19話【倒せば見つかってないのと同義】
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僕とひまわりは、数ミリの隙間も開けないほどの密着状態、抱きしめあっているかの状態で揺れていた。
いや、別に変な意味はない。
男と女のそういう雰囲気が出そうな暗がりではあるが、そんな意味は断じてない。
密着しているのは狭い場所に居るからであって、揺れているのは馬車の積み荷の中に居るからであって、暗いのは、その積み荷に布が被せられているからである。
現代風に分かりやすく言うなら、軽トラックの荷台の中に居る感じだ。
各々が情報収集に向かってから五時間後、僕達は盗賊達の盗品の中に紛れることに成功したのだった。
「──揺れますね……」
「揺れるな……ガタガタして気持ちが悪い」
「酔って寝込まないようにしてくださいよ」
「大丈夫だって、さっき十分寝たからね」
現在は日も落ちて、夜と言える時刻である。
盗賊の本拠地に忍び込むなら、昼よりは夜の方が見つかりにくいだろうと言うことで、ずっと時間を潰していたのだ。寝ることによって。
人気のない路地裏で、三時間ほどぐっすりと熟睡してしまったわけだが、別に路地裏生活でも悪くないんじゃないかと思ってしまった。
熟睡できてしまった以上は、路地裏もまともな寝床の一つなので別にベッドを求めなくたっていいんじゃないかと。
とは言え、わざわざ一時間も聞き込みをしたり、作戦を立てたりしたのだし、その努力を実らせるためにもやるしかないのだが。
「そう言えば今更なんだけれど」
「なんですか?」
「君一人でよかったんじゃない? カンガルーみたいなモンスターと戦ったときだって、擬態魔法か何かで隠れることができていたし。一人で擬態してきてお金をこっそりもらってきた方がいいんじゃ?」
暗いのでよく分からないが、ひまわりの表情が少しだけ変わった気がした。
「それは無理ですよ。確かに私の擬態魔法は対象から身を隠すどころか、対象が私のことを忘れているかのようなシチュエーションを作ることができますが、一度に一人しか欺くことができません。それに一人と言うよりは一匹や一体という感じです、人には効果がないんですよ、この魔法」
魔法って制限がひどいよな、と僕は思ったが一番ひまわりが感じている欠点であろう。
人間以外にしか使えない擬態魔法は狩りくらいにしか使えないのではなかろうか。まあ、それも悪くはない魔法ではあると思う。そもそも、魔法を対人専用だと考える方が間違っているから。
「あー、なるほど。それじゃあ、割と本気のかくれんぼゲームをしないといけないんだな。僕はあまり自信はないぞ」
「私もありませんけれど、ここまで来たらやるしかないですよね。て言うか、今荷車から降りるわけにもいかないですし。バレますから」
「まっ、そうだな」
この馬車が止まったら、そのときから戦いは始まる。
相手からしたら、予期せぬ突然の奇襲に違いないだろうが、二人VS多人数なわけだし、そのくらいの優位性くらい欲しい。
「よし、これを使おう」
ステルスアクションをするというのに、神器のような、ド派手な大きく光るやつは、とても目立つ。
というわけで、ナイフを使うことにした。
普段は『使うことはないだろう』と言う腹でポーチに収納してあるのだが、何とも使いどころの多いアイテムだと思う。
「ナイフですか……物騒ですね」
「君の思考パターンの方が物騒だと僕は思っているんだけれど」
そう言えばだが、僕は現代で格闘技を幾つか、一応習得していて、さらにナイフを使って盗賊達と戦うのだが。
ひまわりは──どうするのだろう?
今のところ、彼女はサポート系の魔法しか使っていないのだが、攻撃系の魔法の一つや二つないと危険なのではないのか。
「ひまわりは、どうやって盗賊と戦うんだ? 今の今まで補助系の魔法しか使ってないけれど、大丈夫なのか?」
「そこは心配しないでください。私は見た目と違って強いですから」
と、断言するひまわり。
そこら辺の盗賊くらい木っ端微塵に砕けますよ──と思い出したように付け加えた。
冗談のように思えたのだけれど、これがもし本当のことだったら、盗賊達が不憫すぎる。
可愛らしい魔法幼女を見つけてなごんでたら木っ端微塵に砕かれました、だなんて不幸極まりない。
「魔法だって一級品です」
「だといいけれど」
そう言ったところで、馬の鳴き声と共に馬車が止まった。
夜故の静けさがたまらない。虫のざわめきはいらない。
「ひまわり、静かにしててくれよ」
僕は耳を澄ました。
最大限に集中する。集中に次ぐ集中に集中することに没頭した。
馬車の外から聞こえるのは二人か三人分の足音と、話し声。何を話しているかは分からない。
「外に二、三人。どうする?」
「殺します」
「超物騒……」
「じゃあどうするんですか?」
「……まあ、気付かれないように出ていくか──やっぱ殺すしかないよな」
「ですよね。決して私が物騒というわけではないんですよ」
それはどうなのだろう。
殺します──と即答したひまわりは十分物騒な思考パターンをしていると言えると思うんだが。
「殺す以外にだってあるだろ、例えば脅すとかいいんじゃないかな?」
「仮にナイフを使って脅したところで、どうにもならないでしょう。魔法とナイフのどちらが強いかと言われれば当然魔法です。魔法によっては詠唱抜きに発動できるタイプもありますから、ナイフ突きつけてたらいつの間にか魔法使われてておしまいなんてことはざらです」
ふむふむ、それじゃ不意討ち一撃必殺しかないか。
「ちなみに僕はあまり世間のことを知らないんだけれど、大抵の奴は魔法を使えるのか? 盗賊の奴等は皆魔法を使って攻撃してくるのかな?」
うぬ──と頷いて、答える。
「世の中には魔法を使える人間と使えない人間が居ますけれど、大体五分五分程度の比率です。魔法を使える人間の中でどれだけが優秀な人間なのかとか、そういう話は置いておくとして──盗賊は、魔法が使える人間に妬みを持った人間の集まりなんです。当然全てがそうってわけではないですがね。とにかく、そういう意味では『盗賊』と言うよりは、本当にただの『あぶれ者』って感じですかね。でも、盗賊内でのトップは大抵、強力な魔法を使う人間が多いとか」
そういうことらしい。
「できれば、トップとは会いたくないな」
呟いたときだった。
外から、かなりの近い距離から声が聞こえた。
「おい、さっきから荷物のところから声がするぞ?」
ヤバイ!
これではステルスがどうのこうの言ってる場合ではないじゃないか。
「よし、俺が布をひっぺがすから、お前ら二人は攻撃準備をしておけ」
「分かった」
「了解だ」
盗賊がすぐに、声の正体を暴こうとしているようだった。
もっと小さい声で話しておけば良かった。
いきなりこんな窮地に立たされるなんて……この先心配になってくる。
それにしたって、この状況……どう打破すべきか。僕の頭が高速で回転し始める。
回転し始める直前だった。
「お兄さん、視界に入る左側から二人は私が殺すので、残る右側の一人はお兄さんがぶっ殺してください。……横一直線に並んでくれているとは限りませんが、そのときは柔軟に対応していきましょう」
ひまわりが、耳元に息がかかるくらいの距離で、僕に小さく囁いた。密着状態なので、耳元に息がかかるのはデフォルトと言ってもいいかもしれない。
「お、おいおい、信用していいのか?」
「信用してください。それに、見つかったところで、殺せば問題ないんですよ」
行くぞ──という盗賊の声を聞く限り、もう時間はなく、選択の余地はなかった。随分と物騒な考え方だな、と茶化す暇はない。
信用するしかなかった。……まあ、元から少しは信用していたけれど。
そして、ついに。
──がばっ、と布が引っ張り剥がされた。
瞬間に、僕達は飛び出す!
「て、敵が──」
敵がいるぞ、とでも言いたかったのだろうが、その前に僕のナイフが盗賊の首を貫いた。飛びかかるようにしてナイフを刺したので、そのままマウントポジションをとるかのような体勢になる。
ナイフが刺さっていて、倒れた死体の上を、踏み潰すように乗っている僕は、ひまわりの戦いを目撃していた。
飛び出した時点で既に一人の命をつぶしていたひまわり。
一人目の頭部をステッキで横殴り。──幼女が振るっているとは思えないスピードで襲いかかる、『ステッキ』という『鈍器』は、盗賊の脳弾けさせ、赤黒い液体辺りに撒き散らさせた。
そして、二人目。
一人目を殺し、地面に着地したひまわりは、ジャンプした。
これまた幼女とは思えぬ跳躍力で、僕の身長──170センチくらいの高さまでの跳躍。そこから空中での回し蹴りが盗賊の顎を捉える。
急に力が抜けたように、膝から崩れ落ちる盗賊。
そんな倒れた盗賊に、ひまわりは──蹴りの後の着地と同時に、ステッキを叩きつけた。
当然その盗賊の頭も中身がぐちゃぐちゃに飛び出て大変なことになっていたのは言うまでもない。
このひまわりの戦闘の様子を表現するなら『天使』……ではなく、『妖精』……でもなく、はたまた幼女と妖精をかけた『幼精』でもなくて──。
『血まみれの破壊神』である。
魔法幼女に似合わぬ称号が一番似合うという、彼女という女性に対してなんたる皮肉であろうか。
コスチュームがコスチュームなだけにシュールであった。
魔法少女が、魔法幼女が魔法を使わずに『物理攻撃』で、しかも『鈍器』で頭を殴るという行為で、敵を倒すなど……グロテスクすぎて、現代の子供が泣いてしまうだろう。
殺し終えた破壊神は言う。
「言いましたよね。あの人より十倍は強いと。これが証拠です」
返り血を顔や服に浴びているひまわりは、まさに血まみれの破壊神だった。
「いや、その、ごめんなさい」
「なんで、謝るんですか」
「えっ、あっ、うん、ごめん」
「いや、だから何で」
「…………」
「急に頭を下げないでくださいよ」
恐怖極まる!
である。




