38話【地下を伝う電気】
「あー、えっと……僕は君の名前も知らないし、性格だって知らないし、好きなものも分からないし、君のプロフィールなんて全く知り得ないことだ。……けれど、君がそのお姉さんに騙されてるってことだけは分かるよ」
辺りの人々がざわめき始めている。
そりゃそうだ。いくら子供の言葉とはいえ、国の支配を目論む悪者が居ると言えば、大人も少しは耳を傾けるはずだ。その人が信じようが信じまいが、例え子供の妄想だろうと。
どちらにせよ、噂なんてものは風のように縦横無尽に渡っていく。
変に悪目立ちするのは好ましくない。
ここでそういう噂の根元になりうる少年の考えを正さねば。
「よく考えてみてくれ。リリィは、いつもマリーのことを第一に考えていて、そのためならなんだってやるような女だぜ? そんな奴がマリーを殺すと思うか?」
「……」
上手く説得できればいいけれど……。
と、言ってるそばから、少年の体に電気が走り始めた。
「ったく……、パチパチパチパチ怖いっての……」
だがまだ弱い。今見えるのは線香花火程度のレベルだ。
警戒に値するものではないだろう。
「……確かに……そうだけど……。いや、ぼくは騙されない! ぼくは……マリーさんを殺したお前達を許さない! 今ここで仇を討って、野望を阻止してやる!」
これはやばい!
「ちょっと待て! 僕の話を聞いてくれ! よく考えれば分かるだろ!」
僕の言葉に少年は耳を傾けようともせずに、咆哮をあげた。
雄叫びと共に電気の塊が上空に出現する。
「なんだあれ!?」
「すごくヤバそうなのは分かりますね……」
直後に電気の塊は爆散四散。
電撃の雨が辺り一面に降り注ぐ。その範囲は半径一キロなんて当たり前のようで、辺り一面では表現しきれない攻撃範囲だった。
「きゃあああああ」「だ、誰かー!」「うわあああっ!」
その電気のシャワーは僕達だけでなく街の人々にも襲いかかる。幾人もが悲鳴をあげて逃げ惑う。中には電撃が直撃して丸焦げになる者も居た。
電撃によって石畳の地面は簡単に砕かれ、建物を破壊し、まるで災害が起きたかのような状態を作り出す。
「ひ、ひまわり、盾は作れないのか!?」
「今すぐに!」
ひまわりが僕とリリィの傍に寄ってきて、両手を空に掲げた。すると歪みが生まれ、小さな落雷とも言えるそれを防いだ。
「よし、リリィを頼む」
「!? 何をする気ですか?」
「あいつを止める以外にやることはないだろう?」
「危険です。あの電撃は思った以上に殺傷能力が高いですし、電撃以外にも何かあるかもしれない。……もしやるなら私が行きます」
「駄目だ。ひまわりはリリィを守ってくれ。降り続ける電気の雨を防げるのは君しか居ないんだ」
「……分かりました」
「ありがとう……」
念のためにひまわりの補助魔法の恩恵を受けておきたいけれど、電撃相手には硬化魔法を使っても効果はないだろう。それなら視力強化くらいしか意味のあるものがないな。
「ひまわり、補助魔法を使ってくれないか? 視力強化を頼む。大雨のようにひたすら降り続けるこれを避けるのは、平常な状態だとさすがに無理だからね」
「…………」
ひまわりは無言で僕に魔法をかける。
うん、視力がよくなった気がするぞ。
「助かるよ」
そう言って僕は、『強制地獄送還』により生成された歪みの傘から飛び出した。
強化された眼力の前には大量の電撃など、せいぜい三角コーン程度の障害効果しかない。
僕はひらりと躱し続けて少年の元へ走る。
「来るな!」
少年が両手を突き出す。その手から電撃が放たれる。
「まるでレールガンだな」
僕は呟く。
視力強化しているのに、その上で高速で迫ってくる電磁砲に関心した。
けれども、躱せないスピードではない!
僕は体を上手く動かし紙一重で避けることに成功する。
「危なかった……」
まだ子供だし……少し傷付けるだけで戦意喪失するはず。
「うおおおおお!」
そのまま少年の懐に接近。右手にナイフを握り、少年の腕を狙って一振り。
だが……切れなかった。少しも傷が付かなかった。
少年の体が異常なほどに頑丈になっていたのだ。
「刃が通らない……?」
「残念だったな!」
少年の右腕が僕の腹にめり込む。
少年の小さな体から想像も付かない腕力で、僕は十メートル以上もぶっ飛ばされた。
「うわああ!」
めっちゃお腹痛い……! 吐きそう……。
「子供の力じゃないだろ……あれ……」
「大丈夫ですか!?」
ひまわりが心配してくれている。
「ああ……なんとかね」
どうやら……やっと雨もやんだみたいだ……。
「さてどうしようか……ナイフの刃が通らない以上は神器を使うしかないわけだが」
すると、ここで向こうの方から多数の甲冑兵士がやって来るのを僕は目撃した。
「……兵士? こんな騒ぎになってるのに……来るのが遅すぎるっての……」
僕は悪態を突き、一旦ひまわりの近くまで下がる。
少年もどうやら後ろからやって来る兵士達に気付いたようだ。
ガチャガチャと防具と防具の擦れ合う音が聞こえる。
「兵か……いいところに来た。あいつらを捕まえろ!」
少年は僕達を指差す。
「……そこのお前、動くな!」
兵士の中でも立場が上であろう兵が言った言葉。その対象は僕達ではなく少年であった。
「な、なんだ、ぼくじゃないぞ、捕らえるべきはこいつらだろ!」
「黙れ! 貴様の攻撃によって街に被害が及ぶのを俺は見ている。捕らえるべきは貴様だ!」
周囲を一瞥すると、真っ黒になって煙を上げる野次馬の死体がたくさん転がっていた。ひどい有り様だった。人だけではなくほとんどの建物が壊されているし、小さな建物は全壊しているものまである。
確かに少年の放つ電撃が、この阿鼻叫喚の巷を生み出したとするなら、しかもその光景を見ていたのならば──何を言うまでもなく、まずこの少年を捕らえなければ。と思うはずだ。
実質周りに損害を与えていない僕は、二の次だろう。
「全員、こいつを押さえろ」
命令する兵士より若干古そうな鎧を身に付けた兵達が、少年に群がる。
「くそ! やめろおおおおお! 離せ! 離せえええええ!」
暴れる少年を押さえる兵の数は十人前後。
がむしゃらにじたばたさせる手足を押さえ、少年を捕縛した。
今の少年の筋力というか、その腕力からして十人がかりでないと押さえ込むのは無理だったようだ。
「一人が刃物持って突っ込んでも何の意味もないってか……。これでもう安心していいのかな……」
「お兄さん……そんな簡単に気を緩めないでください」
「ああ、ごめんごめん」
確かに……油断大敵だ。
大勢に動きを封じられたからと言って、少年が何もできないという確証にはならない。
世にも不思議な魔法を行使する可能性も否定はできない。
そんな風に気を引き締めていると、バチバチ、と電気の走る音が聞こえてきた。
僕は少年の方を見る。
兵士達に埋もれて見えない。
「どこからだ……」
少年の方からじゃない……。
僕は周囲を見回す。
この街は異世界で唯一、電気を使った現代に近いテクノロジーを有しているらしく、まあ、そのことは以前もひまわりから聞いたことだが……。
ごく稀に街灯を見かけたりする。もちろん電気を使った物だ。
近くにも一つ、偶然にも電撃の雨の襲撃を回避した街灯が立っていて……、その明かりが点滅していた……不規則に。
やがて白く点灯していた光の色が青く変わる。
「おい、動くな」
「お前そこ押さえろ」
「こいつを縛るんだ」
「俺の魔法で縛ってやる」
動きを封じられた少年は、今度は魔法で縛られようとしている。
少年の姿は見えないのだが、暴れているような声も聞こえないので……さっきと違って興奮した様子は見られない……。
だが、一方で街灯の方は、点灯と消灯を繰り返す速度が増す。
増した直後に、一瞬青い電撃が明かりから飛び出す。
「……ひまわり……リリィを連れて下がれ」
「え?」
「早く!」
強い言い方に押されたのか、ひまわりはすぐにリリィを背負って後ろに下がった。……もちろん……引きずっているみたいだった。
「電線とかそういうのが見えない以上……この街灯に光を灯すための電力は地下を伝って来ているはず……」
瞬間。
「お、おい! 消えたぞ!」
「どこに行った!?」
兵士達が焦り、そして散らばった。
スペースが空いたので少年が居たはずのところを見てみると、誰も居ない。
「……」
点滅を続け、たまに規模の小さい電撃を漏らす明かりを見る。
「来るのか……? ここから……」
街灯のガラスにひびが入った。
そして割れ、砕け散り、青い電撃が──さっきとは規模が全く違う破壊的な青い電撃が、散らばった兵士達を貫いた。
「ひまわり、下がれ!」
兵士達は声も出すことができず、全員倒れた。甲冑の隙間から煙が出てくる。焼け死んだのだろう……。
僕も一歩二歩と下がる。
街灯から電気の煙のようなものが現れる。
やがてそれは人の形を作り……少年に成った。




