23話【後ろの正面だぁれ】
うわーー!!
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自分が倒されたのだと理解してから、僕はすぐに起き上がり、ルシアから距離をとった。
何だか、自分は強いから楽に勝てるなどと思っていた、さっきまでの僕に腹が立ってくる。
見た目が良くて、性格がちょっとバカでも。ルシア・デインズは曲がりなりにも盗賊団の『リーダー』なのだ。トップなのだ。
そして頂点に立つ人間なら、少なくとも、最低一つは何かしら飛び抜けた能力があるはずだ──それが戦闘能力であっても何ら不思議ではない。
完全な油断。
今、この場にひまわりが居て、この事態について罵られても、ぐうの音も出ない。
「くそっ」
「まだ、やるかい?」
「それ以外に何があるって!」
僕は力強く答えるけれど、激昂しているわけでもなく、無謀に突っ込むような真似はしなかった。
まずは観察だ。相手の一挙一動をしっかり見て、隙を見つける。そしてそこに技を叩き込んでやる。
「来ないならこっちからだ!」
ルシアが右足で前に一歩踏み込む。
「おらぁぁっ!」
十歩前後の距離はとっていたはずなのに──一歩踏み込んだと思ったら、いつの間にか目の前にルシアが居た。
「一投足で行ける距離じゃないだろうが!」
わけの分からない現象に悪態をつきながら、ルシアの放った左拳を見た──見えなかった、速すぎて。
「ぐっ……!」
激しい衝撃が顔面を襲うが、結果としてそれほどのダメージはなかったようだ。
あっ、そう言えば、僕はひまわりに補助魔法をかけてもらっていたんだった。その中には身体強化(目を見張るほどの強化ではないが)を含まれていたはずなので、女性の拳を一度、顔に受けた程度では大ダメージとはいかないだろう。
「ち、ちょっと待てよ……」
気付いたら、先程の十歩の間合いまで離れていたルシアを見て、僕は思った。
補助魔法の中には、絶対に、間違いなく──『視力強化』の魔法があったはずだ。
盗賊のパンチをスローに感じられるほどのサポート。
なのに、ルシアの動きは、拳のスピードは全く見えない。まるで透明にでもなったかのように、本当に見えない。
どんだけ速いんだよ、この人は……。
「あれ? 戦意喪失しちゃったか?」
戦意喪失……できるわけないだろ。
「安心しろ、ここでは殺さねーよ。むしろどこでだって殺す気はない。縛り付けて調教して、ここで働かせまくってやるぜ!」
もっと戦意喪失できない。絶対に勝たないと。
後、殺す気がないと聞いて少し安心した。
「調教ってどういう方面? 変態的な方向で行くのかな? SMみたいな感じかな?」
念のために訊いておきたかった。
「違うわ! そっち方面じゃない! 普通に奴隷としてだ!」
「あー、エロ奴隷か。それはそれでちょっと嫌かも。男をそういうので働かせるって、お前の盗賊団は女性がたくさんなのか? それとも同性愛に満ちてるのか?」
「ちげぇよ! エロ方面じゃねぇよ! 働かせまくるってそういう意味じゃねぇよ!」
「それ以外に何があるって言うんだい。あ、後追加で言わせてもらうけれど、仮に美少女だらけの場所でならエロ奴隷も少し考えるよ」
「だから勘違いすんなぁぁぁ!」
想像したら恥ずかしくなってきたんだろう、ルシアの顔がすごく赤く染まっていた。蒸気でも溢れるんですかねぇ?
て言うか、SMとかそう言うの分かるんだな。
「──くっそぉ、馬鹿にしやがってぇ……」
と、少し涙声なルシア。抱きしめてあげたいくらいだ。
と、今は置いておくとして──問題はあり得ないほどのスピード。
こいつをどうするか。
「食らえっ!」
彼女は叫び、十歩先の場所から、目の前までテレポートしたかのように現れ、僕のお腹に右拳を一発ぶちこんできた。
それの結果。ルシアは、
「痛ぁぁ!!?」
それもそのはずだ。僕のお腹を守った衣服は、今や鉄壁の鎧なのだから。鉄の塊に全力パンチなんて──痛いだけだろう。
そんな痛みに耐えつつ、彼女は退くことを忘れずに、僕から離れた。
「ふっ、残念だったな」
「何でそんなに硬いんだよ!」
「教えないよ」
「むぐぐ……」
と言うか、これは僕の方が優勢になったとかそういうわけじゃないので、勘違いはしないでほしい。
とにかく、瞬間移動のように動く秘密を暴かねば。
今のところ気になるのは、一発打撃を加えたら逃げるというヒット&アウェイの作戦をとっていることなのだけれど──僕ならその素早い動きで敵の周りを回り、どんどん打撃を加えていくのだが──そうしないのは何故だろう。
今のところ、圧倒的に僕よりルシアの方が、実力的に勝っているという状況、ヒット&アウェイなんて敵に情報を与えるだけだ。実力で勝っているなら、手を抜かずに一気に畳み込むべきだと思うんだけどな。
もしそれができないと言うのなら、瞬間移動は連続で行えないと言う可能性がある。
うーむ、それにどこにでも出現できる瞬間移動なら、もっと三次元的に動くと思うから──瞬間移動の説はなしかな。
考えているうちに、ルシアは僕の前に出てきて、その綺麗な脚を使った上段回し蹴りを放ってきた。
そして、その蹴りは見事に僕の頭に命中。
「ぐえっ」
何とも情けない声を出して、僕はその場に突っ伏した。
「あははは、どうだ! 俺を馬鹿にするからだぞ!」
「べ、別に君を馬鹿にしているんじゃないんだけどな……」
やはり、瞬間移動じゃなさそうだ。
今の蹴りは何だか、走って突っ込んできて、そのままの流れで足を動かしたという感じだったから。
「もしかして……僕は別のもの見ていたりするのか……」
気付いたら目の前に現れる。
何だか、気になる物体を見ていて、近付いてくる人に気付かなかったみたいな……。
そんなシチュエーションに近いかもしれない。
「あらら」
と、ルシアが呆けた声で言った。
「?」
「別のものを見るか……。お前、思ったより気付くの早かったな」
彼女をそう言うが、別に僕は何も気付いていない。……やはり、この子はバカなのか。
「まあね、瞬間移動じゃないことくらいは丸分かりだよ」
全てを知っているみたいに言及する僕。
「まあ、正体を知ったところで、俺の魔法、『意識逸脱』は攻略不可だぜ」
シャットアウト……一体どういう魔法だ? 語呂から見たら瞬間移動でないことは明々白々だが。
どうにかして詳細を引き出すしかない。本来ならば無理難題だけれど、このバカなルシア相手なら簡単に行けるはずさ。
「…………一見、無敵そうな魔法、シャットアウトだけれど。よく考えてみなよ」
「はぁ? 何をだよ」
「全然無敵じゃないんだよ。その魔法には致命的な欠点がある」
「な、なにぃ!?」
「残念だったな?」
「ど、どこに欠点があるって言うんだよ! 言ってみろ!」
怪訝、驚愕、表情が浮き出るルシア。釣りにかかってる、かかってくれてるよな……。
「欠点……それはもう君が一番よく分かっているんじゃないのか?」
「……むぐぐ」
「言ってみれば分かるはずだよ」
「…………」
「その魔法の能力を言ってみれば、分かる。口に出してみて初めて、『絶望的超大な欠点』に気付く」
すごく冷や汗をかいている僕だが、欠点があると冷静な顔で、冷静な物言いで言われている彼女も同じのようだった。
「……意識逸脱の能力は──えっと……対象の自分に対する意識を強制的に他のものに移す────……どこに欠点があるんだ。わ、分からないぞ……」
ボソボソと吐露してくれる魔法の詳細。
なるほど、対象の意識を他の物体にすり替えられるってわけだな。
つまり、僕の意識をルシアからてきとうな何かに逸らすことで、その間に懐に走り込んでくるって寸法か。
そして連続使用は不可ってところだな。
連続で使えない以上は、一撃与えて逃げるしかない。
それに、意識を逸らすだけだから──例えば至近距離で魔法を発動して、意識を別のものに逸らし、対象の目を他の物体に移したとしても、近すぎる位置だと対象の視界の中に大きく自身が見えてしまうからな。
それじゃあ気付かれてしまう。
だから、一撃打撃を与えてからは、攻撃で相手が怯んでいるうちに距離をとる。
なるほど、割と整合性の取れてる、辻褄の合う考えが、生まれたぞ。
そしてこの勝負、僕の勝ちだと思う。
簡単に言うと、ルシアの弱点は一つ。
至近距離だ。
彼女が攻撃を仕掛けてくるときに、抱きつくかのように一気に押し倒してやれば一気に戦況は変わる。
戦況は変わり、かつ、女の子に抱きつけるというおまけつきなので、僕としてはこれ以上の作戦はない。まあ、近付いてきた女の子を急に抱きしめるなんてのは、作戦でも何でもないと思うけれど。
ただし、それには打撃を受けても怯んではいけない。
とは言え、顔面を蹴られて怯まないやつなんてそう居ないだろうし。
幸いにも鎧の衣服のお陰で、彼女は僕の顔面に攻撃しないとダメージを与えられない。
来る場所が分かっているなら、防御は簡単だ。
「──来い、分からないのなら、体で教えてやる! お前の魔法の欠点を僕が直々に伝えてやろう!」
考えをまとめ、かなりの上から目線で言う僕。
「ああ、そうだな。じゃあ教えてもらおうか……ただし! 分かるのは、欠点なんてのは、お前の希望的観測によるものに過ぎないということだけどなぁ!!」
と、ルシア。
できれば、意識を逸らされない方法を見つけたかったけれど、ここは妥協して、逸らされた上での対処の方が堅実だよな。
そう思考した瞬間、目前に迫るルシア。同時に、両腕で顔をガードする僕。
彼女の右拳による鉄拳が繰り出された。
いや、鉄拳じゃない!
感づいた、そんなときには手遅れで──ルシアの右手は僕の左手首を掴み、左手が僕の左肩を掴んだ。
この時点で、僕の左腕は顔の前にはなく、横に伸ばしている風になっているのだが、ここからどうする気だ?
「せりゃあ!」
掴まれている左手首と左肩に負荷がかかる。多大な負荷。
ついさっき、一回転させられたときと同じような……。
「──うわぁぁぁっ!」
僕の体が……僕より少し小さい女性の手よって、宙を舞った。
ギャグ漫画のように、ビターン! と激しい快音が響く。何故か快い音だったのだ。
て言うか、地面に叩きつけられるのは、殴られるときと違って、全くダメージを抑えきれてない。
迂闊だった。て言うか、腐った記憶力だった。
何で僕は……投げ技もあることを忘れていたんだよ……。
すると今度は、僕が起き上がる暇もなく、ルシアが僕の上に馬乗りに──マウントをとった。
そして覆い被さるようにして、僕の左手首と右手首を、それぞれ対応した方の手で押さえ付ける彼女だったが、これでは僕が押し倒されたようで──これはこれで美味しい思いをしたわけなんだが。
て言うか、どういう力の入れ方をしているんだ……、びくともしないぞ。
「──どうだ、まいったか? これで俺の魔法に欠点はないと分かっただろ」
僕が失敗しただけで、あるにはあるんだよなぁ……。
なんて考えるのと一緒に、この状況を簡単に打破できると確信した僕であった。
「そんなことより一つ訊いていいかな?」
「なんだ、人の話を聞けよ。まあいい、言ってみろ」
「じゃあお言葉に甘えて。……君は一人でここに来たのかい? 仲間は?」
「俺はリーダーとして、侵入者の排除に来た。仲間にはある時間を過ぎても戻ってこないなら、助けに来てくれと言ってあるから」
「ああ、そう。それならすごく安心した」
「? どういうことだ」
「後ろを向いたら分かるよ」
「…………向くまでもないな」
「向けないんだろ? そりゃそうだよな、今にもキスしちゃいそうな──覆い被さるような──両手首を押さえるようなやり方。こうまでしないと、僕を押さえきれないということは理解したよ。確かに、力を少しでも抜くようなことがあれば、僕は瞬く間に反撃に転じるだろうね」
まあ、つまりはさ──と僕は、自己陶酔している風に言い捨てる。
「その押さえ方じゃ、悠長に後ろなんか向いてられないでしょ?」
「…………ッ!」
これは、精神的な攻撃でもあった。
後ろの方に意識を向かせることで──仲間がいるかもしれない、そんな振りをきかせることで、少しでも力が緩み、拘束が弛み、脱出が容易になってくれればいいなんて気持ち。
僕なりの意識逸脱──意識逸らしと言ったところだ。
まあそうしなくても。
この一本道の廊下にて、揉み合っていた僕達。こうやって押し倒されたような状況になってから、廊下の奥から歩いてくる人影に気付いていた。
もし、敵だったらという疑惑はあったが、ルシアの言葉でそれはないことが分かった。
となれば、この場に歩いてくるような奴は一人だけだろう。
敵に見つかる心配がなければ──敵がリーダーの命令よって場外で待機していると言うなら、必ずやって来てくれる奴は居る。
僕が彼女の立場なら同じような行動を取ったように。
僕の視界に映る幼女。
ルシアの背面方向。
ルシア・デインズの後ろには、
漆黒のコスチュームを身に纏った、魔法幼女が居た。
「後ろの正面だぁれ──とでも言いますかね」




