26話【業火の中の決着】
炎のカーテンが消え、よろめきながらもその場に立っているルシアの姿が露見した。よく見ると頭から血が流れているのが分かり、ステッキによってかなりのダメージを負っていたのが分かった。
「こりゃ剣呑な雰囲気だよな……」
僕は呟き、ひまわりに囁く。
「あのときのように……僕が突っ込んで、君が援護だ。まだ使える魔法はあるだろう?」
「一応あります。ないと言うのは私の沽券に関わりますからね」
それならいい。
ここはルシアが体勢と態勢を整える前に早期決着を求める。頭を鈍器で殴られたにも関わらず、闘志満々によろめきつつも立ち上がっているところに悪いが、まず立たせない気持ちでやらせてもらおう。
仮に僕の接近より早く彼女が立ち上がり、僕を炎で焼き尽くそうが、神器の回復能力があるので怖くもなんともない。
「行くぞ!」
掛け声を合図に、ひまわりも魔法の準備に取りかかり、僕はルシアの懐へと飛び込んでいく。
今の彼女の状態なら軽い投げ技一つで気絶へ持ち込めるはずだ。古流柔術や合気道を僕なりに混ぜてアレンジした『接触した瞬間に投げる』荒業を使えば、ナイフを突き出すよりも速く仕留められる。
残り二、三歩の間合いに入ったときだった。
ルシアが言う。
「『原子熱線』」
ボソッと聞こえたそれに何かを思うこともなく、と言うよりも、この間合いなら今さら魔法で攻撃はされないだろうと言う感じで、何かを思う必要がない。
一歩の間合い。
ルシアの左腕が原色の赤そのものに光った。
そして、腕から細い赤い光線が──いや、熱線が発され、それは僕の左太ももを貫く。ジュッ、と僕の脚が焼ける音。
太ももに直径数センチの穴が空いた。何もない空虚な穴である。
痛みと身の焦げる臭いに悶絶しかけるが、ひまわりの補助魔法のお陰かすぐに痛みは引き、辛うじて悲鳴を上げることはなかった。
だが、僕はルシアの目前、手の届く距離でしゃがみこんでしまった。
「……な、何で……」
これは熱線に対してではなく、回復能力に対してだった。左足に穴を空けられて右足しか使えなくなった状況だと言うのに、全く再生してなかったのだ。依然として左足は大きな損傷状態にある。
何で再生しない!?
回復能力は有限なのか? それとも連続使用が不可能ってことか?
くそ、予定外だ……想定外だ……。
跪く僕を見たひまわりは、戦える様子ではないことを理解したのだろう。戦えない僕にサポートする意味など欠片もない。彼女自身が動き出す。
超人な幼女だった。
僕の全力疾走よりも速いであろうスピードでルシアに接近、跳ぶのが好きなのか、跳躍してステッキを構える。
「ふっ!」
僕の頭上に位置するひまわりは、居合い斬りのようにしてステッキを振り抜いた。
ルシアはそれに瞬時に対応し、先ほどの炎のパンチならぬ炎の手刀を作り、ひまわりのそれと相討った。
結果はステッキの惨敗。
剣士と剣士の戦いのように鍔迫り合いを起こすことなく、包丁で豆腐を切るかのように、簡単に一刀両断されたのである。
そして手刀から握りこぶしへと変形。
炎のパンチがひまわりを打ち抜き、その体相応の勢いで吹っ飛び、僕もひまわりと言う人間砲弾に巻き込まれ、一緒にぶっ飛ばされた。
「ひ……ひまわり、大丈夫か?」
「一応……防御しましたから……」
綺麗な切断面を残して、上半分を失ったステッキは、そのまた半分に位置する部分を、破壊されていた。今度はまさに折れていると言った感じで、炎のパンチを防いだことによる破壊だと分かった。
「汚い折れ方だな……」
「命が助かっただけましです。この棒で防がなきゃ、私のお腹に大きな穴が空いてましたよ」
「棒って……ステッキじゃあないのか?」
「折れた時点でこんなものただの棒ですよ。勇者が持つには似合わないシュールな木の棒ですよ」
「ひのきの棒ねぇ……まあいいけれど、どうするんだよ」
廊下の向こうまで殴り飛ばされた僕達。恐怖を運んでくれる足音を立てながら歩いてくるルシア。
「僕、足がイカれて動けないんだよね」
「頭は元からイカれてましたよね」
「…………」
「仕方ありません、私に任せてください。所詮は傷を負った小娘です、私の相手じゃないです」
「君の方がよっぽど小娘なんだよな……」
「なにか?」
「なにもないよ、気にしないで」
空が飛べなくなるのはきついですが、リミッターがなくなるという意味合いではいいことでしょう──とひまわりが呟く。
「リミッター?」
「ステッキって私の力を抑える役割を持っていたんですよ」
マジで? いつも力を抑えてたのか? それなのに割と強いイメージあったけれど……。
「それ初耳」
「そりゃそうでしょう? 言ったことないですし、言おうとも思ってなかったんですから」
「言っておけよな……そっちの方が作戦とか立てやすいじゃん……この襲撃だってもっとうまくいってたかも」
「あり得ませんね、それは」
そう言ってひまわりが立ち上がると、ルシアは足を止めた。
「まだ立てんのかよ、内蔵をぶっ壊せたと思ったんだがな」
「残念、生憎あなたがぶっ壊せたのはこのステッキだけですよ」
嘲笑して挑発するひまわり。
その挑発に乗ってしまったのか、ルシアの眉間にしわが寄る。
「原子熱線!」
ノーモーションからの魔法。ひまわりを指差すルシアの右腕から熱線が放たれた。まるでレーザーのように迫るそれに対して、ひまわりの行った行動は、口を動かすことだった。
「──『強制地獄送還』」
魔法の詠唱なのだろうか? それが唱えられた瞬間、ひまわりの目の前の空間が歪んだ。
──ただそれだけだった。
それだけの、歪むだけの、魔法。
そして熱線が歪みに接触したとき、熱線は止まった。
なんと言うべきか……、遮られているような感じで、簡単に例えるなら──庭の花にホースで水をやっていたら、急に仕切り板を置かれて水を防がれたみたいな──そのくらい拍子抜けする、何とも言えない光景だったのだ。
防がれた熱線はまるで消えているような……消滅しているような──て言うか、あの歪み自体がどこかに繋がるトンネルのようだった。
「ば、バカな!」
ルシアが驚愕の表情を浮かべる。
表情に恐怖の意が刻まれるが、彼女は一歩も引かずにむしろ一歩を踏み出した。
そして無言で、またまたノーモーションで原子熱線を発動する。
熱線の今度の狙いは、強制地獄送還に守られたひまわりの、斜め後ろで横たわる僕だ。
「もらった!」
やばい! 今の這いずって進むことしかできない僕には、あの速さで襲ってくる熱線を避けることは不可能だ!
だが、ひまわりは焦りの一つも見せずに、
「ああ、無駄ですよ」
と言う。
熱線が僕を心臓近くを貫こうとしたとき、僕を守るようにして目の前に歪みが出現した。
彼女と同様、歪みは熱線から僕を守ってくれる。
「そ、そんな……」
ルシアはショックを隠しきれないようだ。
だって、明らかに無理ゲーだもんな。
多分この歪みの前じゃあ、どんな攻撃も無に帰す。
僕を攻撃できれば、ひまわりに焦りが生まれたり、そうでなくとも人質を取ることはできたかもしれないが、歪みをどこにでも創れるのなら……もう彼女に勝ち目などない。
何をどんな風に攻撃したって、ひまわりが歪みという仕切り板を張るのだ。何も届きやしない。
「ひまわり……こんなのあるなら──本当に最初から言っておいてほしかったな」
「すいませんね。ある日を境にできれば未来永劫使いたくはないと思ってた魔法ですしね……。他にもたくさんそんな魔法があるんですが……」
「なんだよそれ……怖いな」
この歪みと同じレベルの魔法を、まだまだ有していると言うのか?
二言三言のやり取りをしていると、ルシアが叫んだ。
「まだだ……まだ終わってない!!」
もう、終わりだろう……。
「負けを認めなよ、ルシアちゃん。これ以上やっても労力の無駄遣いで、何の得にもなりゃしないよ。ひまわりのお陰で勝利した僕は、本来こんなこと言うべきではないのかもしれないけれど、君の勝ちの可能性はもう零だ。逆に僕の──ひまわりの勝ちの可能性は百だ。敗北は喫しているよ……戦力の、魔法の力の差がありすぎる、君の炎じゃ、ひまわりの作る板きれ一つ壊せはしない。もう諦めてくれ」
そんな風に長々と喋る僕。
できるならこんな若い女の子に怪我なんてさせたくない。
でも、もしひまわりと戦えば、ルシアは大怪我だけじゃ済まないかもしれないのだ。
「俺がよ……これだけだと思ってんのか? 俺の炎がこの程度だと思ってんのか? だったらそれは間違いだ! 俺はまだ、終わりを見せてなんかいねぇ! 俺の本気はまだだ!」
うおおおおおおおおおおお──と女の子らしからぬ、けれど美しい声色で絶叫するルシア。
「『十字焔惑星』──────!!」
魔法名を叫んだ。
魔法の発動を開始した。
ルシアはまだ戦う気だ。
彼女を中心に魔方陣がいくつも展開される。久し振りに魔方陣を見たんだが──という思いを一気にかき消すように、炎が広がる。
「うわっ」
「すごい火力ですね……」
ルシアの周りが一気に炎上を始める。ひまわりも感心したように、うんうんと頷く。そんな場合じゃないだろ!
「お、おいよせ! このままじゃこの建物が燃え尽きて、崩れてしまうぞ!」
僕はルシアに呼び掛けるが、反応は一言も、一文字もなかった。
視界の中を埋めていくのは炎。だんだんと赤い世界が彩られていく。熱気がすごい、息も辛い、このままじゃ数分ももたずに僕達は炎に包まれるだろう。
少しすれば建物全体が灼熱地獄に変わる。
「くそ、今までの魔法で燃えなかったってのが不思議なくらいなのに……こんな古い建物だと、すぐに全体が燃え尽きるぞ」
「早く出るしかありませんが──」
──ルシアが居るから無理だ。彼女は僕達の脱出を頑なに拒み、妨害してくるだろう。
そんなルシアが言葉を放った。
「行くぞ! これが俺の最強の魔法だ────!」
絶叫──再度の絶叫と共に、作られた巨大な十字の炎。調整をしたのだろうか、廊下の大きさぎりぎり目一杯に作られていた。
熱風を巻き起こしながら迫るそれを見て、僕はひまわりに呟く。
「後ろに居てくれ……」
僕に任せろ──と、僕は神器を取り出す。
リボルバー型の神器。ここがもう崩れると言うのなら、これを使ってもいいだろう。
僕だっていいところを見せたいのだ。
「照準は炎に……」
銃口を迫り来る十字の炎に向けて、僕はトリガーを引いた。
足が使えないので、上半身だけ起こし、座ったような状態で、極太レーザーに例えられる魔弾を放った。
光線が十字架ならぬ十字火とぶつかる。
刀と刀、剣と剣、ではなくて、魔法と魔法の鍔迫り合いが始まる。
とんでもないほどの轟音を辺りに響かせながら、魔弾と炎は押し合い────そして、
「いけ────!!」
珍しく僕は叫ぶ。
魔弾と炎の中心で、強烈な爆発と、衝撃音が鳴り響いた。爆風によって、僕の髪が揺れる。
「…………」
結果はどちらが勝つでもなく、引き分け。
相殺した。
どちらともがどちらともの威力を受け止め、結果としてどちらともが消えた。
「まあ、悪くはない」
僕はそう言う。
「まあ、悪くはないですね」
ひまわりがルシアの居る方向を指差す。
僕がそっちを見ていると、炎の檻の中、ルシアは力尽きたように、膝からガクッと崩れ落ちた。
「魔力を使いすぎたんでしょうね……それはもう空っぽになるほどに」
ふむ、引き分けと言ったが、どうやら結果だけ見ると僕の勝ちらしい。
「お兄さんにしては上出来だと思いますよ」
幼女が僕に向かって微笑んだ。まるで大人の美しき女性の慈愛溢れた笑みを見たようだった。
「うん……ありがとう」
それじゃあ……焼け死ぬのも──仮に回復能力が復活して、焼け続けるのも嫌なので、迅速に脱出を始めよう。
「あの子、焼け死んでしまいますね。後味悪いですし、連れ帰りましょう」
「え?」
いきなりそんなことを言うので、僕は言葉を失った。
「……いや、彼女は盗賊だぜ? 連れ帰ったとして、目を覚ましたら、いつ命を狙われるか分からないぞ?」
「縛って繋いでおけばいいでしょう。後、私達ほとんど収穫がないじゃないですか……。だから、盗賊のリーダーの命を握っておけば、今後の保険になるんじゃないかと思って」
「どういう保険だよ……」
「賞金首とか」
「考えがひどすぎる!」
まあ……いいか。
僕もルシアを殺したくないのは本当だしね。
いつか賞金首で処刑されることになっても、それは彼女の自業自得だ。いくら可愛くても、体を張ってまで助けようとは思わないし、思いたくない。
犯罪者を助けていることになるんだし──まあ、それならここから連れ帰ると言うのも、助けているのと同じと言えるのだが。
「ちなみにひまわり、今日の君は中々にすごかったよ。初めて君のことをすごいと思ったし、可愛いと思ったし、かっこいいと思ったし、憧れるし。正直惚れかけた」
ちなみにロリコンじゃない。
「そうですか……私もお兄さんは中々にかっこよかったと思いますよ。……まあ、そこら辺の人よりも、ちょっとだけですけれどね」
ベーっと舌を出すひまわり。
「ははは、ありがとう」
「それじゃあ、帰りましょうか」
「ああ、熱くて敵わないよ……ここ」
「ダイエットにいいんじゃないですか?」
「僕は太ってないし、ダイエットどころか、この場所じゃ焼き肉にされてしまうわ!」
こうして、僕達は盗賊の本拠地襲撃作戦を終えたのであった。
盗賊編終幕!
次回より、三章タイトルの話がやっと始まります!
本当に長くなりすぎてすいません!
この編について、感想くださるとうれしいです!




