11話【見えない聞こえない】
まさか一話がここまで長くなるなんて、人生で初めてです。
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「ふぅ……もう歩き疲れてきた、動けなくなるよ」
「だらしないわね、後もう少しで休憩にするから頑張りなさいよ」
僕の、もう自分には歩けない──と、自分に言い聞かせるように言ったことにリリィが反応した。
「リリィちゃん、私も少し疲れてきちゃった……」
「……」
「リリィ、休もうよ? 時間はいくらでもあるんだから」
「……はあ、分かったわ。じゃあここで一旦休憩と言うことで」
「よし、休むぞ!」
「ありがとう、リリィちゃん!」
こうして僕達は周りに何もない土地に、ポツンと生えた明らかに異質な雰囲気のする巨木の影で休むことにした。
まるでピクニックのような感じだが、実際はそう言う状況ではなく、僕達は一つの村の村長と多くの村人を殺し、その村を壊滅寸前まで追い込んでしまい、その残党に追われているところだった。
やろうと思えば、追っ手を返り討ちにするのも容易だろうけれど特にそんなことをする気にはなれない。
それは単純に面倒くさいからである。
それよりも早く街へと向かい、この異世界を堪能したかったし、マリーとリリィも早く街へ行きたがっていたので、追っ手からの逃走──街へのピクニックが始まった訳だ。
それにしても、もう三時間ほどは大草原を歩いているのに、前にマリーを襲ったスライムみたいなモンスターはおろか、民家などの建物一つ見つかりやしない。
周囲に広がるのはのどかな平和な大自然だけだった。
アルプスの幼女みたいな感じのあれだ。そう言えば幼女ではなく少女だったであろうか? 別にどちらでもいいのだけれど。
「なあ、リリィ。後どのくらい歩けば街に着くんだ?」
長時間歩いても街の影一つ見つからないため、僕は身体的よりも精神的に疲労していた。
「時間で言うと私にも分からないわ。けれど、もう少し歩いていれば洞窟に着くと思うの、そこを抜けると大きな森があって、またまたそこを抜けるとやっと街に着くのよ」
「道のり長いな……」
「そのせいで街から村には人が全く来ないのよね。道のりが険しすぎて」
そう言えば──と言ってリリィは僕に尋ねてきた。
「夏木ってその神器どこで手に入れたの?」
……まさか他の世界から持ってきたとは言えない。
とりあえずてきとうに適当なことを言っておくか。
「えっと、そこら辺の遺跡から貰ってきたんだ」
「も、貰ってきたって……、アンタって相当運がいいわね……。普通拾わないでしょ、驚きだわ」
そう言うリリィは驚いたようなリアクションはしなかったのだけれど。
「すごいわよね、連続で撃てる銃なんて初めて見たもの。あの時は感動を覚えたわ」
「そこまでか?」
「そうよ、羨ましいとさえ思った。…………銃が作られたのは、遠距離への魔法が苦手な人のためって言うのは知ってるわよね?」
そんな異世界事情は知らないのだが、僕はとにかく知っているぞと言うように何度も頷いた。
「私もそれが苦手なタイプなんだけれど、銃は銃で使い辛いのよ。一度撃つごとに発火粉を詰めないといけないから……。そう言うのを考えると、高威力で小型で連続発射可能の神器って言うのはとても魅力的よねえ…………」
この世界では銃の需要はそこそこあるみたいだけれど、技術がないみたいだな。発火粉は火薬のことかな? そしてそれを詰める……と言うことは、多分火縄銃レベルの技術といっていいだろうな。
「君も神器があるからいいじゃないか。村長から貰ったものだけれど」
村長から盗ったものだけれど。
まあ死んだから、放っておくのはもったいないし有効利用と言うことで。
「ああ…………正直に言うなら、できれば使いたくないわね。個人的な理由だけどあんな奴が使ってた物だから……」
リリィは腰に紐で括ってぶら下げてある、握力計モドキでメリケンサックモドキの神器をじっと見た。
「──あれ、なんだろう……」
ふとマリーがボソッと呟いた。
それに反応して僕はもちろん、リリィもマリーの視線の方向へと顔を向ける。
「嘘でしょ……」
リリィが青ざめた顔になる。
「リリィちゃん、あれって何?」
「馬に乗ってきてる奴らみたいだけど、村の残党じゃあないよね……?」
僕が二人に確認を取ってみると、リリィが割と早口で答えた。
「違うわね、あれは盗賊よ」
「盗賊?」
「盗賊!」
疑問に思ったのが僕で、素っ頓狂に驚いたのがマリーだった。
疑問に思ったのは人が全く来ない地域だと聞かされたばかりなのに、早速あんなに大勢の人がやって来たからである。だんだんと近付いて来ているので、詳しい情報が目に見えてくる。
「盗賊……」
この世界の盗賊がどれほどの脅威なのかは分からないけれど、リリィの青ざめた顔色やマリーの驚き慌てている様子を見ると、少なくとも今の状況がとても危険であることは分かった。
「早くここから離れた方がいいんじゃないのか?」
僕が提案をする。
「無理よ、既に見つかってるに決まってるわ! それに相手は馬に乗ってきてるのよ? 私達が走ったところでどうしようも──」
「──二人共伏せて!」
マリーがそう叫ぶと同時に僕とリリィは一旦──コンマ数秒ほど硬直するも、すぐにその場に身をかがめる。
同時に僕らの頭上を数本の矢が、風を切る音と共に通り過ぎていった。
「確かに見つかってるみたいだ!」
「ああこんなことになるなら、ここで休まなければよかった……まあ、どっちにしろ追い付かれてたでしょうけれど……ふふっ」
自分で言って自分でツッコミ、その上自分が笑うというリリィ。とにかく余裕はなさそうだった。
「とにかく矢が危ないな」
僕は木が盾になるように根元にリボルバー魔弾を放つ、根元は消失し自身の巨体を支える物が無くなった巨木はゆっくりとその場に大きな音をたてて倒れる。風圧と一緒にとても青臭い臭いがしてきた。
「ここに体を隠そう」
「ナイスなアイデアね!」
幹の太さが目測で直径八十センチくらいはあるので、身を隠すのには十分である。僕達はすぐに倒れた巨木に体を寄せた。
と同時にまた何本かの矢が上を通っていき、また何本かは丁度隠れたばかりの木へと刺さる快音が響いた。
「二人とも、今からどうするの?」
「そうね……どうにか奴らの目を引き付けることはできない?」
「引き付けるもなにもこれを使ったら即刻決着だよ?」
僕は自身の神器を見せるようにヒラヒラと揺らした。
「確かにそうだけど」
神器を使えば勝ちは確実に確定する。冗談ではなく本当にそれほどの力が秘められていることを僕はもちろん、リリィも知ってるはずだ。
「盗賊って言うのは少し被害が出たらすぐに退却していくような集団なんだけど、もしも神器なんて使ったら奴らは本気で私達を狙ってくるわ。犠牲が出るくらいなら戦わないのがあの卑怯な盗賊なんだけれど、それでも国家戦力にもなりうる神器が手に入るのなら、奴らは恐らく少しの犠牲も苦にしない」
「あー……」
「それに隠密系の魔法を使ってこちらに接近して来ている奴らが居たら、神器を使って油断したところで一発持っていかれかねない。迂闊に相手の盗賊魂に火を付けるようなことはしない方がいい」
盗賊に魂もクソもあるものなのか? 盗賊って言うのは悪いことしかしないイメージがあるのだけれど……それこそ僕が戦ったことのある海賊のように。
「後ろに回り込めれば、私の魔法で一気に殲滅できるから……」
「分かった、奴らの注意を引けば良いんだな? 簡単さ」
ポーチにいいものが入ってたはずだ……。
「あったあった……」
僕はそれを取り出す。すると、マリーとリリィが不思議そうにそれを見つめてくる。
「あの夏木さん、それって何ですか?」
「煙玉」
「夏木、それって煙幕魔法のこと?」
「それは違うな、魔法じゃなくてただの道具だしな」
海賊からくすねとったスモークグレネードである。二人には分かりやすいように煙玉と説明しておいた。
「今すぐ使うか?」
「盗賊の戦力を確認してからにしましょう」
リリィはそう言って木の影から少し顔を出す。
数秒の後、彼女はすぐに顔を引っ込めた。
「──馬が六騎、盗賊の数も同じく六人って所ね。弓も矢がほとんどないみたいだから、ただ威嚇する程度の物だったらしいわね。そうそう、近くに隠密魔法を使って隠れてる伏兵が居るかもしれないけれど、それはないと考えていいわ。わざわざ遠くからいらっしゃってくれてるんだから、既に数人近くに来てましたなんて事は考えにくい」
「でも警戒することに越したことはない」
「そうね、それじゃあその伏兵さんからマリーをしっかり守ってね」
「分かってるさ」
僕がマリーの方へと顔を向けると、彼女もこちらを見ていたらしく目があった。伝わらないだろうけれど、『守ってやるから心配するな』的なアイコンタクトを送ってみた。
マリーはきょとんとしたような感じになる。やはり伝わらなかったようで……。
「オーケー、マリーちゃんと隠れてるんだぞ」
「は、はい! 頑張って隠れてます!」
今も十分隠れられてるよ。
「夏木」
そろそろのようだ。
僕の名を呼び、後は『煙玉よろしくさん』と言わんばかりの、目で訴えるリリィであった。
「ふう…………」
僕は一旦息を落ち着ける。
「行くぞ!」
そして木の影から、大雑把だが十、十五メートルほどの距離にスモークグレネードを投げた。
プシューッと煙の排出音が鳴っている。辺り一体が煙に巻かれ、僕の周りもすぐに周囲二、三メートルがギリギリ見える程度の濃さの煙に包まれた。
その瞬間に大地を蹴る音が聞こえた。恐らくリリィがこの場から居なくなったのだろう。奇襲の為に回り込もうとしているに違いない。
それにしても煙が予想以上に凄くて見えなくなるのは心配だったので、念のため近くに居たマリーの手を握った。
「えっ、夏木さん!?」
「ごめん、はぐれたら困るからさ?」
「は、はい……」
煙で表情はよく理解できないのだが、頷きながらそう言ったマリーの声がとても小さい物だったのは分かった。恥ずかしくて上手く声が出せない感じ……僕も小学生の頃にそんなことがあったものだ。
と、同時にマリーは僕の手を握り返してくれた。
「それにしても……リリィは大丈夫なのかな? いくらスモークグレネ──煙玉でここから居なくなる場面を見せないことに成功したと言っても、そこから回り込もうとするなら煙玉の効果範囲内から出ないと後ろに回れないと思うんだよね……。煙から出てしまえば盗賊に見つかってしまうと思うんだけれど、そこのところはどうなんだろう」
僕が疑問を口にすると予想外の反応をマリーは見せてくれた。特に何かの利益になるような答えを得ることはないだろうと思っていたのだが、マリーはその答えを僕に出してくれたのだ。
「その心配はないですよ」
「えっ?」
「リリィちゃんなら、相手の視界から外れた時点で既に勝ちが決定しているようなものですから」
相手の視界から外れた時点で勝ち確定?
随分と凄い自信だな。やるのはリリィなんだけど。
「リリィの事を信頼してるんだね。それとは別に理由があったりするのかな?」
「はい、もちろんですよ! リリィちゃんを信頼してるのも確かですけれど、それと同じように信頼できる魔法がリリィちゃんには使えるんです!」
マリーの僕の手を握る力が強くなった。
「視界から外れた時点で勝ちと言うのは、リリィちゃんの得意な魔法が主に隠密系統だって言うことです! 恐らくリリィちゃんは今頃擬態魔法を使っているんだと思います」
「擬態魔法──例えばそこらの草木に紛れるみたいな物なのか?」
「んー、草木に紛れると言うよりは、草木その物になるって感じです。幻術系魔法みたいな物で、相手からは草木に見えるようになるんですよ」
ふむふむ、と僕は頷く。
「後は攻撃魔法ですかね。リリィちゃんの攻撃魔法は隠密性能はかなりのものなんです、奇襲をかけるならかなり使える物です」
「どういう魔法なんだい?」
魔法なんてよく知らないけれど、知らないよりは知っておいた方がいいだろうと思ったのだ。これからの短い旅の間にまたこんな盗賊に会わないとは限らない。
作戦を練るために仲間の力を知っておくのは悪いことではないはず。
「不可視の無音の剣、その名も『無音殺刃』」
凄いカッコいいな、おい。
「『無音殺刃』でもいいとリリィちゃんが言ってました」
しかもリリィ命名の魔法か。いいネーミングセンスしてるよ、全く。僕はサイレントキラーと言わせてもらおう。
「『無音殺刃』は、リリィちゃんにも、誰にもその実体を見ることはできないし、実態を知ることもできないんです。更に剣が風を切る音も聞こえない、無音の剣なんですね。──しかも切れ味は抜群!」
「強すぎないか? 使い方によってはかなり無敵の魔法じゃないか?」
「そうですね……リリィちゃんにそんな自覚はないみたいですけど。…………ああ、そうそう『無音殺刃』は不可視の剣とは言いましたけど、実際は剣かどうかも分からないみたいです。見えないんですからね……。──以上リリィちゃんから聞いた『無音殺刃』の全てです」
「受け売りか……」
まあ、確かにここまで詳しいことをマリーが言えるとはあまり思えない。
多分、何度も聞かされたんだろうな。
それにしてもリリィはかなりの実力者なんだろう、実際自分にも見えない剣を操るのは至難の業だろうから。それが剣かどうかは知らないけれど。
そう言えば、見えない何かが村人を切り刻んだような時があったけど、あれはリリィの魔法『無音殺刃』による物だったんだろうなあと、今更ながら僕は思った。
「と、そろそろ煙がなくなるぞ。マリーしっかり隠れて逃げる準備もしておいてくれよ」
「分かりました!」
と、マリーが返事をした瞬間、煙が徐々に晴れた。
「ちっ、やっとなくなりやがった」
「めんどくせえ魔法を使いやがるな」
「そんな小細工したところでどうにもならねえがな」
どうやら、盗賊達は煙に巻き込まれて、その場に留まることを選んでいたようだ。
その煙が無くなったことにより奴らは一気に動き出す。
「おい、そこに隠れてるんだろ! 出てこい、三人ともだ」
そう言われる。リリィが居ないことは気付かれていないようだ。
仮に出ていかなければ、魔法で攻撃される可能性がある為、僕はできるか分からないけれど時間稼ぎをやろうと考えた。
「マリー、君は隠れてろ」
「え、いやでも」
「いいから、僕がなんとかする」
小声で話した後、僕は両手を降参するときのように上げて立ち上がった。
目の前の盗賊は皆、馬から降りていた。
「降参だ。なんでも持っていって良いから命だけは助けてくれ」
「ん? おい、女二人はどこだ。居たはずだろ?」
一人の盗賊が言う。
言い訳が思い付かない。行動するだけなら簡単なのに、口にする言葉は全く思い付かない。
「いや、その、多分あんたらの気のせいだろ」
超、苦し紛れの言い訳。それでも僕は自身の思う自信たっぷりの表情と言うものを捻り出し、それを崩すまいと頑張った。真実だと言わんばかりに。
「そんなはずはねぇ。俺は自分に視覚強化の魔法を唱えてた。見晴らしのいいこの土地で、しかもたかが四、五百メートルの距離だ、見間違えるはずがない」
「四、五百メートルはたかがではないと僕は思うのだけれど?」
「視覚強化を使ってるって言ったろ? これ以上無駄なことをグチグチ言うようなら、てめえの顔面吹き飛ばすぞ」
「おお、そいつは怖い。怖い恐い。そう言うならば僕もアンタの顔面を吹き飛ばしたっていいんだ?」
「あ?」
「急にこいつなに言い出してんだ」
「仕方ねぇ、もうぶっ殺してやれ」
殺しの命が出た上で、なお僕は冷静だった。急に挑発じみた強気な発言を始めたのも理由があった。
それはもっと奥に、盗賊達の居場所よりもっと奥に、風になびく草とは全く違う動きの草の集合体が見えたから。
擬態と言っても、注意深く見れば案外分かるものなんだな。
「さようなら、皆さん」
「ああ、てめえがな」
「死ね!」
それと同時に僕に近い位置に居た三人の盗賊の頭が切断された。
見えない何かに斬られたのだ。
それは十中八九リリィの『無音殺刃』によるもの。
剣なのかなんなのか定かではないので、切断されたと言うのは正しい表現ではないように思えたけれど、やはり切断されたと言うのが正しくはなくとも、一番近い表現であった。
「な、何が起きた……」
「や、ヤバイぞこいつ」
「いや、でも三人ならいけるかも……」
僕は別に何もしていないし、本当にヤバイのは後ろで草木に擬態しているリリィであって、それに三人ならいけるかもとは言うが、その三人が先ほど一瞬で首を跳ねられたのだ。少しは考えが働かないものか。
「てめえ、今何をしやがった!」
盗賊が腰に提げてあったサーベルを抜いた。
強気に、脅すように、強迫という脅迫の意味でこっちに伸ばしてくるサーベルの剣先。
今の僕には少しも怖くなかった。
「別に僕は何もしてないよ」
嘘偽りのない言葉。
「嘘言ってんじゃねえぞ!」
盗賊達が僕に襲い掛かろうとした瞬間。
さっきと同じく、三人の盗賊の首は切断され飛んでいった。
なんとも気持ちの悪い光景だ。
六体の死体全ての首が無いなんて。
馬も皆逃げてしまった。
一頭ぐらい引き連れて、道中を楽にしたかったけれど。
「──なんとかなったわね」
リリィが擬態を解いていつの間にか近くに来ていた。
「そうだな、何事もなくてよかったよ」
リリィちゃん!──とマリーが言ってこちらに来た。
「マリー、怪我はない? 大丈夫だった?」
「うん、私は大丈夫。リリィちゃんは?」
「もちろん私も大丈夫よ」
ふむ、本当に何事もなくここを切り抜けられてよかった。
それにしても、リリィもマリーも随分と人の死に、殺人に慣れているようだけれど……。まあいいか、そんなこと気にしても仕方がないし。
「──あっ」
気付いたときには遅かった。
「──マリー!」
マリーの後ろの草むらの妙な動き、リリィの存在に気付いたときの草むらのざわめき。
そこには伏兵が忍んでいた。
「きゃあっ!」
突如として現れた盗賊に僕らは面食らう。まさに鳩に豆鉄砲。
「てめえら! よくも仲間をやってくれたな!」
マリーを羽交い締めにする盗賊。
「へっ、てめえらが手を出そうとするならこいつはあの世行きだぜ?」
そう言う盗賊の言葉に、僕は何の関心も持たなかった。持てなかった。
それはリリィも同じだったと思う。
聞く必要がないのだ。聞いても聞かなくても結果は一緒である。
「てめえら、仲間のことだぞ!? 殺されてもいいのかよ! 何故そんなに微動だにしないでいられる!?」
こいつはやはり分かっていない。
マリーのことは、仲間のことは大事だし、殺されて言い訳がない。
それでも微動だにしないでいられるのは理由があるに決まってる。
本当に分かっていないのか僕は盗賊に質問してみることにした。
「なあ、アンタさ」
「な、なんだよ」
「本当に分かっていない訳?」
「何がだ!」
「いや、だから、さっきの見てない訳」
「見たに決まってるだろ!」
怒鳴り散らすように盗賊は言った。
「じゃあアンタはただのバカって事だ」
「な──」
盗賊が反論しようとする前に、奴の首は跳ねて飛んでいった。
やはり、前に殺された六人の盗賊と同じように首を切断されて死んだ。
こいつは能無しであったのだ。
『見えない何か』に殺される仲間を見ても、自分が『見えない何か』に殺されるとは思わなかったバカだ。
普通に考えれば分かることだと思うけれども。
でも、まあ確かに人質を取って、自分が優位に立っていると思っているときに──そう勘違いしているときに、後ろから狂気に溢れた不可視の凶器が迫っているなんて思わないよな。
僕だったら思わない。
それに見えない聞こえない刃なんて警戒しようがない。
つまり、何が言いたいかって言うと、たった一つの選択ミスによって命を失う事もあるんだぞって事だ。
もしあのままマリーを狙わずに、『見えない何か』の脅威を感じ、察して、擬態を続けていれば彼は、あの盗賊は残念な死に方で一生を終える事など無かっただろう。
僕もまた勉強した。学んだ。
選択とは重要と言うことを。
2014/9/9
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