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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
五章 地田春美
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地田春美⑤完

 私はいぶきちゃんの部屋に入る際に、まず彼女に電話をした。

 着信音が部屋の中から聞こえたが、出る様子はない。

 私は仕方なく部屋に忍び込み、電気のスイッチを入れた。

 いぶきちゃんはうなりながら寝返りを打って、布団で顔を隠した。

 もういいだろう。

 私は東京ばな奈を机に置き、いぶきちゃんの布団に潜り込むと、彼女の頬をぺちぺちと叩いた。

「起きた? お話ししよ」

「……春美ちゃん? 何時? 眠い」

 そう言って彼女は、枕元のスマホの画面を見ると、うんざりした顔をした。

「じゃあ、久しぶりに一緒に寝よっか」

「同じことじゃない」

「実はね、今日はいぶきちゃんにお別れを言いに来たの」

「お別れってなに? 春美ちゃんが突然出ていくわけないでしょ?」

「そうかもね。でもお別れを言いに来たのは本当。きっと私は出ていくときなにも言わないで出ていくから、いま、お別れを言いたい気持ちのときに言っておきたいの」

「わけわかんない」

「そうなの。わけわかんないの自分でも。情緒が狂っているんだわ」

「なにかかなしいことでもあったの?」

「そうじゃないの。今日ね、学校をやめてうちで働かないかってスカウトされて、もちろん断ったんだけど、想像したらさみしくなっちゃったの。私、さみしい」

「私も春美ちゃんがいなくなったらさみしいよ。でもまだ先の話でしょ?」

「きっと、あっという間だよ。あの三人が来て、いまとても楽しいもの」

 私は言った。

「みのりちゃんは明るくてまぶしいくらいまっすぐだし、一孝は勉強ばかりしているけど勉強よりもみんなのことを優先できる、みどりちゃんはまだボロボロだけどちゃんと前を向こうとしてる。なにより、みんな仲良し。これって奇跡みたいなことよ」

「私もみんなのことは好きだよ」

「でも一番年下のあなたはみんなを見送らなきゃいけない。私のときと違って、三人同時よ。もしかしなくてもとてもつらいことだわ」

「みんな高1だもんね」

「きっと輝美さんと単身赴任から帰ってきた草太さんがまた、捨て猫を拾うみたいに誰かを連れてくるかもしれないけど、そのときはいぶきちゃんがボスよ。心に傷を負った子たちの面倒を見れる?」

「できるよ」

 まっすぐな大きな瞳で彼女は言った。

「輝美さんや春美ちゃんのこと見てきたから」

「どっちも口悪いけどね」

 私は笑った。

「でもね、それは違うんだよ。あなたが私に守りたいと思わせてくれたの。あなたが守りたくなる人間だったからなのよ。私があなたと会って間もないとき、まだいぶきちゃんの事情を知る前から、私はあなたをなにに変えても守りたいと思った。他人にそう思わせられる人間だから、あなたは守られているの。人間関係で散々だった私でもそう思うほどにね。残酷だけど守りたいと思われない人間は誰も守らない。ここにいるのは輝美さんと草太さんが守りたいと思った人間なのよ。だからもし、誰からも守りたいと思われない子が入ってきても、いぶきちゃんは守ってあげて。私みたいなひねくれものでもね。ここは流刑地みたいなものだから、最後にたどり着いた場所でも救われないなんてかなし過ぎるわ」

「私も春美ちゃんとはじめて会ったとき、守ってあげたいと思ったよ。すり減ってる人だって一目でわかったから。ずっとお父さんをみていたから、そうゆうのはわかるの」

「6つも年下なのに?」

「うん」

「うれしいよ。人生で一番うれしいかもしれない」

「大袈裟」

「私、この先、一人でやっていけるかな?」

「春美ちゃんならできるよ」

「ここでは猫かぶってるだけかもよ」

「春美ちゃんはそんな器用な人じゃないよ」

 それに、と彼女は言った。

「ここでいっぱい充電したから大丈夫だよ。からっぽになったらまた帰ってこればいいし」

「そうだね。でも、私素直じゃないから、時々帰って来いって連絡して」

「手間がかかるなあ」

 私は笑った。

「いぶきちゃん、さようなら。ずうずうしいけどずっとあなたのこと年の離れた妹だと思っていたよ」

「私も春美ちゃんのことお姉ちゃんだと思ってるよ。二人ともここを出てもずっと」

「ありがとう。いぶきちゃんのお姉ちゃんならちゃんとしなきゃね」

「うん、ちゃんとして。自分の布団で寝てください」


 その夜、私はついに寝付けず、部屋で大量のデザイン画を描いた。

 受賞の喜びや興奮は、さみしさの影に隠れていたがまだ残っていて、私をいつまでも動かした。

 夢中で色鉛筆を走らす私は何物にも囚われず、善の魂が確かに宿っていた。

 空が明るくなってきたころ、私は力尽きて眠った。

 幸い日曜だったので、夕方まで惰眠をむさぼることができた。

 夕食時、私は無断外泊して賞を取った話をみんなにした。

 ドレスの写真を見せると、みんな一様に首を傾げた。

「春美みたいだな」

 と一孝が言った。

「よくわかんないけど、なんか記憶に残る」

 私はそれを誉め言葉と受け取り、みどりちゃんの揚げたからあげをほおばった。


 ある日曜。

 我が家の喫茶店は、地方紙の取材を受けていた。

 カメラマンがバシャバシャと店内を撮影していて、輝美さんはインタビューに答えていた。

 私はその様子をちらりと覗き、べつに面白いこともないので、リビングでみんなとお菓子を食べていた。

 その日は、珍しく輝美さんから招集がかかっていて、リビングに全員集合していた。

 みんな制服姿で、私はスーツを着ていた。

 やがて輝美さんに呼ばれた私たちは、ぞろぞろと階段を降りた。

 私たちは喫茶店の前で、並んで写真を撮った。

 輝美さんから取材のついでに一枚とってほしいと依頼したらしい。

 後日、雑誌とともに人数分の写真が届いた。

 草太さんがいないのは残念だが、『今』の私たちを切り取った良い写真だった。

「春美」

 輝美さんは写真と一緒に、私にだけ茶封筒を差し出した。

 送り主を見ると草太さんの名前があった。

 私はその場で封筒を開けた。

 中に入っていた書類には『養子縁組届』とあり、草太さんと輝美さんの署名と押印があった。

「出すか出さないかはお前が決めろ」

 輝美さんは言った。

「ださない!」

 私は即答した。

「こんな素敵なもの提出しちゃうなんてもったいないわ」

 輝美さんは一言

「そうか」

 と言った。

 私は、写真を封筒にしまって、部屋に戻ると小さなミシンの箱に、その封筒を大切に保管した。

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