40話【審判の雷】
遅くてすみません……
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飛行中。
そのままの意味で、僕は空を飛んでいる。
ひまわりの操る魔法のステッキに跨がっているわけでもない。
僕も忘れていたけれど、リリィは神器を持っていて、その能力は『一定範囲内の重力を操る』というもの。村での騒動時、村長から懐から頂いたものである。
つまり、僕は重力の変化によって空を舞っている状態だ。
レーダーに映らないという意味ではなく、物理的にステルスな飛行機に乗っている感覚でとてつもなくひやひやする。
「これがまた怖い」
「なによ、私の操縦が怖いっていうの? そんなヘマするわけないじゃない」
「て言うか、その神器使ったの今回が初めてなんだろ? 怖いに決まってる。凡ミスしただけで、死亡確定のスカイダイビングをやらされるんだぜ? しかも自分の犯したミスならともかく、他人の力量で生き死にが分かれるなんて……」
ということで、僕はリリィの神器の力によって空を飛んでいるわけで、上に落ちたり横に落ちたり危険で楽しくない空の旅を行っているわけだ。
実際、そんなに高いところを移動しているわけじゃなく、せいぜい東京タワーの展望台くらいの高度だろう。多分約百四十メートル。
「まあまあ。落ちたら私が拾ってあげますから」
なんて言うひまわり。ステッキ飛行という安定感があるからこその表情を浮かべる。
「拾うのは遺骨ですが」
「落ちたらって落下中のことじゃなくて、地面に激突してからかよ!」
最悪じゃねーか。
「にしても、こうやって上から見ると分かるけれど、街ってでかいなー。僕の想像の三倍くらいの規模はあるよ」
「そりゃ国で一、二を争うほどの街ですから」
「これだとあいつを探すのにも一苦労だ…………と言ってると見つけたぜ。……あー、電気のせいとは思えないほどの地獄絵図だ」
僕の見たその地域だけが破壊の限りを尽くされていた、少年によって現在進行形で。被害は街の二割弱と言えば少なく感じる人も居るかもしれないが、かなり大きい街だし、実際日本の感覚で言えば東京都一つ分くらいはあるはず。いや、盛りすぎた。
「それじゃあ行こうか。街を破壊する小さな怪獣を倒すんだ」
「作戦は街の水路にぶち落とすだけで十分でしょうか?」
「どうだろうね、それは分からない。けれど念には念を入れて水路に落とした後も警戒は続けよう」
「分かりました」
あの少年は僕達を殺すことも目的だ。恐らく彼に認識されている時に、適度な距離を保ちつつ逃走を開始すれば必ず追ってくるだろう。
そしてただ追ってくるだけじゃない。道中で殺人電撃を放ってくることもあるだろうから、逃走というよりは闘争と言っていいと思う。
「さあ二人とも準備はいいか!」
「アンタこそ準備はいい?」
「いや僕は特にすることないからどうでもいい」
「いや何かしろよ!」
「だって自分の動きをコントロールできないし」
「それでもできることあるでしょ!」
「んー、じゃー、てきとうに神器であしらっておけばいいかな?」
「なんでそんなめんどくさそうな言い方するの!」
「冗談だよ冗談。真面目にやるって。ただいかにもな台詞を口走ったばかりに、死亡フラグを立ててしまい、それを成立させてしまうことは避けたかったんだ」
「死亡フラグって何よ……」
「君の知らないジョーク」
「はぁ?」
「そんなことはどうでもいい。さっさと電気少年を水中遊泳にお誘いしに行こう」
「アンタからそういうこと言ってきたくせにー!」
歯軋りさせながらも、リリィはなんとかその怒りをおさめたようだ。て言うか、別に怒っていたわけでもないと思うけれど。
「って、うわーーー!」
その代わりに猛スピードの飛行を楽しませてくれるとは! その後数秒僕は悲鳴を上げた。
そんなこんなで僕らは電気少年の頭上約十メートルの位置にやって来た。
逃げ惑う人々を家畜を駆逐するかのように焼き焦がしていく少年。
建造されている大きな建物を、ミサイルを撃ち込んだ後のようにしてしまう少年。
僕は乾いた唇を開く。
「もうその辺にしておきなよ」
ピタッと破壊活動を停止させる少年。
「随分と遅かったね。待ちわびたよ。来てくれると思ってた」
「君のご期待に添えることができて光栄だね」
「そう。じゃあ早速で悪いけれど……、死ね!」
「二人とも全速前進だ!」
僕達三人は高速で天へと飛び上がっていく。
少年もどういう理屈で飛んでるのかは分からないが……言った通りに飛んでいる。
地上より百メートル。
狂気の空中戦が今始まる。
ただし、僕は自分の意思で攻撃を避けられないハンディキャップが付いている。最高だね、ったく……。
水路は街の中心から何本も流れているが、そのうちの一本を辿っていく僕達。最も幅が広くなる場所まで誘うのだ。
「意気揚々と飛び込んで来ておいて逃げるとは情けないなぁ! 撃ち落としてやるぞ!」
少年が第一閃を放った。
直線的な電撃は途中で三つに分裂し、僕ら全員をターゲットとする。
ひまわりは掴めそうで掴めない宙を舞う紙きれを見事に演じきり、それを躱し、リリィも少々ぎこちなさはあったもののなんとか回避に成功。
残る僕は果たして……、巨人に体を揺さぶられているかのように重力にシェイクされ、紙一重で躱せた。
吐きそう……。
「うう……慣れてないのは分かるけれど、もうちょっと安全運転はできないのかな……?」
「う、うるさいわね! すぐに使いこなせるようになるわよ!」
どうだろうね。文字では言い表せないほどのめちゃくちゃっぷりだった。僕は今日、雷に打たれて死ぬかも。
「へぇ、よく躱せたね。まあ、このくらいで死んでもらっても僕の力の実験台としてはつまらないけれど。……これならどうだ!」
少年が更なる電撃を、また同じく三つ飛ばしてくる。
「僕は追加注文なんかしてないぜ! リリィ今度は頑張れよ」
時間差で迫ってくるそれの最初の狙いはリリィで──どうやらたった一回、いや僕を含めると二回の操作でほとんど飛行操作をマスターしたようで、さっきのぎこちなさは消え去り、空中で可憐で儚げな妖精の踊りを見せてくれた。
そう見えるくらいに『電撃を避ける』という行為が、美しい所作のようだったのだ。
ここまで完璧に重力操作を習得するとは恐るべき才能!
僕はびっくりだ!
「すっげ……」
「ほほー……」
ひまわりも思わず感嘆の意を漏らしたようだ。
その時、リリィに命中することなくどこか知らない場所へと消えてなくなるまで突き進むはずの電撃が、ギュイっと急カーブした。
「危ない!」
案ずるな。と言わんばかりに即座に回避行動を取るリリィ。
だがその回避された電撃はまた方向転換し、リリィを襲う。
「追尾性能……?」
もう、考えてる暇はない!
僕やひまわりにもそれは迫ってるんだ。
「電撃を消滅させてやる!」
僕は神器を取り出し、僕とひまわりの命に牙を向けるであろう電気の球体に、魔弾を撃つ。
球体は見事に二つとも消滅。
「まだ終わってないぞ!」
少年が叫ぶと共に新たなる電撃がリリィに向かって放たれた。
しかも三つである。
合計四発の即死級の電撃が彼女を襲う。
「くそ!」
「お兄さん!」
「分かってるよ!」
僕は魔弾を飛ばされた三つの電撃に放つ。
二つを削った。
「リリィ、距離を取れ!」
リリィが電撃を至近距離で躱し続けていると魔弾が撃てない。巻き込む可能性があるからだ。
彼女は僕の言う通り一気にスピードを上げて、空へと昇る。電撃はすぐに引き離されて、僕はそれに魔弾を撃ち、消滅させた。
「ああ、よかった……」
攻撃が止み、僕達は移動を再開する──間もなく、少年が言う。
「なるほどなるほど。お前たちの力量をなんとなく測れた気がする」
「おいおい、馬鹿言うな。僕はおろか、ひまわりもリリィも本気なんて全然出してないぜ」
少年はニヤニヤと笑う。
「それはもちろんぼくもだ。そして準備運動は終わりさ。お前たちでは一生届かない力を見せてやる。僕の体に眠る究極の雷を見せてやる」
……空が。
……黒く黒く。
……漆黒の雲に包まれた。
「あー、嫌な予感がする」
「私もしますね……残念なことに」
「気を付けろよ、二人とも。何が来るか分からないぞ」
基本的に
『避ける』という漢字はルビが振られてなければ
『よける』と読みます。『雷』もいかずちとかルビが振られない限り、『かみなり』です。




