41話【勝つ方法】
夏休み最後の投稿。
なぜか大型連休になると投稿が遅れる模様
暗雲が立ち込める。
青空が青い空ではなくなる、という意味ではないが、これもまた暗雲が立ち込めていると言ってもいいだろう。
視界の端に垣間見える稲光。普通じゃあない。赤い稲光など初めて見た。
直後。
目が眩むほどの閃光が僕の視界を封じ、聞いたこともない雷の轟音が鼓膜を破れそうなくらいに震わせた。
「あー、なんだこれ……耳が」
多分そう言ったと思う。予想以上の爆音のせいで一時的に聴力を失っているようだ。急性音響性難聴?
それに目がチカチカして気持ち悪い。
二人の様子を見ると、ひまわりもリリィも耳を両手で塞ぎ目をしばしばさせていることから、僕と同じ症状が表れているのだろう。
ところで落雷地点は一体……。
僕の真下だった。
真下にクレーターのような跡ができている。
正確には真下ではなく十が二十メートルくらいのズレがあるだろうが、地上より百数十メートルの高さから見たらそう見えるのだ。
にしてもこんなに近くに落ちたのならば、光も音も規格外になるわけである。
何も聞こえぬまま、僕はひまわりとリリィにハンドサインを送る。
逃げろ、と。
仮にハンドサインを送らなくとも、この場合は立ち止まることなく動き続けるのが正解だろう。
あの少年が自在に天候を操り、生まれた積乱雲より稲妻を起こせるというのなら……、動かぬ標的などただのカモでしかない。
高速ではなく光速で降りかかる雷を避けるのは、降ってから行動するのでは遅すぎる。
そんなを意を汲んだのか、いや、二人もそうしなければいけないことは分かっていたのだろう。
ロケットスタートで飛行を開始させた。
今までの中で最高の速度での推進だ。
目的地へと一直線に突き進む。
時々落雷が襲ってくるが、超スピードで動く相手には合わせづらいのだと思う、稲妻が僕らに命中することはなかった。
けれど。
それでも。
次々に落ちる雷撃が少しずつだが、僕らの動きにタイミングを合わせつつあった。
そしてその瞬間は訪れる。
僕の聴覚が普段通りの機能を取り戻し、眼球の異常もなくなったとき。
赤の閃光が再び至近距離を通り、強烈な破裂音がした。
誰かに電撃が命中したときのような……。
「リ、リリィ──!」
リリィが焼け焦げていて……見るに無惨な姿に成り、砕け散った。
直後、重力を操作する者が居なくなったため、横に落ちていた僕は通常通り、平常通り、至って普通の法則に従い、まっ逆さまに落下を開始した。
「うわああああああ!」
刹那の死に悲しむこともできない。
とにかく……、僕は同時に墜落を始めたリリィの死骸からこぼれ落ちる『重力を操作する神器』を掴もうと必死にもがく。あれさえ使えれば飛べるはず。
でも、空中で移動する方法なんて知らねえよ!
正しい体勢を取れば空中での移動はできるらしいが。あいにく、そんなやり方は存在していることしか知らない。
今の距離……神器には圧倒的に届かない。
駄目だ。僕達が今まで居た高度はどれだけ高く見積もっても二百メートル程度。
そして、既に半分以上も落下しただろう。
もう間に合わない。
僕は地面に激突して死ぬのだ。
そう覚悟し、目を閉じ過去を振り返る最中、確かに聞こえた。
掴んでください──と。
そいつの表情がいかにも無表情だと分かるような声。けれど声だけは焦っているように聞こえる。
僕は瞼を開く。
ステッキに乗ったひまわりが手を伸ばし、すぐ目の前に迫っていた。
僕は……僕は、無様に抗う。四肢を不格好にバタバタさせ、ひまわりの差し出すその小さな右手を掴み取ろうと、必死に懸命に──僕も右手を伸ばした。
握れない。
掴めない。
触れない。
掠りもしない。
それでも感覚が限界まで引き延ばされ、時が止まったように思える世界で──僕はただ、ただ……。
そして、僕とひまわりの指先が触れる。
接触しながら探るように指を動かし、僕の右手と彼女の右手は繋がった。
ぎゅっと掴んだ。
「中々危なかったですね」
「そう……だね。ありがとう、助かった」
ふと、下を見ると、そこは一面に広がる川……ではない。水路か……、この街に初めて来たときに通ってきたあの水路。
これじゃ地面に激突というより……水面に激突って感じか。でも高いところ落ちたときの水はコンクリート並らしいから、どっちにしろ同じだけれど。
その水路にリリィの死骸が落ち大きな水飛沫を立てた。
僕の表情は今、とても歪んでいたかもしれない。
……今はとても悲しみに暮れることのできる状況じゃない。
僕はひまわりの手を借りて、ステッキに跨がる。
「行こう! 急がないと」
「分かってます」
僕らが再び空に出発する直前、気配を感じた。
「──……ひまわり、上だ!」
僕は叫んだ。
上空の暗雲より吐き出された赤き雷光は、かつてないほどの規模で僕達に直進してくる。
「強制地獄送還!」
ひまわりお得意の魔法、強制地獄送還。
空間の歪みという盾が僕らの頭上に創造された。
雷と歪みの激突。せめぎあい。
火花という表現では到底足りないものを散らしながら行われる鍔迫り合いの結果は──。
雷が歪みを貫き、僕らに直撃した。
「うぐあああああ!」
「くっ……!」
二人ともが水路へと落ちた。
すぐさま冷たい水の中から顔を出す。
「ぶはっ……、この水、汚っ」
全身がびしょ濡れだ。
水路は腰より少し上くらいの深さだ。
……だったら、ひまわりはほとんど水に被さっている状態なんじゃ……。
「おい、ひまわり、どこだ! 大丈夫なのか!」
僕が辺りを見回してみると、ひまわりは浮かんだ木の板にしがみついていた。
「ええ、そこそこ大丈夫です」
「良かった……」
安心するのも束の間、不穏な空気が辺りを支配する。
僕らの頭上数十メートルには気味悪く笑う少年が居た。
くそ、ヤバい。さすがに早くしないとまた雷を撃たれるぞ。
「ステッキはどこに行ったんだ?!」
「それが……どこかに沈んでしまったようです……」
「おいおい、嘘だろ……そんなバカな……」
「走って逃げましょう」
「いやいや無理に決まってるだろ、空で超スピードで移動しても攻撃されるんだぞ。奴からしたら走るだなんて動いていないのとそう変わらない」
「じゃあどうするんです!?」
「分からないよそんなの! くそ……落ちたとき見ていれば良かった…………、──あっ」
「どうしたんですか?」
あった……今ここでケリを着ける方法。
電撃少年を水路に引きずり下ろし、殺す方法を。
「ある、あるんだよ、奴を倒す方法が」
僕はバシャバシャと急いで水路を進む。
「確か……リリィが落ちたのはここら辺りをだったはずだ。それならそこに神器も落ちているはず」
ここは目的の水路じゃないし、広さも深さも正直十分とは言えないけれど、もうなりふりかまっていられない。
「ああ、お兄さん。次来ます」
「少しでいい! 時間を稼いでくれ!」
「分かりました」
更なる雷が降るが、さっきよりは出力の低いものだ。またまた歪みと雷の激突。
僕はその間に神器を探る。
川の汚れが酷すぎて何も見えず、手探りで探すしかないので効率が悪い……。
でも、探し続ける。
そして水路を移動していると何かを蹴ってしまった。
「……この辺か?」
僕が水に手を突っ込みまさぐると、固いものが触れた。
それを掴み、引き出してみると……。
「……あ、あった」
まるで握力計のような……なのにかっこいい神器。
重力を操る神器。
使い方は分からない。
それでもやる。
イメージするんだ。奴をこの水路に引きずり下ろすイメージを。
僕は神器に付いていたトリガーを引いた。




