30話【二日目】
地の文が……
結局のところ、魔法少女シヴァの死体は焼き払うことにした。
死体を処分するだけなら、ひまわりの『強制地獄送還』を使えば一瞬で終わることだっただろう。
だけれど、せめてものの弔いということで、時間をかけて火葬し、僅かに残った骨の一部は、物静かな場所に埋めてあげたのであった。
全てはひまわりの意向である。
全てが終わったとき、既に夜の八時頃で、僕達は精神的な疲れが大きかったので、すぐに宿に帰り眠ることにした。
途中で、あの男の子を見た。
街に来たばかりのとき、盗賊に絡まれていた小さな男の子である。
どうにも同じ年代の子に殴られ蹴られしていて……いじめられているようだった。
多分一緒に散歩でもしていたのだろう、すぐにマリーの姿も見えて、それを止めに入っていて──そう言えば、昼に会う約束してたんだったな……。
と、僕はとても悪いことをしたと思った。
まあいい、天使とのいざこざが終わればいつだって会えるさ。
──そして次の日。
僕は、日が昇ったばかりの時間に目を覚ましたのであった。
「…………もう朝か。……戦いの前の休息ってのは、どうしてこんなに短く感じるのかな……、もう少し眠ってたかった……」
僕は隣を見る。ひまわりは居ない。
また布団の中に埋もれているのだろうか?
「えいっ」
僕は布団を、バッと剥いだ。……誰も居ない。
「あれ……どこに行ったんだろう」
まさか……一人で──単独で天使達の撃退に向かったのではなかろうかと、僕の考えが巡ろうとする直前、部屋のドアが嫌な音を立てながら開いた。
ちなみにドアは、昨日帰ってきたら修理されて、そして代金の領収書が置かれていたのである。
「おはようございます。起きちゃったんですね」
開いた向こうに居たのはひまわりだった。
僕を起こしてしまったと思っているのだろうか、申し訳なさそうな顔をしている。
「もしかして起こしちゃいましたかね?」
「いや、そういうわけじゃないよ。君が帰ってくる前から起きてた。……それで、ひまわりはどこに行ってたんだい?」
「最後の晩餐ということで、ちょっと美味しそうな物を露店で買ってきました。朝から重いかもしれませんが」
「最後の晩餐か……そんな思いの方が重いかな」
「? 意味不明です」
「気にしないで。……でもこんな朝っぱらから高級食品……しかも露店って……買えるところあったのか?」
美味しそうな物=高級食品と決めつける辺り、僕はまだまだ食通とは言えないであろう。
「あくまで美味しそうな物ですからね。てきとうに開いてる露店や準備中の露店で、これはいいなと思ったやつを買ってきたんです」
「……確かに見た目高級とは言えないな。それに美味しそうとも思えない」
「いいから食べてくださいよ」
「いや、いらない。喉を通らないよそんなの」
昨日ぐちゃぐちゃな死体を見たから、気持ち悪くて食べられないということではなく、普通に不味そうだった。多分不味いのは確定事項だと思われる。
「それよりどうするんだよこれから。あの二人、どうやって倒すんだ? 倒し方はそりゃ各々(おのおの)熟考と熟慮を繰り返すしかないのは分かってるんだが……そもそも、あいつらに出会う方法がないじゃないか」
「ああ、そんなことですか。とても簡単なことですよ。お兄さんはここに知り合いはいますか?」
「一応二人ほど」
リリィとマリー、彼女達だ。
「私達も二人なのでちょうどよかった、それじゃあ片方は私が守るので、もう片方はお兄さんが保護してください」
「なるほどなるほど、二手に分かれるわけだな」
それでも二人を探さないといけないのだが、この街に居るかも分からない天使を探すよりは、この街に居ると分かっている人を探す方が幾分か楽だろう。
それに神やら天使だのそういう高貴な存在なら、恐らくは僕のこの世界での知り合いなどは調べていることだろうし、もしそうなら必ず僕の知り合いを殺しにやって来るはず。
そこを狙うというわけだ。
「それじゃあ早く二人を探しに行こう、奴等が来る前に」
僕は言う。
天使との命懸けの戦いが始まる。
∮∮∮
街を出て、一時間。それでも朝早いのだが、リリィを見つけることに成功した。朝一から彼女は何をしているのだろうか。
そんなことは訊かないと分からないんだけれど、訊く気はない。
リリィの保護はひまわりが担当することになって──僕はリリィをひまわりに任せて、さっさとマリーの捜索に移った。
リリィは僕達が自分を見守ってくれているなんて夢にも思ってないだろうな。
それから十分、二十分、三十分と時間は過ぎていく。
無感情に機械のように辺りをくまなく捜索する僕。
そう言えば、あの小さな男の子の家に泊まらせてくれたらいいなぁ、なんて言ってた気がする。だとすれば、その男の子の家を探した方がいいかな。
「割と疲れてきた……」
僕は近くの建物の壁に寄りかかる。壁に体を預けて一息つく。
僕は、昨日のような活気に戻っていく街を見ながら、どうやってあの天使達を倒すか考えることにした。
とは言え分かっているのは、草が死体を操れることや低空飛行ができること。日輪については特に何も知らないという情報量の少なさ。
こちらがどう仕掛けるかくらいしか考えることがない。
「やっぱり神器で戦うしかないよな……。けれど、こんなに人が居るんじゃな……」
商人と商人、買い手と売り手のぶつかり合い、交渉のヒートアップ。これだけでもかなりの熱気を放っているというのに、道の真ん中でストリートパフォーマンス?(内容はよく分からない)みたいなことをやってる奴も居るし、子供達が大量の大人の隙間を縫うように走り抜けていくさま。そんなのを見ているととてつもなく暑い気分になる。
とにかく、人がたくさん居るというわけで、無茶苦茶に撃ったら、関係のない人達まで巻き込んでしまうだろう。
だけれど、もしそうしなければならないのならば……関係の人々を殺すことになろうとも、やるしかないのだと思う。
──そんな風に頭を働かせていると、人混みの中から目立つ女の子を発見した。
目立つというか……僕がその子を探していたから、目に入っただけなのかもしれない。
「マリー発見…………さて、ストーカーを始めるか」
ストーカーという名目の保護である。
僕はプールに飛び込むような気分で、人混みに飛び込んでいく。やはりプールと違って飛び込んでも気持ちがよくない……。
僕は人混みを掻き分けながら進み、マリーから近すぎず遠すぎずの距離を保つ。
ふと、彼女が振り向いたりして見つかりそうになるけれど、これは人混みであることが幸いし、少し身をかがめるだけで隠れることができた。
多分僕の存在は発覚してないことだろう。
そうじゃなきゃ困る。
少しすると、マリーは人混みからスルッと抜け出して、僕の行ったことのない場所(ていうか、基本的にどこに行っても、僕の行ったことのない場所なのだが)へと歩を進めた。
僕も必死に人混みから抜け出し、追いかける。
すると、彼女は人気のない路地裏へと入っていった。
薄暗くて狭くて澱んでいて気持ち悪い場所へと……。
だからといって、追いかけないわけにもいかず、僕は気付かれないように後ろをストーキングしていく。
人混みの中ではないので、慎重に隠れながら進まないと、バレちゃうな。
マリーが角を曲がる。僕も同じようにして角を曲がる。
……マリーがいない。
「あれ、今確かにこっちに曲がったよな……。僕の勘違い……? ……というのはあり得ないはず」
唐突に姿を消したマリーに、僕は驚きを隠せなかった。もしかすると表情にも出ていたかもしれない。
「仕方ない……じっとしていても時間が無駄だし、早く動いて見つけよう」
僕が来た道を引き返そうと、くるっと後ろを向いたとき。コッ、カランカランと……金属製の何かを蹴った音が聞こえてきた。蹴った音というか……蹴ってしまったという音。
それも僕の真後ろから──さっきまで前だった方向だ。
僕はすぐに後ろを振り向く。
けれど何もない……。元が何なのか分からない金属製の物体が転がっているだけだった。
「……、……、……」
僕は辺りを見渡し、警戒を始める。
だが、しばらく待っても何かが来ることはなかった。
「気のせい……だといいんだけれど」
そう呟いて、僕が走り出そうとしたとき────影が差した。
薄暗い路地裏に太陽の光が差し込むように──影が、人形の影が差し込んだ。
──上か!
気付いたときにはもう遅く……いや、ぎりぎり間に合ったのか──僕の肩にナイフが突き刺さっていた。
上から投げ落とされたナイフ。恐らく、僕が躱そうとしていなければ、登頂部に鬼の角のように刺さっていたことだろう。
「ぐっ……」
僕はよろめく。
目の前に女の子が舞い降りた。
「やっほー、また会ったねー。私は正直ひまわりちゃんと会いたかったけどー……しょうがないかー」
日溜毬草だった。
そして、隣にもう一人。
「……くそ……くそ……やられた…………。ちくしょう……」
僕の嘆きなど意味を持たない。
草の隣に居たのは……服の心臓部分の辺りを赤く染めた、生気を感じさせない瞳を見せる────マリーだった。
まさか、まさか、まさか……考えなどなかった。
僕より先に天使がマリーの元へたどり着き……殺し、操り、僕を誘う罠にするなんて──考えなどしなかった。
人は簡単に死ぬ。
呆気なくいつの間にか死んでいる。
少なくともこの世界じゃ──そういうものなんだろうと、僕は悟った。




