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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
五章 地田春美
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地田春美④

 残りの二部屋はどちらも光が漏れていなかった。

 おやすみかな?

 まあ、行くんだけどね。

 私はそおっとドアを開け(カギが付いていないのが悪いのだ)電気のスイッチを入れた。

 部屋がパアッと明るくなり、部屋の主は反射的に飛び起きた。

「こんばんわー。春美ちゃんだよー」

 私が言うと

「なんだー、春美ちゃんかー」

 みのりちゃんは眠たそうに言った。

「起こしちゃった? ごめんねー」

 私の心にもない謝罪に

「突然起こされるから一瞬施設にいるのかと思っちゃった」

 と上体を起こして彼女は言った。

「なあに? お姉ちゃんに用事?」

 私は「おねえちゃーん」と彼女のおなかに抱き着いた。

「どうしたのかなー。眠れないのかなー」

 彼女は私の頭を撫でた。

「うん、眠れないの、なにかお話しして」

「おはなしー? どんなおはなしー?」

「むかーしむかーしのお話し」

「むかーしむかーしのお話かー」

 彼女は寝ぼけまなこで話し始めた。

「むかーしむかーし、みーちゃんという女の子がいました。みーちゃんは捨て子なのでこどもがいっぱいいる施設に住んでいました。みーちゃんは体が弱くて、毎日のように熱を出しては、施設の大人たちを困らせました。みーちゃんはいつもベッドで他のこどもたちの騒ぎ声を遠くに聞いていました・そんなみーちゃんにもお友達がいました。マコちゃんです。彼女はいつもみーちゃんに絵本を読んでくれました。でも5つも年上のマコちゃんはとても泣き虫で、よくみーちゃんのベッドにもぐりこんでめそめそ泣いていました。施設には嫌な奴もいました。いっくんです。いっくんはみーちゃんのおもちゃを隠したり、大切な絵本を破ったりしました。いっくんはマコちゃんが大好きで、みーちゃんに独り占めされるのが嫌だったのです。ある日、みーちゃんはすごい高熱を出しました。コーヒーカップに乗ってるみたいに頭がぐるぐるしました。いじわるをしに来たいっくんがそれを見つけました。いっくんはすぐに大人たちにみーちゃんのことを知らせました。みーちゃんはいっくんの手を力いっぱいぎゅっと握りました。声が出なくてありがとうと言えなかったからです。いっくんもみーちゃんの手を力強く握り返しました。それからすぐに救急車が飛んできて、みーちゃんは治りました。いっくんはそれからみーちゃんにいじわるをしなくなりました。今では二人はとても仲良しです。めでたしめでたし」

「場数なのかな。思ったよりいい話でびっくりしたわ」

「そっちがしてって言ったんでしょー」

「体、まだちょっと弱いよね」

 私は言った。マコちゃんの件で外泊して来た彼女が、その夜、熱を出していたのは記憶に新しい。

「うん。夜になるとたまに熱が出る。でもいまはもう本当にたまにだよ」

「夏休みのボランティア、本当は無理してたんじゃない?」

「無理してたよ。しんどかった。一孝には言わないでね」

「どうして無理したの?」

「やっぱり罪悪感かな、私たちだけ里子に貰われて、いい生活させてもらってるって気持ちは常にあるよね」

「『奉仕の精神』じゃなくて?」

「そんな高尚なものもってないって」

 彼女は手をひらひらと振った。

「恩返しっていうのは多少あるけどね」

「いい関係だね。私はいままで厄介になった家々にそんなもの感じないし、向こうからも連絡ひとつ来やしない」

「ここは?」

「そうね、いいところだと思う」

「春美ちゃん、結構照れ屋だよね」

「なんだとー」

 私は彼女を押し倒した。

 布団に顔を突っ込みながら、私は言った。

「私はここでは死ねないけど、最後に思うのはここでの生活だと思う。白いふわふわーっとした私の魂がいまの私の姿になって、この喫茶店を見下ろして、それから天に昇っていくの」

「ここを出ていくのが怖いの?」

「うん、とっても。気が狂いそう」

 私は言った。

「誰かに、どこかに、受け入れらるって成功体験が少ないのよ。私はいつも人の言ってほしくないことを言ってしまうから、どこへ行ってもやっていける自信がないの」

「ここでは誰も春美ちゃんのこと嫌いじゃないよ。だからここにいるいまの春美ちゃんでいいと思うな」

「みのりちゃんはやさしいね。本当にお姉さんみたい」

「おねえちゃんやってきた数が違うからね」

「みのりちゃんは将来施設で働くの?」

「あー……やっぱりそう見える? まだなんにも考えてないよ」

 それが自然な気もするけどね、と彼女は言った・

「みんな生き急ぎなんだよ夢や目標があるのは立派だし、応援したいって思うよ? でも人生って本当はもっとどうでもよくって、その場その場で変わっていっちゃう、それでいいと思う。死に急ぐよりはましだけどさ」

「みのりちゃんはせーしんねんれーが高いね」

「こどもだよ。でもちゃんとじぶんのこと、こどもだって知ってるこども、そうありたい」

「それはあんまりこどもっぽくないね」

 私はポケットから東京ばな奈を取り出して、体温でぬるくなったそれを彼女に握らせた。

「お土産。土産話は明日するから楽しみにしててね」

「なにそれー。気になって寝れないじゃん」

 彼女は笑った。

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