3話【スライムに襲われる】
一瞬で現実に引き戻された。
我に帰ってしまった。
もうあの時のような妙な興奮状態に戻ることは恐らくないだろう。
「ごめん、ジロジロ見て」
「大丈夫です、そこまで怒ってませんから」
それはよかった。
嫌われたわけではなさそうなので安心だ。
「そんな事より夏木さんは旅の方なんですよね? こんなへんぴな所に珍しいですね。どうしてこんな国の端の方の地域にわざわざ来たんですか?」
「え、あー、特にそれと言った用事はないんだけれど……。──あ、そうそう、古い建物って言うか神秘的な建造物を探してるんだ、実は考古学者なんだよ僕って」
とりあえずてきとうに嘘をつく。
変に怪しまれるのは今後の関係に響きかねないからだ。
まあ、今のだと逆に怪しまれてそうだけど。
「そうなんですか……すごいですね! 私もそんな人になってみたいです。そして色んな地域を巡っていって、不思議な発見をしたり、綺麗な景色を見つけたりしたいな……」
怪しまれるどころか、羨ましがられた。
しかも様々な所を巡り歩いてみたいらしい、一人旅は案外危険なものなんだよな。
「でも、この辺にあるもので古い建造物……みたいなものと言うと、村の祠ぐらいしかありませんよ?」
「そうなんだ……、でも一応行ってみようと僕は思ってる」
「あ、いえ、でも祠は村長か村長に許可をもらった人しか入れないことになっているんです。もし夏木さんが村に来たところで許可がもらえなければ無駄足になりますけれど?」
「ああ、いいよ。考古学者なんてそんなものさ」
何がそんなものさなのか。考古学者のやることなんて僕は全くと言っていいほど知らない。
どちらにせよ、マリーと関われるのなら別に無駄足になってもいい。
どうにかして、しばらく世話をしてもらえないだろうか……。
「じゃあ村に案内しますね。あとこのクッキーどうぞ」
マリーがクッキーが中に入っている手に提げたカゴを差し出してくれた。
「くれるのか……ありがとう。とても嬉しいよ、そして美味しい」
「いやいや、まだ一口も食べてないじゃないですか」
さあて、村に案内してもらうか。
∮∮∮
その前に忘れていることがあった。
僕はクッキーを口の中に詰め込みながら、案内をしてくれているマリーに尋ねた。
「なあ、マリー。一つ聞きたいんだけれど、ここってどこ?」
「どこって言うと……地域名の事ですか?」
……とりあえず地域名で良いか。
──そう言えばって言うか、僕は一体どうやってこんなところに来たのだろう。
まあ、目星はとっくに付いているんが。
僕がここに居る理由はなんとなく気付いているが。
多分、あのカプセルだ。
あれを使えば帰れるかもしれないが、どこにも見当たらなかったので、使い捨て……もしくは遺跡に置いてきぼりと言うことだろう。
なんにせよ、災難だな。
できるなら、できるだけ早く遺跡に戻ろう。
「……それじゃあ、ここの地域って何て所なんだ?」
「うん、ここの地域名はジュネーブ領って言うんですよ、あまりにのんびりとしたところだから初めて知りましたか?」
「ああ、初めて知ったわけではないよ。……驚きはしてるけどな。ジュネーヴ州か、アフリカから一気に離れてた所に飛んでいったな。ジュネーヴ州ってことはここはスイスだろ? 確か、フランス語圏だったと思うんだけれど、よく英語が喋れるな? それともスイスって英語も使ってたか?」
僕達の喋っている言語は英語である、そりゃ分かりやすく日本語に変わってるけどね。
多分音声とか字幕は日本語になってるだろう。
と、ここでマリーがいきなり驚きの発言をした。
「夏木さん? 何を言っているの? フラなんとかだとかアイスだとか……ここはそんな国じゃないですよ? だってここの国名は、グレゴリオ王国って言うんですから」
は?
いや、聞いたことないんだが……そんな国は地球のどこにも存在しなかったと思うんだけれど、僕の覚え違いか?
「いや、それはおかしいだろマリー。もしかして村の大人に嘘でも吹き込まれたのか? グレゴリオ王国なんて僕は一度も聞いたことないぞ」
ありえん。これはマジでありえない。
もしかすると僕はあのカプセルによって空間を移動したのではなく、異次元を移動したと言うのか、もはや移動と言うより異動。
僕は異世界に連れていかれたと言うのか……。
「なあ、マリー。ちょっとだけ考えさせてくれ──」
僕はマリーに背を向けてそう言う。
と同時にマリーの悲鳴が上がった。
「きゃあっ!」
僕は反射的にすぐに振り向いた。
「どうしたんだマリー!?」
マリーに何があったのかと言うと、なんとも僕に得のある状況だった。
「た、助けて……」
某ゲームに出てくるようなスライムの超巨大化したような奴が、マリーの体にまとわりついていたのだ。
それはもう服の中にスライムゲル状の物が入っていってしまうくらい。
「ち、ちょっと……どこに入ってるのぉ…………! いや……やめて」
エロいな。エロいよ。エロいわ。
ヤバイ、このままずっとクッキーを食べながら見つめていたい。
なんて僕に得な状況なんだ。
て言うか、言わせてもらうならこんなスライム野郎が出てきた時点で、ここは地球じゃないよな。
はい決定、異世界決定。
というわけで異世界を楽しんでやるぞ。
「あ、あぅぅ……夏木さん……助けてぇ……」
「ああ、分かったマリー。すぐに助けてやる! 五分ほど待っててくれ!」
「すぐじゃないの?!」
僕が異世界に来たときに一緒についてきた物資は身に付けて居たものだけ。
ポケットに入れていたCz75の黄金と白銀のオリジナルモデルと同じく金銀のオリジナルモデルのリボルバー。
後は腰のウエストポーチなんだけれど、簡単な医療キットとか大事な物は入れてたので……、カメラとかがもしかするとあるかもしれない。
なんとかしてこのエロシーンを写真に刻みたい。
美少女がスライムにあんなこんなされる状況なんてもう二度と合わないかもしれないんだからな!
頼む。カメラがないにしても、スマホとかあってくれ、そうじゃなきゃ困る!
「くそ、ないぞ! 今この状況をしっかり記録できる撮影道具になりうる物が、全く見当たらない! ふざけるな、こんなところでこんなチャンスを失うなんて嫌だあああああああああああ!」
そして僕は、ポーチに横に付いている小さなポケットにスマホが入っていることに気付いた。
「あった! やった! ────バッテリーがあと三パーセント?! やばい、早く撮らないと」
僕は即座にカメラのアプリを起動する。
起動している間に既に残りが二パーセントになっていた。
僕はコンマ秒も思考することなく、最も画になるであろう距離感や角度を算出した。
そして、最小限の動きで算出した位置へと移動。
ピントがあった瞬間、僕は咄嗟の判断で写真を撮るのでなく、動画として録画することにした。
声や動きがあった方がよりいい物になると思ったからだ。
だが、確かにマリーのエロい動画は撮れたが、僅かに数十秒でバッテリーが切れた。
まあいいか、これほどまでの高クオリティの動画は数十秒でもかなりの物だろう。
「早く……た、助けて……」
涙目で頬を赤らめてこちらを見るマリー。
ますますこの状況を楽しみたくなってくる。
だけど、このままでは嫌悪感を抱かれてしまうかもしれない。
全く助けようとしてないからな。
助けるか……良いものが見れたし。
「ああ、今度こそ助ける、待って……ろ……よ──」
僕は足を止めた。
止める以外には選べなかった。
この状況で僕に見えたのは、スライムの特殊効果なのか、青いぷにぷにに包まれているマリーの衣服がだんだんと溶けてきている情景だったのだ。
「おいおい、嘘だろう、どこまで都合のいい展開なんだ……。そしてどうして僕はカメラ撮影という発想に、早く気付いてしまったんだ」
バッテリーが切れた今ではもう、スライムにまとわりつかれて衣服の溶けた美少女というシーンを撮ることは不可能だ。
だんだんと露になってくるマリーの肢体に、僕の理性は破壊の一途を辿っていく。
なんというその童顔には似合わぬエロい体。
もう我慢できない。
「マリー、今すぐ君を抱きしめていいか」
僕は両手を大きくおおらかに広げて言った。
「……な、なに言ってるの……んっ──!」
顔をうつむかせて言うマリー、更に頬が朱に染まっていった。
「もう、駄目だー! 僕には耐えきれない!」
僕はマリーに飛び付く。
マリーとスライムに飛び付いた。
マリーを助けようと、そのスライムを何とか引き剥がそうとするが、全く剥がれない。
これはかなり危ない状況なのではと、やっと僕は理解する。
と、その瞬間、僕の体は何かによって吹っ飛ばされた。
「うわあっ!」
吹っ飛ばされてから立ち上がる。
すると、今度は一瞬でスライムが微塵切りのように細切れに切り刻まれた。
「な、なんだ!」
何が起きたのかを理解はしたが、何故こうなったのが理解できない。
僕はその切り刻まれたスライムのを見てみる。
そこには……スライムの残骸の上には、マリーをお姫様抱っこで抱える、これまた美少女が立っていた。
「お、おお……!」
僕の感嘆などには何の反応も示さない。
「アンタ、マリーに何をしようとしてたのよ?」
心なしか声に怒りが混じっていて、どうにも黒いオーラが見えた気がした。