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悪役令嬢は断罪裁判で泣かない——ちょっと「異議あり」って言ってみたかったのよね

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/04/01

私はリーゼロッテ・ヴァイス。公爵家の一人娘。


転生してきてもう六年になるけれど、正直なところ…この世界、けっこう居心地がいい。


前世の私は企業の法務部で毎日書類と格闘して、上司に怒鳴られて、終電で帰って、コンビニのおにぎりを食べて寝る。


そんな生活を二十八年続けて、ある日の朝、駅のホームで意識が途切れた。


そして目覚めたら公爵令嬢になっていた。


ご飯は誰かが作ってくれて、すごく美味しい。庭は広いし、仕事はない。最高。


……だったのだけど。




「リーゼロッテ・ヴァイス。貴女を、聖女エルミナ様への毒殺未遂の罪で告発します」


今、私は大広間の真ん中に立っている。


両手に鎖。周囲には貴族たち。三人の審判官が正面の高い席に座っている。


公開断罪裁判。この国独自の制度だ。

告発された者が大勢の前で裁かれる。弁護人を立てることもできるらしいけれど、断罪裁判で弁護を引き受ける物好きはいない。告発された時点でほぼ有罪。それがこの国の常識。


告発したのは、王太子ディートリヒ殿下。


私の元婚約者だ。


「証拠は揃っています。目撃者もいる。リーゼロッテ、貴女は聖女エルミナ様の杯に毒を混入した」


殿下の声が広間に響いた。


自信に満ちた顔。完璧な演出。


周囲の貴族たちがざわめいて、私を見る目はもう「有罪」と決まったかのようだった。


もちろん毒なんて盛っていない。


エルミナ様と会ったのだって、あの晩餐会で二言三言話しただけだ。

でもそんなこと、ここで叫んだって誰も聞いてくれない。


この裁判は最初から結論が決まっている。


審判官のひとり、ハーゲン卿が形式的に尋ねた。


「被告人リーゼロッテ・ヴァイス。弁護人は立てますか」


弁護人。


誰もいない。父は病床に伏せていて来られない。


家の使用人たちは王太子の圧力で口を封じられた。

友人と呼べる人は…正直、いなかった。


公爵令嬢って、意外と孤独なのだ。


「……弁護人は」


声が震えそうになった。


でも、ふと思った。前世の私は何をしていたのだったか…


そうだ、企業の法務部だ。

契約書の穴を見つけて、交渉相手の矛盾を指摘して、不当な要求を跳ね返す。それが仕事だった。


相手が怖い顔をしても、理屈が通っていれば負けない。そう叩き込まれた。


今だって同じだ。

告発の根拠が証言だけなら、その証言に穴がないか確かめればいい。


「弁護人は、自分で務めます」


広間が、一瞬止まった。


審判官たちが顔を見合わせた。

ディートリヒ殿下が眉をひそめた。観衆がざわついた。


「……前例がありませんが」ハーゲン卿が言った。


「禁止もされていませんよね」


ハーゲン卿が少し考えて、頷いた。

「規則上は、許可されます」


よし。


心臓がばくばくしてる。手が震えてる。


でも、前世で学んだことと記憶がある。

震えてても声が出れば、それは戦える証拠だ。


正直に言うと、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ…「異議あり」って言ってみたかったのよね。こういう場で。



「では、告発側の証人を呼んでください」


私が言うと、ディートリヒ殿下が少し不愉快そうな顔をした。

被告が仕切るなんて想定外だったのだろう。




最初の証人は、騎士のブルクハルトという男だった。


「私はあの晩、晩餐会の入口に立っていました。

リーゼロッテ様が聖女様の杯に何かを入れるのを、はっきりと目撃いたしました」


堂々とした証言。声も大きい。よく練習したんだろうな、と思った。


「ブルクハルト様、一つ聞いてもいいですか」


「はい」


「あなたは晩餐会の入口にいたと言いましたね。入口というのは、大広間の北側の扉のことでしょうか」


「……そうです」


「聖女様のお席は、大広間の南側の奥でしたよね。

入口からだと、柱がいくつか間にあります。あの位置から杯に何かを入れる手元が見えましたか」



ブルクハルトの目が泳いでいる。


「……み、見えました」


「柱の間から」


「は、はい」


「あの大広間は柱が八本あって、南側の席は入口から直接見えない配置です。あなたが見えたというのは、どの角度からですか」


ブルクハルトが完全に言葉を失った。


観衆がざわめいた。

審判官のハーゲン卿がメモを取っているのが見えた。


「つまり……あなたは実際には見ていないのに、見たと証言している。そういうことですか」


「それは……私は確かに……」



ハーゲン卿が発言する。

「……結構です。次の証人をお願いします」


心の中で拳を握った。


よし。一人目、崩した。


前世の法務部の先輩が言っていた。

「嘘をついてる人間は、詳細を聞かれると必ずどこかで辻褄が合わなくなる」。その通りだった。



二人目の証人は、侍女のフィーネだった。


フィーネ。

私の元侍女だ。二年間、毎日そばにいてくれた子。


彼女が証言台に立った瞬間、わかった。

手が震えている。目が赤い。泣いた跡がある。


「フィーネは、リーゼロッテ様が毒を準備するところを見たと聞いています。フィーネ、証言を」


ディートリヒ殿下が促した。

フィーネが小さく頷いて、口を開いた。


「……リーゼロッテ様が、お部屋で……小さな瓶を……」


声が震えている。目が私を見て、すぐに逸れた。


すぐわかった。この子は嘘をつかされている。


前世の私なら、ここで証言の矛盾を突いて崩すところだ。

でも、この子は敵じゃない、脅されているだけだ。


「フィーネ」


私は、できるだけ柔らかい声で呼んだ。


「大丈夫、怖くないから。本当のことを、話して」


フィーネの目に涙が溜まった。


「でも……うぅ……で、殿下が……私の家族を……」


広間がしんと静まった。


「殿下が、何をしたの?」


「嘘の証言をしなければ、か、家族の領地を取り上げると……」


フィーネが泣き崩れた。


観衆がどよめいた。審判官たちの表情が変わってざわざわとしている。

ディートリヒ殿下の顔から、初めて余裕が消えた。


「フィーネ。ありがとう。もう大丈夫だから」



フィーネは怖かっただろうに、本当のことを話してくれた。

フィーネのためにも、殿下の嘘を暴かなくてはならない。


私も泣きそうだった。でも泣かない。今は泣いたら負けだ。



「殿下」


私はディートリヒ殿下に向き直った。


「証人の一人目は、物理的に目撃が不可能な位置から見たと嘘をついていました。二人目は、あなたに脅されて偽証させられていました」


殿下の顔が強張った。


「これは……裁判の冒涜だ!被告人が告発者を攻撃するなど…」


「異議あり!」


口から出ていた。言ってしまった。


ちょっと言ってみたかったやつ。今のは完全に前世の影響。


でも広間が一瞬止まった。その一瞬があれば十分だ。


「攻撃ではありません。これは事実の確認です」


私は一歩前に出た。手に巻かれた鎖が鳴った。


「殿下。一つだけ聞かせてください」


「……何だ」


「私を断罪したい本当の理由は、何ですか」


広間が静まり返った。


「毒を盛ったから、ではないですよね。毒なんて存在しないんですから。

証拠も証言も、全部作り物だった。では…なぜ、私を消したいのですか?」


ディートリヒ殿下が、答えなかった。

五秒、十秒と殿下は黙ったままだった。




答えられないのだ。本当の理由を、このたくさんの人の前で言えない。


「聖女に夢中だから邪魔な婚約者を消したかった」なんて、王太子の口からは出せない。


「答えられないということが、答えだと思います」


私はそう言って、審判官たちの方を向いた。


「審判官の皆様。私は毒を盛っていません。

証人の証言はどちらも崩れました。この告発には根拠がありません。

無罪の裁定を、お願いいたします」


ハーゲン卿が隣の審判官と目を合わせた。

短いやりとりの後、立ち上がった。


「被告人リーゼロッテ・ヴァイスに対する告発について…証拠不十分により、無罪とします」


「また、告発側の虚偽についても、別途調査を行います」


ディートリヒ殿下の顔が、蒼白になった。



鎖が外された。

手首の跡がじんじんする。


でも、痛みよりも…全身から力が抜けていくのが感じる。

やった。勝った。


前世では書類の中だけで戦っていた。

誰かの理不尽に「おかしい」と言いたくても、上司に押し潰されて、黙って飲み込んで、それで体を壊した。


今日は、声を出せた。

自分の言葉で、自分の意志で。


「リーゼロッテ様」


振り向くと、聖女エルミナ様が立っていた。


「エルミナ様……」


「私、何も知らなかったんです。ディートリヒ殿下が私の名前を使って、あんなことを……本当にごめんなさい」


エルミナ様の目にも涙が浮かんでいた。


「あなたのせいじゃないでしょう。悪いのは、人の名前を勝手に使った人です」


「でも……」


「でも、じゃないです。あなたは何も悪くない」


エルミナ様が、少し笑った。泣きながら笑った。


「ありがとうございます。リーゼロッテ様は……お強い方ですね」


「強くないです。震えてました。ずっと」


「でも、泣かなかった」


「泣いたら負けかなって。前世で……いえ、昔からそう思ってて」


エルミナ様が不思議そうな顔をしたけれど、深くは聞かなかった。



その後、ディートリヒ殿下が来た。


「リーゼロッテ。戻ってこないか」


「は?」


思わず素の声が出た。


「今回のことは……行き過ぎた、反省している。婚約を戻すことも——」


「お断りします」


即答した。


「私を殺そうとした人の隣に戻る理由がありません」


「殺すなんて…そこまでは——」


「公開断罪で有罪になったら、どうなるかご存知ですよね。

領地没収、身分剥奪、国外追放。歴史上、追放された令嬢がどうなるか、殿下もご存知のはずです」


ディートリヒ殿下が口を閉じた。


「そういうことです。もう、関係ありません」


振り返らなかった。


背中でエルミナ様の声が聞こえた。


「ディートリヒ殿下。私も、あなたのそばにはいられません」


「エルミナ……」


「自分の名前を使って、罪のない人を陥れる方のそばには。

私は聖女ですが、嘘の道具にはなれません」


殿下が何か言おうとしたけれど、もう誰も振り向かなかった。



一週間後。


公爵家の庭で、お茶を飲んでいた。


向かいにエルミナ様が座っている。


「リーゼロッテ様って、どうしてあんなに落ち着いて話せるんですか。審判官の前でも全然動じなくて」


「動じてましたよ。手が震えてたの、見えませんでした?」


「全然。堂々としてるように見えました」


「前の……昔の仕事の癖ですかね。震えてても声が出れば戦える、って」


「かっこいい……」


「かっこよくないです。裁判の後、部屋に戻って三時間は泣きましたから」


「えっ」


「泣いたんです。怖かったーって。フィーネと二人でわんわん泣いて」


エルミナ様が笑った。私も笑った。


前世では仕事の後に泣く余裕もなかった。

布団に倒れ込んで、次の日の朝がもう来ている。そんな毎日だった。


今は泣ける。泣いた後に、お茶も飲める。


「ねえ、エルミナ様」


「はい」


「この国の断罪裁判の仕組み、ちょっとおかしくないですか」


「……おかしいと思います。被告人がほぼ確実に有罪になるなんて」


「ですよね。弁護人がつかないのも問題だし、証人の質問の仕方も整理されてないし」


「変えられるんですか」


「わかりません。でも、私たちで声を上げることはできます」


エルミナ様が少し微笑んだ。


「もちろんリーゼロッテ様がやるなら、私も協力します」


「ありがとうございます」


紅茶を一口飲んだ。美味しかった。


前世では気づかなかったけど、誰かと一緒にお茶を飲むって、こんなにいいことだったんだ。




前世でずっと言えなかったことを、この世界で初めて言えた。


泣かなかった。震えたけど、泣かなかった。


でも今は泣いてもいい。泣いた後にお茶を飲んで、隣に笑ってくれる人がいるから。


断罪裁判の元被告人と、名前を勝手に使われた聖女。


変な組み合わせだけど悪くないと思った。

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― 新着の感想 ―
ぜひともリーゼロッテと聖女さまで、裁判のやり方を変えて、冤罪を減らしていって欲しい。 それにしても王子の醜悪なこと!この王子に対しての王家の対応が気になりました。
公開裁判はどう見ても確定した罪の再確認をする為の裁判だね。 反論を封じて告発者が勝つための裁判。
聖女がまともで友人になっててほっこり。将来2人で司法革命とかやっちゃいそう。 でもこれリーゼロッテに前世の記憶が甦らず有罪になってたら毒殺未遂に怯える聖女にあの王子が漬け込んでたんだろうな。冤罪仕組…
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