4話【変態は檻の中】
「ぬああっ!」
な、なんだ夢か。
今までのことは夢だったのか。
僕はその場から跳ね起きてそんなことを思った。
異世界に飛んだ夢はどうかと思うが、可愛い子に会えたのはいいことだね。
と、ここで自分の寝ていた所が非常に硬いことに気付いた。
「あれ、ここって……」
下は雑草がいくらか生えた地面。土だ。
夢じゃない。
異世界に飛んできたのは本当だ。
「ああ……なんか手が不自由だと思ったら後ろで縛られてるじゃないか」
なんでこんな状況になってるんだろう。
周りは……木製の檻じゃないか。僕は閉じ込められてるのか。
にしても解放感溢れているけれど。
だって周りには何も見当たらない大草原にある木の下にポツンとある檻だからな。
閉じ込められてるのに視界だけはフリーダム過ぎる。
少し遠くに村のようなのが見えるな。
「えーと、ところで何故こうなったのかを思いだそう」
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「マリーに何をしようとしていたのよ! 答えろこのけだもの!」
目の前の少女は、風に紫の長い髪を揺らしながら叫ぶ。
長い髪が舞うそれは怒りの強さを表すかのように、激しくはためいていた。
僕に向かってだろうけれど、何か勘違いしてるみたいだ。
「何をしようとかそう言うのはないよ。マリーを助けようとしていたん──」
「その割には中々助けに行こうとはしていなかったみたいだが?」
切り返しが早いわ。
少し考える時間をください。
「僕はここには初めて来たんだ。あんな生き物には初めて遭遇したから対策を考えてたんだよ」
どうにかこの場を切り抜けなければ。
「言い訳はもういい。アンタはマリーを変な目で見てたでしょう、変な道具とか使ってたし、見たから分かってるのよ。私がたまたま通りかかったからよかったけれど、私が来なかったらアンタは絶対マリーにひどいことをしていたわ……。あの子は優しすぎるからアンタみたいな人間でも構わず関わってしまう」
もっと早くここに来ていれば──と彼女は、悔しそうに体を震わせながら呟く。
僕は凄い罪悪感に見舞われる。
「この子にはもう時間がないのよ。なのに、お前みたいな男にひどいことされるなんて可哀想過ぎるわ。残りの人生くらい幸せに生きてほしいのに」
「……どういうことだ?」
「アンタみたいな奴が居たら幸せになれたはずの人が幸せになれないって事よ」
なんだそれは、確かに僕は変態染みた行動をしていたかもしれないけれど。
まあ、そこは置いといて、マリーの残りの人生と言うのは一体どういうことなのだろうか。
不治の病でもあるのだろうか?
「とにかく、アンタは一度こちらで拘束させてもらうわ。そして後で街の方の檻の中に送ってあげる」
檻……刑務所?!
ちょっと待ってくれ、そいつは勘弁願いたい。
「ち、ちょっと待ってくれよ。余りにもトントン拍子に話が進みすぎだろう? もう少し話を聞いてだな──」
「……問答無用よ」
そう言われた瞬間、僕は頬に痛みを感じた。
何かと思い、痛む部分を触ってみる。そこからは血が出ていた。どうやら切り傷のようだが。
「えっ……」
前を向くと彼女を中心に地面に、漫画やアニメで見るような円形の魔方陣が出現していたことに気付く。
「動かないで、抵抗したら首を跳ばすわよ」
「お、おいおい、いきなり過激だな……」
「動かないでって言ってるでしょ」
なんにせよこの状況は非常にヤバイぞ。
とても動けない。動いたら本当に首を跳ばされるという確信ができるほどに、彼女の目が本気だ。
「アンタはマリーの受けた仕打ち分……それ以上にしっかりと痛みを与えてあげるわ」
「まあ、君も女の子なんだし……淑やかに落ち着こうよ。せっかく可愛いのにもったいないよ」
場を和ませる。を建前に、彼女をおだてて油断させて逃げるという方法を僕は実行する。
おだてるというか、彼女は普通に美人さんな顔をしてるけど。
……実行したのはよかったが、どうやら効果は全くなかったようだ。
「気持ち悪いのよ!」
明らかに嫌悪を抱いた言葉と、明らかに嫌悪を抱いた表情と共に、僕の頭に強烈な衝撃が入った。
∮∮∮
「──ああ、なるほど、なんとなく思い出したぞ。道理で頭が痛いわけだ」
僕は先程の出来事を思い出し、溜め息をつく。
つきたくもなる。なんと不運であろうか、なんと不遇であろうか、なんと不憫な展開であろうか。
「誰か居ませんかー!」
ダメ元で大声で呼び掛けてみる。
当然、誰の反応もない。
だが、その代わりに村の方から馬に乗った人が、こちらに近付いてきていた。
馬に乗ってきているのは、あの名前を知らない僕を悪者だと勘違いしていた少女だった。
彼女は檻の前までやってくる。
「よう、さっきぶりだな。……多分無理だろうけれどここから出してくれないかな?」
馬の動きを止め、ここまでやって来た彼女は僕に言った。
「アンタの思った通り、檻から出すのは今は無理ね」
「今は無理ってことは、そのうち出してくれるってこと?」
「ええ、そうよ。アンタを街に送り出すときには出してあげられるわ」
「それじゃ、意味ないよな」
僕はまた溜め息をつく。
「二日後に街に送るから、それまでここで自然を楽しんでるといいわ。それじゃあ、また二日経った後にくるから」
彼女は手を振り、そして馬を走らせようとする。
待て、行くなよ!
二日もこんなところに放られておくなんてあんまりだ。
「おい! 二日もこんなところに居たらヤバいだろ! それに自然を楽しむなら、檻の中じゃ無理だろ! 楽しめる範囲が狭すぎるっつーの!」
彼女は僕の言葉にピクリとも反応せずに村へと戻っていった。
非常に嫌な展開になってきたな。
僕はこのまま二日も放置プレイされた後に、刑務所にぶちこまれるのだろう。
それはどう考えたって良い展開じゃない。
二日の放置でろくに飯も食えず、寒さに眠れず、体力を削られた後、この環境より厳しい檻に容れられるのだとしたら、僕はもう死ねる。
「あのー?」
「!」
唐突に後ろから声がする。
少し前に聞いたその声に僕は驚く。
「……マリーか」
檻の近くの木の影に隠れていたようだ。
木の影からひょこっと顔を出している。
「ご、ごめんなさい、こんなところに隠れていて……じっと見張っていて」
「いや、別にいいけどさ。それより僕こそごめん、結局僕は君を助けられなかったから。……そのひどいことをしたと思っています」
「いやいや、私こそごめんなさい」
私こそ──ってマリーが謝ることは一つもないと思うんだがな。
「本当にこんなことになってしまって……」
「檻に容れられたこと? マリーが気にすることじゃないだろう。だって、全面的に悪いのは僕なんだからさ」
でも──とマリーは俯く。
「怪我させたりしてるし……」
「頬を切ったぐらいだし、頭痛いくらいだし、許容範囲内だよ」
実際、そこまで責め立てるほどの大きな怪我じゃない。
「そうだったら良いんですけれど……。リリィちゃんは本当はすごく優しくて、そんな簡単に手を出す人じゃないんです」
リリィってあの子の事だよな……。
「リリィってのはやっぱり……」
「はい、そうです。さっきの……」
そんな名前してたのか。そう言えばあっちは僕の名前を知らないんだよな。
「リリィねぇ……あの性格の割に可愛い名前してるのな」
「そ、そんなこと言ったら怒られちゃいますよぉ……」
マリーが呆れるような感じで言う。
「それに、さっきも言いましたけど、リリィちゃんは本当は簡単に手を出すような人じゃないんです! ただ……リリィちゃんは私の姉……ではないんですけれど、姉みたいな存在で……私に何かあるとすぐに好戦的になっちゃって」
そういうことか。
かなり怒っていた様子だったもんな。
意図的にガンガン刺激しないで良かった。
「ああ、分かったよマリー。リリィは本当は優しい奴。それだけ分かってればいいんだろう?」
「は、はい! そうです!」
マリーはコクコクと何度も頷いて答えた。
「そうそうマリー。少し聞きたい事があったんだが、いいか?」
「はい? いいですけど、何ですか?」
僕はマリーに聞いておかねばいけないことがある。
彼女の残り少ない人生というのはどういうことなのか聞いておきたい。
できるならば力になってあげたい。
「君は一生治らない病気とか弔ってるか?」
「? いえ、全然そんなことないですよ」
勇気を振り絞り直球ストレートで聞いたにも関わらず、答えは拍子抜けの物だった。
声の調子や、何言ってんだこいつみたいな表情を見るからに、嘘ということはないだろう。
恐らく病気という線は薄そうだ。
「実は、リリィから聞いたんだがマリー……君の命が後少しだというのはどういうことなんだい?」
僕は今度こそ、ど真ん中全力ストレートでマリーに尋ねる。
聞かれたくないことかもしれないけれど、それでも。
「リリィちゃんから聞いたんですか……」
マリーは今までの明るい笑顔とうってかわって、急に暗い表情に変わる。
「そうだ、多分僕はもうすぐ刑務所に送られるからな。誰にも言えないから周りに知られる心配はないし……それともこれが周知の事だったとか。だから僕にもそういうこと言ったんだろう。残りの人生くらい幸せに生きてほしいって言ってた」
一体マリーにはどんな秘密があるのだろうか。
不治の病よりひどいものなのだろうか。
「そうですね……よく知らない人に話した方が心が楽になるかもしれません。……話してもいいですか?」
「……ああ、いいよ」
∮∮∮
それは一つの小さな村の話。
グレゴリオ王国という、その世界に存在する国の中でもトップクラスの大国。
その王国の片隅に位置する自然だけの大草原にある村の話だ。
その村は小さいが、平和なのどかな所で、沢山の人が協力して生きていた。
と、ただの村のようで、ここには実はとんでもない秘密が隠されていた。
それが分かったのは村に現れた一人のカリスマを持つ若者……間もなくして村長として今も生きる男のおかげである。
若者の言うそれは村の近くにある古い祠に、世界を滅ぼすほどの力を持つ闇の竜が封印されているということだった。
ある日やってきた若者の言葉に村人はみな恐怖する。
封印されているだけならまだしも、その封印が解けようとしていると言うのだ。
若者は封印の術式の効果を継続させるために儀式を行おう、と村人に提案する。
その村には村長等と言った概念が今までなく。
それ故に若者という存在。指導者の存在は慣れぬことでもあった。
だから、ただ言われるがままに提案を承諾したのだ。
だが、儀式に必要なものというのは、とても問題のあるものであった。
儀式には魔力を多く持つ女の子の生け贄が必要だった。
村人を……仲間を殺さねばならないという事態に村は騒ぎになるが、世界が滅亡してしまうのと天秤にかけた場合……村人たちは嫌でも従うしかなかった。
それから数年が経ち、今もなお不定期に続いていく儀式。
その度に一つの命が消える。
同時に世界が守られる。
この事は村だけの秘密。
この村だけで話を留めておこうという若者の話。
そして次の儀式のための生け贄として選ばれたのが、
誰もが予想がついていることだろう、
マリーだったのだ。
∮∮∮
「──生け贄にされるって……、君はそれでいいのかよ……」
話を聞いて思わず僕はマリーに問う。
マリーは、この子は僕以上の最悪な理不尽を受けているのだ。
そりゃ世界を守るためとは言え、こんな子供が自分の命を捨てるなんて。
「私は別に……皆の為だから。世界の為だから……」
そうなのだけれど、確かに皆の為なのだけれど、確かに世界の為なのだけれど、
「それはおかしいだろ……。だって君の人生はどうなるんだよ!? 人生って君ぐらいの頃から楽しくなるってのに、そんな時に大人の事情で死ななきゃいけないんだぜ?」
「だけど、私にはどうにもできないよ……。村の人達にだってどうにもできない……」
それなら──と僕は言う。
──かつて地球に生きる中で僕自身が受けてきた理不尽と言うのは、恐らくは僕が知っている人の中で一、二を争うほどの理不尽さだっただろう。
だけれど、それはまだよかったのかもしれない。
だってまだ、生きる希望があったのだから。
どんな仕打ちを受けようが、僕は生き続けた。
ちゃんと生きて、次があることに希望を持っていた。
だけれど、彼女には……マリーには次がない。
既に死ぬことが決まっているのだ。
いくら今から何かを頑張った所で全ては無駄に終わる。
徒労に終わる。
希望などない。
ただの病気なら……不治の病だとしても、まだ希望はあったかもしれない。
それはあくまで病気なのだから、治るかもしれない物なのだから。
だが、世界を救うための生け贄。
拒否はできない。
例え逃げたとしても、きっと人々は世界を守るために、彼女を生け贄にするために、マリーを追い続けるだろう。
助かるために何もできない。
マリーも、村人も、世界の人々も、皆何もできない。
──ただ従うだけで。
──何もしようとしていないから。
──既に諦めているから。
──一つしか選択できないと思っているから。
「──だったら……僕がどうにかしてやる」
僕は、言う。
「君が自分が死ぬしか方法が無いと思っているのなら、きっとそれは間違いだ。方法は一つだけじゃないはずだ」
「だけど……そんなの」
「諦めなければ必ずどうにかなる、とは言えないけれど、諦めたらもうどうにもならないだろう。諦めない限りはまだ希望はあるはずだ」
自分で言っていてそう思う。
「マリー……君が諦めなければまだ方法はある。だから、まだ諦めないでくれ」
僕はマリーを助ける。
マリーだけは助けてみせよう。
世界がどうなったとしても。
どうにかなるだろう、ここは異世界なんだから。
理由にならない理由を胸に僕は動き出す。