17話【大都市エレクトーン!の郊外】
結局のところどうなったかと言うと、僕達は強敵と評したはずのモンスターをほとんど苦にせずに打ち倒すことに成功した。
苦にせず倒せた理由はどう考えても、今まで仲間に隠していたひまわりの力のお陰なのだが──。
戦いを終え、それについて彼女に色々聞いてみたのだけれど、黙秘を貫き通す魔法幼女の日溜毬ひまわりであった。あくまで質問に対してだけ黙秘であり、普通に会話する分にはちゃんと応対してくれた。
ひまわりからも、お兄さんはその武器どこで手に入れたんですか──とか、お兄さんはこの国の出身じゃないですよね──とか質問されたのだけれど、他人からの質問は回答断固拒否して、自分は回答を求めると言うのはいささか無理があるだろう。相手の気持ちからして。
こっちだけ答えるのは不公平だし、それ以前にまだ魔法幼女が『僕の仲間』であるのかどうか不明だし。裏切りの可能性が捨てきれない以上、こちらの情報だけを垂れ流すのはできればよしておきたい。
まあ、そこまで重要なことを訊かれた訳ではないのだけれど。
ともかく、僕達は他愛のない話をしながら、ひたすら歩き──そして、森を抜けた。
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「日の光が暖かくてとても気持ちいいですね。私の言った質問に対して答えを頂けていたなら、更に清々しい気分になっていたのは間違いないです」
「それなら君も僕の質問に答えをくれるといいんだけれど。僕は今とても清々しくない気分だよ」
実際のところは、日の光が暖かくて気持ちよく、清々しい気分だった。
「そんなことより向こうの方を見てください。大都市エレクトーンですよ」
「話を逸らさないでくれよ。僕は君のことを知りたいんだ」
「まあ少し落ち着いてください」
「…………」
君からそういう話題を出して来たんだろ……と心の中で悪態を突く。
「私、初めてエレクトーンを見るんですけれど、思った以上に規模の大きい都市ですね。遠目からじゃ分かりにくいですけれど、グレゴリオ王国有数の大都市と言えるのも頷けます」
森のすぐ傍に街があるというわけではないので、もうそれはかなり遠くの方に街が見えるのだけれど、それでも現代でも見たことのない極大な街であることは分かった。
て言うか、現代の──そう、東京に建設されているような高層ビル。そんな建物が無造作に建てられていた。異世界にはどうにも似合わないもの。
「やけにでかいビルがいっぱいあるね?」
「ビル──ですか?」
「ああ、でかい建物」
「べ、別に言い直さなくてもいいですよ。ビ、ビルですよね? 分かりますよそれくらい」
慌てふためくひまわりを見て思った。感情の無いような子だと思っていたが、こんな風に普通?な反応もするのだな、と。後は異世界人には分かる言葉と分からない言葉があるらしい、いや当たり前かもしれないが。
「変な言葉を使いますね、地元専用言語はやめてほしいものです」
とひまわりは言うが分かっていないってことの証拠になる。
「エレクトーンはグレゴリオ王国最大都市の筆頭候補ですからね。とは言え、大きな建物が乱立してるのはこの街くらいですけれど」
「へえ、何だか懐かしい気分になってくるよ」
「お兄さんの故郷はこんないかがわしい建物が乱立してたのですか?」
「何がいかがわしいんだよ。乱立はしてたけれど」
「乱立してること自体がいかがわしいんですよ」
「分かったよ。何でもいいからとにかく僕を慌てさせたいんだな? さっきのお返しをしたいようだけれど、残念。僕は慌てない冷静な大人だ」
「別にお返しなんてするつもりは毛頭ありませんよ。それにお兄さんにそんな知的な大人のイメージなんて持っていません」
ひまわりはプイッと首を横に振って言った。頬は膨らませていない。
「はいはい、それじゃあ街に行こうか」
「そうですね。私、早く休みたいです」
僕は頭の片隅にリリィとマリーのことが浮かんだが、目的地に早く行きたいという欲と、もう危険な森に入りたくないという気持ちに後押しされて、二人のことを忘れるようにして街へと向かった。
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僕達二人は大都市であるエレクトーンの水路から顔を出した。
「ブハッ! あー、溺れるかと思った」
そしてコンクリートらしきものでできた岸辺に掴まる。
「私は全然です」
ステッキにまたがるひまわりを見て、僕は思う。
何故乗せてくれなかったのかと。
「君は水上をずっと低空飛行してたもんな」
「服が水で少し濡れた程度ですよ」
濡れ透けシーンはないようだなと確認しながら、僕は飛んで跳ねて服から少しでも水が抜けるようにと祈った。
「濡れ透けシーンなんてあったところで幼女に興味はないけれど」
「何ですかそれ、少し怒りを覚える言動ですね」
「僕はロリコンじゃないからね、君と一夜を明かすくらいなら月夜にむしゃぶりついてた方が最高さ」
「変わらない気がします」
「一夜を明かすのと、むしゃぶりつくのは大分違うだろ?」
ひまわりがステッキから降りた。
「それにしても早く着替えないと風邪を引いてしまう。適当に宿を取らないと」
「お金はあるんですか?」
「……ないよ、ないに決まってるじゃないか、一文なしさ」
「そうですか……気弱そうな人を見つけてお金は拝借させて頂いたらどうですか?」
「君は僕を何だと思ってるんだ」
「人間ですかね?」
「答えなくていいよ!」
まあ悪そうな奴から──例えば、誰かをカツアゲしている誰かをカツアゲすると言うのはアリだと僕は思う。
悪い奴にはそれ相応のことをだ。
「そもそも君のせいなんだけれど──急に水路を通るとか言い出すから」
「ごめんなさい。街に入るときの検問はどうしても通りたくありませんでしたので」
「僕だけでも普通のルートを通っていれば良かったよ」
なんて言っていると突然体に痛みが襲ってきた。
大きな痛みではないが、静電気が全身を渡っているかのような。
「痛い……」
「急にどうしたんですか?」
「いや急に全身が痺れるみたいに痛くなってきて」
「何かの病気ですかね……?」
そんな病気の兆候はなかった気がするのだけれど。
ただこれは覚えのある感覚に近かったのも分かった。少しずつ体が動かしにくくなってきて、硬直してくる。感電しているときのように。
「……感電?」
もしかするとのことを僕は呟く。
「あっ」
とひまわりが声を洩らした。
「排電ですね、これは」
そうひまわりが言った瞬間のことだった。
僕達はトンネルのような水路を通って来たのだが、それとは逆。街の中央に続く水路の方から、それは恐ろしい光がやって来たのだ。
青白い電気が──目に見えるほどの電気が向こうの方から、水を伝ってこちらへと向かってきた。
「ひ、ひまわり、助けて!」
情けない感じの声だったが、迫ってくる感電死、徐々に体の自由が失われている状況では仕方のないことだったと思う。
ひまわりはすぐにステッキ飛行を開始する。
そして、僕を片手で引っ張りあげ、彼女の後ろに乗せられて空を飛んだ。
一目散に上空へと飛び立つようにして逃げた。
「死ぬかと思ったよ。ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
幼女に助けられたのは、何だか気分的にはいい気持ちはせず、例えるならライオンが猫に命を救われたみたいな感じだった。
感謝をしていないわけではない。
「他人に見られる前に降りましょうか」
せっかく空を飛んでいるのだから、街の全貌を見渡しておきたいと思ったが、それほど高い高度に居たわけでもなく、僕が見ようと思う前に降下し始めていたので、もう遅かった。
降下した場所はよく分からない路地裏である。この街のことを全く知らない僕からしたら、ここはただの路地裏としか表現できない。
「今のは何だったんだ?」
少し浮いた位置から飛び降りて僕は言う。
「この街名物の排電システムですよ」
「名物? 排電システムってのは?」
なんだそれは、現代にはそんなものないだろう。
「実験や街の機能の代償としてできたゴミみたいなものを廃棄することです。自然に生まれる雷なんかはすぐに消えてしまいますけれど、魔法で生み出した雷や電気は、残り香みたいものが残ってしまうんです。だから水路を使って街の外に残り香を捨てているんですね。これを排電と言います」
よく分からないけれど、魔法とは色々大変なんだなあーと思った僕であった。
残り香もエコ利用したりはできないのだろうか?
「残り香をまた集めて使うのは無理なのかな? もったいなくないか?」
「それは無理ですね」
僕が何かを思う暇もなく速答するひまわり。
「残り香って言うのは火に対する水みたいものなので、電気と打ち消しあってしまいますから駄目なんです。打ち消しあうというよりは激突ですね。互いがより強い力で双方を消そうとするので爆発なんかもしちゃったりするそうです」
「よく知ってるんだな、勉強になったよ」
「それはどうも。お姉さんに随分と教えてもらいましたからね」
指でブイマークを作って僕に見せるひまわり。表情は変わらない。
それにしても爆発か、危なすぎる。現代とは違い、電気的な文明は発達していないんだな。それに電気を使っているのはこの街くらいだそうだし。
最初にこの街に来ることができて僕は幸運だったのかもしれない。いきなり現代より水準の低い生活になると、精神的に苦痛を伴う可能性があるから。
「そうそうさっきの話に戻るけれど、ひまわりは何で検問を通りたくなかったんだ? 何か犯罪でも犯してるのか?」
素で訊いてしまったが、もしひまわりが犯罪者だったら、今僕の居る状況はとんでもないものなのではないのかと思った。
犯罪を犯してるのか、などと訊いたのは、単純にそれが最初に思い付いたものだったからだ。
「違いますよ。私は犯罪なんて犯したことはありませんよ」
「それじゃあなんで?」
ずかずかとプライバシーに踏み込むのは遠慮したいところではあったが、ひまわりのことをよく知っておきたいという念の方が強かったので、僕は問い詰めるように言った。
「それはお兄さんが私にとって信頼に値する人になったときに教えてあげます。私の正体に──お姉さんに正体を隠していた理由にも繋がりますしね。私の評価をどんどん上げていってくださいね?」
ふむ、まあいい。別に絶対に必要な情報というわけでもない。
それにしても臭い路地裏だな。早く表に出よう。
と思う僕。
「評価を上げるついでにいい宿を探しに行こうか?」
「そうしましょう。一つ言っておきますけれど、一緒のベッドで寝てもいいですよ?」
「そんな怪しい誘いには、僕は乗らないからな」
「ちょっと残念です。親睦を深める──信頼関係を築くいい機会だと思ったのですが」
「ひまわり、一緒に寝よう。無一文の僕達には節約が大事だ。部屋を割りふってなんかいられない」
そもそも無一文なので節約なんて意味のない言葉である。
まあ、女の子と一緒に寝ることができる上に、信頼関係を築き、正体へ一歩近付くことができるのは、一石二鳥かもしれない。
ロリコンに目覚めたっていいかもしれないと僕は八割程度本気で思い始めた。
「とりあえず表に出ようよ、いい空気を吸いたい気分なんだ」
「分かりました。お金の強奪は後でということで」
「強奪だなんて……そんな悪く言うなよ……」
そう呆れたようにひまわりに言ってから、僕は彼女より一歩先駆けて、表に向けて歩き出す。
路地裏から出るとそこは。
「お、おおっ!」
素直にびっくりした。いい意味で。
僕は今、動物が餌を貰って食べようとした瞬間に、餌を取り上げられてしまったみたいな顔をしているに違いない。
いや、悪い意味じゃなくて、いい意味で。
なんとまあ、街の中央部の現代都会っぷりとは相反して──相反してはいないけれど、まさに異世界の街って感じだった。
高層ビルが乱立している中央とは違い、何だか中世ヨーロッパにタイムスリップしたみたいで、僕は何だか興奮してきた。
いかにも『木』で作られていて、リラクゼーション効果をくれそうな香りを持つ綺麗な建物が建つ石畳の街。
だけど街並みよりも先に目に入ったのは、人々である。
活気溢れる街の人々を見て、僕は現代に生きる人々の何とも言えない冷たい雰囲気を思い出す。
露店があるし、だから露店商ももちろん居るし、すごいなあと僕は思う。
よく分からないけれど、街を歩く人が皆生き生きとしているのが分かった。
僕の居た世界にはないもの。
「いい街だね……」
老人が昔の良き思い出を振り返るみたいに僕は言う。
「おじさん臭いですよ、いや、おじいさん臭いの方が正しいですかね?」
と、ひまわりより突っ込みがかかる。
「この街は、僕の表現力じゃ言い表せないくらいだ。それほどなんだよ。おじいさん臭くもなるさ」
するとその瞬間、重く低い悲鳴?が聞こえた。
「やめてくれぇ!」
悲鳴の聞こえた方を見ると、少し離れたところで、中年くらいのおじさんが強面の大人達の集団に殴られ蹴られている光景が視界に入る。
「調子に乗るなよ! この偽善者!」
「うざいオヤジだな、おい!」
もう身を屈めて降参の意が見える中年おじさんを、ひたすらに殴り蹴りまくる強面達。
中年おじさんがうまいことすり抜けて逃げ出した。
「す、すいませんでしたぁ!」
恐怖に怯えたような顔で中年おじさんは人混みを掻き分けて走り去っていく。
「何だあいつ情けねぇな」
「調子に乗って突っかかって来たくせによ、ぎゃははは」
と、ここで辺りの雰囲気が一気に暗く、ざわめき始めた。互いに助け合うような街の住人達だけれど、どうやら例外も居るそうだ。
「よう、メガネくん。邪魔も消えたことだし金出せよ」
そう言った。
強面の大人が言った。気弱そうな、現代で言う小学生くらいの男の子に。
「い、嫌です……」
震えながらそう言う男の子を、住宅の壁際に追い込む数人の強面。
「ちょっと貸してくれるだけでいいんだよ?」
「そうそう、ちょっとだけだから」
これはもしかして、バカに絡まれている可哀想な男の子を助けようとした中年おじさんが、返り討ちにあったというやつだろうか。もしそうなら本当に情けないおじさんだ、と僕は思った。
「にしてもイラつく奴等だね。小さい子ども相手にあんな人数でしか絡めないんだから」
「そう言うなら助けてあげましょうよ」
「最初からそのつもりさ」
「じゃあ私も行きます」
「ひまわりは来なくていいよ。小さいから舐められるかも、変なこと言われるとイラつきが溜まるし」
お兄さんも随分と小さいと思いますけれどねぇ──というひまわりの言葉には一切応対せずに僕は強面達の方へ向かう。
その途中で『小学生男の子が強面の大人達に金を求められる』という事態の野次馬が、『さっきのおじさんが情けない』だとか『誰か助けてあげればいいのに』だとか『あいつら盗賊だろ? そうじゃなかったら俺がビシッと──』、などと様々な声が聞こえたが、これらにも同様にイラつきが募った。
すぐに騒ぎの元へとたどり着く。
「ん? 何だよお前」
強面の一人が僕の接近に気付いたようだ。
「まさか俺達を止める気か? 止めとけよガキ、さっきのオヤジみたいになるのが関の山だぜぇ?」
「ボコボコにされたいんだって言うなら止めないけどよ?」
野次馬からも野次が飛んでくるけれど僕は気にしない。
「あんた達もこういうこと止めた方がいいんじゃない? 小さい男の子一人相手にこんな人数でしか話せないってシャイなのかな?」
「あ?」
一人が反応する。
空気がピリッとしてきた。
「大の大人が集まって子ども相手から金を盗ろうなんて、恥ずかしいとは思わないのか。毎日こんなことをして死にたくならない? やっていい事と悪い事の区別くらいつけなよ、いい大人なんだし。あ、それとも見た目は大人で頭脳は赤ちゃんレベルってことかな? 外見だけは成長したけれど、中身は成長できなかったんだね。ごめんね、そんなのじゃ僕の言っていることを理解するなんて無理だよね。本当にごめんね、おバカさん」
と、咄嗟に思い付く挑発を適当に言ってみたけれど、これが効果抜群だったみたいで、僕に一番近い距離に居た強面がいきなり殴りかかってきた。
ぶっ殺す──と叫びながら。
……拳がとてもスローに見えた。
死ぬ前の走馬灯でもあるまいし、これはひまわりだな──と思いながら、彼女の方をチラッと見る。
案の定、ひまわりのステッキが光っていて、彼女が笑いながら舌を出していたのが分かった。
ちょっと可愛いけどムカついた。
「そんなのじゃ当たらないよ」
強面達の攻撃をどんどん躱していく僕。
別段避けきれないわけでもないが、かっこつけて打撃を捌いたりもした。
弄ぶように柔道技で軽くいなしたり、投げた後は痛くないように支えてあげたり、どちらが悪なのか分からなくなる図柄だった。
「えいっ」
そんな遊びも飽きて、僕は本気で強面を殴る。
視力強化の施された今の僕からすれば、強面達はアクション映画の雑魚敵みたいなもので、僕はもちろん主人公そのものであった。
まさに無双。次々と強面をなぎ倒していく姿に幾人もの人々が惚れるだろう。
そう言えば、最近は女の子成分が足りないな、なんて考えてたら、アクション映画の主人公らしくピンチに陥った。
「ヤバッ」
いくら視力が良くても避けきれない集団一斉パンチ。
いくらそれが見えても、四方八方からの銃弾は避けきれないように──それは襲いかかってきた。
のだが、その殴打が僕に届くことはなかった。
周りの強面達の服がスパスパっと切れて地面に落ちた。本当にそれ以外に表現は見つからず、見えない剣にやられたかのようにスパスパっと切れたのだ。
つまり、強面達は全員が一斉に全裸になった。
「う、うわあああああ」
「なんじゃこりゃああああああ」
「いやあああああおおおおおおお」
気持ちの悪い悲鳴が上がる。
「早く消えて。これ以上こんなことするって言うなら、服じゃなくて首を飛ばすわよ」
そんな言葉が──聞いたことのある声が聞こえた。
『無音殺刃』。『サイレントキラー』。
振り向くとそこには、凛として魔法を唱えるリリィと恥ずかしそうにうつむくマリーが居た。
「生きてて良かった、また会えて嬉しいわ」
大事なところを隠しながら走り去っていく強面達を尻目に、リリィが言った。
「…………あー、いや、僕もびっくりだ。嬉しいよ、生きててくれて」
案外早い再会である。




