表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界物語 僕と魔法幼女の大冒険  作者: 猿野リョウ
第2章【街へ向かおう!旅立とう!】
16/48

16話【第一印象と最後の印象が同じとは限らない】

 黒影月夜が死んだことにはもちろん驚いた。

 けれど、それより驚くべきは目の前の『カンガルー』のことだろう。

 その可愛らしい軽いパンチ──あくまで見た感じだけが可愛いパンチであるが、簡単に人の体を吹き飛ばす程の威力があるという、めちゃくちゃな『攻撃力』。それに加えて他者に気付かれないように近付ける『隠密性』。そして見る者の戦意を削ぐ『可愛さ』──いや、『可愛さ』は関係ないか。

 実際、幼児から見たら、ひまわりから見たら三つの頭を持つカンガルーなんてホラーな存在だろう。


「ひまわり」


 僕は名を呼ぶ。今ひまわりはどんな顔をしているのか、どんな気持ちで居るのか確認するために。

 どうやら、月夜が死んだせいで魔法が解けたらしく、僕の腕を縛る縄は緩まって地面へ落ちた。

 そして、ひまわりが言う。


「──お姉さんが死んでしまいましたね。解放されてスッキリです」


 名前を呼んでからのひまわりの反応に僕は戦慄する。

 唐突に始まる幼児らしからぬ丁寧な言語。いきなりのことに僕は他の人間が現れたのかと思った。それに解放されたとは一体?


 いや、それを置いても、人の死に対してここまでドライな幼児が存在したのかと、恐らく親しい仲であったはずの月夜が死んだというのに、ひまわりは何の感情も示していなかった。

 言葉に全く悲しみが込められていないというか、無感情で無表情のレベルである。

 確かに僕だって他人に対して関心が薄いとか言われたことはあるけれど、月夜が死んで何も思わなかった訳ではない。

 それに関心が薄いのはあくまで他人だけであって親しい人にはさすがに関心があったりする。

 例えるなら、この異世界で知り合ったリリィやマリーが死んだとしたら、さすがに僕だって残念だったとか何か思うはずだ。


 なのに、この幼児は仲のよかったはずの魔法少女の死に──『日溜毬ひまわり』は『黒影月夜』の死に何も感じていない風だった。


 だがこの状況で、冷静で居てくれるのなら、それはそれで嬉しい誤算である。

 本当は、あまりに悲惨な光景を見たひまわりが泣き喚き、その場から動けずに、殺されてしまうかもと思っていたのだ。

 僕はひまわりを連れて一緒に逃げる気で居るので、泣かないという小さなことでも助かるのである。

 ちなみに何故助けるかというと、幼児を犠牲にして──囮にして自分だけ逃げるのはさすがに非人道的だと思ったからだ。そう思っただけだ。ただそれだけのこと。


 急に言葉遣いが変わったことには突っ込まず、まずはカンガルーを倒そうと僕は考える。事情を訊いている暇など今はない。


「お兄さん、このモンスターを殺しましょう」

「……逃げずに倒せ、と言うことは、もしかするとこいつが月夜の言ってたモンスターってことかい?」


 あえて殺しましょうという言葉を倒せに訂正する。


「はい、そうですね」

「それじゃあ──」


 君は逃げてくれ──と言ってから、僕はリボルバーを懐から取りだし、魔弾をカンガルーへと発射した。

 魔弾の大きさとカンガルーの体格を見て狙ったところは、僕から見て左の頭と真ん中の頭の間である。そうすればカンガルーの三つのうち二つの頭を破壊することができると踏んだ。


「!」


 結果、破壊はできず。

 何とカンガルーは、その巨体からは考えられないスピードで魔弾を躱した。まるで瞬間移動。テレポートしたかのように一瞬で横へと移動し、襲いかかる魔弾を避けたのだった。


「速すぎる……」


 僕が思わず口から洩らした言葉に対して、いまだに逃げる素振りを見せないひまわりが言った。


「お兄さん、一人で戦えとは言ってません。私と協力しましょう」

「いや何を言ってるんだひまわり、早く逃げろ。そもそも月夜やひまわりの魔法が通用しないから僕に助けを求めて来たんだろう? それじゃあ君が参戦しても何の意味もないじゃないか」

「それは間違いですね。実際には、私の魔法が通用する可能性はかなり高いです」


「じゃあどうして?」


「それはこちらの事情でお姉さんには黙っていました。私の本当の戦闘能力を彼女は全く知らないでしょう。そもそも伝えていませんでした──お姉さんは信用できなかったので」


 この子は──この魔法幼女は一体何者だ?

 僕は今がそんなことを考えている場合ではないと分かっていたが、それでもそう思わざるを得なかった。それほどまでにこの魔法幼女──日溜毬ひまわりが『異質』に見えたのだ。


「と、話している場合ではありませんよ。視界の中に敵を捉えていてください。あれは見た目以上に強敵です」


 幼女にどやされる僕。

 見た目以上に強い奴というのは十分分かっている。


「あ、ああ」


 僕がモンスターの方を注目すると、カンガルーが思いもよらない行動を行っていた。奇をてらう行動というか……いやカンガルーからしたら当然の行為なのだろうが。

 奴はその場に残っていた、『黒影月夜』だったものの下半身を貪り食っていたのだ。

 グロテスクなので、これを優しく表現するならば──お昼時に用意したドッグフードをペットの犬ががつがつと食べるような感じだろう。


「うわっ……」


 別に吐きそうとか、気持ち悪いとかそんな気持ちはなかった。このモンスターは生きるために僕達を殺し食べるのだろうと理解したくらいである。


「気を付けてください。このモンスターは生物を体に取り込むことで、自分を強化してきます。お姉さんが体内に内包する魔力は人間の中でも多い方だったので、恐らくかなりの強化が施されると予想されます。それにあの野性的な獰猛な食事の仕方を見ると空腹状態のようですね……私達を本気で狩りに来ると思われますので」

「そいつはやばいな。意外と野性的で危険じゃないか」


 そう言って僕は食事中のモンスターに銃口を向ける。


「やめてください」


 すると、ひまわりが僕の腕を上から下に押さえて言う。


「そんなことをすれば怒ってしまいます」

「……それが何か?」

「あのモンスターは怒ると運動能力が十倍程に上昇します。激昂状態で飛躍的に強くなったあのモンスター相手だと、私達二人では瞬殺されかねません。少し我慢してください」


 食事中でなくても攻撃を当てれば怒るんじゃないかと思った。

 それならば、通常時に何とかして一撃で仕留めろということか。


「敵を眼前に食事とは私達は随分と舐められているようですね。それほどまでにお腹が減っていたとも言えますけれど、何はともあれ考える時間があります。モンスターを殺す方法を考えましょう」

「……倒す方法をね」


 やっぱり幼女が殺す殺すと言いまくるのは抵抗がある。できれば止めてほしいものだ。


「月夜に自分の力を偽ってたんだろう? 隠すほどの力があるってことは、もしかして奴を倒せる魔法だってあるんじゃないのか?」

「いえ、私にはあれを殺せる魔法は使えませんよ。私の使う魔法の九割が殺傷力皆無ですから。……使えなくもないですが、あまり使いたくないですね、疲れますし」

「そうなのか」


 疲れますし……って完全に私情じゃん。


「残念そうな顔をしないでください、それに殺傷力がないから通用しないという訳ではないのですから。魔法は組み合わせが大事なんですよ」


 組み合わせというか連携ですかね──とひまわりは言う。


「そういう意味ではお姉さんは最悪だったとは思います。私がお姉さんに真実を言わなかった原因の一つと言えるでしょう」

「連携が? 仲は良さそうだったけれど……ああ、信用できないって言うのは戦いの上でかい?」

「いえ全てです。私が元気で活発な幼女として生きていたのは、お姉さんの魔法によって半ば洗脳状態だったからです」


 全てにおいて最悪だと、洗脳されていたのだとひまわりが言った。


「洗脳って……」

「そうですね、今は話している暇があまりないのはご存知ですよね。それでも聞きたいと言うのですし、簡潔に話しましょう」


 聞きたいとは言ってないんだけれど……。


「私は元々感情のない人形みたいな人間でした。ある日そんな私の元にやって来たお姉さんが、まるで妹のように扱ってくれました。妹として扱うために私に様々な魔法や呪いを掛けました。終わりです」


 多分、省略された中にかなりのストーリーがあったのだと思われるが、随分と略してくれたようだ。


「私は無理強いをさせられていたのですよ。今はお姉さんが死んで魔法が解けたため、自由の身になりましたけれど」


 なんともうざったい女でした──とひまわり。幼女の言うことではない。


「それじゃあ本題に入りましょうか──入れませんね。どうやら食事を終えたようです」

「えっ?」


 僕の口から出る驚き。

 カンガルーは下半身を骨も残さずに食べていた。欠片も残さず綺麗さっぱりと黒影月夜の半分が無くなった。


「お兄さんのせいです。私に無駄な話をさせるから」


 だから、僕は聞きたいとは言ってなかった。


「この際仕方ありません。どちらにせよやることは決まっていましたので別にいいですけれど」

「いいのか……」

「基本的にお兄さんが突撃して私がそれをフォローする感じですね。はい、どうぞ、いってらっしゃい」


 言葉が軽い。


「待て、無理だって、あれに突撃するのはさすがに無理がある。あのパンチ力の強さから見て接近戦は不可能だろ?」

「けど、近付かないと攻撃を命中させることができないじゃないですか」


 確かに……遠距離から、遠距離と言うには近すぎる距離からリボルバーの引き金を絞っても、あのカンガルーに魔弾が命中することはなかった。

 ゼロ距離からなら当てることができるかも知れないがリスクが高すぎる。


「それに、私が援護すると言っているんです。信じてくださいよ」

「会って間もない人に言われてもな……」


 とは言えだ。考えてみても──このまま何もやらなければ殺されるのは明白であって、選択の余地がないのは分かっていた。

 いや、逃げるという選択もあるかも知れないが、僕達の後に来る仲間達に迷惑はかけたくないし、逃げるのが難しいと言うのは、ひまわりの発する雰囲気から何となく察していた。


「分かったよ、もう抗議してる時間なんてないし、やろう」


 本当に時間がないので、少し早口になりながら僕は言う。


「私は状況に応じた魔法を使うので自由に攻めてもらってかまいません」


 では、御武運を──とひまわり。

 それを合図に僕はカンガルーに向かって走り出す。

 集中、とにかく集中力を高め、必ずあのモンスターの懐に飛び込んでやろうと、僕は決意した。


「まずは──」


 カンガルーのスピードには全く及ばないけれど、僕はできるだけジグザグに素早く動く。無理からぬことではあるだろうが、奴を翻弄できたらいいな、なんて願望を持っていた。


「とりあえず牽制を……!」


 僕は銃を撃とうとする。

 当てる気はない。もし、変に中途半端なダメージを与えると怒らせることになるからだ。

 まあ、当てる気があっても同じ結果だっただろう。

 僕の行った『翻弄する動き』は自分の頭の中だけであって、他人から見れば『ただジグザグな動き』みたいなものだったのだろう。結果、全くの無意味な動きであることがカンガルーにより立証される。


「うっ……」


 何か攻撃をされた訳ではないが僕は呻き声のようなものを上げる。

 カンガルーが視界から消えたのだ。

 だが、僕をそれを捉えた。視界から突然消えたモンスターを、信号確認のように左右を見ることもなく、僕はカンガルーの位置を第六感で感じ取る。

 その位置とは、


「ひまわり!」


 後ろを振り向き叫んだ。奴の居場所は僕とひまわりの間。

 こちらを向いているカンガルーと、その後ろでぼんやりと白く光るステッキを持ったひまわりが見える。

 恐らく第六感で敵の移動先を察知できたのは、ひまわりの魔法によるフォローのおかげなのだと僕は理解した。


「私は陰ながら応援していますのでがんばってください」


 割と大きめの声だったにも関わらず、カンガルーはひまわりを見向きもしない。これも恐らく『擬態魔法』か何やらでカンガルーから隠れているのだろうと僕は納得する。

 擬態魔法で隠れるなんて、本当に陰ながら応援するんだなと思った。


「まあ、目一杯──できるだけがんばるさ」


 僕は小さく呟く。

 ひまわりの他人を補助する魔法。後いくつ僕に使われているのか気になるところであったが、彼女と対話しながら戦闘を行うのは厳しいので、あるか分からない説明を待つことにした。十中八九説明は無いだろうな。


「モンスターの挙動を集中して見てください。今のお兄さんなら見ることができるはずです。いくら速くてもパターンを読みきれば、懐に潜り込める隙が見つかるはずですから」


 視力にも補助がかかっていることを聞きつつ、僕はカンガルーをじっと見つめる。主に手足だ。

 攻撃する前の癖を最初に探そうと思ったのだ。癖があるかどうかは置いておいて。


「とは言え……」


 視力が強化されているとは言え、さっき目の前で後ろに回り込まれた時、僕はカンガルーを見ることができなかったのだ。それなのに挙動を見ることは果たして可能なのか。


 駄々をこねていても仕方がない。しっかりと見つめてやろう。


「……!」


 カンガルーの右腕がプルプルと震え出す。

 僕がこれが挙動かと思った瞬間。カンガルーがその右腕でパンチを繰り出した。

 反応できない。

 この目でさえ反応は不可能だった。

 あくまでパンチの始まりに反応することだが。

 発射を捉えきれなかっただけで、パンチ自体はスローに見えた。


「ふっ!」


 軽いステップで横に躱す。

 どうして月夜はこんな緩い攻撃も避けることができなかったのか不思議に思う。いや、僕が回避できたのは補助魔法があったからだと十分分かっている。

 けれど、カンガルーのパンチは補助魔法無しでも躱すのは困難ではない気がしてくるのだ。それもまた視力が強化されているからこそ、そう思うだけなのかもしれないが。


 ──その後もカンガルーはパンチを何度も繰り出してきた。僕の周囲を高速で動きつつ、しかもボクシングのように様々なコンビネーションで襲ってくる。

 『視力強化』と『標的探知』のサポートを受けている僕にしてみれば、それを避けるのは簡単で、単純な作業をひたすら行っているだけのものだった。


「隙……見つけた」


 迫り来る拳をひらりと躱し続ける僕は言った。

 見つけた隙とは、『ワンツーストレートの連携の後に必ず素早く後ろに下がる』というもの。しかもその後方ステップの後、奴はしばらく硬直するのだ。しばらくと言っても、一秒以下の隙なのだけれど。

 とにかく、ワンツーストレートのコンビネーションの後、奴が後ろに下がると同時に魔弾を撃てば、仕留めることができると僕は考えた。


「アイコンタクト送っとくか」


 ボソッと呟いて、眼前のカンガルーからは目を離さないように視界の中に留めつつ、僕の左方向に位置するひまわりにウインクした。

 このアイコンタクトで、今から攻撃を仕掛けるという意を汲み取り、何かしらサポートしてくれるとありがたい。


「無茶は禁物ですよ、お兄さん」


 と言って、ステッキを上下左右に振ったひまわりは、きっと僕の意を汲み取ってくれて、魔法をかけてくれるのだろう。


「さあ風穴空けてやるぞー」


 随分と間の抜けた声を出したと自分で思いながら、僕はいつでも神器を使えるような体勢を取る。


 そしてカンガルーの一撃一撃を丁寧に避け、隙の現れるパターンが来るまで待った。


 ──隙のない攻撃パターンを四つくらい見せられた後、ついにそれはやって来た。


「来た!」


 口ではなく心の中での声だったが、言葉を口に出す時間的余裕があったのなら、僕はきっとそう言っていただろう。


 ワンツーストレートの三連を躱すのは、それほど余裕が無いのだ。まあ、他に比べてだけれど。

 無事に回避に成功した僕は、すぐに照準を奴に定める。同時にひまわりのステッキが赤色に輝く。

 心なしか、体が今まで以上に速く動いた気がした。

 補助魔法が炸裂したか。

 タイミングはバッチリで、体が速く動いてくれたお陰なのだろうか? 絶対に避けきれない瞬間に、神器は唸りを上げた。

 カンガルーの動きを止める為の一発目。

 カンガルーの命を終了する為の二発目。


 二発の魔弾を放った僕は、月夜が騒いでいた割には弱いモンスターだったと感じていた。

 確かに月夜が簡単に殺された時はかなりヤバイ奴だと思ったけれど、こうしてみると結構生易しいモンスターである。

 これもひとえにひまわりの力のお陰だと気付くと、僕はモンスターより彼女の存在の方が、何だか怖くなってきたのだった。


 『日溜毬ひまわり』とは一体何者なのか。


 訊く必要がある。

 訊いて聞かねばならない。

 今後のひまわりへの対応を決めるため。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ