39.5話【最終戦略会議】
「で、どうしようか? きらびやかに発光して怪獣みたいに暴れ回っているあいつを」
僕は宿の自室の壁に背中を預ける。
「考えてる暇もろくにないですよね……。今こうしている間にも、あの子は能力の強化を続けているし」
「それが嘘って可能性もあるけれど……もしかしてメガネくんの気のせいかもしれない」
「そうだったらこんな戦略会議なんて開かなくていいんですが……」
まあ、確かにそうだな。
「……アンタ達は……彼をどうする気なの?」
リリィが口を開いた。
背中の火傷はできる限りの応急処置は施しておいたが、ほとんど効果はないと言ってもよく、『治療した』という事実がもたらす気持ちの問題程度だろう。実際、時間を経て、痛みが少々引いたくらいだと思われる。
「どうするもこうするも……倒すしかないだろう」
……殺すしかないだろう。
「僕がメガネくんと関係性は全くないからね、一言も話したことがない……はずだし。そんな見知らぬ人の言葉に彼が耳を貸してくれるとは思わない。僕はあの少年が元はどんな性格だったのか知っているんだけれど、あそこまで好戦的に変貌してしまうなんて……、しかも僕のことを彼の大事な人を殺した殺人犯に認定されているし、多分僕じゃいい影響を与えることはできない。悪い方面ならいくらでもできそうだけれど」
「私は……」
「リリィ……」
何を言おうか迷っていると……どこからともなく爆発音が耳に入ってきた。恐らく、少年が何かをしているのだ。
「……さっきから何度か聞こえるこの爆発音、多分あいつのせいなんだろう、既に何十人もの被害が出ていると思う。国を支配するとまで言ってたんだ、もしかすると手始めにこの街から壊し、乗っとるつもりかもしれない」
「…………」
「そうなったら……さすがに国の兵隊さん達だって黙ってはられないだろうよ。その元凶を潰す、つまり殺すか──少なくとも、取っ捕まえて永遠に外の景色を見れないようにはするだろうね」
少年は周りから見れば、もはや悪でしかない。どれだけ正義を語ったとしても、それらしいことを言ったとしても、罪は消えない。既に無実の人間の命をいくつも奪ってきたのだ。
「とは言え、そういう機関が動くとしたら後もう少しだけかかると思う。でもその動くまでの時間は、秒刻みでパワーを増幅し続ける彼に対して致命的すぎる。だとしたら今すぐにでも行動できる僕達がやらなきゃいけないんだ」
じゃないと……本気でヤバい。
既に、擬似テレポーテーション能力、鋼鉄の鎧を身に付けていても即死させるほどの電撃。これ以上成長させる必要もないほどに強力な能力を持つのに、更なる進化を遂げさせるのは……もう、自殺行為とすら言えなくなる。
「分かった……」
ちゃんとは納得していないという言い方、表情ではあったがそれで十分だ。
「それでだ……彼をどうやって倒すのか、方法はあるかな?」
「はい、ありますよ」
ひまわりがニコニコしながら、即答した。
「ふぅん、どういう手法だい?」
「至って簡単なのです」
水ですよ──と人差し指を立ててどや顔を見せるひまわり。
「……それでどうやって倒すんだ? て言うか、水の弱点は電気って感じするし、そうじゃなくても瓶に貯めたミネラルウォーターぶっかけたくらいじゃどうにもならないだろ」
「何故瓶に貯めたものだと限定するんですか……それにぶっかけじゃないですから」
「ふーむ、それじゃあ教えておくれよ」
「そのつもりですよ」
と、ひまわりの説明タイムが始まるのである。
「あの子って……電気の塊ですよね?」
「……多分ね、そんな風だろう。電気の微粒子のようにもなっていたし」
某漫画の煙になれる奴みたいだった。
「ですね、それが攻略の鍵です。……さきほど言っていた弱点の話ですが、そんなの弱点でもなんでもないです。むしろ電気を打ちのめすための最大の利点ですよ」
「へー、そうなんだ……」
「水を通るというのは……言い換えれば、水を通ってしまうということなんです。……例えば、電気の塊が水溜まりに落ちたらどうなります?」
「塊って表現がどうにも違和感あるけれど……まあ、水全体に行き渡ってちょっとした感電トラップになりそうだね」
「そこです」
「……?」
どこ?
「全体に行き渡る。それですよ。あの少年を──もとい、電気の塊を水溜まりに落とす」
な、る、ほ、ど!
「つまりは大きな湖や川に落としてやれば……雲散霧消」
「跡形もなくとは行かないでしょう。けれど、水溜まりが大きければ大きいほど……電気の塊が塊に戻れなくなるほど、全体に拡散、行き渡ります。そうなれば……身体中を引き裂かれているのと同じでしょうね」
「……論理的にも上手く行きそうな作戦だな……」
本物の科学者からすると、この答えは正解じゃないのかもしれないが……現状考えうる最も最善な策だと僕は思う。
「だったら急ごう。彼が更に強くなる前に……近くに一つくらいは川だったり湖だったりがあるだろう」
彼の電気貯蓄量が増えれば増えるほど、並の規模の湖などでは歯が立たなくなる。ならば一刻も早く少年の元へと向かわなければ。
少年は僕達を殺そうとしている。ある程度の距離を保って逃げていれば、勝手に追いかけてくれるだろう。それに中身は子供だ、そこまで冷静に物事を判断できるとは思えないので、おびき寄せられていることにも気付かないだろう。
ふと、リリィの方を向くと、ボーッとしているようだったので、
「ねぇリリィ、ちゃんと聞いてたかい?」
と、言ってみた。
それに対するリリィの反応は、僕を一瞬硬直させるものだった。
「え、あ、うん、聞いてるわよ。……ただね、マリーが心配で……。あの子は私が殺しただとか嘯いてるけれど、私がそんなことするわけないのにね。多分、どこかに居るとは思うんだけれど……大丈夫かしら」
そう言うリリィの顔を見て僕は思う、もはや子を案ずる親のようで──。確かに気がかりではあるが……不安ではあるが、まさか自分の子供が不慮の事故に遭うことはないだろうという、そんな表情で──。
「……大丈夫だよ、きっと。すぐに見つかるさ」
僕は。
嘘をつく。




