37話【電撃少年】
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「リリィが居ない」
部屋に戻ってからの第一声がこれだった。
「え、本当ですか?」
と、半信半疑のひまわり。
「見てみれば分かるよ。彼女、どこにも居ない。こんな狭い部屋で見落としなんてあるはずもないし……」
天井に張り付いているなんてこともないはずだ。うん、誰も居ないな。
「ひまわりの張った魔法も、内から出るだけなら何の障害にもならないんだよね?」
「はい、あれは外からの影響を防ぐだけですから……、自分の意思で出ると決められた以上は阻止しようがありませんよ」
ひまわりの隔離魔法だけに頼らず縛っておけばよかったかな。可哀想だけれど。
まあ……一応あの姉妹を倒したわけだし、危機は去ったと言える。居なくなっていても特に問題があるわけでもない。
彼女には、もう命の危険はないのだから。
「仕方ない……探すか」
危険はないとは言え、出来る限り早く見つけねば。
「ひまわりはどうする?」
「私も一緒に探しますよ」
「そっか、ありがとう。助かるよ」
こうして僕達は宿を出た。
ステッキ飛行で建物の屋根に上がってから辺りを見渡したり、簡単な聞き込み(迷子の子供を探している親の気分だった)をしたり、色々やってみたものの、中々見つからない。
仮に見つからなくとも、リリィなら一人で問題ないとは思うけれど。
「暑いなぁ……」
ちょうど真っ昼間なこともあり、直に浴びる日光がぽかぽか気持ちいいものではなく、体を焼きにかかっているかのような灼熱光線になっていた。
「暑くないの? それって」
僕はひまわりに問う。黒くてゴワゴワしてて暑そうなコスチュームだし……。
「当然。暑くない方が変だと思いませんか?」
「……そうだね……にしてもよく耐えられるな。見た目は暑そうなのに、表情にそれを感じられない。まるで日陰でずっと座って休んでる人みたいだ」
「こんなのあれですよ、ただの我慢ですよ」
「根性論……」
「お兄さんは中々に顔が歪んでますね。ぐにゃぐにゃのふにゃふにゃになってて気持ちが悪いくらいです」
「それ本当か」
「嘘なんですかね?」
「いや、僕に訊くのはおかしい」
しばらく休憩したい。
「あっちの方で休もう。あそこの路地裏」
僕は路地裏方面を指差し、そちらに歩き始める。
するとひまわりが呆れたようにして、
「お兄さんってなんでそんなに路地裏好きなんですか」
と言った。
別に好きじゃねぇ。日陰だからだ。
僕は後ろを振り返る。
「日陰あるからさ。日が当たるのと当たらないのじゃ、気分はかなり違ってくると思うよ」
「それだったら、そこの木陰でも……」
「……そこでもいいけれど」
「ていうか、そんな人気の少ないところに連れ込んで何をする気なんでょうか。私、怖いです」
「そんな無表情で言われてもすごく困るんだけれど……。後、ひまわりを連れ込んだところで返り討ちが関の山だろ」
そう言うと、ひまわりから白い目で見られる僕。
「な、何か気に障るようなことしたかな」
僕が目を逸らしながら言うと。
パン、と何かが破裂するような音が響いた。
「なんだ急に……花火でもやってるのかな」
「向こうの方みたいですけれど」
「ふーん……行ってみようか。どうせ探す当てもないんだし、今の音に釣られてリリィも寄ってくるかも」
なんて、てきとうな思い付きのアイデアから僕達は音のした場所へと向かう。
案の定、リリィじゃないけれど、街の人達がざわめき、音の元凶を囲っていた。
のだと思う。人だかりがすごくて見えない。
「肩借りますね」
と、ひまわりが言って、ひょいっと。フワッとした感じで、簡単に僕の両肩にその両足を着けた。
しかも僕が一瞬揺れてしまったにも関わらず、全く造作もないといった風に、彼女は微動だにしなかった。
「お、おい、急に危ないって」
「大丈夫。私なら落ちる心配はありません」
「いや、でも」
反論と共に僕が上を向く。
すると。
スカートの中が見えた。
幼女の癖に大人っぽい黒いパンツだった。
黒はもう少し成長してからじゃないといけない気がする。
ていうか陽射しの逆光のせいでよく見えない!
「何がよく見えないんですか?」
「あれ、声に出て──」
ズガン、と僕の後頭部に衝撃。足蹴にされていた。
力を入れられて押し込まれ、僕の視界は急落下。
片方の足で肩に乗りつつ、片方の足で頭グリグリしてうつむかせるなんて……どんなバランス感覚なんだ。
「何を見ているかと思えば……」
「ご、ごめん。何となく目に入って」
「後でいくらでも見せてあげますから今は我慢してください」
「見せてくれるの!?」
「がっつかないでください」
「痛っ」
また蹴られた。
ところで話は戻るが、騒ぎの中心では一体何が起きているんだろう。
爆竹で遊んでる人がいるとかかな。
「ひまわり、何が見える?」
「……あれって……お姉さんC?」
「リリィが居るのか?」
「そうです、後一人……どこかで見たような子供。どうやら口喧嘩のようにも見えますが……、ここまで騒ぎになるくらいです。ただの口喧嘩じゃ収まりきらないものなんでしょう」
ひまわりが僕の肩から飛び降りる。
「さて、目立つのは嫌なので……」
人だかりの足元の隙間をハイハイで、四足歩行で通り抜けようとするひまわり。
「え、それで行くの?」
「目立ちたくありませんし」
「それはそれで目立ちそうなんだけれど」
「ステッキで空から降ってくるよりは、足元から潜り抜けてきた、の方が現実味があると思いますが?」
異世界に来ている身からすれば、もはや現実味も何もないのである。
「分かったよ……そうすればいいんだろう」
僕も手足を地面に着けて、四足歩行を開始した。
足元の隙間と言うのは、ある意味迷宮みたいで、中々楽しい気分にさせてくれる。
そんな気分になっているとどうも恥ずかしくなってきた。
だってたまに気付かれてすごい目で見られるし……嫌だな、はぁ……。
「出口到着」
ひまわりの一言。
僕達は人だかりの最前列へとやって来た。
「や、やっと抜けた。……いや、なんかすいませんね」
元々前列に居た人から睨まれるのは当然だろう。
なので、睨まれる前に謝罪を述べておいた。
僕は四足歩行モードから二足歩行モードに切り替えて、眼前を見据える。
見えたのは……リリィと、盗賊とのいざこざの時に居た少年が、険しい表情で向き合っているシーンだった。
ていうか、険しいで片付くような顔ではなかった。
「──……どうしてマリーさんを殺したんだ……。答えろ!」
少年が叫ぶ。
「だからさっきから言ってるでしょ。私はマリーを殺してなんかない! それに今はあの子を探している途中なの! 訳の分からないたわ言に付き合っている暇はないの、どいてちょうだい!」
「どうしてそこまでしらを切るのかぼくには分からない……がもういい。理由はもう他の共犯者にでも訊けばいい。けれど、あなたはここで逃がしはしない。今この場で始末する! マリーさんの仇だ!」
この少年……よく分からんこと言ってるな。
なんでこの少年がマリーの死について知っているのか……。そして、なんで殺した犯人がリリィみたいな状況になってるんだろう。
ていうか、始末するって言っても……盗賊相手に抵抗すらできなかった少年が、あのリリィを殺すことはおろか、傷一つ付けるのも難しいんじゃないのか?
とりあえずリリィに事情を訊いてみよう。
僕は野次馬最前列より、口争の輪の中へと突っ込んでいく。
「やあ、リリィ。何してるの? 何か変な揉め事でもあったのか?」
僕はまるで日常の一環のように柔らかい物腰で、リリィの肩をポン、と叩いた。
すると彼女は物凄い勢いでこちらを向き、
「ち、ちょっとアンタ何してるのよ! 離れなさい、危ないわよ」
僕をずいずいと押して、向こうへ追いやろうとする。
「待って待って待って、どうしたんだよそんな慌てた顔して」
「だから、アイツは危ないの! 離れないとアンタまで──」
と、リリィが言った後。
パン、と先ほど聞いた破裂音が僕の鼓膜を揺らし、突き刺さるような鋭い破裂音に痛みすら感じた。
そしてリリィの真後ろから青い電撃のようなものが拡散される。
電撃はリリィに直撃。
観衆の悲鳴と共に、僕もろとも吹っ飛ばされる。
「きゃあああああああああ!」
「うわっ!」
感電。はしなかった。
そういうタイプのものなのか……そもそも電気ではないのか。それは分からない。
けれど電流が僕に渡ってこないということは、電流がどこかに逃げてしまうこともあり得ない。リリィは電撃の力の全てを受け止めたことになる。
もし、電圧などが人間の体には耐えきれないような大きさならば……リリィはもう。
「おい、大丈夫かリリィ!」
僕に覆い被さるようにして、ピクリとも動かないリリィ。
電撃が直撃した部位であろう背中の辺りの服が焼けている……、肌を見るとかなりの火傷。重傷だ。
「ううう……」
リリィが呻くようにして顔をあげる。
「よかった……生きてて……」
死んでしまうんじゃないかと思ったけれど……、けれどこれからどうする? この状態じゃリリィはとても。いや、外傷は見えるだけで火傷のみ。逃げるくらいならやれるか?
「リリィ、動けるか?」
「……だ、駄目……動けない。……まるで体が固まったみたいに……」
感電による硬直か?
電撃に直撃したことにより生じてしまったのか。
「ひまわり!」
「……言われなくても」
ひまわりが僕達と少年の間に入り込んだ。
「なんだお前達は……、リリィさんの仲間か?」
少年がふてぶてしく口を開く。
「……いや、お前達は…………。見つけたぞ、マリーさんを殺すことを企てた張本人! 自分達から来てくれるとは……こっちから探す手間が省けたよ!」
少年は怒りのこもった表情でそう言う。
どういうことだ? 僕達がマリーの殺人を企てたって?
この少年はなにがどうなってそういう発想にたどり着いているんだ。
「いや、あなたは何を言っているんですか。私達が殺人を企てたって……そんなことあるわけないじゃないですか」
と、ひまわりが反論。
「いくら隠したって無駄だ……ぼくは全て知っているんだ。お前達の悪事の全てを! あのお姉さんがぼくに全部教えてくれた、その命と引き換えに……」
「お姉さん?」
「ボロボロの姿の人だった。あの人がぼくにくれた情報の中に、お前達がマリーさんを殺したと! あのお姉さんもお前達の策によって殺されかけていたこと! そして、最大の情報は……お前達がこの国を支配しようとしていることだ!」
辺りが静まり返る。
それは直感であった。
何となく……そのお姉さんというのが誰なのか……予測が付いていた。




