番外短編。里帰り
「『ほしをおうむすめ』姉さま」今帰った。エルルよ息災か。「姉さま。さっき旅立ったばかり」そうだったな。
「おお。娘よ」父よ。
『転倒術!』
……。
……。
どうだ。成長しただろう。
悪態つき、人間の子供のように拗ねる変わり者の父を見て仲間たちが何事か言おうと先ほどから鼻の下を動かし続けているが言葉にはなっていないらしい。
「妖精の里をこの目に見る機会があるとはな」『教授』に至っては別事に関心があるらしい。この男、実はかなり気さくなのだが普段の態度からは見えない。そういった二面性も人間の面白いところだ。
「なんで久しぶりに再会したお父さんに転倒呪文を」「我が里の通過儀礼だ。父もまた祖父に試したらしい」「ボコボコにされ……いや、叱責されたがな」
相変わらずの残念な父は人間の前で精いっぱいの威厳を見せようとしているが完全に空回りをしているようだ。
ラッキィは私の父の前で黒い鼻をすこし所在無げにしている。人間はこの様子を引きつった顔と呼ぶ。
「大丈夫でしょうか。御父上様」シーラが手を伸ばすと父は仲間たちにエルフに身体で言葉を表す習慣は無いことを告げてから自分で立ち上がる。
「イイ女だな。恋人か」違う。そっちの黒い肌の男が見えないのか。大柄な剣士でもいいぞ。
父は我らの中でもことさら変わった感性の持ち主だ。人間の世界に染まりすぎているというのは母の弁。
「び、美形」頬を赤らめるシーナに穏やかに『微笑んで見せる』父。先ほど身体で言葉を表す習慣はないと言った自らの言葉を忘れているようだ。
人間の貴族の真似をしてカリンの掌に唇を落とすそぶりを見せようとする彼に私はもう一度『転倒術』をかけたが責められる行為ではないと思う。
「処で娘よ」「我が父よ。何だ?」「その異様に大きな幻影の斧は」それは説明しにくいな。
耳元にすっと入り込んでくる『エルフを讃える物語』の曲。
カリンが弦楽器を鳴らしながらその透き通る歌声で歌いだしたらしい。
風たちがその調べを運び、水たちが沸いて揺れ。
炎が踊り大地が喜びの歌を歌ってその返答とする。
時間と共に風を織る同族たちが伝説を紡げば森が喜びの香りを放つ。
カリンはまたも楽器と歌の腕を上げたようだ。何より唄と調べに乗せられた彼女のその純粋な心が精霊たちには嬉しいらしい。私も彼女の楽が好きだ。こっそりだが彼女が寝ている隙にかの楽器に触ってしまうことがある。
私が彼女の楽器に触れた次の日は何故か必ず調弦に専念して楽を聞かせてくれなくなるので自重しているが。
ラッキィと父は妙に意気投合して神酒を手に何事かはしゃいでいる。余計なことを言いだされないか不安だが普通このような感覚は人間の男が感じるものではないだろうか。その横では所在無げに大柄な戦士が佇んでいる。ファン。何をしている。こっちに来い。
カリンの楽を聞いていると時々胸が痛むことがある。瞬きほど短く生きた娘の事を思い出してしまうのだ。彼女も楽が好きだった。
「ファン」「いえ。ここにシルディールがいたら」「私も同じことを考えていた」
人間はたやすく多くの事を忘れるが私たちはあの娘の事を生きている限り忘れることが出来ないだろう。
踊る風。歌う水。舞う森。語る闇。抱擁する光。伝説を紡ぐ時間。
妖精の里は人間の詩人の憧れの地だと言う。そこに住まう私たちにはごく自然な事なのに。
シーラが言うところ『はしたなくも』即興で食器を鳴らしてカリンやシルディールと比べると拙くも楽しい音色と歌声で楽に加わった。
彼女は精霊の血をわずかながらに引いている。精霊たちも喜んでいる。
馬たちはというと泉の水を飲みながら大人しくしているようだ。
彼らには彼らなりに積もる話もあるだろう。あえてここでは触れない。
「姉さま。御外の話を聞かせてくださいませ」
エルルよ。我が妹『もりのこもれび』よ。
外は。人間の世界はな。オマエが思うほど楽しくないぞ。
悲しくて辛くて愚かでつまらなくて醜くて寒くて暑くて寂しくて。
暖かくて。切なくて。愛おしいのだ。




