29話【双子】
2日おきに更新したかったのに遅れた……
魔法少女に乗りかかっている女の子は、僕達に背を向けているようだったが、ドアを破壊する気持ちでダイナミックに突入したせいで、どうやら気付かれたようだ。
まあ、限界まで開いたドアが壁に当たった音がしたので、ダイナミックじゃなくても気付かれていたのかもしれないが。
女の子は興醒めだ……と言わんばかりに小さい笑いを止め、立ち上がる。ベッドの上でバランスを崩しかけたが、持ち直して、こちらを振り向いた。
「…………あー、遅かったねー」
と、何だかユルい調子だった。
「ずっと待ってたんだよー。ひまわりちゃんと……後そこの男の子ー」
ひまわりちゃん──そんな呼び方をするってことは、ひまわりの知り合いであることは間違いない。
そして、服装からすれば……日輪の仲間である可能性が高いよな。そうじゃなくても、魔法少女シヴァではないことは明確だ。僕達が会いに来た魔法少女は、血染めの赤コスチュームを着ている死体の彼女であることは、絶対だろう。
まあ、つまり、なんだ?
この女の子は天使か?
「この子は双子の妹の、日溜毬草です」
嬉しそうに微笑する女の子を置いて、ひまわりは小さな声で、早口で言う。
僕は君の妹かい? ──と問おうとしたが、そんな必要はなかった。
この草という女の子、よく見ると顔が日輪にそっくりである。体格と髪型は違うけれど。ちなみに草は金髪ツインテール。
金髪ツインテールと言えばツンデレを想像しやすいが、この子はどうやらゆるキャラのようで、セオリーに沿ってないなぁと僕は思った。
「気を付けてください。見た目と雰囲気とは裏原に、かなり残酷な魔法を使ってきます」
戦闘の際の注意と言ったところか。
見た目は日輪みたいな大人の女性と言った感覚ではなく、どっかの高校生に居そうな感じ。
そんなどこにでも居そうなゆるキャラが、使う残酷な魔法とは一体なんなんだ?
説明してもらえる暇はなさそうだ。
「仲間って言ーましたよねー?」
僕の考えを遮るように草が言う。
「私は、二人の仲間を殺すためにここに滞在しているんだー」
「……え? ど、どういうことだよ、それ!」
「えーと、この件については私も分からないので、日輪おねーちゃんに承った伝言を伝えさせていただくよー!」
日常系アニメにでも出れそうな雰囲気だった。
「伝言というのはー、確かー、……あー、そーそー思い出したー、『仲間達が居て、そいつらと仲良くのんびりと生きてたいだけで、仲間を巻き込むなんて論外だと言うのなら、大人しく勇者になってくださいなぁ。魔王を討ち取った後にでものんびり暮らせばいいじゃない。もし断るって言うなら、一日ごとにアナタの仲間を一人ずつ殺していくわよぉ。仲間を巻き込むのが論外なら、来てくれるよねぇ?』……以上だよー」
声帯を変形させたのかと思うくらいに、声が日輪そっくり、同様になって伝えられた伝言に、少なからず僕は動揺する。
日輪同様の声に動揺したのもあるが、そんなことは伝言の内容に比べれば些事にすぎない。
「というわけでー、今日は二人の仲間を一人殺させていただきましたー!」
何の悪びれもなく──幼い子供が悪意もなく他人の核心を突くような、それくらいに何も思ってないかのように台詞を放つ草を、僕は恐ろしく思ったし、それはひまわりも同じだろう。
違うとすれば、殺された仲間の魔法少女は、二人の仲間ではなく、ひまわりの仲間だったというところである。僕なんて一度の面識もないわけだし……そう考えると仲間であったひまわりは、今何を考えている?
少なくとも僕には悲しむ理由などないわけだが。ひまわりの感情に、精神がぶれると……ここで草と戦うとなったときに、思いもよらない失態を犯すかもしれない。
「大丈夫です、気にしてません。シヴァだって別に居たら役に立つ奴くらいにしか思っていません」
僕の思考を読んだかのように、そう言うひまわり。
その声の上ずりからすると、実際どう思っているのかは分からない。
月夜のときも、仲間が死んでもどうでもいいみたいなな感じだったが、本当のところは悲しかったのかもしれない。泣き出したかったのかもしれない。
僕はそんな風に思う。
日溜毬ひまわりのことをそんな風に思っている。
仲間が死んでも、臆面も出さずに泣きたい気持ちを我慢して耐えるような女の子だと。
彼女がいくら大人ぶっても、天使だと言っても、『史上最強の天界兵器』と呼ばれようとも、日溜毬ひまわりはただの、幼い子供だ。
「──そうまでして、お兄さんを仲間に引き入れたいんですか?」
「私はどっちでもいいんだけどー……日輪おねーちゃんがどーしてもって言うからー」
この子には基本的に自分の意思がないらしい。
「でもおねーちゃんの言うことは聞かないとねー。それはひまわりちゃんも一緒だよー」
「私はとっくにお姉ちゃん達との縁は切ってますから、そういうのは適用されません」
そっかー──と草。
そんな姉に何を思ったか、ひまわりは言う。
「それで、もう言い残すことはありませんか?」
今すぐにでも殺す。みたいなオーラを醸し出すひまわりに、さすがの天使も焦って、
「や、やだなー、ひまわりちゃん」
と、弁明を始める。
「ひまわりちゃんは勘違いしてると思うけれどー、実は私から殺しにかかったんじゃないんだよー? ちょっとここにお邪魔してたら、急にこの子が魔法で攻撃してきたから、仕方なく殺しちゃったんだー。私は悪くないよー?」
「それでも……仮に攻撃してこなかったとしても、シヴァを殺していたでしょう?」
「……む……むむむ……い、嫌なこと言わないでー。そ、そんなの答えられないよー」
図星だったようだ。
「それに楽しそうに死体で遊んでいたじゃないですか」
確かに……愉快に笑いながら、死体を弄くりまわしていた人に、殺す気はなかったと言われても信じられない。
「……だって、楽しいんだもん……」
へしょげたように小さく呟く草。
「もう言い訳はいりません……ここで草お姉ちゃんを殺させてもらいます」
「……えー! それはひどいよー。私でもさすがに妹を殺したいとは思わないんだよー!」
まあ、どっちにしてもー──と草。
「その体や雰囲気……何があったのかは知らないけどー、今のひまわりちゃんなら私一人で十分だと思うけどねー」
フフ……と、草が余裕の表情を見せる。だが、ひまわりは特に問題はなさそうにしていて。
「草お姉ちゃんは勘違いしてますよ。今の私一人なら、確かに草お姉ちゃんだけでも事足りる相手でしょうけれど、こちらにはお兄さんも居ます。それにお兄さんは、そちら側にとって殺すことのできない存在。そうなれば、不利なのはどう考えても──」
「──だねー……私だよねー」
もう嫌になっちゃうなー──と、肩を落として溜め息をつく草。
僕は右手でポケットの神器を握り、いつでも戦闘が始まってもいいようにする。
「ここに居ても私の身が危険に晒されるだけなのでー、私はこれで……おいとまさせてもらうよー! ビシッ!」
草はしっかりと旨を伝え、自前の効果音と共に敬礼。
その瞬間、ボンっと可愛らしい音がして、可愛らしい音に似合わない爆発に巻き込まれてしまう。
殺傷能力は一切ないのだろう。僕とひまわりは、爆風によって部屋の壁に叩き付けられたものの、ダメージは壁に激突した背中の痛みくらいだった。
僕達は呻き声を上げながら、即座に立ち上がる。
「待て!」
完全スルー。逃げるのだから当たり前だが。
草は、室内なのに空を飛んだ。
正確に言うと室内で宙に浮かんだと思ったら、超ロケットスタートの低空飛行を開始したのだ。
低空であろうと飛行能力があるとは天使らしい。羽がないのは天使らしくないけれど。
「待ったないよぉー!」
と、そんな台詞を残して部屋のドア周辺を、体当たりで突き破って、外に逃げてしまった。
仮に今すぐ走って追いかけたとしても、追い付けないので明白なので、僕達は草を追うことはしなかった。
「……まあ、ここは逃がしておいていいでしょう。……明日で必ずケリをつければいいんです」
悔しそうに歯軋りさせながらひまわりは言う。
逃がしておいていいとは言うが、やはり、できればここであの天使を倒しておきたかったのだろう。
「それにしてもびっくりしたよ。まだ、他にも敵対することになる天使が居たとはね」
敵が増えるのは憂鬱だ。敵は少なく、味方が多いにこしたことはないだろうに……。
「私はある程度予測はついてましたよ。日輪お姉ちゃんが居るなら、双子の妹である草お姉ちゃんが、セットで付いてくることは十分に予測──予知のレベルで可能です。それほどにまであの双子の姉達は、ツーマンセルが日常ですから」
「ふぅん……僕は彼女らのこと知らなかったから、よく分からないけれど……双子姉妹の妹が言うんだから、確かな情報なんだろうな」
「確定事項ですよ。むしろ今回、あの二人に個別に出会ったのは奇跡とも言えます」
「そこまで言うか」
「まあ、双子だからそういうところがあるんでしょうね」
ひまわりはそう言って、もう生気の欠片もない赤の魔法少女『シヴァ』の元へと寄った。
血で汚れたベッドに上がり、いたわるようにその体に触れる。
「…………天使というのは、とても残虐非道な者が多い。目的のためなら手段を選ばない、権謀術数主義な輩がほとんどです。そう考えたら悪魔よりよっぽどたちが悪い──むしろ、天使の方が悪魔のようです」
遠い目で語るひまわり。
ゆっくりベッドからおりた。
そして、
「死体を処分します」
と言った。
「……いいのかよ? 仮にも仲間なんだろ? 月夜のときと違って時間もあるんだし、埋めてやることくらい……」
「無理です。……いえ、無理ではありませんが、それは自分を窮地に追い込むのと同じです」
「……どうして?」
本当に……どうして?
「草お姉ちゃんの得意とする魔法は死体を操る魔法だから──シヴァのような強力な魔法を使う者の死体を残すのは自殺行為なんです。欠片一つ、塵一つ残さぬように処分しないと、私達が殺されます」
悲しいですね──とひまわりが呟いたとき、それが涙声のように聞こえた。彼女が本当に悲しんでいるのかどうかは分からない。
僕は決してひまわりの表情を見ようとはしなかった。




