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彼女に恋する男に恋する女

靴箱から少しだけ顔を出して、わたし峰 織枝は辺りの様子を窺う。きっと傍からみれば不審者そのものだろう。だけど制服を着ているから間違って通報されたりはしないはず……うんしないはず。マスクやらサングラスやらで変装している間に、森口くんは先に生徒玄関を通ってしまったらしい。紙ぐらいしか入れるスペースがない隙間から懐中電灯と目を必死に近づけて彼の上履きが有るのを確認したから間違いない。きっと今頃制服からユニフォームに着替えてサッカー部の練習に励んでいるのだろう。見たい。すぅっごく見たい。流れる汗とか真剣な表情とか服の下から時折こんにちはする筋肉とか。もうだめ、ああ行きたい。見たいハアハアする。

胸に手を当て本当にハアハアしてたら、足音が聞こえて体がびくっとはねた。いけないわ、織枝。何をしに来たのか思い出すのよ。そう、わたしは日浅陽菜に嫌がらせをするためにここに存在するのだから!

「……!」

予想通りというか何というか、足音の正体はやはり学校のアイドル日浅だ。何か考え事をしているのか心ここにあらず、といった感じで自分の靴箱からローファーを取り出している。勝負は彼女がいなくなってからだ。そのために変装もばっちりしたし、万が一誰かに見られたとしてもすぐに逃げれば犯人を特定することは不可能だろう。わたしってば何てお利口さん。頭脳派すぎて笑えちゃうわ!

「あーはっはっは……は!?」

本当に笑ってしまった。

やば、気が付かれたか!? 慌てて日浅陽菜がいた場所を確認するが、すでに彼女の姿はない。危ない危ない。人気のないことをもう一度確認し、わたしはそこからゆっくりと移動を開始する。手には最凶の嫌がらせグッズを持ち、口元はニヤリと吊り上り(マスクをしていたのできっと誰にもわからないだろうけど)、もう何も怖いものはなかった。

そう、このときのわたしの気分は最高にハイだったといえる。

うん、このときはね。






● ● ● ● ● ●






あいつは何をやってるんだ。

峰 織枝を発見したときのあたしの第一の感想がそれだった。

不審者のような怪しい恰好は先ほど目撃しているが、手にスーパーのビニール袋を持ち、誰かの下駄箱を必死に覗き込んでいる姿は異様である。お前が持っているビニール袋はなんで蠢いてるんだ。気持ち悪いだろそれ。と、そこではたと気づく。織枝が物凄い負の感情を抱えて立っているのは、陽菜の下駄箱の前ではないかと。



「ちょっとあんた何やってんのよ!!!」

「わひぃぃぃぃぃ!!!!」



勢いよく飛び出すと、それに驚いたのか彼女はがんっと頭をぶつけ後ろに倒れて尻餅をついた。その衝撃で、屋内ではまったく役に立たないサングラスが吹っ飛ぶ。こちらを振り返った峰 織枝の目元には涙が滲んでいた。

「げ、佐藤真由美!」

「ああ?」

「げ」とはなんだ。「げ」とは。そんなにあたしに会うのは嫌か。まあ、あたしもあんたに会いたかったわけじゃないけど。

ゆっくりと近づくと、それに合わせて峰 織枝がずりずりと後ずさった。後ろは下駄箱で退路なんてないのに無駄な行動である。

「あたしの、大切な、陽菜の、靴箱の前で、あんたは一体何をしてるの?」

これでも怒りは抑えたほうだ。表情は引きつっていただろうが頑張って笑顔を作ってやった。ほら、言ってみろ。寛大なあたしの前で洗いざらい吐いちまえ。

「……ご」

「ご?」

「ごめんなさいいいいいいいいい」

彼女はその一言を喉の奥から絞り出し、正座して、頭と手をぺたりと床につけた。

土下座である。

それは見事な土下座であった。

しかし、峰 織枝が手に持っていた動くビニール袋はその行動についていけなかったのか、気が付けば宙を舞っていた。あたしの膝下ぐらいの高さを、あたしめがけて飛んでくる。当然袋の口は開いたままで、赤黒い何かがコンニチハしている。どこか自分には関係のない出来事のように、あたしはそれを眺めていた。スローモーションだ。細長い物体がやってくる。あたしの足に付着する。それはもう大量に。


「おい、峰 織枝」

「はい」

「すみませんが、説明してくれませんかね?」

「はい」


何故、数えきれないほどのミミズがあたしの足の上で這い回っているのか。




しばらく沈黙が続いて、片付けようという空気になった。

生徒玄関の端に設置されている掃除用具入れからほうきとちりとりを取り出し、2人で黙って掃除する。自由気ままに動き回るミミズを踏まないように、あたしたちは校庭にある花壇と下駄箱周辺を往復する。元気にやれよミミズたち。こんな草も土もない人里に来るもんじゃない。

ミミズたちをできるだけ自然っぽいところに帰して、あたしは改めて峰 織枝と向き合った。


「で、だいたい想像はつくけど、あんたはここで何をやってたの」

「日浅 陽菜に嫌がらせをしようとしていました」

「それで何でミミズ?」

「朝来た時に上履きに履き替えようとして、大量に入ってたら嫌がると思って」

「そりゃ嫌がるだろうね」

陽菜とミミズが。

「もしかして、森口とあたしの写真を黒板に貼ったのあんた?」

びくりと峰 織枝の肩が跳ね上がった。マジか。確信はなかったのだが、どうやらこいつが犯人らしい。確かに今日の「森口とあたしのウソまみれ恋愛事件」にはイライラした。だが、そんなことよりも陽菜に手を出そうとしたのは大問題である。

「どうする? どうなりたい? 煮たり、焼いたり、埋めたり、沈めたり、どれがいいの? 選ばせてあげるよ?」

できるだけ無表情であたしは峰 織枝を見つめる。この言葉はもちろん本気ではないけれど、この女が恐怖して二度とあたしたちに近づかなければそれでいい。

そう、無言で逃げ帰ってくれればそれでよかったのだ。


「『煮る』でお願いします!」

「は?」

返ってきたのは予想外の答えだった。

あたしが現れる前のブラックな雰囲気はどこかへ旅に出たようで、現在の峰 織枝は産まれたての小鹿のようにぷるぷるしていた。怪しいマスクの上に並ぶ瞳は、涙が溜まっているせいかキラキラと輝いていた。ますます小鹿っぽい。

「いや、焼いたりとか、埋めたりとか、沈めたりよりはまだ大丈夫だと思ったんだけど」

ちょっとこの女よくわからないです。

「で、どう煮るの? わたしはどう煮られちゃうの?」

こっちが聞きたいよ。


「あのさ、ちょっと話さない?」

峰 織枝の反応に、あたしの怒りは引っ込んでしまった。こいつは悪役になりきれていないというか、いつも陽菜に悪意をぶつけてくる女たちとはどこか違う。

ミミズに触れた手をしっかり洗って、あたしは外の自販機でジュースでも買うことにした。

あたしの言葉の続きを待ってか、後ろをトコトコと峰 織枝はついてくる。

「話って?」

炭酸の入ったジュースが飲みたくてボタンを押すと、彼女のほうから声をかけてきた。がこん、という音を確認して緑と白のラインが入った缶を取り出すと、峰 織枝も自販機に小銭を投入していた。

「あんたさ、森口が好きなんでしょ?」

「うん」

「だから、陽菜に嫌がらせしようとした? どうして?」

森口のファンたちから陽菜を護るために、あたしは今まで色々と頑張ってきた。頑張ってきた内容は省くけれど、陽菜と森口は挨拶をかわす、たまに陽菜のバイト先で出会ったりする、ただのクラスメートにすぎない。それなのに何故、峰 織枝の敵意は急に陽菜に向いたりしたのだろう。

「実は……」

そこから彼女が話してくれた内容は、飲みかけの缶をあたしが握りつぶしても怒りが収まらないような内容だった。はあ? 放課後の誰もいない教室? はあ? 何その至近距離?

天使も逃げ出す素晴らしき陽菜の笑顔を思い浮かべて、あたしはなんとか気を静める。ここで部活中の森口の首を絞めに行っても仕方のないことだ。あたしが犯罪者になるだけである。それは避けたい。


「もう一度確認するけどさ、あんたは森口のことが好きなんだよね?」

少し、話の流れを変えることにする。

「うん、好きだけど」

恥ずかしげに俯いた彼女の頬は、赤く染まっていた。うわーこの幸せそうな感じ見たことあるよ。あたしの大っ嫌いな爽やかクソ野郎にそっくり。

でも、疑問が一つ。


「じゃあさ、何であたしと森口の仲が疑われるような写真を貼ったの? 好きな男と別の女が恋愛してるような場面見て楽しいの?」

「そういうわけじゃないけど……あの写真を他の女子が見たら勝手にあんたを排除してくれると思って」


こいつはなかなか腹黒い女のようだ。なんて恐ろしい。

あたしにビビッているような雰囲気だったからつい気持ちを緩めてしまったが、心の中ではドロドロの黒い液体が渦巻いているようなやつだったのか。油断できないな。

少し身を引いたあたしなんか見もしないで、峰 織枝は喋り続けていた。

「森口くんはね、誰とも付き合わなければいいの。わたしは別に彼女になりたいわけじゃないし、視界にいてくれるだけでわりと幸せだから。だから、誰か特定の人と一緒に並ばれてると不愉快なんだよね。それだったら、わたしが隣にいるし。手とか繋いじゃたり、2人で下校したり、そのうち距離が近づいて……き、キ…す、とか……きゃあああああああ恥ずかしいいいいい」


怖い。一歩間違えれば彼女は立派なストーカーかもしれない。

というか写真とかミミズとかの時点でもう最悪なんだけど。あたしが男なら絶対こんな女とは付き合いたくない。というか陽菜以外嫌です。


しかし、この思いは利用できるかもしれない。



「見てるだけで、満足なの?」

ぴたりと織枝の動きが止まった。うん、なんかもう『織枝』でいいや。

「どういうこと?」

「『彼女』になりたくないの? 森口の、彼女に、なりたくないの?」

体の前で手をぶんぶん振って「え、でも、わたしなんか」と言っているが、これはいける気がする。もっと押せば、この女は落ちる。

「織枝、あたし協力するよ! 陽菜に二度とこんなことしないって誓うなら全力で応援する」

「へ?」

「朝、森口の電話で起こされて、玄関から外に出れば森口が待ってて、森口と一緒に登校して、授業中に偶然森口と目があって微笑んで、お昼休み森口と一緒にお弁当を食べて、放課後は部活中の森口を応援して、部活の休憩時間に森口にタオルを差し出して、森口とラブラブしてるって他の部員からからかわれて、シャワーで汗を流したどこか色っぽい森口と一緒に下校! どうよ!? 幸せでしょ!?」


言ってて吐きそう。途中でちょっと想像しちゃってさらに気持ち悪い。陽菜とこんなことしたいなーと妄想したことを森口に置換して喋ってみたけど、予想以上にきつかった。あたしのライフはもうゼロです。


「へへっ……森口くんと、森口くんと、森口くんと」

いけない世界へどっぷり浸っているのか、織枝の顔はやばかった。目なんかぐるんぐるん回っているし、口からはよだれがたらーっと滴っている。あたしが陽菜のことを考えているときもこんな顔してるかもしれない。いや、無いと思いたいけど鏡を見たことがないのだからしょうがない。

「ちょっと、織枝? いいかげんに戻って!」

よだれには触れないようにして頬をぺちぺちとはたくと、ようやく彼女は意識を取り戻したようだ。きょろきょろと辺りを見回し、「あれ? さっきまでベッドの上で森口くんといたはずなのに…」とほざいている。そこまで言ってないぞ、あたしは。あんたは森口にどこまでさせる気だ。キスできゃーとか叫んでたのに。


「見てるだけより、触れたいよね!? 彼氏彼女になりたいよね!?」

「なりたいです!」

「キスとかしたいよね!?」

「したいです!」

「それ以上もやっちゃいたいよね!?」

「やっちゃいたいです!」

「よく言った!!」

「はい!!!」

「お前ら、ハワイに行きたいかあああ!?」

「おおおおおおお!!!」


異常なテンションであたしたちは拳を天高く伸ばす。自販機で買ったジュースはとっくになくなっていて、2人同時にごみ箱に向かって投げた。きらりと空中で輝いた缶たちは綺麗な軌道を描いて、飾り気のないカゴに飛び込む。よっし、入った。そして、うまくいった。森口大好きなこの危ない女を森口とひっつけてしまえばあたしの不安の種は減るんじゃないか、という考えの元で動いてみたのだが、案外上手くいくかもしれない。何だか気分も良くなってきた。織枝の恋をさっさと成就させて、あたしは陽菜との楽園生活を満喫する。うん、最高だ。さようなら森口。ありがとう森口。あたしの視界から消えてちょっと寂しく――……は、ならないけど。でもお礼ぐらいは言ってやるよ。いなくなってくれてありがとう。




「よし、じゃあ行くよ!」

「行くって、どこに?」

「サッカー部が練習してるところ」


幸せそうだった織枝の表情が一気に歪む。あれ? 今、愛しの森口くんに会いに行きませんか?って遠まわしに誘ったのに、おかしいなあ。


「無理無理むりむり…無理だって! わたし、佐藤みたいに勢いとか勇気とか根性ないし」

ぷるぷると震えて、またあの小鹿みたいな目になっている。やめてくれ小鹿モードは。勢いとか勇気のない人間が、あんな嫌がらせしないだろうが。どうしてそんな気弱そうな人間がミミズを所持してるんだよ、根性ないやつは所持してないだろう。根性ある人間が全員ミミズを所持していたらそれはそれで問題だけど。


「見に行くだけだよ。 汗を流しながら爽やかに部活する森口が待ってるよ。行こう」

汗を流しながら、の辺りで妄想しだした織枝を引きずって、あたしはなんとか校庭にたどり着く。野球部がランニングしてたり、ロボット研究会が飛行実験をしているのはどうでもいい。どこだ、森口の野郎。少しイラっとしたがすぐに森口は見つかった。正確に言えば、森口ではなくそのファンなのだが。


「きゃあああああ森口くーん!!!」

「こっち向いてええええ!」

「カッコいい! カッコいいよお!」

「あ、今あたしにウインクしてくれた!」

「はぁん!? あんた頭湧いてんじゃないの!? 森口君がそんなことするわけないでしょ!?」

「きゃあああ春樹くうううん!!」

「誰じゃあああ今、下の名前で、森口くんを呼んだやつは!?」


疲労感。

帰っていいですか、と手を上げたくなる虚無感。

昔、少女マンガでこんな場面読んだことあるけど本当にあるんですね。というか少女マンガのほうが、まだお花が飛び交っていた。ここには殺伐とした女の戦いしかない。誰かが手作りクッキーとか持ってきたら、1秒で粉々にされるんじゃないだろうか。

「森口くんが……うふ…森口くんがあ」と視線をさまよわせて呟く織枝を見下げる。今にも倒れそうな感じで地面に「森口くん」をぶつける彼女はどうも頼りなかった。人選を失敗したかな。でも、いい具合に利用できそうなのって、織枝ぐらいしかいないし。


「しっかりしなさい、森口に会いにきたんだから!」

「森口くん!」

覚醒した織枝を引っ張って、あたしは運動部の部室が集合したエリアへ移動する。サッカー部の疲労しきった顔を見て、もうすぐ休憩になるなと判断したからだ。彼らの部室近くの花壇にじっと身をひそめ、その時を待つ。あたしたちからではなく、森口からこちらに近づいてもらう。穴だらけだけどあえて心の中で叫んでおこう。なんて完璧な作戦! 何事もまず気持ちからだ。


ざわざわと、徐々に男子たちの声が近づく。休憩、そして給水にきたのだろう。いらっしゃーい。新婚さんじゃなくても、歓迎してやろう。特に、森口。


「あ」


それはきっと神様の優しさだった。

建物の陰から誰かが手を伸ばすのが見えた。その手から逃げるように、青色のタオルが飛んでいく。風に遊ばれタオルがたどり着いたのは、あたしたちが身を隠している花壇だった。


「織枝!」小声だったけれど、彼女は驚いたようでその場ですくっと立ち上がった。「タオル!」どこか機械的な動きで目の前の青い幸せを彼女は掴む。「行ってこい!」森口のファンからはちょうどこの位置は建物によって見えていないことを確認して、あたしは織枝の背中を押した。


一歩、一歩、織枝が進んだ先には、待ち望んだ人物が立っていた。

「ありがとう。君が拾ってくれたんだ」

いつもの制服姿とは違う、爽やかスポーツマン森口だった。流れる汗も、疲れた表情も、彼を「かっこいい」と言わせるための要素でしかない。本当に腹立たしい男。さっさと消えてくれればいいのに。あ、もちろん織枝と幸せになってから消えてください。そこから先は文句なんかありませんので。


「あ、あ、あの、あの、あの、これ」



真っ赤な顔で、織枝はタオルを差し出した。もうちょっとタオルは返さないで話してもいいと思うけど、今の彼女には無理だろう。というか早く引き離したほうがいいかもしれない。爆発するかもしれないしね。恥ずかしすぎて。


「ありがとう、峰さん」


ハートをぶち抜く笑顔で森口は青いタオルを受け取った。そして、同じ部員の元へと駆けていく。織枝は動かない。視線は森口が先ほどまでいた場所に固定され、ぷるぷる震えていた。よくやったよ、織枝。今日一日で、あんたには怒りとか恐怖とか色んな感情を持ったけれど、今はなんだか穏やかな気分だ。母親ってこんな感じかな。いや、たぶん違うかな。

まあ、いっか。


「ほら、帰るよ。とりあえず今日はここまでにしとこう」

「わたしのこと」

「うん?

「森口くん知ってたんだ……名前も呼んでくれた」

「良かったね」

「うん!」


前進だ。これからどうなるかわからないけど、森口と織枝を接触させることには成功した。今後は織枝の頑張りと、あたしの作戦次第だろう。ああ、あと森口の心にもよるか。

「わたし頑張るよ。乳デカ日浅は嫌いだけど、佐藤が応援してくれるなら、嫌がらせとかしないから!」


ん?

いまこいつは何て言った?


「絶対、日浅陽菜の作られた愛されキャラに森口くんは騙されてると思うんだよね。あんな顔がよくておっぱいでかいだけの女のどこがいいんだか――……」

そこまで言って、織枝は口をつぐんだ。あたしの前で言ってはいけないことをべらべら喋っているのにようやく気が付いたらしい。

「織枝、陽菜の悪口は禁止ね。あんたの恋を手伝う条件の二つ目に追加しといて」


陽菜をどう思うのか、それは個人の勝手だ。

だから、心の中でどう思うのかそんなところまで責めはしない。だけど、その感情を言葉にしたり行動に移したら、あたしは動く。ラブレターはまあいいだろう。どうせ陽菜は興味ないだろうし。けれど悪意をぶつけるのは許さない。あと森口と、最近増えた転校生と、さらにイラつくあの男とかも許さない。あたしが嫌だっていうのもあるけど、お前らと陽菜が結ばれると確実に陽菜が苦労するに決まってる。


「ごめん」

思ったよりも織枝は落ち込んだ様子で下を向いていた。

「次から気を付けてね」

軽く笑ってみせると、織枝は安心したのかこくりと頷く。

しかし、あたしの前で陽菜をバカにしたんだ。少しぐらい仕返ししてやろう。



「あ、織枝、さっき妄想してた時に流れたよだれの跡が残ってるよ。……森口に見られちゃったね」

「ええええええええ!?」


慌ててハンカチを取り出して、口元を拭う織枝。

本当は校庭に引きずっていく間にティッシュでふきとってやったんだけど、もう少し黙っていよう。


さて、本日のメインイベントはこれからだ。

携帯で時間をチェックして、まだ店は閉まっていないと安心する。


「じゃあね、織枝! また明日!」

「ちょっと待ってよ!! 佐藤!!」



織枝には森口がいて。

あたしには陽菜がいる。それでいい。というかそれがいい。

いつまでこうしていられるのかわからないけど、それでも今楽しければそれでいい。

甘い香りを纏って、ふわふわの衣装に身を包み、あたしを出迎えてくれる彼女の姿を想像する。待ってて、すぐ行くからね。陽菜!


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