けた。
体勢のリカバリーにかかる時間が同じならば、先にリカバリーを開始した方が早く体勢を戻せるに決まってる。
先に姿勢を崩された僕の方が、後に姿勢を崩された少年より速く次の行動に移せるに決まってる。
「ありがとう、ひまわり」
勝利へ導いてくれた幼女へと。
僕は囁いて──少年の首根っこ掴み、柔道でいうなら
畳、今なら水路の底に投げた。
魔法の世界に来ておいて肉弾戦を繰り広げるというのもシュールだね。なんて考えている暇はない。
少年が一気に沈み、水飛沫が顔にかかる。
「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ──」
僕は深呼吸。
大きく息を吸い込み、水路に潜る。
辛うじて体の形を認識し、少年に覆い被さるようにして、首を絞める。
絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞めて、絞め続ける。
もう少し浅ければ、こんな汚い水に潜らなくてもよかったのに……それだと倒せないか。
さて、ここにきて意地と意地のぶつかり合い。僕の息が切れるのが先か、お前の電気が全て水路に流れていくのが先か、根比べだ。
よく考えたら電気が流れるのには根性もくそもなかった。
ただ、ただ無心に少年を押さえつけ、広がる電気に異常を感じようとも押さえつけ。
どれだけ時間が経ったかも分からず──。
身体強化で恐らく肺活量がかなりすごいことになっているのだろうが、それでも切れかけている息。苦しくて自然と顔が歪んでくる。
それを見て分かったのだろう。
僕はこのまま酸素を失い、敵に絶好のチャンスを与えるだけの存在になってしまっていると。
もし……少年が普通ならば……電気の体でなかったら、絞殺でケリが付いていただろう。
電気を操る、普通の体の少年であれば。
僕の負けか──。
息が絶える直前。
ぐしゃ、と少年の頭が潰れた。
初めてみるくらいにぐちゃぐちゃにぐしゃっと潰されたのである。
身長が足りず、水路に常に潜りっぱなしの幼女が、水中で腕を組み仁王立ち。少年の頭があった場所に右足を置いていた。
濁っているせいで表情が分からないけれど、それはそれはどや顔だったのだろう。
ただし、幼女からすればどや顔なのだろうが、僕や第三者からすると無表情の極みだったはず。
そして今、超超超超超超超超な能力を持った少年が──劇的でもない喜劇的でもない悲劇的でもないよくある死に方でもない、存在の大きさに対してあまりにも呆気ない、拍子抜けの死に様を見せた。
──僕は……水面から顔を出す。
そして立ち上がり……ひまわりを持ち上げた。
「大丈夫かい?」
「息ができる程度には」
「強化された僕より肺活量あるんだね……」
前から知ってたけれど、幼女としては身体的レベルが高すぎる。
「この少年……死んだのかな?」
「恐らく、息してる様子ありませんし」
「そりゃ水中じゃ息できないし」
「常識で考えるのはやめましょうよ、常識外れの電撃ボーイだったんですから」
「……ああ……そうか、分かったよ」
「ん?」
「彼は電撃ボーイだったから……電気を宿していたからこそ体もつよくなっていたんだろ? その電気がほとんど流れて消えたんだ。だから、頭潰されただけで死ぬほどに弱体化もしたんだろうし、そもそもで頑丈だった体が頭潰されるほどに弱体化したんだろうね」
そう推論して、推理して、大きく溜め息をつく。
僕はひまわりを肩車して水路から出た。
すると、同じく水路から何かが出てきた。
それは……頭のない男の子。
「あ、あいつまだ生きてるのか!」
「いや……死んでます……、電気の体に常識が通用するとは限りませんが……彼の心臓は動いていない」
「じゃあどうして!」
「……推測ですけれど……人は死んでも強い意思さえあれば少しの間動くと聞きます。そういう類の話じゃないでしょうか」
「そ、そんなのありえないだろ。そんなホラーな事象が本当に起こるなんて」
頭のない少年は僕らを殺そうと電撃を放とうとする。
「くっ……」
僕は神器を取り出そうとするが、それをひまわりが手で制止した。
「ち、ちょっとひまわり」
「大丈夫ですよ。電気をほとんど流してしまったって言ったじゃないですか。それに残りカスの電撃なんかじゃどうにもできませんよ」
「いや、でも」
「それに、そろそろ時間のようです。ちょうど私達が水路から出たタイミングを見計らったかのようですね」
そう言ったひまわりがまた手を組んだ。
瞬間に。
水路に大規模の電気が流れ──まるで滝のように、上から下に落ちる水のように、大電流が水路を流れる。
それは頭なき少年とぶつかり合い。
結果、少年は爆発四散した。
「あっ……」
思い出した。
排電システム。
廃棄された排気ならぬ排電を廃棄するための排電システム。
システムより流された、まさに残りカスの電流が少年とぶつかり合ったのだ。
残りカスの電気は普通の電気とは違うため、接触すれば爆発を起こす可能性がある。火と油のようなもの、なんて説明を受けた覚えがあるな。
あれ、火と油だっけ?
忘れた。
なんだ、結局。死んで一度は生き返り、だが、結局拍子抜けの死に様を見せる少年は……もう二度とこの世に返り咲くことはないだろう。
「さすがにもう立ち上がってはこないだろうね」
「立ち上がってきたら、そりゃもう諦めましょう」
「だね」
そんなしつこいやつと関わりたくはないよなー──と僕は言う。
……ふと下を向くと……ポーチから光が溢れていたことに気付いた。
「なんだ、神器か?」
僕はポーチを見てみる、と、カプセルが光っていた。
僕を異世界へと運んだカプセルが、異世界へと運んだ瞬間と全く同じように光っていた。
電気というか火花というかよく分からないものを散らしながら。
「あー……、これは……、どういうことだ?」
「私に聞かないでください」
世界が真っ白になった。




