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彼女を護る剣と盾

バイトの疲れをお湯で洗い流してほっこりしたところで、時間がやってきた。

毎週日曜日、時間はそのときによって変わるが基本夜に行われる。今日は21時スタートなので、5分前にパソコンの前に座り、ヘッドセットを装着してマイクの音量などを確認。

うん。大丈夫。でも音は小さくしておいた方がいいかもしれない。いきなり怒鳴り声から始まったら最悪だ。


これから始まるのは、パソコンでできる無料通話サービスを利用した会議通話である。

顔は見ないで数人で話し合いをするのだ。メンバーはここ数年変わっておらず、いつもの情報オタクたちと素敵な話を交換し合うのが1週間に一度のお約束となっていた。

あたしは興味のあることしか調べない主義なのだが、それ以外の情報はこの会議から仕入れている。色々と知っていれば世の中生きやすいときもあるし。陽菜を護るときにも十分な武器となる。まあ今回はそのことで怒られそうなんだけど。


メンバー数人のログイン状態がオンラインになっていることを確認して、時間が来たなと考えていた時にパソコンに着信を知らせる画面が表示される。

いつも思うのだが、下のチャット部分で「今からかけるわよ?」と一言ぐらい聞いてほしいものだ。わかってはいても急に画面が変わるとびっくりする時がある。

ザッという雑音のあと、いつもの高飛車な声があたしの耳に入ってきた。

「みなさま、ごきげんよう。一週間ぶりですわね」

神宮寺 桜子。この情報オタクたちの集まり、『情報愛好倶楽部』の会長である。漫画のお嬢様っぽいしゃべりかたをしているが、お嬢様たちの聖地『星宮学園』に通うれっきとしたお嬢様だ。だからといって、「ですわ」で会話する必要は全くないんだけど。


さて、せっかくなので『情報愛好倶楽部』について説明しておこう。もともとはネットの地域情報掲示板で出会ったメンバーで作った、ただの仲良しグループである。学校や年齢もばらばらで、共通点は人のもしくは組織の情報が大好きという、あまりいい趣味とは言えない趣味を持つ人間ばかりの集まりだ。出会ってから数年経った今では、定期的に自分の得た情報をしゃべる『会議』が行われている。まあようするに、だらだら会話しているだけの時間である。メンバーによって本名は知っていても実際に会ったことがなかったり、同じ学校だったり、すべてが謎だったりと、情報公開度は様々である。


「今回の参加メンバーは……ねこ侍さん、何か聞いていますか?」

「いやー、会長が把握してることと、オレの情報はそんなに変わらないと思うけど」

おっとりとした雰囲気が声からでも伝わってくるのは、副会長の『ねこ侍』だ。もちろん本名ではなく、ネットでのお名前である。ちなみに会長の『神宮寺 桜子』も本名ではない。

「とりあえず、欠席の報告していくねー。えーと、nonokoは彼氏とデートのため欠席。影虎さんは気が向いたら来る。PPさんは大学の課題が終わらないから今回は欠席。こんな感じです」

「ごくろうさまですわ。ではわたくしを含めて参加者は4人ですわね」

「そうだろうね。影虎姉さんの「気が向いたら」は来ないってことだし」

神宮寺会長に答えたのは、もう1人の参加者『レグルス』だった。彼女はあたしと同じ歳である。

「てか、今日男子って、ねこ侍だけじゃん! やったハーレムだね! 美人ばっかりだよ。どう嬉しい?」

「勘弁してよー。いつもこうやっていじられるのはPPさんの役目だし、オレそういうの担当じゃないから」

「だってPPいないんだもん」

レグルスのふてくされた表情が見えるようだ。今回参加していないPPは、影虎を除けば一番年上のはずなのだが、よく年下のレグルスにからかわれ遊ばれている。あたしも一緒になってよくいじってはいるが。


「てか、nonokoデートって……爆発すればいのに」

レグルスの興味はそっちに移ったらしい。何回か前の会議で彼氏ができたと嬉しそうに報告していたnonokoは会議よりも彼氏を優先したようだ。

「こんな夜までデートですか。そうですか。明日月曜日なのにね。どこまでやっちゃう気だろうね」

はあーとため息が聞こえた。今誰がしゃべっているかは名前の上に表示されているアイコンが点灯するため大変わかりやすい。つまり神宮寺会長のため息であると判断することができる。

どうしたのだ会長。彼氏と聞いてうらやましくなってしまったのか?


「先ほどから、一言もしゃべりませんわね。シュガーさん」


ああ。ため息の原因はあたしでしたか。やっぱり昼間のあの件で怒ってます?

シュガーさんとは、佐藤→砂糖→シュガーという安易なあたしの名前なのだが、そのシュガーの部分に怒りが含まれていたのは十分わかってしまった。

「今日は情報を交換し合う前に、話し合うことがありますわ」

あたしは特に話し合いたいとは思いません。

「身に覚えがあるでしょう? 何か言うことはありませんの?」

「……すみません、神宮寺会長」

なんとか絞り出した声で謝罪する。今から怒られるんだろうな。嫌だな。陽菜に会いたいな。

「ごめん事情がさっぱりわからないからさ、説明してくれる?」

「知りませんの? ねこ侍さんは副会長なのですから、もっと自覚を持って情報収集するべきですわ」

「うん、ごめん」

たいして反省していなさそうなねこ侍と、自分に火の粉が降りかかってこないように大人しくしているレグルスに対して、会長の説明が始まった。説明とは、「ケーキ屋『あまみ』で陽菜が不良にからまれちゃった事件」である。神宮寺会長がご立腹しているのは、あたしが不良たちを追い払うために色々と喋ってしまった件についてだ。


「いいですか、シュガーさん! 情報は密かに愛でて味わい楽しむもの。それを脅す道具に使うとは何事ですか!?」

「すみません」

「情報愛好倶楽部の約束事を忘れたとは言わせませんよ。『一つ、情報は人を不幸にするために使ってはならない』ですわ」

「すみません」

「あなたが大切にしている『お姫様』を護るために、気を付けておくべき者の名前と情報はお伝えしました。しかし、いつのまにか弱みまで調べ上げそれを一般人にさらした挙句、自慢げにしているなど我慢なりません!」

「すみません」

さっきからねこ侍とレグルスがとっても静かだ。きっとヘッドフォンの音量をだいぶ小さくしてミュートにしているに違いない。だってノイズの音が減っているし。


「情報は身を守るための盾でもあります。知っていれば回避できるトラブルも多くあります。松坂と村雨についてはわたくしの星宮学園の生徒たちにからんで問題となっていたのでお教えしました。そうすれば彼らの行動範囲を避けられるだろうと思ってのことです。ですが、あそこまでしろとは誰も言っていませんわ! 聞いていますか、シュガーさん!」

神宮寺会長って、あたしの苦手としている英語教師に似ている。怒り方とかそっくりだ。

これで『シュガーさん』じゃなくて『佐藤さん』なら本当に似てるのに、と思いつつも神宮寺会長があたしを『佐藤さん』と呼ばないのはわけがある。お嬢様の会長にとっては情報愛好倶楽部の個人情報など全て家の力で知っているだろうから、佐藤 真由美というあたしの名前なんてバレバレだ。しかし情報愛好倶楽部のメンバーは本名を知っていても自分たちもしくは自分たちに近い人物である場合は名前を伏せる、という暗黙のルールがある。あたしが大好きだと日々公言している陽菜のことも皆は『姫』と呼んで、決して『日浅 陽菜』とは口にしない。

「シュガーさん!!」

やばい、別のことを考えていた。慌てて返事をするも、神宮寺会長の不機嫌は変わらない。今日は最後までこれが続くのだろう。ああ、本当に憂鬱だ。

「もういいんじゃないかな? シュガーも反省してるみたいだし」

やっと帰ってきたねこ侍が、あたしと神宮寺会長の会話の間に立ってくれた。もめるのはいつものことなので、ねこ侍がこうやってとりなしてくれるのもいつものことである。さすが先輩。頼りになる。

「まあ、シュガーさんが今後一切情報を悪用しませんと誓うのでしたら構いませんが」

会長それはたぶん無理です。陽菜がいる限り、あたしは盾だけじゃなくて剣としても情報を使い続けるだろうから。

「なるほど。じゃあ今回もそれでいいよねー。シュガーさん誓って」

「ハイ、これからは情報を悪用いたしません。スミマセン会長」

何度目かになる誓い。しかしその誓いを何度もやぶってきているので、もはや誓いとは呼べないレベルだ。

「まったく、その誓いもいつまで続くことやら。情報愛好倶楽部のメンバーとして恥ずかしくないのですか」

「恥ずかしいです」

高校2年にもなって毎度のように怒られる自分が恥ずかしいです。


「さて、いつものように報告会にしよっかー」

ぱんっと手をたたいて空気を変えたのは、ねこ侍だ。ようやくレグルスも戻って、普段通りの雑談会になった。ときどき神宮寺会長に嫌味を言われてチクチクさされながらの会話だったけれど、頑張って耐えた。



「シュガーの学校に美青年の転校生がきたんだってね?」

レグルスのその一言で、あたしの学校の話題になった。天海は叔母であるかおるさんのケーキ屋さんも手伝っているわけだし、甘いもの大好きな女子高生たちの話によく出てくるらしい。

「優しい笑顔のイケメンで、フルーツやケーキについての知識も豊富。気配りもできて、ほんといい男だよね」

それはいったい誰のことだ。

本当に天海の話なのか。

愛想悪いし、なぜか不機嫌そうだし、クラスメイトが話しかけても「ああ」とか「わかった」とか返事は一言。仲良くなる気が全く感じられない冷たい男である。確かにかおるさんの店で働く天海は別人のように笑顔を振りまいているが、そのときのヤツしか知らないって可哀そうな女たちだな。

「いや、知ってるよ」

天海の普段の態度がどれほど悪いか熱く語っていると、レグルスにばっさり切られた。

「え、そうなの?」

「ちゃんと写真もあるし。いいよねギャップ萌えって」

パソコン画面のチャット部分にレグルスから画像が2つ送られてきた。今は会議通話中なので、神宮寺会長とねこ侍にもこの写真は届いているだろう。

「この写真なら、わたくしも持っていますわ」

さも当然のようにお嬢様がおっしゃる。普通持ってねーよ。良家の子女の嗜みみたいに言われても。

ダウンロードした写真を開いてみると、ケーキ屋「あまみ」にて笑顔で接客をする天海と学食にて真顔で食事をする天海が写っていた。どうみても隠し撮りである。

「普段はクールで誰にも媚びない美青年が、少年のように嬉しそうにスイーツについて語る姿! 最高だね! やっぱり私は天海くん派だな」

『派』って何。レグルスはああいうのがタイプなんですか。あたしは絶対嫌なんだけど。

「あら、わたくしは森口さんの方が素敵だと思いますけれど」

神宮寺会長もこの話題に食らいついてきた。森口ってあの森口 春樹ですか。あのさわやかクソやろうのことですか。

「女子に優しいところはポイントが高いですし、運動している姿は本当にカッコいいですわ。今日の練習試合も一人だけ輝いていましたわね」

え、見に行ったの?

わざわざ神宮寺家(仮)のお嬢様が、ただの高校生の男を見に行ったの?

情報愛好倶楽部の女子メンバーが、あたしの高校の男たちに興味を持ちすぎていることにやや恐怖を感じる。

「会長は実物の天海くんを知らないからそういうことを言えるんだよ! シュガー愛しの『姫』を庇う姿なんてすっごくかっこよかったんだから!」

「あの場にいたの!?」

レグルスの発言に思わず椅子から立ち上がる。勢いよく椅子が後ろへ倒れたが、わりとどうでもよかった。あたしは残念ながらレグルス本人に会ったことがない。しかし、あの騒ぎを見物していたということは、あたしの姿はばっちり見られてたってことだよね。

「店にはいたよ。店内だったから音は聞こえなかったんだけど、2人いた女の子のうちの可愛くない方がシュガーだよね?」

ひどい言われようだ。しかしそれが真実なのだから否定したところでどうしようもない。それにあたしの陽菜の可愛さは生でレグルスに伝わったのだから特に問題はないだろう。

「いや、たぶんそうだろうなと思ってたんだけど、さっき会長がシュガーを怒ってるのを聞いて、やっぱりあそこにいたのはシュガーなのかって」

「まあ『あまみ』でシュガーがこよなく愛する『姫』が働いているのは、みんな知っていましたものね」

「あー見られてたのか。なんかイヤだな」

椅子の位置をなおして着席しながら、あたしは自分の弱みを握られてしまったような気分になっていた。あたしは知らないのに相手はあたしを知っているってなんかずるい。

「なんで? シュガーが男子の制服着てるのわりと似合ってたよ。『姫』と天海くんのせいで霞んでたけど」

それは褒めているようで褒めていないね。

「ちゃんとシュガーの写真も撮っておいたからね」

「なぜ!?」

やられた。

神宮寺会長には所持されているだろうとは思っていたけど、レグルスにあたしの写真を持っていると言われる日が来るなんて想像したくなかった。

怖い。もめたときに確実にネタにされる。あたしと違ってレグルスはうまく立ち回るだろうから会長にばれないように脅してくるに決まっている。

「私のアルバムに大切にしまっておくよ。無くさないように」

「いや、今すぐ破棄してくださっても……」

弱々しいあたしの声に、ぶっと誰かが噴き出した。今点灯したのは猫のアイコンだな。黙っているから他の作業でもしているのかと思ったがばっちり聞いていたのかねこ侍。

「シュガーさんの写真の件はいいとして」

ぱちんという音と共にバラのアイコンが光る。おそらく神宮寺会長が自慢の扇子を閉じた音だ。

「あなたの大切なお姫様ですけれど、新情報がありますわよ」

陽菜の話になった途端、あたしは自分の写真などどうでもよくなった。

「神宮寺会長、言いましたよね。あたし、あの子の情報は一切いらないって」


これは昔のことだが、陽菜について情報を教えようという親切心からメンバーが動いてくれたことがあった。あたしが毎回毎回会議の度に、女神、天使、マイプリンセス、と語り、褒め、うざったいぐらいに叫んでいたので、それにあきれたメンバーが餌を与えて大人しくしようとした、とも言える。

しかし、あたしにはどうしてもそれらの情報が受け取れなかった。

陽菜とは普通の友人関係を築きたいと考えていたため、ずるいことはしたくなかったのだ。あたしが知っているのは陽菜から直接話して得たものだけ。陽菜があたしを信用してここまでなら教えてもいいと語ってくれたものだけだ。


「そんなことはわかっていますわ。お姫様のことを好きだと隠しもせずに寄ってくる男の情報です」

「それならください」

「A組の彼ですけれど、明日から復活しますわよ。しばらく体調不良で動けなかったようですがもう大丈夫だそうです」

「まじですか!?」

めんどくさいのがまた1人増えるのか。あたしは頭を抱えてその場につっぷした。重みでキーボードが押され、謎の文字列が打ち込まれ画面に表示される。


「情報をうまく使って、かわせばよろしいのですわ」

「頑張ってねー。シュガー」

あたしより1学年上の神宮寺会長とねこ侍副会長の年上コンビに励まされた。というか会長は簡単に言ってくれるが「どうやって」と1時間ぐらい問い詰めたい。

「シュガーが男たちに苦労する様子は私好きだな。聞いてて面白いし」

レグルスの声は軽い。あなたのそういうところ苦手なんですよ。困っててもたまにしか助けてくれないし。あと写真捨てて。


「では、本日の情報愛好倶楽部、日曜日会議はこれにて終わりにしますわ。それではみなさん、ごきげんよう」

「はーい、じゃあねー」

「ごきげんよう! みんな!」

「……ごきげんよう」


ぷつり、とそこで通話は終了した。

不安はたくさんあるけれど、めんどくさいし明日考えることにする。


「寝よう」

壁に貼られた陽菜の写真を見て心を落ち着けてから、あたしはベッドにもぐりこんだ。


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